夏休みが明けた。まだまだ猛暑が続く中、学校が始まる。2学期だ。また同じメンバーで暗殺が始まると思っていたその最中、事はすでに進んでいたのだ。
「今日から…3年A組に1人仲間が加わります。昨日まで彼はE組にいました」
誰もが壇上にいる彼を驚き仰ぎ見た。
「「「「!!?」」」」
「しかしたゆまぬ努力の末に好成績を取り、本校舎に戻る事を許可されました」
彼は浅野から渡される紙を受け取り前に進む。
「では彼に喜びの言葉を聞いてみましょう!
竹林孝太郎くんです!!」
E組生徒達が驚いている姿を教員列にに並びながら防衛省2人は見ていた。
「…お前には、どう見える」
「…彼が?それとも、上が?」
「…両方、だな」
「……」
手に持つ紙を読み上げる竹林を見て、それをまだ驚きを隠せない様子で見ているE組生徒達を眺める。
「…なかなか出れそうにもない蜘蛛の巣の外から伸びた一つの糸に捕まったってとこかな」
「………」
「けど、1本や2本じゃ…案外蜘蛛の糸なんて簡単に切れるからね」
「?…どういう意味だ?」
「束になった糸は強いけど、束になれない糸は綻びだらけ。すぐに掬っても落ちるんだよ」
「掬っても…落ちる…」
「まぁ、落ちそうになってぶら下がる蜘蛛の糸に捕まるか捕まらないかは、彼次第だけどね」
始業式が終わり、2人は竹林に今後の説明をしなければならない。別室に呼び、ソファーに腰掛けさせる。
「君の進路の選択は尊重するし、君を信頼して記憶消去等の措置は見送る」
「けど、新しいクラスでも暗殺の事は他言無用だよ。機密な事だから」
「分かってますよ。僕がそこまで頭悪く見えますか?」
そう言って背を向け、竹林は部屋を出た。
竹林孝太郎。彼は暗殺の訓練は真面目にやってはいたが、最下位の成績。勉強もそう。どこか要領が悪かった。それを見て、あれがあれこれと手を焼き伸ばしていたが…伸ばしたその結果がこれだ。皮肉なものである。
「…E組の生徒達が心配だ」
ふぅ…と息を吐く烏間に気付き目をやる。彼は指を組んで額に当てている。
「彼等は仲間意識が強い。それぞれ個々の力も伸びてきている。そんな中でのこれだ。竹林くんの道を邪魔するつもりはないが…」
分かっちゃいるけど心配です。
そんな文字が見える。思わず瞬きしてしまったのも…まぁ仕方ない。
「そらまぁ、ショックだと思うけど」
「…だろう」
「でもこんな所で「はいそうですか、さようなら」…っていくような彼等でもなさそうだけどな」
「……まぁ」
「あ、後アレもね」
「アレ?…あぁ、アレか。…アレが一番黙ってないだろ」
「だからそんなに心配いらないと思うけど?」
「〜っ」
ん〜っとまた眉間に皺を寄せる烏間を見て柴崎は苦笑い。
「大丈夫だよ」
「…………」
「やってみて気づく事って多いだろ?人間、何かに一歩踏み出してその場所を知る事も大切だ」
こうして、竹林のA組行きは確定し、無事彼は本校舎へと戻っていった。
「柴崎先生」
廊下を歩いていると呼び止められ、振り向けば真っ黒焦げになっている物体。
「……俺の知り合いにはこんな丸焦げいないな」
「殺せんせーです!!殺せんせー!!」
「…どうした、その顔。焼かれたか」
「アフリカに行って日焼けを少々。ついでにマサイ族とドライブしてメアド交換も」
「後半は聞いてない。…何か用?」
「…竹林くんのことです」
だろうな。と小さく息を吐き、目の前の黒い物体に目をやる。
「私は自分の意思で出ていった彼を引き止めることはできません。ですが、新しい環境に彼が馴染めているかどうか…私には暫し見守る義務がある。…と思うのですが、柴崎先生はどう思われますか?」
「なんだ、珍しく弱気だな。いつもの自信はどうした?」
「尋ねてみたかったんです。貴方は観察眼が鋭いですから」
「……、いいんじゃない?見守ってあげても。一応元担任だったわけだし。したいようにしたら?」
「いいんですか?」
「バレなきゃね」
「…ヌルフフフフ、ありがとうございます。柴崎先生。…生徒達にも、そう話しました」
「彼等の方がお前より幾分か割り切ってたんじゃないか?」
「はい。…殺気が結ぶ、絆ですねぇ…あれは」
「あっそ」
歩き出した柴崎の隣を殺せんせーも歩く。
「そういえば」
「にゅや?」
「お前音痴なんだな」
「にゅやぁぁあ!?な、なぜ!?」
「テスト前の放課後、竹林くんに歌で何か教えてたろ。音痴過ぎて笑った」
「そそそそそんなぁぁ!?私音痴ですか!?」
「すっごい音痴。あんなんじゃ憶えれないだろうね、竹林くんも」
「なんと…ッ!なんという…ッ!!」
「……そこまでショック受けなくても…。後廊下の真ん中で座り込むな。邪魔」
「柴崎先生辛辣!!!」
「…で、彼等は何をしに行こうとしている」
「本校舎に殴り込み?」
「…俺は確かにカモフラージュを教えたが…」
「…ちょーっとズレてるねぇ」
頭に紐を結び、その間に草木を差し込み周りと同化する。同化しきれていないが。
「…心配だ」
「…烏間、心配し過ぎると疲れない?」
「お前は心配じゃないのか?」
「心配だけど、お前ほどじゃないっていうか…」
「もしあれでバレてみろ。色んな皺寄せはどこにくる」
「俺たち…かな」
少し離れたところから見ておこうと言うことになり、E組生徒達より何倍も上手く気配を消して見守る。見守ったが特に何が起こったわけでもないので無駄な心配だったわけだが。
そしてその日の放課後。
「烏間先生、柴崎先生」
教員室でいつものごとく仕事をしている2人と、雑誌を読んでいるイリーナ。
「今から私、夜に紛れてきます!」
「紛れるか」
「バレバレだ」
「一発ね」
「にゅや!?この完璧な忍者スタイルがですか!?」
「成りきれない忍者ね」
「忍べない忍者だ」
「その図体で隠れることが難しい」
「ふぬぅぅぅう…ッ!」
完璧だと思っていたのに…ッ!と床に倒れこむ殺せんせー。それを、あー邪魔だな、本当に。という目で見る3人。
「さっさと行ってこい」
「にゅ?」
「…行くんだろ?早く行かないと竹林くん、帰っちゃうよ」
「…ヌルフフフ、はい。行ってきます!」
そう言って殺せんせーは窓から出ていった。
「なぁに。竹林に関係があるの?」
「まぁね」
「ふーん?」
「担任らしく、担任らしいことをして来るんだろうね」
「担任らしいこと?」
「腐っても、あいつはE組の担任だからな」
「そうそう」
「??」
そして、急遽行われる全校集会。
「…何やらかした。あいつは…」
「…助言?」
「助言一つで全校集会させるのか…?」
「…いや、まぁ…」
「…はぁ。まぁいい。…彼が出てきたから、なんとなく分かる」
壇上に目をやれば、一つ礼をする竹林だ。集まった生徒達はざわついている。先日既に集まりがあり、報告も全て終わったのに何故あるのだと。
「…はァ?」
「また竹林がスピーチ?」
「胸騒ぎだ…」
「え?」
千葉の言葉に杉野が振り返る。
「竹林から殺気を感じる。なにか…大事なものをメチャクチャに壊してしまいそうな」
「僕の…やりたい事を聞いて下さい」
その様子は理事長室にいる浅野学峯ま見ていた。
「僕のいたE組は…弱い人達の集まりです。学力という強さが無かったために本校舎の皆さんから差別待遇を受けています。でも僕は、そんなE組がメイド喫茶の次ぐらいに居心地が良いです」
「「「「!!!?」」」」
驚きを隠せない生徒達。それを他所に、竹林のスピーチは続いていく。
「…僕は嘘をついていました。強くなりたくて、認められたくて…。でもE組の中で役立たずの上裏切った僕を級友達は何度も様子を見に来てくれた。先生は僕のような要領の悪い生徒でも分かるよう、手を替え品を替え、工夫して教えてくれた。家族や皆さんが認めなかった僕の事を、E組の皆は同じ目線で接してくれた」
その言葉にE組の生徒達の顔から笑みが浮かび始める。
「世間が認める明確な強者を目指す皆さんを…正しいと思うし尊敬します。でも、もう暫く僕は弱者でいい」
壇上の机に置かれたE組管理委員会と書かれた紙の下に置かれる1つの表彰。
「弱い事に耐え、弱い事を楽しみながら強い者の首を狙う生活に戻ります」
それを許さないのが裏に居た浅野だ。
「…イカレたか、雑魚が!!撤回して謝罪しろ竹林!!さもないと…」
そこで言葉が止まる。竹林が手にしたのは硝子で出来た表彰。そこには浅野学峯と書かれている。理事長の物だ。
「理事長室からくすねてきました。私立学校のベスト経営者を表彰する盾みたいです。…理事長は本当に強い人です。全ての行動が合理的だ」
懐からナイフを取り出す。そして、振り上げると…その盾を割り、床に叩きつけた。
「浅野君の言うには、過去これと同じ事をした生徒がいたとか。前例から合理的に考えれば、E組行きですね。僕も」
周りが唖然とする中、竹林はとてもスッキリとした顔付きで壇上から去り、裏へ行く。
「…はぁ、やる事が大きいねぇ」
「あぁ…。驚いた」
「けどスッキリした顔してるし、良かったんじゃない」
「そうだな」
一件落着か、と2人して息を吐いて何とげなしに上を見てギョッとする。
「「はッ!?」」
そこに居たのはまだ日焼けが直らない殺せんせー。そして何処からか聞こえてくる生徒の「天井にバスケットボールが挟まってるぞ」発言に2人はどちらともなく青筋を立てた。
「…二学期からは新しい要素を暗殺に組み込む。その一つが火薬だ」
「か、火薬!?」
「空気では出せないそのパワーは暗殺の上で大きな魅力。でも、以前寺坂くん達がやった様な危険な仕様な絶対厳禁だ」
「その為には、火薬の安全な取扱いを1名に完璧に憶えてもらう」
「さて、誰が憶える?」
「俺と柴崎の許可とその1名の監督が火薬を使う時の条件だ」
分厚く、しかも何冊もあるそれを見て生徒のやる気はどん底である。しかし、一人の生徒が名乗りを上げた。そして2人が持つその本を手に取る。
「勉強の役に立たない知識ですが、まぁこれもどこかで役に立つかもね」
「暗記出来るか?竹林くん」
「相当な量だけど」
「えぇ、二期OPの替え歌にすればすぐですよ」
そう言いメガネを指で上げる竹林を見て、烏間も柴崎も安心した様に首肯する。
「分からない所があったら遠慮なく聞いてきて。教えるから」
「これでも柴崎は暗記のスペシャリストだ。その本数冊くらいなら1文字たりとも忘れていない」
「「「「マジで!!?」」」」
「歩く辞書なんて呼ばれて同期の頭ど突いた事あるよ」
「ほ、本当に覚えてるんですか…?」
前に立つ磯貝が信じられない風に聞く。それにじゃあ見れば分かると烏間は言う。
「柴崎。火薬に関する取扱改正版P256に載っている火薬・爆薬の種類は?」
「ん?…えーっと、…黒色火薬、アミドプルパー、綿火薬、下瀬火薬、硝安油剤爆薬、スリラー爆薬、カーリット、ダイナマイト、ペンスリット、TNT、ヘキソーゲン、オクトーゲン、過酸化アセトン、笛薬、ニトログリコール、ピクリン酸、液酸爆薬、コンポジション爆薬、PBX爆薬、ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン、FOX-7、トリアミノトリニトロベンゼン、オクタニトロキュバン、ニトログアニジン」
「な?」
「「「「じ、辞書だ…!!」」」」
※wikipediaから引用・参照
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