暴かれた真実は再び蔦に覆われるのだ


 今年の夏は殊更に暑いと、クラピカはゆだるような地面を見つめる。
 おまけにこの国の夏は湿度が高く、高緯度に位置していた生まれ故郷からすると不快な気候だ。振り返り、遠くの沼地に目を細める。まだ太陽は低い位置にあるというのに、この時間でこの暑さだ。今日も気温が上がることが予想され、自然とため息が漏れた。前方に目を戻し、遠く霞む街の遠景を見据えるとクラピカは歩き出す。金属同士が触れ合う硬質な音がどこか響き、嫌という程見慣れた鎖の幻影が視界の隅にちらついていた。

 街への買い出しは、もっぱらクラピカの仕事だった。修業をしている湿原の中の森から、街までは常人の足で往復五時間はかかる。プロのハンターともあれば、もちろんその半分以下の時間で行って帰ってこれる。が、クラピカ達は森で動植物を狩り基本的には自給自足の生活をしていたので、わざわざ街まで物資調達に行く必要はない。どうしても購入する必要があるのは、洗濯石鹸や衣料品の替えなどの生活必需品や、または酒類の嗜好品くらいだ。
 今回の買い出しもまた、酒類の購入が主たる目的だった。無論、クラピカが摂取するためのものではない。クラピカに念の手ほどきをしているイズナビのためのものだ。
 なぜこんな無駄なものを、と思う気持ちがないわけではないが、教えを乞うている立場上やむを得ないことだった。これも基礎トレーニングの一環だと無理矢理思いこみ、クラピカは地面を強く蹴った。


 少し質の良い洗濯石鹸、この国では多くの税金がかけられている煙草が一カートン、ペールエールが二ダースに、四十八度の蒸留酒、山羊乳のチーズ、ソーセージ、サラミ、オレンジペッパーに、クカンユ鶏の卵、そして最近巷で話題のジャポンレストランにてテイクアウトを何品か。

 肩当が食い込むほどに荷物を背負いキャンプ地点に戻ったクラピカは、想像していなかった光景にしばし足を止めた。
 姿が見えないうちから、イズナビが誰かと会話を交わしていることには気づいていた。あと数メートルという距離まで近づき、視認できたその姿が見覚えのあるものだったから、クラピカには彼女を注視すべきだという警戒心が働いた。
 遠目にイズナビが手招きしているのが見え、クラピカは歩みを再開する。足元の草は出た時と違い乾いていたが、上昇した気温のおかげで地面から立ち昇る草いきれは息が詰まるほどだった。
 近付いてみればイズナビの機嫌が良いことが窺え、その機嫌の良さは久方ぶりにうら若き娘と言葉を交わしたことに起因するものということは容易に想像がつく。そして話し相手の若い娘は、クラピカを認めると大きな丸い目をさらに丸くさせた。この女――ウタが――人里離れた湿原の中の森に現れたことはもちろん、彼女がヒソカと知り合いであるという基礎情報が、クラピカに警戒心を抱かせていた。
「お疲れさん」
 イズナビが片手をあげて気楽な調子で声をかける。クラピカはそれには答えずに、ウタを見つめたままだ。
「買い出しに行っていた弟子って、クラピカさんだったのですね」
 ウタは力を抜いてクラピカに微笑みかけた。クラピカは頬を緩めることなく、柔らかく微笑む女をつぶさに観察した。
「なぜ君がここに?」
 発した声音に、棘がある自覚はあった。隠そうという配慮がないから冷たさが滲んでしまうのは当たり前だ。過酷な日差しに目を細め、彼女も彼女でクラピカの真意を見極めようとしているようであった。
「え、なに、知り合い?」
 イズナビだけが蚊帳の外で、弟子と女の顔を交互に見比べる。瞬きすらしないクラピカの周囲を羽虫が飛んで、酷く鬱陶しかった。
「……たまたま、近くに立ち寄ったものですから」
 こんな人里離れた僻地に“普通”の若い娘がたまたま立ち寄ることなどあるものか、という当たり前の疑問に、彼女よりもむしろイズナビの方が積極的に説明をした。
「ある民族の研究をしてるらしく――なんて言ったか?――ああ、そうだゲブドラ族……それに所縁のある場所を訪れてるんだと」
 調子よく喋る師匠を、刺すようにクラピカは目で制した。意図が伝わったかは分からないが、彼は口をへの字にさせて肩をすくめた。
「その民族について調べることが、君が元いた場所に戻れることに繋がるのか?」
 確かに、この近くに遺跡があることはクラピカも心得ていた。決して立派なものではなく、かろうじて残る石造りの柱と二面だけの壁でかつて建造物があったと分かるそこは、遺跡というよりむしろ廃墟と呼ぶ方が正しかった。
 ウタは思慮深い黒茶色の瞳に太陽の光をわずか緑に反射させてクラピカを見つめ返す。ハンター試験のあの場で出自に関わる話をクラピカに聞かせたことを悔いているのかもしれない。
「……元いた場所に戻るのは、目処が立ちましたので当面はいいのです」
 彼女は諦めたようにクラピカから視線を外し、首を振った。

 彼女が言うには、やはり突然見知らぬ場所に移動してしまった現象は彼女の念能力が原因だという。能力について知るきっかけがあり、今は故郷へと続く道を探している途中ということだ。
「故郷へ続く道……?」
 クラピカとともにウタの話を聞いていたイズナビが眉を寄せる。世界中これだけ交通網が発達した世の中で、障害となるものは何だろうか。入るのに特殊な許可が必要な場所か、もしくは渡航に莫大な費用がかかるか、あるいは、故郷とは概念的な話かもしれない。
 恐らくこちらの疑問を推察して、ウタは眉を下げた。
「ごめんなさい、私の能力に関わるから、お話できるのはここまでなんです」
 愛らしいウタの表情に、真面目な顔をしていたイズナビは途端にふざけた顔を覗かせる。
「そりゃ、構わんさ。他人に能力のことなんか喋るもんじゃない」
 ひらひらと手を振るイズナビにクラピカは不本意ながらも感心した。彼はウタの話の最中ずっと凝をしていたと、今になって気付いたからだ。だらしがなくふざけた男だが、念能力者に対する警戒心と心構えは、ついこの間念の存在を知ったばかりで今も基礎修行の途上である自分とは天と地ほどの差がある。念能力者に対しては息をするように凝をすることを忘れぬようクラピカは心に留めた。
「それで、その遺跡で収穫はあったのか?」
 クラピカの質問にウタは小さく頷く。
「ええ――正確にはまだ分からないですが――十中八九当たりかと思われます。調査に数日かかりそうですが」
 ウタの返答にクラピカのオーラに少しの乱れが生まれた。即ち、彼女はこの近辺に数日滞在するということで、基礎修行の大詰めである発の特訓に勤しんでいる自分には都合が悪かった。
 まさに先程イズナビが言った通り、他人に能力を知られることは避けなければならない。
「おっ、じゃあ数日はこの辺に滞在するんだな――いやあ、無愛想な弟子と二人きりの生活にも飽き飽きしてたし嬉しいぜ。お近付きの祝杯をあげようぜ」
 弟子の心中を知ってか知らずか、彼は買ってきたばかりの荷物を開封し始めた。クラピカは自身の眉間を揉み解す。

 イズナビは特に、最近巷を騒がせているジャポン料理に大喜びだった。クラピカはついこの間、ハンター試験でスシという料理の存在を知ったのだが、その数か月後にはジャポン料理を扱うチェーン店「ジャポンレストラン ヤマト」が爆発的な人気を博し、スシロールも代表的な人気商品の一つである。今やジャポン料理は世界的なブームを巻き起こしていた。
「一回店でも食べてみてえなあ、ジャポンの料理人がちゃんと調理してるんだってな」
 ペールエールを呷りながらイズナビは管を巻く。「ヤマト」は世界の主要都市に出店しているが、それぞれの店舗の料理長にはジャポンの料理人を採用しているという徹底ぶりだ。その一方で、扱うジャポン料理は各大陸向けにアレンジされており、経営者は余程の敏腕であることが窺える。
 ビールに合う焼き鳥を美味しそうに頬張るイズナビを、ウタは嬉しそうに眺めていた。

 クラピカの修行はいよいよ大詰めに入り、鎖を具現化しいつでも自由自在に出し入れすること、そしてそれぞれに能力を付与することが出来ればとりあえずの終わりを迎える。とりあえず、というのは念の修行に終わりなどないからだ。形としての能力は定まったとしても、その威力、範囲、持続力は如何に基礎能力を向上させるか次第であり、そしてまた能力をどのように応用させるかも、これからのクラピカ次第なのである。


 終わりは突然やってきた。
 これまで、視界の端々に幻覚のように揺れる鎖がちらついていたものが、ある時急にリアルさを伴って現れた。ひやりとした感触も、金属が擦れ合う硬質な音も、鉄臭い匂いも、何度も何度も触れて舐めて嫌というほど夢にまで見ていた鎖そのものだった。またすぐに消える幻覚かと思われたそれはズシリと重く、すとんとクラピカの内側に落ちていく。
(なんだ、コツを掴んでしまえばこんなものか)
 一度具現化出来てしまえば、その感覚を忘れるということはない。赤子の頃にどうやって歩き出したのか最早思い出せないように、今となっては鎖を出せなかった自分が嘘のようだった。

「そうだな、合格だ」
 鎖が具現化出来たことを告げると、イズナビは少し目を丸くさせた後に何とも言えない顔で頷いた。後から聞いた話だが、イズナビの想定した時間よりもずっと早くクラピカは具現化まで到達したらしい。とにもかくにも、四体行の発まで修めたクラピカは、これにて正真正銘のプロハンターとして認められたのだ。
「だがそれぞれの鎖に付与する能力はこれから決めていくんだろう――まだ時間的猶予があるなら、粗方能力を決めるまで付き合ってやるさ」
 クラピカはむしろ、ウタがこの場に同席していることの方が気になって、師匠の申し出を素直に有難ることは出来なかった。
「まあ大体の希望は既に聞いているが細かかいとこを詰めてこうぜ」
「では私は少し外しますね」
 クラピカが嫌味を織り交ぜながら師匠に釘を刺すより早く、ウタが立ち上がった。クラピカの視線の棘に気付いたのか、彼女の自発的な配慮かは判断が難しいところだが、我が師よりも数倍も気が利くことだけは確かである。

 敵を捕らえる能力、探索する能力、治癒能力、は既に決めている。どれも“一人で”旅団と渡り合うためには必要な能力である。そして肝心要の旅団を壊滅させるための能力――これも大枠のところは決めてはいるが、細かな制約を考え抜く必要があった。自らに制約を課すことで飛躍的に能力を向上させることも、既に考えているとことではある。しかし条件によっては対旅団であっても圧倒的に不利になりかねない。この制約と、個々の能力の決定は慎重に慎重を期すことが求められた。

 それから数日が経ったある日、クラピカは初めてウタの調査する遺跡に足を踏み入れた。わずか二十坪程の広さだ。もしかしたら本当はもっと広かったのかもしれないが、背の高い草が生え放題になっていてどこまでが建造物だったのかその境は曖昧になったいた。屋根の大部分が崩落し、夏の日差しが生い茂る枝葉越しに降り注いでいる。かろうじて残った大きな柱には蛇のように蔦が這い、壁という壁は苔むしていた。重なる葉によって弱まる日差しと豊かな緑のおかげか、建物の内部のはずなのにむしろ外よりも空気は新鮮に感じられる。
 ウタは真北に位置する大きな柱に向き合い、懸命に何かを削り取っていた。カリカリと乾いた音がしばらく続き、たまにふっと息を吹きかけ、また削り取っていく。やがてある程度の広さになると、彼女は目を皿のようにして柱を眺め、そしてほう、と感嘆の息を漏らした。
「それは壁画と――文字か?」
「きゃっ」
 クラピカが話しかけると作業に没頭していたウタは文字通り飛びあがった。クラピカを認めると、彼女は脱力したように、ぺたんと尻餅をつく。
「……すまない、驚かせるつもりはなかったのだが」
 クラピカは素直に詫びた。首を振り恥じらうように笑うウタは汚れや罪を知らぬ無垢な少女に見えた。
「いえ、集中し過ぎてて気付かなかったもので」
 クラピカは頷く。彼女が集中していたからこそ、邪魔をしないように一息付くまで声をかけずに待っていたのだということは、あえて言わなかった。
 クラピカの視線が今しがたウタが作業をしていた柱と、向こうの壁に移ったのを捉えウタは知的な笑みを口元に湛えた。
「あの壁一面の壁画は約四百年前に描かれたもので、こちらの柱に刻まれているも同年代に描かれた文字です」
 クラピカの疑問に答えてくれるらしい。壁画の方は北側の壁に描かれ、蠢くように這う蔦がそこだけ取り除かれていた。一方、柱の方も蔦が取り除かれると同時に、刻まれた文字の上に堆積した砂や汚れが落とされている。これだけの蔦を取り払う作業はかなりの労力を要するだろうし、元の文字の形を損なわぬように少しずつ汚れを削り落としていくのは地道で根気のいる作業だ。
 ウタは壁画を見上げ微笑みを湛えている。これだけの作業による疲れは見えなかった。削り取った柱の粉と埃が舞って外から差し込む夏の日差しに輝いているおかげか、ウタの雰囲気を一層儚く神秘的なものにさせていた。

 ウタはふと、クラピカの纏う雰囲気が変わったことに気付いて振り向いた。それは所謂殺気と呼ばれる類のものだ。一目その顔を見て、ウタは音もなく息を呑む。
 クラピカの両の目は、真紅に変わっていた。
 緋の眼。それがクルタ族固有の体質であることも、感情の昂りに起因していることもウタは十二分に承知していた。ただ何がきっかけになったのか、心当たりがまるでなかった。
「すまない」
 クラピカの声に怒りや動揺はなかった。ゆっくりと二度瞬くうちに、すっと熱が引くように瞳の赤みは消えいつもの黒茶色に戻っていた。


 昼食の支度をすっかり調え待ちくたびれたイズナビは、クラピカとウタが姿を現すなり文句を飛ばした。
「遅かったじゃねえか。もう焼けるからすぐに呼んでこいって言っただろ」
 丸々と太った水鳥をこんがり焼いて、彼は既に食事を始めている。クラピカとウタはそれぞれ謝ったが、クラピカのそれは事務的なものだった。
 この一週間の間、イズナビは時折ウタも呼んで、皆で食事を囲むことが何度かあった。今日は鳥の丸焼きのほか、根菜のスープと川魚のマリネが並んでいる。回を重ねるごとに、イズナビの手料理は豪勢になっていった。
「足を捻ったのか」
 師匠がいそいそとクラピカとウタの為に料理を取り分けるのを尻目に、弟子であるクラピカは唐突にウタに尋ねた。
「え? 足?」
 ウタが答えるより先にイズナビが聞き返す。
「先ほど驚かせて、転ばせてしまったのだ」
 クラピカは端的に説明し、再度「すまない」と詫びた。
「いえ、そんな。歩けないほどではないですし――何より私の不注意ですから」
 驚きとともにウタは答える。普通に歩いていたつもりだが、やはりプロハンターの前ではウタ程度の取り繕いなど容易く見破れるものなのだ。特に戦闘経験の豊富な者ほど、相手の弱点を見出すことが得意なものである。
 クラピカはじっとウタを見つめ、何か思案していた。いや、違う。そうすることは決めているが、どう切り出すか考え巡らせていた。
「ついでといっては失礼なのだが、私に治療させてくれないか」
 クラピカの申し出にウタは「治療?」と小さな口で聞き返す。イズナビは隣で呆れたように肩をすくめた。
「そりゃお前、実験台になれってことか。まあ習うより慣れろとは言うけどな」
 クラピカは師匠の言葉が聞こえていないかのように、ウタだけを見ていた。
「ええ、私でよろしければ」
 すんなりと、ウタは了承した。「実験台」などという不吉な言葉を耳にしていながら、二つ返事で快諾したウタにクラピカは眉を開く。
「いいのか?」
「むしろ開発途上にある能力を私が見てもよろしいのですか? クラピカさんの体質にも関わる、秘匿性の高い情報でしょう」
 ウタの指摘にクラピカは目を細めて彼女を見つめる。治療が念能力に依るものだと、話の流れからは容易に分かるだろう。開発途上。これも確かにそうだ。体質に関わる――なぜそうだと思う? どこで感づいた? クラピカは緋の目に関する能力のことを一切話していない。師匠がうっかり喋っているのなら話は別だが――仮にもこの世界で長く生き残っている男だ、それはあるまい――何かしらのヒントを拾ったに違いない――つい先ほど緋の目になったが、まさかあの一瞬で――……。
「構わない」
 クラピカの中で結論が出て、それでも問題ないと判断をする。ウタは小さく頷き、ズボンの裾をたくし上げた。白く華奢な踝が露わになる。少し腫れているようだ。よくもまあ、この腫れで何でもない顔で歩いてきたものだと感心しつつ、クラピカはウタの正面で膝を突く。しばしウタの腫れた足首を見つめていたクラピカだが、その目の焦点は別のところにあるようである。やがて、時間をかけてゆっくりと、クラピカの瞳が赤く染まる。まるで赤いインクを水に溶かしたかのような、滲み出すような緩やかな変化で、先刻遺跡で見せた瞬間的な変色とは異なるものだった。
 イズナビとウタが見守る中で、クラピカは右手に鎖を出現させた。瞳の色の変化とは比べようもないほど自然で素早い具現化である。五本の指には鈍色の太い指輪が嵌められ、それに繋がる鎖が袖口の中に隠れている。そのうちの親指の鎖を鞭のようにしならせ取り出す。鎖の先端には十字架が付いており、治癒能力を担わせていることが一目で分かる。
 クラピカが念を込めるのを、当然ウタもイズナビも凝の状態で観察していた。鎖を一振りするとたちまちウタの足の腫れは引いた。恐る恐る体重をかけるも、少しの痛みもなくウタはほっと小さく息を吐く。
「ありがとうございます」
「問題ないか?」
「ちっとも」
 ウタの返答にクラピカは頷く。技の成功による喜びは見えないから、もう何度か成功しているのかもしれない。
「相応の代償があるのでしょう」
 綺麗に戻ったウタの足首を診るクラピカのつむじに向けてウタは尋ねた。
「……やはり、遺跡で気づいていたのか」
 クラピカはウタの足首の観察を続けたままで聞き返す。クラピカは捻挫が完治していることを確認すると顔を上げウタを見つめた。ウタはいつもの微笑みで誤魔化すことなく頷いた。
 クラピカはすぐに察していた。遺跡で緋の眼に変わった時、ウタはきっと凝でそのオーラの変化を如実に観察していたのだということを。それは念能力者として当たり前に持ち合わせるべき立ち振る舞いだ。そして彼女は鎖を出現させる「具現化系」の能力と人体を治癒をする「強化系」の能力を目の当たりし、なおかつ修行を始めたばかりのクラピカがそのどちらも申し分なく使えていることを、緋の眼の時のオーラの変化とを結び付けて考えただろう。
「ああ、寿命が減る」
「……どれくらいのペースで?」
「分からない」
 無論クラピカとしてもそこは押さえておきたい必須の情報だった。寿命が減る、と分かったのは緋の目になった時のオーラの消耗を見てイズナビが判断したものだ。全ての系統の能力を最大限まで引き出せるというバフがかった代物は、それ相応の代償が妥当だとも。イズナビの経験則からも間違いはなさそうだ。しかし肝心の寿命が削られる速度が分からなかった。イズナビの話では平穏時のオーラの総量と念能力使用時の消費量、それから緋の目になっている時の消費量とを比較してある程度の推察は出来るのだそうだが、まだ発展途上にあるクラピカの不安定なオーラでは予測を立てることは難しい。
「もう一度、緋の目になっていただけますか」
 ウタが申し出た。この能力の代償が如何ほどかを、推し量る術を何か持っているのかもしれない。
 クラピカは宙のただ一点を見つめる。じわり、紅が瞳の内から滲み瞳を染めた。
「失礼します」
 ウタはクラピカの手首に手を伸ばし掴む。腕時計の秒針を見ながら、彼女は脈を計る。なるほど、と納得すると同時に何故この考えに至らなかったかとクラピカは己の思慮の浅さを悔いた。生物は、一生のうちに心臓が脈打つ回数が決まっているという。一般的に体の大きな長寿命の生物ほど脈は遅く、小さな短命の生物は速い。
「……一秒間につき、一時間」
 緋の目の状態、それから通常に戻った状態でそれぞれ脈を計った後に、ウタはそう告げた。それなりの代償であることは覚悟していたが、一秒の使用につき一時間寿命が縮むというのはかなりのハイペースだった。
「つまり一時間使用すれば百五十日だけ死期が早まるのか――切りの良い数字なのは、概算だからか?」
「いんや」
 傍から二人のやり取りを見守っていたイズナビがクラピカの疑問に口を挟む。
「あながち、大きく外れてはいなさそうだ。念能力ってのはな、何をとっても、すとんとそこにはまり込むようになっている。たぶん、人から生まれた生命エネルギーによって作られるものだから、その人その人の体質や思想、感情に大きく依存して、ぴったりと合うようになっている。だからこういった制約の時間や距離や程度の大きさなんかの数値化できるようなものは、大抵切りのいい数字になっていることがほとんどなんだ」
 イズナビはウタを見る目が変わったかのように真面目な顔で説明した。目の前の幼気な少女が思いがけず見せた知性と念への理解に驚きと警戒心を抱いたようだった。
「しかし一生のうちに脈拍する回数は決まっているってのはあくまで生き物としての目安だ。ある程度平常時のオーラの量が分かったところで、そっちの面からも計算して照らし合わせてみるといい」
 クラピカは頷く。ウタに能力の核となるところを知られてしまったのはもちろん喜ばしいことではない。しかしそれ以上にこのタイミングで能力の代償の程度を知れたことは大きくな収穫であった。
「礼を言う」
 ウタに向き直りクラピカは感謝を述べた。ウタは困ったように笑う。

 翌日、遺跡の調査を終えたというウタはクラピカ達の元を立ち去った。
 さらにその数日後、念能力の基礎を修めたクラピカもまた、進むべき道へと旅立った。

 これから夏はさらに猛り、暑さを増すだろう。
 そして緑は深く、暴かれた真実は再び蔦に覆われるのだ。




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