discrimination

その日は月に一度の全校集会。山の上にある隔離校舎で授業を受けているE組生徒達は、わざわざこの日だけはその山を降りて来なければならなかった。理由は全校集会が本校舎にある体育館で行われるから。距離にして中々にあるその道のりは、足を運ぶだけでも一苦労。同時にこの全校集会は、E組にとって気が重たくなるイベントの一つであった。





「渚くーん」

「?」


体育館に辿り着き、整列をしていた渚。始まる時を待っていた彼は名前を呼ばれた事にそちらを振り向いた。するとそこには本校舎の生徒が立っていた。



「お疲れ〜。わざわざ山の上から本校舎に来るの大変でしょ〜」


上辺上、気遣いのようにも取れる。だが本質の意は真逆だ。その証拠に発せられる声からは酷く下品さを感じさせ、笑い声は蔑んでいるようにも聞こえる。この全校集会でも、E組の差別待遇は同じ。たった数十分と言えど、彼等はそれに長々と耐えなければならない。分かっていた。こういう目に遭うことくらい。それでもE組の生徒はその表情を辛くさせた。




「そこ、早く並びなさい」


聞き覚えのある声。E組の生徒達は弾かれるようにその頭を上げた。そうして振り向き、声の主を瞳に映す。そこにはいつも通りの黒のスーツを着ている柴崎の姿があった。彼は見てくる生徒達に一瞥もくれず、依然と本校舎の生徒に目を向けたままだ。



「E組の生徒は既に整列までしている。喋っている暇があるなら、自分のクラスのところへ行きなさい」

「はっはい…」

「すみません…!」




本校舎の生徒は柴崎に注意され、早足に自分達のクラスの列へと向かう。E組の生徒達はその余りに呆気ない様に呆然としつつ、また同時に置かれている現状を認識すれば驚いたように柴崎を見た。今まで、こんなことを言ってくれる人などいなかった。その視線に気づいた柴崎は少しばかり意地悪く笑う。それから何事も無かったかのように、彼は教員列へと向かっていった。



「柴崎先生…」

「私達を庇ってくれたんだ…」

「なんか、嬉しいな…」

「…あぁ。今までこんなことしてくれる人居なかったもんな」



いつだって、大人は見て見ぬ振りをする。多勢に紛れ込み、自分に害がないと認めれば簡単に背を向ける。そういうものなんだと、彼等は皆思っていた。…けれど彼は違った。背を向けることなどしなかった。多勢に紛れ込むこともしなかった。寧ろ前を向き、無勢でもある生徒達を正論で守った。その事実にE組のみんなは、此処を体育館であると忘れたかのように笑顔を浮かべた。








彼等の側を離れた柴崎は、教員列に着くと一番近くに立っていた一人の女性教員に話し掛けていた。



「E組(表向き)副担任の柴崎です。別校舎なので、この場を借りてご挨拶をさせていただきます。紹介が遅れてしまい、申し訳ありません」

「い、いえそんな!こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします…っ!」

「暫くすれば、担任も来ますので。そちらは彼本人から挨拶をさせます」



二言三言。初見の挨拶を交わせば彼はその体を前へ向けた。両手を軽く後ろで組む。こうすればまるで教官の頃を思い出すなと、柴崎は過去を思い出し口元に笑みを浮かべた。


全校集会は始まっていく。生徒会の発表の最中、烏間が姿を現した。近くまでやって来た彼の存在に気付けば、柴崎は周りに配慮し小声で彼に話し掛ける。



「あれは?」

「置いてきた。ここには連れて来られん」

「確かに、それもそうだ」



しかしそう小声で話していても、烏間が此処に入って来た事に気付いた生徒は存在する。そのためか突然入ってきた先生らしき人物と、初めからそこに立っていた先生とが何かを話していれば、自然と意識はそちらへと向いた。本校舎の生徒は見た事のない彼等の2人に、僅かばかりのざわめきを見せた。



「…誰だ、あの先生達?」

「二人ともシュッとしててカッコいい〜」


とはいえそちらに意識など向けないのがこの二人。柴崎は言葉無しに近くに立つ他の教員に視線を投げると、また烏間へとそれを戻した。すると意図が伝わったのだろう。分かっていると、彼は首を縦に振った。

数歩その場から足を動かし、烏間は柴崎の前を僅かに通り過ぎる。そうして彼が話し掛けたのは先程柴崎も自己紹介を交わした女性教員だった。



「E組の(表向き)担任の烏間です。紹介が遅れてしまい申し訳ありません。別校舎なので、この場を借りてご挨拶を」

「い、いえ!よ、よろしくお願いします!」



一礼をし、形ばかりの挨拶を交わす。その時だった。烏間と柴崎を呼ぶ声が聞こえたのは。




「烏間先生〜、柴崎先生〜」


二人は振り返ってそちらを見る。するとなんと、倉橋と中村が対先生ナイフのケースをこちらに見せているではないか。



「ナイフケースデコってみたよ!」

「かわいーっしょ!」



思いもしない言動に二人は慌てて倉橋と中村に近寄る。そして直ぐさまそのナイフケースを手で覆い隠した。


「可愛いのはいいけど、此処で出さない!」

「他のクラスには秘密なんだぞ!暗殺のことは!」

「「は、はーーい…」」


分かったなら早く直しなさいと言わんばかりな二人の様子に、彼女らはそっと素直にポケットへ仕舞い込む。その様子を本校舎の生徒はどこか羨ましそうに見ていた。



「…なんか仲良さそー」

「いいなぁー。うちのクラス先生も男子もブサメンしか居ないのに」



この差。故に羨ましい気持ちが芽生えないはずがなかった。そこにまた体育館の扉が開く音が聞こえる。見れば誰か、人が入って来た。その姿を良く見ると、どうやらイリーナのようだ。



「ちょっ…なんだあのものすごい体の外人は!?」

「あいつもE組の先生なの?」


聞こえてくる声はなんのその。耳も貸さない様子で歩みを進め、彼女は烏間と柴崎の元へと向かっていく。歩いて来たイリーナの姿を視界に認識すると、柴崎はそちらへと顔を向けた。


「なんだ、来たんだイリーナ」

「情報収集をしようと思ってね。次の計画のために」

「ここで計画とか言うな」


どうやら烏間もイリーナに気づいたのか、来て早々に此処で出してはいけない単語を耳にし注意する。けれどそんなことを気にも留めないイリーナは渚に近寄り名前を呼んだ。



「渚。あのタコの弱点全部手帳に記してたらしいじゃない。その手帳おねーさんに貸しなさいよ」

「えっ…いや、役立つ弱点はもう全部話したよ」

「そんなこと言って、肝心なとこ隠す気でしょ」

「いや、だから…」

「いーから出せってばこのガキ!窒息させるわよ!」


面白半分なのか、そうでないのか。イリーナは自身の胸に渚の顔を押し付けた。その押し付けられている本人は、幸せどころか本気で苦しんでいる。あまりの光景に見兼ねたのか、烏間は早急にイリーナを連れ戻した。

その様子も本校舎の生徒達には良いものに映ったのか、口から出てくる言葉は酷く刺々しいものだ。




「何なんだあいつら…」

「エンドのE組の分際で良い思いしやがって」








「はいっ。今皆さんに配ったプリントが生徒会行事の詳細です」



カサ、という紙の擦れる音が体育館に響く。しかし可笑しなことに、そのプリントがE組には届いていない。代表して磯貝が挙手し、プリントが足らないことを申告した。


「…すみません。E組の分まだなんですが」

「え、無い?おかしーな…。ごめんなさーい、3年E組の分忘れたみたい。すみませんけど、全部記憶して帰って下さーい。ホラ、E組の人は記憶力も鍛えた方が良いと思うし」



その言葉にE組以外の生徒の笑い声が体育館に響き渡る。生徒だけではない、教員も一緒になって笑っている。なんという環境下であろうか。これでは彼等、E組生徒達の肩身が狭くなるばかりである。



「…なによこれ、陰湿ねぇ」



その時、急な風が舞い込んでくる。咄嗟に目を瞑る。そして開いた視界の中にはなかったはずのプリント…いや、何処か手製に見える紙が生徒達の手の中に存在していた。



「磯貝君。問題はないようですねぇ。手書きのコピーが全員分あるようですし」

「…はいっ。あ、プリントあるんで続けて下さーい」

「え?あ、うそ、なんで!?誰だよ笑いどころ潰したやつ!あ…いや、ッゴホン、では続けます」



全校集会はそれでも進行していく。…しかし、教員列のある一部だけは違った。烏間と柴崎は予告も何もなしに、しかもこの集会に出てきてはいけない者が出てきたことに小声で" それ "に対して非難を言う。



「全校の場に顔を出すなと言っただろう!何のためにあっちの校舎にお前を置いてきたと思ってるんだ!」

「大体、お前の存在自体国家機密なんだ!そう易々と表に出ることは禁じられている!」

「いいじゃないですか。変装も完璧なんだしバレやしません」

「どこが変装だ、どこが!」

「思いっきりバレバレだ!」


一体どの口がそのヘンテコな変装を完璧だと称する。まるで隠せていない上に怪しさは満点だ。これでは逆に視線を集める事間違いなしである。なんなら一番不自然な関節。その隠すべき場所No. 1が一番隠されていない。あぁ、もう…と。烏間と柴崎は頭が痛いと額に手を当てた。



「…あれ…、あんな先生さっきまでいたか?;;」

「妙にデカイし、関節が曖昧だぞ;;」



その間、イリーナは殺せんせーに近寄りナイフを振る。しかし相手は国も殺せないマッハ20の所持者。簡単に、ふわりと避けられていた。




「しかも隣の先生にちょっかい出されてるし;;」

「なんか刺してねーか?;;」



聞こえてくる声にこのままではいけないと烏間、柴崎の二名は危機感を持つ。

もうこの際来てしまったものは仕方ない。ならば誤魔化し通せば良い。そう心に決めればまず早速に、今度は柴崎が今も殺せんせーにナイフを向けるイリーナの確保に向かった。彼は手早くお得意の体術でイリーナの手首を掴むと、ナイフを奪いその手を背中に付けさせた。ブツは勿論ポケットの中。アレがあっては色々と分が悪い。イリーナは柴崎に拘束されたままに、軽い説教と共に外へと連れて行かれた。




「…女の先生が連れてかれた;;」

「…わけ分からん;;」



その光景を一部始終見ていたE組生徒達は、初めて全校集会で笑った。



「ははっ、しょーがねーなビッチ先生は」

「柴崎先生に連れてかれちゃったじゃん」


けどま、あれは連れて行かれても仕方ないなと思えば生徒達に彼を嗜める理由は何一つとしてなかった。どちらかというと嗜める相手ならイリーナであろう。



全校集会が終わり、それぞれ各クラスに戻って行く。教師達も遅れて体育館を出ていき、段々中の数は少なくなっていった。そんな中、柴崎もまた体育館を出たところで渚が本校舎の生徒に文句を言われているところを目撃する。



「あれは…」


放っておけば何を言われるか分からない。その前に対処しよう。そう思い前に一歩足が出た時、肩に手を置かれる。振り向けば、緑のしましまに顔色を変えた殺せんせーが居た。



「あの程度の生徒にそう屈しませんよ。私を暗殺しようとする生徒達はね」



だから手出しは無用だと。そう言われているようで、柴崎は彼から目を離すと様子見に徹した。壁に体を押し当てられる渚。その時に何かを言われたのだろう。瞬間、彼は今まで見せたことのない目を見せた。



「…殺気?」


見間違えたつもりも、勘違いをしたわけでもない。あれは確かに、素人には見せられない確実なる殺気。



「ホラねぇ。私の生徒達は殺る気が違いますから」



断定は出来ない。けれど、何処か末恐ろしいと感じた。まだ暗殺を始めてそう経っていない。技術もまだまだだ。…なのにあの目の様な持つなど…。まるで一端の殺し屋のようだ。

双葉にも満たない、蕾のような暗殺者。彼のその様子、光景を見ていたのは、柴崎と殺せんせーだけではなかった。監視カメラの向こう側。そこにいる一人の目に、渚の姿は映し出されていた。




















教員室。不思議な程に静かであり、だが僅かに何かが動かされている音が聞こえた。



「この六面体の色を揃えたい。素早く沢山、しかも誰にでも出来るやり方で。貴方方ならどうしますか?先生方…。…特に、柴崎先生。貴方に聞いてみたい」



イリーナと烏間の視線は柴崎に向く。下手な返答は出来ない。この敷地内は、その問いを投げ掛けてきた" 彼 "に所有権があるのだから。

問われた問いへの答えを柴崎が発したその時、教員室の扉は音を立てて開いた。




「私なら、それらを分解し再び並べ直します」

「いい答えですね。実に合理的です。そして…、初めまして。「殺せんせー」」



入ってきたのは殺せんせーだった。本人は目の前の人物が誰だか分かっていないようだ。その証拠に首を傾げ、きょとんとしている。



prevnext




.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -