茅野のプリン作戦での費用に頭を悩ましながら、暗殺訓練は続く。
「2学期から教える応用暗殺訓練。火薬に続くもう一つの柱がフリーランニングだ」
「…?」
「フリー…」
「ランニング…」
フリーランニングとは何なのか。生徒達の頭の上にはクエッションマークだらけ。聞きなれないのも無理はない。普通に過ごしていれば必要なんてなく、使う機会だってない。逆に使っている人間がいれば驚きだ。
「例えば、今からあの一本松まで行くとしよう。三村くん、大まかでいい。どのように行って何秒かかる?」
問われた三村は今立っている立ち位置と、言われた一本松までの道のりを考えて思案する。
「えーっと…まず、この崖を這い下りて10秒。そこの小川は狭いとこから飛び越えて…茂みの無い右の方から回り込んで、最後にあの岩よじ登って…。…1分で行けりゃ、上出来ですかね」
そう言って腕を組んで笑う。
「うん。三村くんの行き方は無難で間違ってはないね」
「ですよね?」
「では俺が行ってみよう。柴崎、これを頼む」
「はいはい」
ネクタイを受け取る。
「誰か時間を計っておけ」
ストップウォッチは三村が。烏間は崖の端まで行くと背を向け正面はこちらに。
「これは、1学期でやったアスレチックや崖登りの応用だ。フリーランニングで養われるのは自分の身体能力を把握する力。受け身の技術、目の前の足場の距離や危険度を正確に計る力。これが出来れば、どんな場所でも暗殺が可能なフィールドになる」
そして背中から落ちていく。誰もが目を開く中、柴崎はただ見ているだけ。烏間は崖から落ち、地面に足を着くとその反動でバク転し、近くの岩に足をかける。そのままの威力を殺さず回転し足の力で飛ぶ。岩岩に飛んで行くと、目指していた一本松の枝を掴んだ。その動き、ものの10秒。
「す、すげぇ…」
「あんなのできんのかよ…!」
「空って飛べるんだ…!」
恐怖や混乱より関心と興味が勝っている。染まったなぁと心の中で苦笑する。
「柴崎」
「?」
一本松にぶら下がる烏間は崖の上に生徒といる柴崎に声をかける。なんだ?といった顔をし、烏間の方を向く。呼んだ本人は自分より些か離れた場所にあるもう一本の別の木に目をやる。そして、もう一度柴崎を見る。それが何を意図しているのかわかった柴崎。思わず浮かぶのは苦笑い。
「はぁ…?…鬼畜だねぇ」
「? 柴崎先生?」
生徒達はなぜ烏間が柴崎を呼んだのか。柴崎がなぜそんな反応をしたのか分からない。そんな彼らを他所に2人は崖、一本松から会話をする。
「何秒?」
「…そうだな。……、12秒」
「流石鬼教官。伊達じゃないわ」
「お前なら、出来るだろ?」
「ふぅ…。…じゃあ、誰か俺のネクタイと烏間のネクタイ持っててくれる?」
「あ、じゃあ私が!」
「三村くんは引き続きタイム計ってもらっていい?」
「分かりました!」
先程の烏間と同じく崖の端へ。1度指示された木に目をやり、背を向ける。そして落ちた。やっていることは烏間と変わらない。だが、崖から落ちた途端、速度を増す。それはまるで猫のよう。素早く、しかし目標は見失わない。岩、木などを利用し飛ぶと言われた通りの木の枝を掴んだ。
「三村くん!何秒?」
聞かれた本人は手に持っているストップウォッチを見て震えている。
「じゅ、12秒…です…」
「ありがとう」
足を少し降って、勢いを付けるとくるっと回って掴んでいた枝に足を着ける。
「どう?烏間教官」
「上出来だ」
離れた位置で会話をし、今一度生徒たちに目を向ける。
「道なき道で行動する体術。訓練して極めれば…ビルからビルへ、忍者のように踏破する事も可能になる」
「…す、すごい…!」
「あんなん身につけたら超かっけくね?」
「でも、これも火薬と同じ」
烏間は枝から手を離す。柴崎はそこから地面へ飛び降りる。
「初心者のうちに高等技術に手を出せば…死にかねない危険なもの。この裏山は地面も柔らかいし、トレーニングには最適場」
「危険な場所や裏山以外で試したり、俺と柴崎が教えた以上の技術を使う事は厳禁とする。いいな!」
「「「「はーい!!」」」」
「じゃあまずは基本中の基本。受け身の取り方からね」
生徒達に近付いていき、2人はフリーランニングに必要な受け身の取り方を伝授した。手と足を使い、力を入れる。体の柔軟さを利用して捻る。決して無理な体勢はせず、簡単で自然な体勢で受け身を取る。その特訓を見ていた殺せんせーは、どこかうずうずとした様子でそれを見ていた。
次の日。
不破は教室の扉を開ける。
「どこもジャンプ売り切れてて探しちゃった…《カシャン》!?」
腕にかけられた何かを見て動作が止まる。手錠だ。かけたのは言うまでもなく…
「遅刻ですねぇ。逮捕する」
殺せんせーだ。
「なんだよ殺せんせー。朝っぱらから悪徳警官みたいなカッコしてよ」
「ヌルフフフ。最近皆さんフリーランニングをやっていますね。折角だからそれを使った遊びをしてみませんか?」
「遊びィ?ケッ。どーせロクな…」
どこから取り出したのか、布を寺坂の頭にくく付ける。宛ら泥棒のような格好に。
「それはケイドロ!!裏山を全て使った3D鬼ごっこ!!
「ケイ…ドロ…?」
「また変な事言い出したよ」
「…嫌な予感しかしない」
教室にいた烏間・柴崎はこれから始まるであろう何かにちょっとした寒気を感じた。既に2人の頭にはこんな図式が出来ている。殺せんせーの提案=碌でもない事と。
「皆さんには泥棒役になってもらい、身につけた技術を使って裏山に逃げて潜んで下さい。追いかける警官役は先生自身と烏間先生、柴崎先生です」
「(ほらな)」
「何…!?」
「1時間目内に皆さん全員を逮捕出来なかった場合、先生が烏間先生と柴崎先生の財布で全員分のケーキを買ってきます」
「おい!!」
「このタコは何言ってるのかな?ん?」
柴崎もさすがにそれは考えてなかったのか、殺せんせーの後ろに回ると少しだけ高いその首根っこを掴んで背を反らせ、その首に腕を回してヘッドロックをかけてやる。
「ギギギギギブ!!ギブです!!柴崎先生!私死んじゃう!!」
「そのまま死ね。いっそ死ね。死んだら全部救われるんだから死ね」
「ごめんなさいーーー!!ジョークです!私が払いますぅぅ!」
「最初からそう言え」
そう言ってパッと腕を離すと、殺せんせーはもう息絶え絶え。顔が赤い。そして青い。
「よくやった、柴崎」
「とーぜん」
「え、えー、仕切り直しまして…」
「「「「(先生、顔死んでる…;;)」」」」
「もしも全員捕まったら宿題2倍!!」
その言葉に生徒達は「何!?」と顔色を変え、抗議し始める。
「ちょっと待ってよ!!」
「殺せんせーから1時間も逃げれるかよ!!」
「その点はご安心を。最初追うのは烏間先生、柴崎先生のお2人。先生は校庭の牢屋スペースで待機し…ラスト1分で動き出します」
「…なるほど。それならなんとかなるか…」
「よっし、やってみるか!皆!!」
「「「「おーう!!」」」」
「あ、後。厄介さで行くと、柴崎先生ですねぇ」
「ん?」
「貴方は気配に敏感でしょう?」
「まぁ…」
「なので、もし!柴崎先生がラストの人を捕まえることができたら!柴崎先生には殺せんせー特製の肩たたき券を…!!」
「いらない!」
「えー…。じゃあどうします?」
「なんでもいいの?」
「えぇ、なんでも」
「そう。…まぁ俺がラスト1人を捕まえれたら…、そうだな…」
腕を組んで考える。なんでも。なんでもね…。なら…
「…生徒達のケーキ、一人二個」
組んだ左腕の指二本を立ててそう言う。すると生徒達は俄然やる気を出し、殺せんせーの顔は死にかけている。抗議してくるが右から左だ。やろうと言い出したのは、紛れもなく殺せんせー。こう言うのを、言い出しっぺの法則という。
一致団結し、やる気満々な生徒達。教師2人はどうして俺たちが。と思っているが、緊張感がありつつ生徒も楽しめる。理想の訓練。ただ一つ気に入らないとすれば…
「こいつと同じ側という事だけだ」
「同感」
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