最強の男たちが今、
イタチが塵になって消えたその大気を、サスケは見つめていた。宙を睨む彼は何を思うのだろう。イタチについて。一族について。里について。忍という存在について。しかし憎しみにより生かされていた頃とは違い、その瞳には、自らで未来を掴まんとする意志が宿っている。
サスケがそうして、イタチが朧になって消えた天を仰いだままで、どれくらいが経っただろう。酷い倦怠感に襲われるモモカにはなかなか次の行動に移る気力が湧かず、しばらくの間、湖面の光を反射する青白い地下にはただ沈黙が流れた。
ただじっと佇むばかりで足先がすっかり冷え切ってきた頃、複数の気配が急激に近づいてくることにモモカは気が付いた。天井が崩れ落ち、瓦礫の細かい破片と土埃が舞う。落下してきたのは水月と重吾――そしてなんと――トウキにイクルだった。
重い瞼をこじ開けモモカが目を丸くしていると、水月が声を張り上げる。
「見ーっけた!」
次の瞬間、水月の体が液状になって飛び散る。トウキの義足から繰り出された強烈な蹴りが直撃したのだ。重吾は水月の前に立ち、イクルがいつでも反撃できるよう巻物に手をかけた。
「二人とも……なんで……!」
モモカの驚きの声に、サスケを捉えていたトウキとイクルは勢いよく振り向き、そしてその顔を見ると心底安堵した表情を見せる。サスケが怪訝な顔で一歩進み出た。
飛び込んできた水月と重吾、そしてトウキとイクル達はお互いに最大限の警戒をしつつも、サスケとモモカの姿を認めて表情を緩める。
「こんなところまで何の用だ」
モモカと同じ疑問を、言葉をだいぶぶっきらぼうに変えてサスケが繰り返す。どこか憑き物が落ちたような顔をしていた。
「君を見つけるのに骨が折れたよ」
わざとらしく肩をすくめながら水月言った。トウキもこれまたわざとらしく、鼻を鳴らす。
「俺たちの後をついてきたくせに」
トウキの挑発に水月はぴりりと殺気を飛ばす。
自然と、肉体派のトウキと重吾、巧みに特殊忍術を扱うイクルと水月がそれぞれ対峙する形になった。しかしサスケとモモカはお互い殺気も敵意もなく、あまつさえお互い背中を向けているものだから、トウキも重吾もイクルも水月も、のん気なものだと、皆が内心思い思いに苦言を呈していた。
「君こそ何してたのさ……、これがカブト……? なんかキモイね」
大きなため息を吐いて水月がカブトに目を向ける。
「イタチが転生されてモモカとここまで追ってきた。イタチと共闘して、穢土転生を解除した」
サスケの説明は端的すぎるほどに端的だった。水月とイクルは顔をしかめて、重吾とトウキは眉を吊り上げた。しかしそれよりもモモカは、ずいぶん久しぶりにサスケに名前を呼ばれたと思った。元々「あんた」だとか「おい」とかそんな不躾な言葉で呼ばれることが多かったのもあるが、彼に最後に名を呼ばれたのは体術の練習相手になっていた時なので、恐らく四年ぶりくらいだ。
トウキとイクルが説明を求めるようにモモカを見たが、モモカは「その通りだよ」と肯定するのみだった。倦怠感が著しい今の頭では、細かな補足をする気にはなれなかった。特に、モモカが経験した異次元の光景の話をして、あれやこれやと質問をされたり小言を言われるのは、元気な時まで待ってほしかった。
「今更お前らが何の用だ? わざわざ俺を探してまで」
サスケは手近な岩石に腰を下ろし尋ねた。嫌味ではなく単純な疑問らしかった。
「うん! そうそう、それがその、アジトですごいもの見つけちゃってさ……」
嬉々として水月は懐を探る。イクルが不愉快そうに顔を逸らして天井を仰いだ。水月が懐を探っている間に、重吾がサスケに向き直り会話に割って入る。
「さっきイタチとお前がカブトの穢土転生を止めたと言ったな……。だがマダラとかいう穢土転生は止まってないようだぞ」
サスケは驚いて息を飲んだが、モモカは首を捻った。
「どういうこと? そもそもマダラは転生されたのではなく、戦争を仕掛けた張本人だよね……?」
「二人いるんだ、マダラを名乗る人物が」
モモカの疑問にイクルが答えた。イクルもトウキも相変わらず抜け目なく水月達を警戒しながらだが、成り行きを説明する。
「俺らがマダラだと思っていた仮面の男の他に、もう一人マダラを名乗る人物が現れた。俺たちは直接目にしてないがとんでもなく強いらしく……どうも、本物っぽい」
トウキは納得いかない表情で腕を組んだ。忍たるもの、簡単に物事を信じるべきではない、というのは鉄則だが、信じ込んでいたものが覆される気持ち悪さは何年たっても慣れることはない。
「僕の話に水を差さないでよ! そんなことよりこれ……見てみてよ!」
重吾を押しのけ、水月は巻物をサスケに寄こした。巻物を解き、一読したサスケは目を見開く。モモカはトウキとイクルに目線をやったが、二人とも巻物の内容は知らないようで首を横に振っていた。
「これだ……全てを知る人間……」
サスケは顔を上げる。その瞳は相変わらず真っ黒だが、これまでとはまた違った力強さがあった。何か、拠り所がある者の持つ力強さだ。やるべきことが見えたのだろう。
「とりあえず会わなければならない奴ができた……俺は行く」
皆が、敵対していたはずの水月とイクル、重吾とトウキでさえもが、つい顔を見合わせた。
「……誰?」
「大蛇丸だ」
即答したサスケの言葉に、時が止まる。
「はあ?」
「ん?」
「おいおい」
「勘弁してよ……」
水月、重吾、トウキ、イクルの四人が口々に驚きと呆れの言葉を口にする。モモカは馬鹿みたいに口をぽかんとさせていた。
「大蛇丸に会うってどういうこと? 全てを知る人間て?」
畳みかけるように水月が問いかける。サスケは答えようとしなかった。
「大蛇丸を復活させるなんてだめだ」
鼻からサスケの回答など期待していなかったのか、水月は淀みなく続ける。彼は大蛇丸を復活させることに何のメリットもないことを、口早に訴えかけた。
「君が大蛇丸を倒せたのはたまたま奴の両腕が屍鬼封尽で使い物にならなくなっていただけさ! 仮に奴が復活したとしてもおそらく両腕を使えないだろう! でもだからってヤバイ! また君の体を狙われるよ! 大体奴がこの戦争を知ったら乗っからない訳がない!」
「僕も反対だ」
イクルが冷たい眼差しでサスケを射抜く。水月とイクルの意見が一致した。水月は不機嫌そうにイクルを睨み、イクルもまた不愉快そうに眉を寄せて睨み返した。
「大蛇丸を復活させて一つ二つのメリットがあったとしても、それを遥かに上回るデメリットがあるだろう」
水月はイクルの賛同を得て心底癪なようだったが、それでもイクルの意見に全面的に同意らしく煩わしい反撃をすることはなかった。
「今更大蛇丸なんて誰も見たくないし! 引っ掻き回されたくないしさぁ!」
「いいじゃねえか、危険ならその時は倒せば」
トウキの楽し気な声に、水月はしかめ面をさらに歪ませた。水月がトウキに文句を言うより早く、重吾が口を開く。
「俺はサスケに従う」
水月は信じられないものを見る目つきで重吾を睨んだ。
重吾とトウキはさして事態を重く考えていないようだ。水月とイクルの反対の視線などものともせず、サスケと、置物のようなカブトを見据えていた。
モモカは突然、閃いた。
「私も聞きたいことがある」
モモカの声に水月は盛大なため息を吐いた。イクルも心外そうにモモカを眺める。その眉間には気難しそうに皺が寄せられていて、なるべくそちらは見ないようにした。
直接大蛇丸の下に付いていた彼らは身に染みてその恐ろしさを理解しているのだろう。しかしモモカの脳裏には、大蛇丸が仙術について深く研究していたということがあった。先ほどの、光で溢れる異次元に飲み込まれそうになる現象について、詳しく聞けるかもしれないという考えがあったのだ。
「結局こうなるわけね……」
半ばやけくそになって水月がぼやく。重吾が置物のように地面から生えるカブトの一部をえぐり取った。そのまま横たわるアンコに触れようとしたので、トウキが彼女をかばうように立ちはだかった。
「危害を加えるわけじゃない」
トウキの警戒心に重吾は淡々と告げる。
「大丈夫だと思うよ」
モモカがそう言ったのでトウキは渋々アンコの前から退いた。トウキもイクルも、モモカの感覚には絶対的な信頼を置いているのだ。重吾はアンコの首に刻印された呪印にカブトの肉片を宛がう。次の瞬間、アンコの呪印がカブトの肉片を取り込んだかのように、皮膚が盛り上がった。トウキはアンコの首の不自然な盛り上がりを凝視する。
「酷い顔だよ」
イクルは大蛇丸の復活を反対しきれないことに関して諦めたのか、呆れたような顔でモモカに向き直った。確かにモモカの疲労は溜まっており、貧血のような症状を自覚していた。
イクルがモモカの手首と首筋にさっと手を当てる。
「脈が少し弱い。それから平熱より少し高いかな……これを」
イクルはスティック状の簡易食を渡しモモカの背に手をかざす。簡易食をかじると途端に胃が温まり、背中にかざしたイクルの手からも同時に温かさが広がった。チャクラを増強するイクルお手製の簡易食と、血の巡りを良くしてチャクラの流れを整える医療忍術の合わせ技だ。モモカは深く息を吐く。頭が幾分軽くなって、先ほどの別次元に移動したような不思議な感覚から、ようやく戻ってこれたような気がした。
イクルは治療の傍ら、物憂げな視線をサスケに向けた。
サスケはアンコの呪印に手をかざす。動作はイクルのそれと似ているが、そこに労りの類はない。彼はある種の感覚を掴もうとしているらしく、深く集中していた。かざしていた手を離すと印を結び、チャクラを練った掌を素早くアンコの呪印に叩きつける。
モモカもその様子を凝視した。恐らく、サスケが呪印封印の術を見たのは一回きり――それも中忍試験の予選の最中、呪印を付けられた直後のこと――自らが呪印に苦しんでいる最中のことで、その一回を見ただけで、真逆の術式を組み立てる手際には恐れ入った。彼は紛れもなく天才なのだ。もちろん血の滲むような努力もある――しかしこれは――センスとか、そういう類のものだ。
ずるり。アンコの呪印の盛り上がりから、そのまま引きずり出されたかのように大蛇丸が姿を現した。地中の穴から這い出る蛇のように出現した姿は以前の凶暴で禍々しいチャクラと不気味な姿形のままで、自然と誰もが臨戦態勢を取る。
あの禍々しい殺気を溶かし込んだ空気が、辺り一面に広がった。
「……まさか君達の方から私を復活させてくれるとはね」
大蛇丸の発した声もあの時のままで、一度サスケによって倒され細胞だけになった存在とは到底思えなかった。水月なんかは完全に重吾の後ろに隠れている。強張った顔のイクルのこめかみには汗が滲んでいた。
「それと、まあ、面白い組み合わせだこと」
大蛇丸は集まった若い忍達を見まわし唇を歪める。すぐ隣のイクルがさらに体を固くさせたのを、モモカは敏感に感じ取った。
「大蛇丸あんたにやってもらいたいことがある」
サスケは全く臆することなく大蛇丸に向き直る。大蛇丸を倒したこと出来事などまるでなかったかのような落ち着いた声だった。
「いちいち言わなくてもいいわ……アンコの中で見てたから」
淡々と告げる大蛇丸の言葉にモモカはトウキとイクルを窺い見た。トウキは怖い顔でまじまじと大蛇丸を観察し、イクルも依然、緊張した面持ちをしている。それから、水月は特に大蛇丸を警戒しているようだった。重吾はどちらかというと表情の変化は少なかったが、それでもやはりチャクラの流れには乱れがあった。彼らは皆、直に彼の凄惨な実験体にされていたのだから無理はない。むしろ緊張感のないモモカやサスケの方がおかしいのかもしれなかった。
「なら戦争のことも知っているのか?」
サスケの問いに大蛇丸は頷く。
「もちろん……それから一つ言っておくけど、私……この戦争に興味はないから」
水月が驚きの声を上げた。大蛇丸の表情はその言葉通り心底興味がなさそうで、偽りではないのだろうと、モモカは漠然と感じた。
口を結び神妙な顔をしていたサスケが、徐に巻物を差し出した。大蛇丸はそれを一瞥しただけで受け取らなかったが、その中身は当たり前のように把握しているみたいだった。
「奴らに会ってどうするつもり?」
「俺は……あまりに何も知らない。奴らに全てを聞く」
思いつめた顔だが、サスケの瞳からは、確固たる意志の強さが滲んでいる。
「奴らって?」
モモカが尋ねた。こういう場面で、たとえ敵対していた相手にも素直な言葉を投げかけられるのがモモカの長所でもあり短所でもあるのだが、あまりの遠慮なさに思わずトウキは苦笑した。
サスケがモモカに躊躇いなく巻物を投げてよこす。水月がまたしても声を上げた。
「ああっ、せっかく苦労して……!」
名残惜しそうに水月が手を伸ばすも、モモカは気にせず巻物を広げる。トウキとイクルが両脇から覗き込んだ。
「屍鬼封尽の……解呪……腹を切る……?」
モモカが呟き、三人はお互いに顔を見合わせた。
「本当にこんなことができるの?」
イクルの疑問に、水月が鼻を鳴らす。
「君ら馬鹿にしてるの? 大蛇丸様にできないことなんて――」
水月の言葉は途中で途切れた。大蛇丸が前触れもなく歩き始めたので、水月が身構えたのだ。水月だけでなく、イクルもトウキも重吾も、最大限の警戒心を持って大蛇丸の一挙一動に注目していた。水月はさっとサスケの後方に移動し、サスケおよび重吾とすぐさま連携を取れるようなポジションを取る。
大蛇丸は置物のようなカブトの肩に手を添え、振り返る。
「今のあなた……悪くないわね」
大蛇丸は興味深い顔でサスケを見つめていた。サスケは答えないが、代わりに水月が「用心した方がいい!」と叫んだ。
カブトの隈取が消え、大蛇丸のチャクラが力強くなる。どうやらカブトの仙人化を解き、カブトの中の自分のチャクラを回収したようだ。
「いいわ、協力してあげる。付いてきなさい」
慌てふためく水月を一笑し、大蛇丸が踵を返して歩き出す。
「……場所はどこだ」
サスケも動く。
「ふふふ、あなたもよく知る場所よ」
大蛇丸は微笑み、一同を改めて眺めまわす。サスケ、水月、重吾、イクル、トウキと順に見つめた後に、最後にモモカに視線を移した。
「私も付いて行っていい?」
モモカも、既に立ち上がり一歩を踏み出していた。水月がぎょっとする。モモカの申し出にトウキはすかさず文句を言った。
「私たち、だろ」
モモカはバツが悪く、鼻を掻きながら頷く。こういう時のトウキの瞬発力の速さは、昔から頼もしい。
「……うん、そうだね」
「やれやれ、大戦の真っただ中だっていうのに」
文句を述べながらも、覚悟が決まったのかイクルも肩の力を抜いて付いてきた。
「……勝手にしろ」
サスケはモモカ達に目もくれずに言った。当たり前の顔で重吾が続き、最後尾を、渋々水月が付いていく。
奇妙な組み合わせの面々に、大蛇丸はどこか満足そうだった。
「さあ行きましょう」
目的地は、なんと火の国だという。国境に近い場所とは言え、一体ここから何十里離れているのだろう――……。しかしその行程のうちの半分は飛んで行ったので、あっという間であった。イクルの忍鳥にモモカたちは掴まり、そしてサスケ達は重吾が呼び寄せた大きな鳥に掴まり数十里の距離を労さず飛んだ。重吾は自然と一体化することが得意らしく、術を使わずして動物たちを味方に付けることができるらしい。
そして中間地点の火の国入り口まで来たところで、今度は大蛇丸の術式によって、木の葉隠れの里のほど近くまで一瞬にして飛んでしまった。どうも、大蛇丸の仕込んでいたこのような瞬間移動のための術式のがそこかしこにマーキングされているらしい。冬霞の向こうに望む火影岩を捉えて、モモカは大蛇丸のその底の知れない力に改めて恐れ入る。巨大な蜘蛛の巣のように広がる縄張りの網は一朝一夕で張り巡らせられるものではない。こんなにも生活圏の目と鼻の先にまで瞬時に移動できる術をもっていただなんて――決して大蛇丸の怖さを見くびっていた訳ではないが、彼がその気になれば国盗りなど容易いことなのだと思い知らされた心地がした。
一行はまず、里の外れにある寂れた小さなお堂を訪れた。うずまき一族に所縁があるというそこは、人々から忘れ去られたかのように手付かずの状態で、草は生え放題、社も柱の木が腐り瓦屋根が崩れ落ちている。時の狭間に忘れ去られたような場所だった。皆が何の感慨もなく足を踏み入れる中で、トウキがわずかに瞼を震わせる。彼は、うずまき一族の血を引いている。少なからずとも、思うところはあるのかもしれない。
お堂の内部もやはりボロボロであったが、圧巻なのは壁一面に掲げてあるお面の数々であった。そのどれもが般若を模したお面である。忘れ去られたこの場所に足を踏み入れた者達を、地獄に誘うかのように睨みを利かせている。
大蛇丸は上衣の裾からするりと蛇を伸ばし、そのうちの一つを巻き取り引き寄せた。これから大蛇丸が行う術を実行するには、この死神の面が必要なのだという。
それから一行は木の葉隠れの里に移動する。まさかこの大戦の最中に戻ってくるとは思わなかった――……。一般人は数多く残っているので、皆外套を深く被り歩く。大蛇丸やサスケは余りに目立つし、モモカ達とて今はここにいるべき人間ではないのだ。
モモカは斜め前方を歩く大蛇丸の背中を見つめる。あんなにも敵対していた男が、モモカに無防備に背中を向け、その後を当たり前のように付いていくこの状況が不思議だった。あの頃のモモカに言ったって、きっと信じやしないだろう。モモカは少し歩を速めて先頭を歩く大蛇丸の隣に並んだ。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
ざっくばらんに話しかけるモモカに水月が面食らう。大蛇丸に付いてきているものの、皆彼を警戒して、何かあればすぐに反応できるように絶対に大蛇丸より前を歩こうとはしていなかった。トウキとイクルからは呆れているような気配がした。そういえば、自来也とともに行動している時にも、戦闘中にのん気にイタチと会話して呆れられたことがあったな、とモモカはふと思い出す。
「分からないわよ」
モモカの質問が読めているのか、先回りして大蛇丸が答えた。モモカは大蛇丸を見上げる。
「だって、私はそこに行ったことがないもの」
「……そこって」
モモカは思わず声を張り上げた。大蛇丸はモモカが体験した不可思議な光に溢れた場所のことを、それについてモモカが尋ねようとしたことを知っている。行ったことがないとは言うものの、そのような次元の存在は、知っているのだ。
「あそこは何だかわかる? どうして私が行けるんだろう?」
可笑しそうに大蛇丸は口の端を上げる。
「私に聞いて答えが得られると思っているのかしら? それこそ、“全てを知る者”に聞いた方が早いんじゃないかしら」
モモカは納得がいかずに唇を噛んだ。
「だって、あの場所の存在を、少なくともあなたは知っているじゃない」
「知っている、だけよ」
大蛇丸はにべもなく答える。
「あなたがしたことはね、いわば大地と一体化しているようなもので、そう易々と行ったり来たり出来るようなもんじゃないのよ。仙術は自然エネルギーを取り込むことによりその力を扱うけれど、それが過ぎれば逆に自然に取り込まれてしまうことくらい、分かるでしょう?」
大蛇丸の言葉は棘があったが、モモカにも理解できるようにわざわざかみ砕いて説明してくれているようだった。
「……おい、何の話だ? あの場所って? 一体何をしたんだ?」
トウキが低い声で尋ねた。彼は話が掴めないものの、どうやらモモカがとんでもない危険を冒したらしいことに気が付いて、怒っているみたいだった。振り返らずとも、イクルが恐い目つきをしていることも分かって、モモカは少し委縮した。
「……着いたぞ」
モモカの行く末などに全く興味のないサスケが口を開いた。辿り着いたのはかつてのうちは一族区画にある南賀ノ神社跡地だった。崩壊した鳥居のみがかろうじてここが神社だったことを示すのみで、社は跡形もない。サスケが印を結ぶと地面が揺れ動き、湿った土の下から三畳ほどもある大きな岩盤が現れる。岩盤は脛くらいの高さまで浮遊し、横滑りするように移動すると再び地面に着地した。岩盤の下から出てきたのは地下へと続く階段だった。ここが、うちはの秘密の部屋へと続く入り口らしい。
階段を下っていくと広い部屋に出た。奥にはうちはの家紋の下に、恭しく石碑が座している。石碑には細かく文字が刻まれていたが、モモカの知らない言語だった。イクルを見るも、首を横に振ったので、彼でも解読できない文字らしい。
「始めるわよ……離れていなさい」
大蛇丸が石碑の前に立ち、先ほど入手した面をつける。皆が固唾を飲んで見守る中、大蛇丸は苦しそうなうめき声をあげた。湯気のようにチャクラが立ち上り、やがてそれは現れた。
しかし、それは、厳密に言うと見えなかった。だから、誰にも、そこに現れたものの姿を確認できなかった。だが、確実に、そこにいるのだと、この場にいる誰しもが感じ取っていた。
モモカはその場を満たす濃密で、全身の毛が逆立つようなおぞましいチャクラから、この世の理から外れた何かが、いるのだと、まざまざと感じた。それは、畏怖そのものだった。
(あれも……さっきのをやれば視えるのかもしれない……)
モモカは粟立つ肌に畏怖そのものの存在を感じながらも、考えた。先ほどの地下で行った別次元からの祈り――すべての生命が光となって感じられる空間――あれを試みれば、きっと屍鬼封尽の死神だって、確認できるに違いないという、根拠のない確信があった。
やがて刀で切り付けられたかのように大蛇丸の腹が突然裂けた。
「戻ったわ……!」
血を吐きながらも、大蛇丸は両腕を掲げる。そこには失われたはずのチャクラが宿っていた。
「……準備なさい!!」
大蛇丸が死神の面を外して叫ぶ。重吾が仙術によって右手を肥大化させ、その獣のような手で呪印仙力をサスケに流し込んだ。もこもことサスケの胴体が歪に膨らみ、六つの影が飛び出す。サスケから抜け出し、狼狽えているのは白ゼツである。
すかさず水月とトウキ、イクルが飛び出し、それらを捕えていく。大蛇丸の仕掛けた封印陣に次々放り込んでいき、白ゼツ達は術式の中で這いつくばっている。
大蛇丸の発動で来た封印陣は四式で、そこに捉えられない二体の白ゼツは水月と重吾ががっちりと抑え込んでいた。
「OKっすよ! 大蛇丸様ぁ!!」
ついさっきまではあれだけ文句を口にしていたというのに、水月は生き生きとして白ゼツの一体を羽交い絞めにしていた。水月という男も、根っこの部分はどうやら制することに悦びを感じる類の人間らしい。それを責めるつもりも糾弾する気も更々ないが、隠しきれない嗜虐的な表情が垣間見えて、モモカは人間の持つ多種多彩な側面を不思議に思わざるを得なかった。
大蛇丸が最後に印を結び終え、力を取り戻した掌を地面に突く。そこから紋様のように術式が拡がり、陣の中の白ゼツ達にまで達すると、その表面を数多の塵が覆いつくした。苦しそうな叫び声が白ゼツ達から上がり、やがて覆う塵によりその姿は見えなくなる。
(苦しいのか――きっと、生きながらにして喰われる――存在が消えることの苦しみ――)
藻掻く白ゼツが徐々に別の姿に変容していくのをつぶさに観察しながらモモカは考えた。知れば知るほど、穢土転生という術はこの世の理に反している。この世の理が何たるかを、説明できるほどの悟りがモモカにあったわけではないが――できることなら、使わない方がいい術なのだと、ひしひしと感じた。
「さあ来るわよ!」
腹から多量の出血をしている大蛇丸が崩れたかと思うと、その体が地面に沈むより速く、口からずるりと蛇が這いずり出る。それは死した肉体を捨てた大蛇丸の本体であった。そしてあれだけ大蛇丸の復活に反対していた水月が蛇となって産み落とされた大蛇丸を受けたのはさすがである。イクルが心底不快なものを見る目つきで顔をしかめたのを、モモカは見逃さなかった。
「……全てを知る者たち……」
血反吐を吐いて頭と蛇の体だけになった大蛇丸が唇を歪める。水月は期待に顔を引きつらせ、重吾は固唾を飲み、イクルは唇を噛みしめ、トウキは拳を固く握りしめ、サスケは真正面から睨みつけている。塵に覆われていた四体の白ゼツだったものは、最早全く別の姿をしていた。
長い黒髪を靡かせるすらりと背の高い男、同じくらい体格のいい白髪、小柄な翁、そして太陽のような金髪の青年。
大蛇丸の声が震えていたのは、単に血を吐いていたからだけであろうか。モモカには英雄の帰還を無邪気にはしゃぐ子供のようにも聞こえた。
「……先代の火影たち」
最強の男たちが今、生身の人形を借りてこの世に舞い戻る。