同じ軽さで口元に笑みを


 カカシと共に地上に戻ると、戦闘の気配は鳴りを潜めて妙な静けさがあった。真夜中を過ぎた時間帯であるが、月明かりで視界は悪くない。むしろ暗い地下から上がってきたモモカ達には明るすぎるくらいだった。
 崩壊した岩盤の隙間から這い出てきたモモカ達を待っていたのは、やはりイクルとトウキだった。
「よく見つけられたな。おかげで想定より早く出られたよ」
 カカシは掴んでいた鷹の脚から手を離して言う。鷹はすぐさま口寄せを解除され消え、先導していた梟は巡視のためか上空へと音もなく羽ばたいていく。
 イクルは上から下までモモカたちを眺めまわして大きな怪我がないことを確認した。
「モモカと同じ力を持つあの人たちが――教えてくれたんだ」
「あの人たち……ルツツ達のこと?」
 モモカは驚いて聞き返す。クラマ山の麓で慎ましく暮らしていた彼らが忍連合軍に協力していることは聞いていたが、こんなに戦場真っただ中まで出てきていたことが不安でもあった。
「ああ、すげえぜ奴ら。忍の持つ感知能力とはまた別で……なんつうか、当たり前に、分かる、って感じだったな。上手く言えねえけど」
 トウキが頭を掻きながら感嘆の声を漏らす。
「忍じゃないからモモカみたいな戦闘能力があるわけじゃねえが、ありゃ敵に回したら脅威だぜ」
 そしてトウキはにやりと、それは愉快そうに笑ってカカシを見た。
「モモカに求婚したルツツって奴の顔も見たぜ……気になるか?」
 大戦真っただ中だというのにこんな軽口を叩くトウキに、カカシは苦笑する。
「それで、あの人達はどこで何をしているの? 何人くらいで来てた? 怪我人はいない?」
 トウキの揶揄いなんてまるで気にせずモモカが畳みかけるように聞く。忍ではない、自然と寄り添って生きていたあの人達が傷つくことがあってはならないと、焦る気持ちがあった。
「二十人くらいかな、全員男の人だよ。半分は敵の探索と感知。もう半分くらいは忍の結界術の補佐をしていた。彼ら結界術も独自の技術を持っているんだ。印も結ばないし傍から見るとただ祈りを捧げているようにしか見えないんだけどね……。ああそれで、前線で戦闘に参加しているわけじゃないから、今のところ皆無傷みたいだよ」
 イクルの説明にほっとモモカは胸を撫でおろす。彼らの結界術にはあまりピンと来なかったが、よくよく考えてみれば特殊な力をもつ彼らがひっそりと誰からの侵略も受けずに平和に暮らしてこられたのは、その結界術があったからなのかもしれない。スーミを始め若い衆が一定の年齢に達するまで外に出ることを禁じられていたのは、あの村が結界によって守られていたからなのだ。ルツツに拾ってもらわなければモモカだって辿り着くことは出来なかったのだろう。そう考えると、あの村に入り、霊峰で修行を積めたことは奇跡に近いことだった。
「で、戦局だけど。穢土転生で口寄せされた忍と各地で戦闘が起きていて、この辺り一帯の敵は大方片付いた。だから休めるものは休息を取っている。けれど別の戦闘場所ではまだまだ苦戦を強いられているところも多いみたいだ」
 イクルの説明にモモカとカカシは頷く。不意にトウキが神妙な顔つきになって、二人を見つめた。
「……俺、アスマに会ったぜ」
 トウキの言葉にモモカは息を飲む。まさか、アスマも口寄せされていただなんて。モモカの隣のカカシが眉を寄せた。
「……それで?」
「ああ、アスマは封印されたよ……猪鹿蝶の子らが、きっちり責務を果たしたぜ。立派なもんだ」
 大きく白い息を吐くトウキはどこか清々しい顔をしていた。
「あんたの嫁さんも子供も、俺や――何よりあんたの教え子たちが守り抜くから、だからさっさと安らかに眠っとけって……、そう言ってやったぜ」
 笑うトウキの表情を見て、モモカは素直に良かったと思った。アスマに尊敬と嫉妬をずっと抱いていたトウキは、里を出て、結局彼に会えず終いだったのだ。しかし敵の術による不本意な形にせよ言葉をもう一度交わすことができ、ようやくトウキは全ての未練を手放したように思えた。
「……それと、各地でスパイが紛れ込んでいて支援部隊の、特に医療上忍を中心に襲われているらしいという情報が入っている」
 イクルの報告にカカシが険しい顔をする。
「スパイだって? かなり高度な変化の術でも医療テントには忍び込めないはずだが……」
「どうやら、この闇討ちも白ゼツの仕業みたいなんです」
 仲間の説明にモモカは苦々しい気持ちで唸った。
「そうか、吸い取った相手のチャクラをそのまま使えるのか……!」
 イクルは頷く。
「恐らくね。で、感知部隊も見分けが付かないっていうんで苦労している……。だけど、忍とは全く別の角度で気配を探れる彼らなら、見分けが付くかもしれない」
 イクルの言葉にモモカは考え込んだ。なるほど、確かに、彼らならあるいは、可能かもしれなかった。
「僕はこれからルツツさん達と合流して、他人に擬態した白ゼツを見破ることができるか掛け合ってみる。トウキはカンクロウ達奇襲部隊と合流して、それで、上手くいけば、僕が中継役になって連合軍に紛れ込んでいる白ゼツを一網打尽にできるかもしれない」
 モモカもそれは妙案だと思った。
「分かった、私もトウキと一緒に行けばいいんだね?」
「そういうことだ。カンクロウが待ちくたびれてやがるぜ」
 トウキは答え、カカシに尋ねるような視線を向ける。カカシは気負いない様子で頷いた。しかしその内では様々な戦略がかけめぐっているであろうことは、緩めることのないチャクラの力強さと鋭い視線から窺える。
「俺は俺んとこの部隊と合流する。恐らくお前らとは逆方向だ」
「うっす。じゃ、また後でな」
 まるで日常の気楽な挨拶のように別れを告げるトウキに、カカシの表情も幾分和らいだ。
「やっぱ大したタマだよ、お前ら」

 カカシは北西へ、イクルは東へ、トウキとモモカは南東へそれぞれ飛び立った。モモカとトウキは走り始めて十分ほどで、カンクロウ達奇襲部隊と合流することができた。負傷者が抜けたため人数がいくらか減ってはいたが、彼らは装備を整えなおし、出発の準備は万全のようだ。相変わらず夜に紛れやすい黒装束のカンクロウは落ち着かない様子で腕組をしていたが、トウキとモモカを確認するとあからさまにほっとした顔をした。
「ギリギリ間に合ったじゃん」
 カンクロウの言葉にモモカが訝しげな顔をしているとトウキが説明を加える。
「一時間以内に合流できなかったら置いてくって言われてたんだよ」
「あんたを引っ張り上げてから合流するって聞かなくてよ」
 カンクロウはハラハラさせられたと言うが、その口調は平素と変わらぬ軽いものだった。
「じゃ、今から奇襲第二弾と行くが――その前に」
 カンクロウはモモカに向き直る。
「あのはたけカカシと付き合ってるってのは本当か? それはそれはお熱いけど純情派なお付き合いって話じゃん」
「はい?」
 予想だにしていなかった質問にモモカは目が点になる。次いで、かっと頬が熱を持った。カンクロウにカカシとの仲を話したのはトウキに違いない――別に隠すつもりも後ろめたいことも何もないのだが――話のネタにされていたであろうことが想像できて、モモカはトウキを睨んだ。
「ほら、本物だろ?」
「ほんとじゃん。マジで顔が真っ赤」
 しかしトウキはどこ吹く風でモモカを指差し、カンクロウも真面目な顔で頷いていた。
「……ん?」
 話が見えてこず、モモカは頬を赤くさせたままで眉をしかめる。
「や、だからさ、さっき言ったろ? 白ゼツが紛れ込んであちこちで闇討ちしてるって――だから、カンクロウと別れる前に言っといたんだよ。本物のモモカにカカシの話振ったら面白れぇくらいに顔を真っ赤にさせるって」
 これにはモモカも閉口した。要はトウキは本物であることの証明のためにモモカを使ったのだ。確認が必要なのは尤もなのだが、モモカとカカシのことを話しのネタにしていたのも確かなわけで、そしてモモカはまんまと皆が期待していた通りの反応をしてみせたわけだ。
「ほらほら、拗ねると口を尖らせんの。次はローキックが飛んでくるぜ」
「あっはっは」
 トウキの指摘とカンクロウの笑いに、モモカは尖らせていた唇を引っ込める。危うく、右脚でトウキを蹴り上げるところだった。
「ホント面白いじゃん、あんたら」
 カンクロウとトウキは拳をこつんとぶつけ合い、流れるように掌を叩き合った。つい半日前まではあんなに険悪だったというのに、いつの間に仲良くなったのだ、とモモカは驚きが勝ってついついトウキへの怒りを忘れてしまう。全く、トウキという男は昔から一本気のある、単純な男なのだ。


 明け方近くになって、イクルはルツツ達の元へ到着する。雷の国の南の海岸線にほど近いところに彼らは拠点を構えていた。低く木霊する祈りを捧げていた彼らだが、イクルの姿を目にするとリーダー格であるルツツが目を開けた。ルツツはガッチリとした肩幅をした上背のある男だった。高地に住んでいるためか冬でも肌は小麦色に焼けていて、涼しげな目元と相まって不思議な魅力がある。寡黙な男だが、それは愚鈍さに繋がるものではなく、この集団の長としての絶対的な覚悟と風格を醸し出していた。
「白ゼツだな」
 イクルが何も言わないうちに彼は理解し、同胞たちに何事か指示を出す。常ならば気味悪がられるようなことかもしれないが、今はそんなこと気にもしていられないし、何よりイクルはモモカによって自らの思考を読まれることには慣れていた。気味が悪いどころか話が早くて助かる、とさえ彼は思っていた。
 ルツツ達は祈るように、まるで日常の一場面であるかのうに、当たり前に、連合軍に入り込んだ白ゼツを見破っていく。そしてそれはイクルを通して感覚を共有しているトウキに瞬時に伝えられる。トウキから告げられた情報を元に、トウキ含め奇襲部隊の面々が確実に白ゼツを潰していく。地道な作業ではあったが、連合軍の勝利のためには必要不可欠な任務であると、皆が認識していた。だから、数の多い白ゼツを潰すことは骨が折れたし何より味方と取り違えてはならないから細心の注意と集中力を要したが、誰も文句を言うことなく、黙々と白ゼツを潰して回った。モモカとトウキだけでも地中に潜んでいる戦闘予備軍のゼツ達を相当数潰してきたが、それでもまだこれだけの数が潜入しているのかと嫌気が差すほどの数だった。
 潰して回る最中、モモカは突如として白ゼツ達の数が一気に減少したのを感じ取った。最初は気のせいかとも思ったが、確実に、白ゼツ達の息の根を止める動きがあった。モモカは感覚を研ぎ澄ませる。奇襲部隊の者ではない。かといって敵でも、もちろんない。一体どこの部隊に属する者か――……。
「ナルトだ! ナルトが来た!」
 白ゼツを片っ端から潰していくその気配がナルトであると気付いたと同時にモモカは声を上げていた。九尾の人柱力が、この戦争の守るべき存在であるはずの彼が、駆け付けたと、その名を耳にしただけで連合軍側の士気が何倍にも上がると本能的に分かっていたからだ。
 モモカの予想通り、ナルトの到来がもたらした効果は単に白ゼツの数を減らすだけには止まらなかった。ナルトは得意の多重影分身を駆使しているらしく、各地にその気配が感じられる。各地で良くも悪くも予想外の動きをするナルトは戦局に動きをもたらした。その動きのほとんどが、戦局を良い流れに運ぶものだった。あちこちで、勇気と希望の湧き上がる雄たけびが聞こえる。ナルトは今や、忍たちにとって、希望の光そのものだった。

 目まぐるしく流動する戦場の最中において、モモカははたと足を止める。
 また一体の白ゼツの顔面に拳をお見舞いしたトウキが怪訝な顔でモモカを振り向く。ここいらの白ゼツはあらかた叩き終えたところで、奇襲部隊にも幾分余裕があった。
 轟々と吹きすさぶ風の音と、遠くに聞こえる忍達の唸り声が木霊する戦場。トウキは振り返りモモカを観察する。モモカは肩で息をし、何か、小さな声に耳を傾けているようであった。あるいは、見えない何かを見ようと、必死に目を凝らしているようであった。
「おい……?」
 カンクロウがモモカの異変に気付いて声をかける。彼もまた、白ゼツの色のない返り血を浴びてどろどろの状態だった。向こうの山の端は白み、夜明けは近いが、冷え込む気温に誰の呼気も白く靄っている。カンクロウの呼びかけはまるで聞こえていないのか、モモカが反応を示すことはなかった。
 無駄だ、とトウキは悟った。この状態になったモモカを止めることはできないと経験上知っていた。トウキやイクルや、他の誰にも感知できないものを感じ取ってそちらに意識を向けている場合、モモカが聞き分けよく仲間の言う通りに行動することはまずないのだ。モモカがこのモードに入ったのならば、彼女は走り出してしまう。トウキはそれを十分分かっていた。
 どこか一点を見つめていたモモカが肩の力を抜いたのを見計らって、トウキはその肩を掴んだ。
「どうした」
 モモカは大きく息を吸い、夜明けの湿った空気に胸を膨らませる。トウキに視線を合わせたその瞳は、底のない黒の中にも、輝く光があった。
「……きんもくせいの、におい」
 その花は季節外れもいいところだが、トウキが聞き返すことはなかった。モモカがそう感じたのなら、そうなのだろう。何より、この戦場においては死人が幾人も蘇っている。トウキだってアスマに会った。あの男が生き返ったとて、何ら不思議ではないのだ。
「おい」
 再度、カンクロウが声をかけた。この辺りの敵は一掃したからといって、まだまだ休むべき局面ではない。劣勢の戦局はいくつもあるし、勝利のためにやるべきことは山のようにあるのだ。
「後で俺らも必ず行くからよ」
 トウキはモモカの背を力強く叩いた。
「無茶なことはすんなよ、それまで」
 トウキの厚意がこんな時ほど有難く、モモカは静かに頷く。カンクロウを一瞥し、そして駆け出した。後ろからカンクロウが何か声をかけたが、モモカが振り向くことはなく、得意の瞬身の術によってその姿はあっという間に見えなくなった。

 モモカはその気配がする方へ、ほぼ真東へと駆けていく。向かいに見える山からは眩い日の出を拝むことができ、目の覚めるような桃色に染まった東雲がたなびいていた。それはかすかな気配だったけれど、確実に、彼がいるのだと、モモカには分かった。しかしなぜここまで彼に執着して、自らの持ち場を離れ、会いに行っているのか、それは自分自身でも分からなかった。そこには目的も大儀も、あるいは些細な約束すらもない。それでも、今ここで会いに行かなければいけないのだと、モモカは直感していた。
 やがてモモカは森林地帯へと足を踏み入れた。雷の国特有の針葉樹の他に、葉が落ち切ったブナやケヤキの木が寒々と枝を広げている。もう国境付近まで近いところまで来たのだ。朝日はだいぶ顔を覗かせていたが、鬱蒼とした森の中は薄暗く気温も殊更に低く感じられた。思えば、初めてあの男にあった時もこんな鬱蒼とした森の近くだった。あの時は火の国の内部だったけれど、黒々とした森の不気味な力強さはどこか似通っているように感じる。
 そしてモモカは気が付いた。追いかけている気配の方には、もう一つの気配があった。それはあの男と酷似しているが、全く正反対の性質の気だった。
「……サスケ、か」
 モモカは駆けながら一人呟く。殺し合いをした兄弟が、再び相見えているのだ。穏やかな状況では、まあないだろう。

 モモカの感じ取った気配は、唐突に現れた。
「また俺から逃げるのか!」
 まず聞こえてきたのは怒りに満ちたサスケの声だった。次いで、木立の合間を縫うように走る二つの黒い影見える。手前のモモカに近い側を走る、追いかけている男は紛れもなく、サスケだった。前回見た時とそう外見上の変化はないようだが、だがしかし、感情を露わにしているせいか、年相応の青年に見えた。
 そしてサスケが追うあの男こそ――彼のたった一人の兄であり、憎むべき相手であり、なおかつ代えることのできないうちはの生んだ天才であり、そして――モモカが戦いたい相手と、目標に定めた――うちはイタチその人なのであった。
「違う。今の俺にはやるべきことがあるのだと、そう言っただろう」
 まるでサスケを相手にしていない声でイタチは言った。彼はサスケの前方を悠々と駆けながら、俄かに振り向く。追ってくるサスケを振り返ったわけではなく、さらにその後方――近づいてくるモモカを認めて、彼はわずかに口元を緩めた。しかしそれはモモカの見間違いだったかと思うほどに、一瞬にして消え去り、イタチは前方に向き直ると殊更に駆ける足を速めた。
「おい――待てって――!」
 必死の形相でサスケが叫ぶ。大蛇丸さえ倒したうちはの末裔は、ただ一人の肉親にしがみつく弟の顔になっていた。連なる高い山脈に遮られて雨雲の届かないこの辺りの地形がそうさせるらしく、雪は積もっていなかった。それでも凍てつくような寒さに変わりはなく、モモカの吐く息も、サスケの怒声も、朽ちたはずのイタチの体からも、白く湯気のような靄が立ち上っている。
 イタチばかりに意識を向けていたサスケがようやく迫ってくるモモカに気付き、彼は怒りを込めた視線を寄こした。モモカはすでにサスケと並ぶほどまでに距離を詰めていた。
「……また、あんたか……」
 苦々しい表情で低くサスケは唸る。何かしら攻撃を受けるかもしれないとモモカは身構えたがそんな気配はなく、前方を走るイタチを追いかける方が今のサスケの優先事項らしかった。当のイタチはというと、サスケのこともモモカのこともとんと気にせず、ぐんぐんスピードを上げて一直線に走っている。
「何しにきた」
「イタチの気配がしたから、気になって」
 短く問うサスケにモモカもまた短く返した。サスケは舌打ちする。前方を走っていたイタチが黒々とした木々の中に飛び込み、一瞬その姿が見えなくなった。サスケはハッとしてケヤキの太い枝を一際強く蹴り込む。周囲への警戒を疎かにするほど速度を上げたサスケにモモカも続いた。
 大きな岩石が崩れる低い音が響き、イタチの姿は消えた。サスケはようやく立ち止まり、土煙が上がる木立を見据える。その瞳はうちは特有の瞳術――写輪眼の紋様がくっきりと表れていた。
(……あの中か――)
 サスケがそう考えたのと、モモカを振り向きざまに切りつけたのはほぼ同時であった。それはモモカがサスケの肩に触れたからであり、だからこそ彼の思考が読め、そして気軽に触れられたことへの怒りとそれを許すほど自分が隙だらけだったことへのサスケの苛立ちが、わずか刹那の間に起きたからだ。
 モモカは触れた肩から当然サスケの思考を読んでいたので、ゆらりと鋭利な刃を躱す。その顔には、隈取が表れていた。
「こっちだ」
 モモカは友達に話しかけるようなのびのびとした声を発した。あまりにのん気な顔で殺気を受け流すものだから、サスケが一瞬殺意を忘れた程だった。
 モモカは崩壊したばかりの岩場に一足飛びで近づき、下敷きになった大きな黒松を回り込んで姿を消した。サスケは歯ぎしりをしたものの、モモカの後を追う。モモカに言われるがままに付いていくのは癪なことこの上なかったのだが、彼女がその不思議な能力でイタチの居場所とそこに辿り着く道筋を見つけ出していたことは理解できたので、付いていく他なかった。サスケはモモカの能力の全容は知らないし興味もなかったけれど、昔から――モモカに体術の訓練相手になってもらっていた幼少期から――他人やあらゆる物事を見透かすような力を持っていることは気が付いていたのだ。
 モモカが姿を消した箇所は、崩壊した岩石の中に、大人一人がどうにか通れるくらいの隙間が出来ていた。恐らくサスケでもどうにか通れる程度で、体格のいい重吾なんかは通れないだろう。地面を低く這って注意深く探索しないと、到底見つけられないような隠し通路のような隙間だった。
 サスケは躊躇なく岩の隙間に体をねじ込み、真っ暗闇の中に足を踏み入れる。岩に圧迫されるような狭い通路はすぐに上下に裂けた亀裂に変わり、サスケはそれを上方へとよじ登った。続いて緩やかな上り坂になり、だいぶ道幅も広くなったところで三叉路のように分岐し、それを右方向へ進む。進んだ先にモモカの背中が見え、彼女は下を見下ろしていた。彼女の見下ろす下はぽっかりと空洞が穴を開け、底のない闇が広がっている。
 モモカはサスケが追いつくのを待っていたのか、徐に振り向くとこれまたのん気な、穏やかな声を出した。
「行くよ」
 サスケは眉を顰める。どこへ? うっかりそう尋ねそうになったのは、彼女の目的がとんと分からなかったからだ。この下にイタチがいるのであろうことは、もちろん分かり切っていた。彼女の行動理由だけが、分からなかった。
 サスケはモモカに返答することなく、地を蹴り真っ黒な穴の中に飛び込んだ。風切り音がして、モモカも後ろから飛び込んだことを感じる。ひゅるひゅると耳元を風が通り過ぎ、地の底の闇に二人は飲み込まれていく。
 その瞳力で地面が近いことを悟り、サスケは着陸体制に入った。刀を大きく振りかぶるとチャクラを込めた一撃を放つ。反動で体はふわりと浮き、サスケの両足は無傷で地底を踏んだ。一拍遅れてモモカが、やはりふわりと着地して、彼女がサスケの風圧を利用したと分かった。
 それでもサスケがモモカに文句も殺気も飛ばさずにいたのは、イタチの背中が見えたからだ。
 辺りは意外と暗くはなかった。どこからか外の光が差し込み、さらには地底に広がる湖面が光を反射させ、モモカがカカシとともに落下した鍾乳洞の方が暗いくらいだった。
「また地下、か」
 モモカの独り言に反応する者は誰もいなかった。サスケはまっすぐにイタチを睨んでいる。イタチはサスケとモモカを振り返る。イタチの正面には、フードを被った男が座っていた。脱皮したばかりの蛇のような、生気のない白い男だ。
「大蛇丸……なのか?!」
 サスケとモモカは臨戦態勢を取る。白い男は笑い声を上げた。
「クク……少し違う……」
 顔つきやチャクラの質は記憶していたそれから変わっているが、蛇のような男は紛れもなくあの薬師カブトであった。サスケもカブトであると気づいたようで、最強と謳われる写輪眼でぎらぎらと睨みつける。
「戦争協力の見返りがこのタイミングで自らボクの目の前に来ちゃうとはね……、ラッキーだよ」
 カブトの声は追い詰められたものではなく、むしろ愉快ささえ滲んでいる。イタチが無理矢理蘇らせられた死者特有の濁った眼球でカブトを睨む。やはりその瞳にはうちはであることを示す紋様が浮かんでいた。
「どういうことだ……?!」
 カブトの言葉にサスケは苛ついた様子で問い詰めたが、モモカはその言葉で合点がいった。そしてカブトの口から語られたことは、モモカの予想から大きく外れてはいなかった。つまり、カブトは穢土転生による戦力を提供する見返りとして、サスケの瞳を、あるいはサスケ自身を求めたのだ。
 カブトは説明の間、モモカを見ることはなかった。あえてそうしているのだと、カブトの説明に聞き入りながらモモカは思った。
 初めてカブトに会った時から薄々感じてはいた。この男は自分のことが嫌いなのだと。
 カブトの説明が終わり、サスケは眉間に皺を寄せてカブトを真っ直ぐ見据えていた。その表情がサスケを人間らしく見せるのだから皮肉なものだ。
「で、君はうちは一族の敵であるイタチをまた倒したい。ボクがこの世に転生させちゃったからね。つまりサスケ君とボクにとって今のイタチは邪魔な存在ということになるよね」
 カブトの言葉に耳を傾けるサスケの顔は、相変わらず気難しく、その一方でへそを曲げただけの少年のようにも見えた。モモカはサスケの出す答えが分かった気がした。
「……どうだろう、ここは一つ協力してこのイタチを倒そうじゃないか? 同じ蛇の力を持ち同じ師を……」
「アレを師と呼ぶ気はない。……それにお前は何も知らないようだな。オレは今イタチと話をするためにここまで追ってきた」
 サスケが怒気に満ちた声でカブトの言葉を遮る。不気味な間があった。
「なら君は今……どっちの味方だい?」
 カブトの問いかけに、サスケが飛び道具を飛ばして返した。しかしイタチが同じく手裏剣等の飛び具を放ち、その全てを食い止める。途端に、サスケの顔が不愉快に歪んだ。
「なぜだ?! こいつは大蛇丸と同じ……だとしたら俺の敵だ! そして今はあんたの敵でもあるんだろう!」
 サスケがイタチに詰め寄る最中、モモカはカブトの口が笑みの形を作ったのを見た。
「……分かった、話は後でしてやる……。代わりにまずはこいつを倒す……、ただし殺すな」
 イタチの言葉は、モモカに対しても言っているようである。サスケは怪訝な顔をしながらもその意図を汲み取ろうとしていた。
「穢土転生の術者を殺してしまっては術は永久に解けない。まずはこいつを俺の月読にかけその術を止める方法を聞き出す」
 カブトは俯き目を伏せた。まるで写輪眼から逃れているようだった。
「……そして月読にはめたままこいつを操り俺がこの術を解く!」
 沈黙が流れた。果たして本当にそんなことが可能なのだろうか。
「……流暢にボクの倒し方を喋ってくれちゃって……。口ほどうまくいくといいけど。この術には弱点もリスクもないってさっき――」
「どんな術にも弱点となる穴がある。この術の弱点とリスクは――」
 カブトの言葉を遮るイタチの瞳に、万華鏡写輪眼の模様が浮かび上がる。
「この俺の存在だ!」
 一族最強と名高い天才忍者の宣言に思わずモモカは息を吐いた。カブトを止める――同じ目的を持った今、なんと頼もしいことだろう。モモカがカブトを見据えると、サスケもゆっくりと同じ方向を向いた。
「イタチ……あんたはいつも俺にまた今度だ、後でだ、と嘘をつきあげく死んだ……。だから今度こそ……約束は守ってもらう!」
 サスケの声は薄暗い洞窟の中で必要以上に響いた。兄弟が並ぶと、サスケの背丈はまだイタチに比べると低いが、それでも、最後に肩を並べた時よりはずっと近くなっている。
「性格は死ぬまで変わらないが……俺は一度死んでいる……」
 含みのあるイタチの言葉に、思わずモモカは笑ってしまう。
「イタチは、出来ない約束はしないよ、ね」
 モモカは爽やかに笑いかけた。初夏に吹く風のような爽やかさだった。イタチは少し間を置いて、モモカと同じ軽さで口元に笑みを作った。
 憎しみ殺しあった悲劇の兄弟と、そしてモモカという奇妙な共闘が始まった。



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