取るに足らない物々
たとえばそう、赤子の柔らかい手足。
本来庇護を誘うであろう脆さも、吸い付くような瑞々しい感触も、なんの意味もない。
たとえばそう、死に絶えた小さな生命に涙する幼子。愛玩動物など元来身勝手な人の上で成り立つ命の、存分に全うした生の先の死に、何の感慨があるのか。
たとえばそう、混雑した店先で荷物を漁り、行列を作り項垂れる老婆の小さな背中。若者に社会に迷惑をかけたことに対する申し訳なさ。思い通りに動かなくなった身体へのもどかしさ。ただ終末へ向かう虚無感。どれも全て、力を持たぬからだろう。自らの母と重ねて人は老婆に優しくするのか。潜在意識の底の母に畏怖の念を抱き、無碍には出来ないのか。馬鹿らしい。
たとえばそう、恋する乙女の伏せた瞼。一過性の熱に我を忘れて一生の過ちを犯す行動力には正直感服はするが、この世で最も愚かなことのうちの一つだ。伏せたまつ毛が作る陰影が揺れて、凡庸な瞳の交際が怪しく光る。
たとえばそう、大いなる力に抗う人々。強者が生き残る自然の摂理と、誰もが頭を垂れて命を請う時代の大きな流れに逆らう愚か者共。はらわた煮えくり返るような魂の煌めきは、一体何を拠り所としているのか。全て潰せばこの心は安らぐのか。
あとはそう、崩れゆく鼻筋。爛々と輝くほどに深く切れ込む瞳。脆くなった四肢。しゃがれた声。本来瑞々しい生命力溢れた姿で生まれ、何かを慈しみ、産み、育て、やがては朽ちていくとて敬われ天寿を全うする肉体。血の繋がり。他人への情。ただ一つのはずだった魂。
取るに足らない物々。