「イトナくん、本当?」
「……」
コクンと頷くイトナ。それに少し目を開いてから、優しく笑った。
「烏間、ちょっと鞄持ってくれる?」
「あぁ」
近くにいた烏間に鞄を渡すと、腰に手を回して支えていた腕を膝裏に回して、もう片方の腕を背中に回す。そのままグッと持ち上げて、イトナを抱き上げる。
「ぅあ…っ!」
「軽ー…、中学生ってこんなもん?」
イトナは慌てて柴崎の肩に手を置く。いつもなら見上げるのが、今は見下げている。不思議だ。柴崎といえば、イトナの軽さに驚いている。
「でも懐かしい。弟が小さい時はよく頼まれてこうやって抱っこしてあげてたんだ。今はあんなんだからもう出来ないししないけど」
「志貴さん、弟いるのか?」
「10離れたのが1人ね。君らの3つ上か」
「おー、イトナどうだ?柴崎先生に抱っこしてもらえて!」
「いいなー、イトナくん!」
周りにいる生徒は抱き上げられているイトナを見上げて笑っている。その様子を先生達も見ている。
「中学生っていうのは反抗期真っ盛りで、甘え方とかも不器用でね。変に我慢したり抱え込んだりするから大人っていうのはそういうサインに気付いてあげないといけないんだ。で、こうやって甘えてきた時は満足するまで甘えさせてあげるのが1番かな」
見下げるイトナを見上げて柴崎はそう話した。この子はきっと甘える事を知らない。それを知る前に彼はシロと出会った。けれど、今は普通の中学生と変わらなくなった。だから幼い頃に広い残した我が儘や甘えをここで出させてやらなければならない。
「子供なんだから甘えたい時は甘えておいで」
そう言って笑うと、イトナは小さく驚き、でも少し嬉しそうに笑うと抱き上げてくれている人物の首に思いっきり抱き着いた。不安定な体勢になったので抱き直す。
「いやぁ、良いですねぇ。なんだか、お父さんのようですね。柴崎先生」
「いや、俺まだ結婚してないし子供もいないからお父さんは…」
「ではお母さんで」
「おい」
お母さんってなんだ。百歩譲って父親なら許すが母親は許せん。性別違う。
「シバサキは子供好きなの?」
「うん。可愛いし」
「お前は従兄妹の子供にも好かれてたな」
「あぁ、みき?」
「そういやみきちゃんどうしてるんですか?」
「元気に幼稚園行ってるらしいよ。この間は転んで大怪我して大泣きしたって電話来たけど」
「また会いたいなぁ!みきちゃん可愛かったし」
「にゅや?どなたです?みきさんとは」
「俺の従兄妹の子供」
そういえば殺せんせーはみきちゃんの存在を知らなかったなぁと、生徒達はぼんやり思った。夏祭りに殺せんせーも居たけど彼は彼で今が稼ぎ時だと大層働いていた。
「みきちゃんは柴崎先生のお嫁さんになるんだって」
「なんですって!?」
「あ、ヤベ。イリーナ先生のなんかスイッチ押したな」
「ちょっとシバサキ!その子いくつよ!」
「3歳?いや、4歳かな」
「……ならまだまだ無理ね。女は16で結婚出来るんだから、例えば4歳だとしても後12年は結婚出来ないわ。今シバサキは28だから、12年後ってことは40!16歳と40歳が結婚なんて出来っこないわ!!」
「…こいつ馬鹿なのか」
「烏間、それ言ったら駄目だって。あの顔見てよ。すんごいドヤ顔」
「見ていて清々しいくらいのな」
どうよ!といった顔をして腰に手を当てるイリーナ。それを馬鹿だなぁと言った様子で見ている烏間・柴崎。
「……する」
「ん?」
耳元で聞こえた声に反応し、そちらに意識をやる。すると顔を首元に埋めていたイトナが顔を上げて柴崎の両頬に手を当てる。
「俺が志貴さんと結婚する」
「………………ん?」
「は?」
「え?」
「にゅ?」
「「「「はい?」」」」
「だから、そのみきってやつと結婚するな」
あれれ、イトナくんどうしたのかな。急に。頭が付いて行かないぞ。そんな言葉がその場にいた全員の心に浮かんだ。
「…ほ、ほら、みきは子供だし、さっきイリーナも言ってたけど結婚なんて出来るような年齢差じゃ…」
「絶対駄目だ」
あれ聞いてねぇな。と生徒達は口に出した。言われている柴崎はどうすれば良いのかその頭を回す。回すのになんにも良い案が出てこない。確かに甘えて良いとは言ったがこの甘え方は如何か。いやその前にこれは甘えなのか。
混乱してきた柴崎を他所に、イトナは柴崎に顔を近づけてその頬に可愛らしく小さなキスを落とした。
「は…」
「!?」
「はぁ!?」
「にゅやはぁ!?」
「「「「どええええ!?」」」」
「印」
そう言うと、イトナはヒョイっと腕から降りるとさーっと校舎へと走っていった。残されたものは堪ったものではない。この空気どうしてくれよう。
「…ぃ、やぁ…今時の子ってませてんだ…《バシッ!》…誰だタオル投げたの!!」
一番早く現実に戻った柴崎がキスされた部分を軽く指差して言うと何処からかタオルが飛んできた。顔に。烏間か、イリーナか、生徒か。誰か。だがタオルを投げたのは意外な者で、その人物は懸命にその投げたタオルで柴崎の頬を拭っている。
「未成年に猥褻な行動をさせてはいけません!!」
「どう見ても俺は被害者だ!あと痛い!」
それを見てやっと周りも覚醒し始める。
「柴崎先生の…!ほっぺチューが…!」
「イトナに奪われたぁぁぁ…!!」
「おい誰か写真撮ってないか!?」
「お任せください。バッチリです」
「でかした律!!」
「それ私たちにも回して〜!」
「子供が親を独占する感じだよね!可愛いじゃん!」
「微笑ましい〜!」
「シバサキの…ほっぺチュー…」
「…………」
「……いや、あの、烏間、痛い。あと無言やめて」
「律さん!その写真どうか私にも!」
「了解しました殺せんせー!焼き増し何枚にしましょう?」
「では贅沢にも5枚で」
「分かりました!」
「そこやめろ…」
拒絶や避けるといった壁を生徒や同僚達によって壊された柴崎。遮るもののなくなった彼にいの一番走り寄ったのは意外にもイトナであった。
そしてその一日、それはもう引っ付き虫ですねというほど柴崎にくっつき続けたイトナ。帰る寸前まで引っ付き続けた。このまま付いてくるんじゃないか、と思いかけたその時、寺坂が回収に来たことによりその心配は杞憂に終わったが。
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