これからもまだ長く続くであろう闘いに備え
奇襲部隊の一員である木の葉のサイが、墨で描いた超獣偽画を描き出し、皆がその背に乗り込む。墨で出来たそれは非常に危なっかしく見えたが、乗り心地は悪くはなさそうだ。
「僕らの分は、大丈夫」
イクルが辞退したのが、モモカには内心残念であった。少しだけ、あの危なっかしく見える墨に乗ってみたい気はあったのだ。
イクルの召喚した忍鳥の背に乗り、モモカたちは奇襲部隊の飛行の群れに加わる。やがてそれはモモカとトウキの二人と、それ以外とに分かれた。カンクロウ率いる本部隊は敵であろう、ぽつぽつ出現しつつある強力なチャクラを目指して、モモカとトウキの二人はこれまで調べ上げたゼツをいよいよ叩きに行くために飛んでいた。イクルはカンクロウ達本隊と行動をすることになっている。幅広く情報を収集でき、かつ、その秘術によってトウキとも感覚を共有できるからこそだった。
数分飛んだところで、モモカとトウキは本部隊と別れた。
「くれぐれも気を付けて。感情に身を任せないように」
モモカとトウキにイクルは事務的に告げる。二人は黙って頷き、進路をぐいと南側に寄せた。
結論から言うと、モモカとトウキの二人にとって地中に潜むゼツを叩くことは非常に容易い任務であった。
あらかじめ当たりを付けていた箇所に舞い降りるとまずトウキが土遁の拳を叩きこむ。がらりがらがらと崩れ落ちる地中に、ひしめく植物人間を、モモカは一体残らず潰して回った。驚きの声を上げながらも応戦するゼツ達の動きは取るに足りず、仙術モードのモモカが取りこぼすことなどなかった。効率を考えてあえて取り逃がす個体もいくつかあったが、それは地上に出たところをトウキが間違いなく捻りつぶす確信があったからこそだ。思いがけぬ奇襲で狼狽えるゼツ達に二人が罪悪感を覚えることはなく、自分達に罵詈雑言を浴びせ、潰される前に自爆すら厭わない彼らに何の感情も抱かなくなるのにそう時間はかからなかった。
叩いては潰し、捻り、殺し、何事もなかったかのように無に返す。そうしたことを無数に繰り返し、火の国の中ほどまでのゼツを潰し終えて、ようやくモモカたちは後ろを振り返った。あちこちで土煙が上がり、血なまぐさい戦闘の気配がしていた。言い渡されている範囲のゼツを潰して、やっと大局に目を向けたモモカ達の目に映る世界は紛れもなく戦乱の世の姿であった。覚悟などとうにできていたはずだが、やはりこうしてその真っただ中を目の当たりにしてしまうと、込みあがってくる思いを抑えることはなかなか難しかった。
トウキとモモカは大急ぎで来た道を引き返す。元々、言い渡されていた範囲のゼツを潰し終えた後は、その局面を見ながら必要な部隊に加勢し、奇襲をしてはまた別の部隊に力を貸しに行くという、何とも予測のつかないヒットアンドアウェイの戦法を命じられていたのだ。
戦場の空を飛行するイクルの忍鳥の背から、カンクロウ達の本隊が苦戦しているのをモモカとトウキは捉えた。交し合う視線、その刹那の間に意志を確認し合い、二人は頷く。
「俺が行く。お前は先へ」
トウキは端的に告げ、忍鳥の背から降りた。
自由落下でまっすぐカンクロウ達の頭上に降り立つトウキはあっという間に視界の端に通り過ぎていく。何だかんだで面倒見がよく全方位に気を揉む男だ。トウキが心配なのはイクルでもあるが、それ以上に、一旦同じ部隊に配属された以上、奇襲部隊の他の仲間たちに危機が迫ってはいないかと、気になって仕方がないのだろう。
遥か後方に豪快な土煙が上がる気配に、トウキとイクルがいるのだから心配いらないとモモカは自分自身に言い聞かせて前を見据えた。そこからさらに飛ぶこと十分弱、この戦争最大の戦線が見えてきた。ここが最も激しくぶつかり合っている戦闘の局地なのだろうということは、戦争を経験していないモモカにもすぐに分かった。東西南北に目を走らせ、さらに同化の力を活用し、味方の連合軍よりも敵の勢力が押している箇所を判断するとその場所の上空まで移動する。金属音と怒号、そして様々な忍術が飛び交う頭上を高い位置から一周旋回し、モモカは降り立った。
モモカは大量のゼツの合間を縫うように駆け抜けながら確実にその息の根を仕留めにかかる。そうして数も減ったところで、忍鳥の背に再び飛び乗り、別の地点へ移動し、また敵を倒して回った。味方の忍達の中でもモモカの姿をその目に捉えられた者はごく僅かであったが、強力な助っ人に助かった者は大勢いた。モモカの奇襲によって敵軍が減り揺さぶりをかけたところに味方の連合軍が止めを刺すことができ、幾分戦局も楽になるのだろう。
三度目の地点に降り立った時、モモカはこれまでの戦闘とは雰囲気が異質であることにすぐに気が付いた。連合軍の忍達は皆満身創痍で、敵にはゼツの他に、かなりの手練れと思われる忍がいたのだ。
先ほどまでと同様にゼツを潰していくモモカめがけて、弾丸のような何かが撃ち込まれる。チャクラを込めた土の塊だ。紙一重でそれを交わして、モモカは攻撃してきた忍の顔を観察した。体格のいい男で、額当てを見るに元は湯の国の忍であるらしいが、そのマークには抜け忍であることを示す横線が入っていた。その皮膚にも髪にも生気はなく、白目にあたる部分は濃灰色に淀んでいる。
「敵の穢土転生で呼び起こされた死体だ!」
カカシの声がして、その直後に目の前の敵めがけて火遁の炎が噴射された。敵は大きな土遁の防壁で火遁の炎を防ぐと大きく飛びのいて距離を取る。連合軍の忍達は助けに入ったモモカの巧みな身のこなしと続くカカシの火遁の攻撃に歓声を上げた。
隣にカカシが立って、モモカは彼の体を見るなりぎょっとした。どす黒い血と、血ではないべとべとな黒い液体がそこかしこに付着していたからだ。しかしそれがすぐに彼のものではなく返り血であることに気が付いてモモカはほっと胸を撫でおろす。
「穢土転生……イクルが言っていたのはこれか。カブトが死体集めをしているって」
モモカの言葉にカカシは頷く。彼もまじまじとモモカを見つめていたので、モモカはゼツの灰緑色の返り血を浴びて自分も似たり寄ったりの状態であることに思い至った。
「そう、その通りだ」
穢土転生をされた本人の、死体であるはずの男が言った。
「そして、この術を破るには体の自由を奪って封印術を使わなきゃいけなんだろう?」
男が湯の国の抜け忍であることは分かるが、いつの時代のどんな名だたる忍かまでは分からなかった。着用している装束を見ると、古い時代の忍でありそうなことは窺える。
「そいつの言う通りだ。ついさっき、あっちでは霧の鬼人、百地再不斬とその連れの白という忍を倒して封印してきたところだ」
モモカははっとしてカカシに再び視線を向け、彼の右腕の肘から下に特に返り血が集中していることに気が付いた。しかし腕に付着した血に比べると驚くほど指先は汚れていない。それは雷切によって敵の体を貫いたことの証だった。
「……以前波の国の任務で戦った忍達だね。……もしかして、カブトはわざと」
「ああ、所縁のある忍をぶつけてきているんだろうな」
カカシはモモカの意見を肯定する。カブトの卑劣で反吐が出るような趣味の悪い行いに、モモカは唇を噛んだ。
「それで、あなたは?」
モモカが目の前の敵に向き直ると男は鼻で笑う。
「ん? 自己紹介が必要か? 俺は湯の国出身のディクという者だが――俺みたいな蘇らせられた死体は大勢いて、一々名前を聞いてたらキリがないぜ?」
ディクと名乗った男はどうせ封印されるであろう未来と、それにも関わらず意志とは関係なく戦闘をさせられることに腹が立っているようだった。
「……名前くらいはせめて」
モモカが言うと、ディクは小馬鹿にするように笑ったが、その口調には苛つきが滲み出ていた。
「おいおい、戦場ではそんな甘さは命とりだぜ? さっきの動きを見るにそれなりの使い手だろうが、今の忍の世ってのはこんな甘ちゃんが最前線に立ってんのか?」
ディクの煽りには答えず、彼の殺気にモモカは静かに小刀を構える。
「湯のディク……聞いたことがあるな。半世紀ほど前に有名だった暗殺者だ。当初は任務だったはずだが、余りに殺し過ぎて里を追われた男だ」
カカシがディクを観察しながら説明する。
「紹介どうもご苦労さん」
ディクは目を細めて吐き捨てるように言った。彼は殺気を放ったままで後ろを振り返る。そこにはディクと同じく死の匂いをまとった男が三人、いや、三体立っていた。カブトによって穢土転生された者たちであることは一目で分かった。
「援軍か」
ディクが大きくため息を吐く。モモカはそれを戦闘開始の合図と取った。そしてその直後、ディクは大地を蹴って突進してきた。モモカとカカシはさっと左右に分かれる。ディクから乱射される数多の土遁の塊は一つ一つが銃弾のような威力で、モモカ達の背後にあった岩石を砕いていく。周囲の連合軍の忍達が流れ弾に被弾しないよう、カカシが大きな水遁壁を作って土遁の弾丸をせき止めた。モモカはディクに向かって突進し小刀を振りかぶる。チャクラを込めた拳で応戦しようとするディクの動きを、最大限の集中力と仙術で観察し、モモカは拳を器用に受け流し小刀で切りつける。ディクの拳を裏からそっと触れた刹那、彼の思考を読み取ろうと試みたが、それは叶わなかった。
ディクからは何も読み取れず、感じられず、動いて喋ってはいてもこれはただの死体なのだとまざまざと実感した。
ディクの左肩に切りつけた小刀に、モモカは雷切を流し込む。
「ぐわあああ」
痛みに低く唸るディクが反撃の蹴りを繰り出すの見て、モモカは小刀を引き抜き一旦後ろに飛び下がる。背後から別の土遁忍術が迫ってくる気配を感じ、飛び下がった勢いそのままに回転を付け、援軍の死体にクナイを投げつける。相手が避けた死角に回し蹴りを食らわせ、両腕でガードした相手に、体術で連撃を加え、一体をノックアウトした。
「モモカさん!」
連合軍の誰かが叫ぶ。
別の死体が横から水遁の術を繰り出し、モモカに直撃しようかという正にその瞬間、モモカの姿は消えた。
代わりに、カカシの放った火遁が敵を捕らえる。モモカはさらにもう一体の敵の背後に姿を現す――先ほど放ったクナイに仕掛けていた時空間忍術だ――モモカは雷遁を込めた切っ先で敵を一刀に伏せた――カカシが火遁で攻撃した敵も倒れる――ディクが怒りに身を任せて地面を叩き――地震のような揺れと轟音が響いた。
辺り一面の地盤が振動とともに崩れたかと思うと、地面から錐状の鋭利な岩石がいくつも突き出てきた。あわや串刺しにされそうな連合軍の叫び声があちこちで上がる。錐状のギザギザの岩石は特にディクの周囲に密集し、完璧な防護壁の役割もこなしていた。
これでは近寄れない――それなりの時間稼ぎにはなるだろう――死体に結びついたディクの意志がそう考えた直後、彼は体を強張らせた。誰のかも分からぬ器としての死体を通じて、聴覚にはけたたましい破裂音が、視覚には強烈な光が、触覚からは皮膚にぞわりと感じる圧が伝わってくる。そして彼の忍としての第六感が、半世紀ぶりの再びの死を感じ取っていた。
「雷切!!」
ディクの左右から、二つの鋭い雷撃が走り抜ける。二つの閃光はディクの作り上げた鋭利な土壁を貫き、その体をさっぱり綺麗に切り裂いた。
モモカが最後に見たディクの表情は安堵そのものであった。突きの勢いを殺して振り返れば、ディクが居たその場所にはもう塵しか残っていない。
連合軍の忍達が上に下への大騒ぎで封印術を完成させていた。ディクは、それと何体かの死体は、封印された。永遠に滅したのだ。
(すごい技だった)
(個々の実力もだが)
(類稀なるコンビネーションだった)
連合軍の賞賛の声々を聞き流しながら、モモカは徐にカカシを見た。カカシもまたモモカを見た。思えば、カカシとの共闘はこれが初めてのことだった。初めてにも関わらず、誰かが口にしたようにぴったりと息の合った連携を取れたことがモモカには不思議だった。ずっとその背ばかり追い続けてきた男と今は肩を並べ、あまつさえ、お互いの背を預け合い、阿吽の呼吸で敵を追いやったのは何と小気味よいことだろう。いつの間にか、モモカの実力はカカシがその背を預けることを厭わないところまで上り詰めていたらしい。あんなにも追い続けてきた男と、その肩を並べて同じだけの熱量を持って同じもの守って同じくらいの痛みを抱けたのだ。なんと喜ばしく、誇らしく、そして悲しいことだろうか。
じっとりとした孤独をお互いに背負って見つめ合う時間はそう長くは続かなかった。モモカ達の足元からぐらぐらと揺れて、地盤が崩壊したからだ。蟻地獄に飲み込まれる虫のようにモモカとカカシの体はあっという間に荒ぶる大地に飲み込まれた。上も下も分からない土砂崩れの中でモモカは両腕を頭上にかざし、猛々しく降り被る瓦礫の山々から身を守るので精一杯だった。体中いたるところに硬く鋭利な破片が打ち付けて、ただただ堪えるだけの時間が過ぎていく。体を守ることと、そして何より埋もれて窒息しないように感知能力を最大限に以てしてどうにか瓦礫の隙間を見つけてかいくぐるモモカの耳に、一筋の凛とした声が届いた。
「モモカ!」
自分を呼ぶ愛しいその声を、モモカは必死で辿った。死なない隙間を探して藻掻いてモモカが、自分の能力の信頼性よりも重きを置く声がしたのだ。自分を呼ぶその声に、応えない選択肢など到底なかった。
「カカシさん!」
モモカは自分とともに落下し降り注ぎ続ける瓦礫の山をかき分け、声の元を辿る。力強い生命の鼓動を感じ取って、手を伸ばせば、それを掴むものがあった。温かく力強い手のひらだ。それはモモカの指先を捕らえると強く握りしめ、ぐいと引き寄せた。目前に生きた人間の体温が感じられ、モモカはカカシの胸の中に抱かれたのだと悟る。何にも代えがたい、熱い胸にモモカはただただ祈った。彼が無事でありますように。彼の差し伸べた手を、ずっと握っていられますように。
目を覚ますと、幾重にも入り組んだ木の根が見えた。
モモカはひとつ、ふたつ、瞬きし、静かに辺りを観察する。天井は高く、光源はわずかに漏れいる青白い光しかない、洞窟のような場所だ。ひしめき合うように張っている木の根は今まさに生きて地下へ地下へと伸びているものもあれば、炭化して化石のようにただの塊としてその場に佇むものもあり、その割合は半々に見えた。
「気が付いたか」
低く響くその声に、ようやくモモカは身じろいだ。傍らにカカシが座り、モモカに怪我がないか注意深く観察している。気配を極力発しないようにしていたモモカだが、安心できる雰囲気に肩の力を抜いて体を起こした。
「ここは?」
自分の置かれた空間をモモカは見回す。アカデミー一クラス分くらい広さの、しかし天井が恐ろしく高いぽっかりと空いた空洞だ。地上までどれくらいか見当もつかないが、とてつもなく深い階層であろうことは察しがついていた。カカシは腰かけたままで肩をすくめる。
「さあな……。光の入り具合からして、相当深い地下だろうな」
モモカは改めて今いる空間を観察した。周囲がつるつるとした岩肌に囲まれたホール状の空間で、モモカ達が落下してきた天井以外に出入口はない。その天井も遥か遠く、巨大な根が幾重にも絡みついて垂れ下がるばかりだ。根に混じって、鋭利な鍾乳石もいくつか確認できた。いずれにせよ、それらを伝って登るのは容易ではなさそうだ。
「この空洞は……石灰岩を構成する方解石が長期に渡って少しずつできた空間……なのかな」
「ん、正解」
気楽な様子で岩肌に背をもたれながらカカシが答えた。土壌を通過した雨水が酸性度を増し、石灰岩を溶解させたことは、鍾乳石と溶け出たような岩肌を見ればモモカにも理解できる。いわばここは、規模の小さい鍾乳洞なのだ。一体どれだけの年月をかけて出来た空間なのだろうと、モモカは悠久の時間に想いを馳せた。
「岩肌を伝って、それから根に飛び移れば……地上に出れなくは、なさそうだけど……」
「うーん……正解、とは言えないかな」
わずかな光源しかない薄暗い鍾乳洞内を見渡しモモカは抜け出す算段を立てたが、今度はカカシの賛同は得られなかった。
まさか落下の際にどこか痛めたのではないかとモモカはカカシの体中を眺めまわす。気を失ったモモカを抱えて着地したのだ。周囲には共に落下してきた岩盤の破片がいくつも散らばっているし、無傷でいられる方がおかしい。
「怪我をしているわけじゃないよ」
何も言わないうちにカカシが答えたので、モモカは目を丸くした。
「なんで考えていることが分かったの?」
「はは、モモカみたいに同化の力が使えなくたって、その顔を見てれば考えてることが分かるさ」
カカシは可笑しそうに軽く笑い、モモカはそんなにも分かりやすかったかと気恥ずかしく口をへの字にさせた。
「まあ怪我はしてないけど、チャクラはそれなりには使ったかな」
カカシは上方の、かなり高い位置の岩肌を指さす。筋状に跡が付いていて、硬い岩の奥に所々乾いた脆い層の土砂が露出していた。引っかいたような、何かが滑り落ちたような削られた跡は、カカシとモモカが落ちてきた痕跡なのだとすぐに分かった。恐らくカカシはモモカを抱えたままで、大量の岩盤とともに猛スピードで落下する中、両足と片手にチャクラを集中させてどうにか落下の勢いを殺しながらここまでたどり着いたのだろう。筋状に削り取られた跡は地面から人三人分の高さのところでひと際大きく抉れていた。地面に到着する直前で岩肌を蹴り上げ、反発する力で宙に浮きふわりと着陸するカカシをモモカは想像した。それは確かに、それなりにチャクラを消費したことだろう。
「で、あの露出した岩盤の奥に不穏なものを感じないか?」
モモカはひと際大きく抉れた岩肌の奥の乾いた砂っぽい地層に意識を集中させた。どこかで触れたことのある、既視感のある何かを感じ取った。
「……ゼツの、気配」
モモカの呟きにカカシは黙って頷く。モモカは苦々しい思いで目を細めて再度、頭上にわずかに漏れ入る淡い光を見澄ました。この高さだ。壁伝いに登るにしても、チャクラによる吸着が必要不可欠だろう。恐らくゼツに、いや、ゼツを創り出したものの本体に繋がっているであろうこの地脈に直接自らのチャクラで触れたとなれば、こちらの居場所のみならず置かれている状況や残りの体力まで種々の情報が伝わってしまうことは想像に難しくなかった。
「まあでも、私を乗せていたイクルの忍鳥が探し回っているはずだから――」
そう時間はかからないうちに見つけられるはず――そう言いかけてモモカははたと口を噤んだ。そういえば、今は何時だろう。頭上から入るわずかな光は、モモカが気が付いたその時から比べてどんどん乏しく薄暗くなっている。隣のカカシの表情でさえもはっきり見えないほどだ。
「ま、日の入りから小一時間、てとこかな」
またしてもモモカの考えを読み取ってカカシが言う。それが確かならもう外は日が落ち、鳥目も利かないはずだ。モモカは少し考えて、輪郭がぼんやりとしか見えないカカシを見つめた。
「……カカシさんの忍犬なら鼻が利く。けれど、恐らく膠着状態に入りつつある大戦一日目の夜に、忍犬に地中を騒がしく探らせると膠着状態を壊しかねない――それに、私もカカシさんもチャクラを消耗しているからしばし回復に努め、もう少し夜が更けてから出るべき、か――」
「せーいかい」
モモカが考えを述べるとカカシが気楽な声音で答えた。
「まったく、初めての大戦だなんて思えない出来の良さだ」
カカシは素直にモモカを褒めた。
「大抵、初日の夜ってのは膠着する。地上の忍達のチャクラの流れに大きな動きがないことがそれを裏付けている。とは言っても朝になるまで休むわけにもいかない。俺たちのチャクラがそれなりに回復するのと、この地上の緊張感が少し緩んだ頃合い――月が南中した頃か――それを待って出るのがいい」
モモカは頭に暦を思い浮かべる。今の月は上弦の月からわずかに膨らんだ程度だった。
「……三時間、てとこ?」
モモカの計算は大きく外れてはいなかったらしく、カカシは静かに頷いた。
「そうだね。三時間経てば、まあ、こっそり抜け出すことも難しくないし、俺たちのチャクラもだいぶ回復している。無理やりここを突破して今すぐ地上に出るという選択肢もあるけど、かなり高い確率で味方の連合軍を窮地に追い込んでしまうだろう」
モモカはそれぞれの場合の想定を脳内で広げ、カカシの言うことは尤もだし今できる最善の手だという結論に至った。
硬くつるつるした岩肌に囲まれた中でも休息を取れるよう、二人は簡易的な毛布を壁との間に挟み、さらにもう一枚に包まる。カカシと同じ毛布に包まっているのだという妙な緊張感がなかったわけではない。しかしこれからもまだ長く続くであろう闘いに備え、モモカは無理矢理に目を閉じた。