寒空を背景に


 瓦礫ばかりになった里で、ヒョウタン公園も例に漏れず更地になっていた。申し訳程度に残ったブランコの枠組みや破壊された自販機から、かろうじてここがあの公園だったと判断できた。
「話がある」とペイン襲撃の夜に、モモカは仲間二人に切り出した。この里の被害は甚大で受けた傷は深い。しかし木の葉史上最大といっても過言ではない敵を退けたこと、一度は死にかけた者たちが生き返り結果一人の死者もいなかったこと、そしてこの二つを成し遂げたのがうずまきナルトであることが、里の人々に大きな勇気と喜びをもたらした。だが死者は出なかったと言えど怪我人は数えきれないほど多く、建物は残っているものを見つける方が難しいくらいだ。皆一丸となって怪我人の治療にあたり、冷え込む夜までにはどうにか簡易的な避難テントを作り上げて身を寄せ合い、勝ちとった幸せをたたえ合った。この里にとって、間違いなく大きな一歩となる、戦いの後の夜だった。
 あちこちで燃えるかがり火の明かりから遠ざかるように、モモカ達の足は自然とヒョウタン公園に向かっていた。
「イタチ、死んだんだってな」
 崩れた瓦礫に腰かけてトウキが言った。手際よく枯れ枝を寄せ集め、あっという間に火を焚き始める。
「そうみたいだね。とうとうサスケが……」
 オレンジの炎が弾けるのを眺めながらモモカは神妙な顔で相槌を打った。ちょうどモモカ達が水の国いた頃の話で、その情報を今になって知ったのだ。
「あのイタチを倒すだなんてサスケはどれほど強くなったんだろうね。……あれから、イタチに会ったりした?」
 イクルの問いかけにモモカは頷く。
「うん、自来也様との任務中に。相変わらずの規格外の強さだったけれど……瞳を酷使し過ぎて、そのうち使えなくなるようなことを言ってた」
 へえ、とトウキは顔をしかめた。彼は火の上に持ち運び用の鍋を据え置いて湯を沸かし、懐から大きな徳利を取り出すと燗酒を作り始めた。アルコールの香りが漂ってきてモモカはそこはかとなく空腹を感じた。
「やっぱり大きな力っていうのは何かしらリスクがあるものなのか」
 独り言のようにイクルが呟く。ずっと倒したかったイタチ。それが永遠に叶うことはなく、何一つ彼の真実を知らないままで死んでしまったことが、モモカには悔しかった。
「で、話ってのは?」
 トウキがモモカに向き直った。焚火の明かりを受けて、その黒髪は燃えるように赤く輝いている。
「うん、これから先の話なんだけど」
 モモカは焚火を見つめる。ぱちぱちと爆ぜる火が心地よく、しかし確実にモモカ達の孤独を照らし出していた。
「暁のリーダーであるペインが倒れて……でも、きっと、これで終わりじゃない」
 トウキもイクルも頷いた。
「まあ、誰か……か、何かかは分からねえけど、何かしらはいるよな」
 トウキはお猪口を三つ取り出し、それぞれに熱くなった酒を注ぐ。イクルとモモカに渡し、トウキ自身は一口でぐっと仰いだ。
「そうだね。何らかの糸を操る人物は、必ずいる」
 イクルはトウキの意見に賛成し、ちびりと熱燗に口を付ける。ゆらぐ湯気を眺めて、モモカは唇を噛み締めた。
「その誰かしらは手をこまねいている気がするんだ……こう、上手く言えないけれど……第二第三のペインが生まれるのを、あるいは、サスケのような復讐者が育つのを……」
 モモカの言葉にじっと耳を傾けていたトウキだったが、数回瞬きをして、「冷めちまうぞ」と酒を促した。モモカは一口、熱燗を口に含み飲み込む。途端に芳醇な熱い液体が喉から食道を通って胃を温め、そして全身に広がった。
「……っかー」
 吐息とともに渋い声を出すモモカにトウキもイクルも笑う。
「情報を整理しよう」
 イクルももう一口酒を含み、その辺の枝で地面に文字を書き始めた。トウキは早くも三杯目の酒を注いでいた。
「現時点で残る暁のメンバーは、僕らが把握しているだけで四名。まずはイタチとともに行動していた干柿鬼鮫。次にゼツという半植物の男。それから仮面の男……僕らも二年半前に対峙した男だ。カカシさんの話だと写輪眼を有していて、四代目にも匹敵する瞬身の術を扱うらしい……。それからペイン、いや、長門の側近だった小南という女」
「あ、小南は暁を抜けるみたいだよ」
 ナルトを通して見た小南との会話を思い起こし、モモカが訂正する。ぱちり、晩秋の夜に焚火が弾ける。
「ん、それじゃ残りは三人だね」
 イクルは今しがた地面に書いた小南の名にバツ印を付けた。
「まー、どう考えたって仮面の男が怪しいよな」
 トウキが今度はエイヒレを取り出して炙り始める。香ばしい匂いが、よりモモカの食欲を刺激して、腹が大きな音を立てて鳴った。トウキは苦笑し、モモカとイクルエイヒレを渡してやる。
「……誰だと思う? あくまで現時点では、だけど」
 カリカリになるまでエイヒレを炙って、イクルが尋ねた。それでも焦がさないから上手いものだ。
「せーので言おうか」
 モモカは程ほどの良い塩梅で炙ったエイヒレにかぶりついて提案する。噛み応えがあって、熱燗との相性はこの上なく良い。
「せーの……」
「うちはマダラ」
 三人揃って出たその名に、自分も口にしたくせにトウキは信じられないというような顔で頭を振った。
「まじかよ」
「まあ気持ちは分かるよ……」
 イクルもほとほと困り果てた表情で頷く。
「けれど大蛇丸の所にいた僕の持っている情報、水の国でトウキが集めた情報、モモカが自来也様と集めた情報……それらを総合するとうちはマダラにたどり着いてしまうんだよね……彼が初代火影の時代の人物だってことを一旦忘れれば」
 カリカリになったエイヒレの端からかじり、イクルはため息を吐いた。
「まあ、私は単にペインを始めとする暁のメンバーを操り、これだけのことをしてきた人物で、なおかつ写輪眼を持っているとなると……うちは最強の男しか思い浮かばないってだけなんだけど」
 確固たる根拠のあるわけではないモモカは頭を掻いた。ぱちり、ぱちぱち。燻ぶる焚火は頼りなくモモカ達の輪郭を照らし出す。
「あと、今夜のうちに確認しておきたいこともあるんだ」
「確認しておきたいこと?」
 トウキがお猪口を置いて繰り返した。モモカは頷く。
「そう。一つは木の葉が、里としてナルトを今後どうするつもりなのか。もう一つはイタチの真実について」
 ナルトを“人柱力”として管理下に置いておきたいのは組織として当然だろう。しかしそこに如何ほどの人間としての尊厳が確約されているだろうということがモモカには気がかりだった。
「今回の件で、ナルトの実力と、九尾の力に支配されずに――どころかそれをコントロールすら出来るのではないかという希望が見えた。それを踏まえて、里としてはどうするつもりなのか。あとはイタチについて――私たちが知っているのは大人たちから伝えられた事件のみで、その背景に何があったかなんて知らない。イタチは己を語らないし、もう今はいない。けれど――最初にイタチと遭遇して、初めて負けて、悔しい思いをして、そこからずっと走り続けてきた――ある種イタチを目標に、いつかイタチを倒すほど強くなってやるんだって。イタチの負った業について、深く知ろうとはしなかったけれど、それでも、イタチがいなくなって本人から聞くことが出来なくなった今、うやむやなままにはしたくないんだ」
 モモカの言うことは尤もだった。自来也の意志を継ぎ、里を守ろうと決めたからには、その里の過去のこと、そして未来に向けての思惑を知るべきだった。トウキは困惑気味に頭を掻く。
「まあその通りだと思うし俺も知りてえけどよ。どうやって確認するんだ? 重傷を負った五代目はとてもじゃないが話ができる状態じゃないって言うぜ。里の意向に関わる上層部にのこのこ話を聞きに行ったところで素直に教えてくれるわけ――……あ、そっか」
 突然思い至り、トウキは苦笑した。
「そうだよ、私を誰だと思ってるの」
 にやりとモモカは笑う。イクルもくすくすと肩を揺らした。
「離れている間に、モモカの能力の使い勝手の良さを忘れていたみたいだね」
 バツが悪そうにトウキは頭を掻く。
「すっかり飛んでたぜ、のん気な顔して便利な能力を持ってるってことを。しかしそうだな、それなら今夜中にってのも納得だ。時間が経てば経つほど警備は強固になり、俺らに対する警戒も強まるだろうからな。狙うなら、ペインを退けてほっとしている今夜だ」
 トウキは早速広げていた酒器を片付け始めた。イクルは顎に手を当てて唸る。
「でも今やモモカの能力も上層部に割れている。尋問にかけられた僕から、モモカの他人に触れると心が読めるという同化の力が知られたんだ――老いているとはいえ、数度の大戦を潜り抜けてこの里を牽引してきた猛者たちだよ。当然、同化によって心を読まれまいと避けようとするだろうし……それに」
 迷うような言葉を述べながらも、イクルも鳥の面をすでに準備していた。
「偶然ではなく、故意に情報を――それも里の存続に関わるようなトップクラスの秘密だ――そんな情報を盗もうものなら、いよいよ僕ら後戻りできない」
 イクルは面を付けた。やる気満々じゃねえか、と笑いトウキも龍の面を付ける。
「前にイタチが木の葉に来た時に言っていたよね。あまりペラペラと喋ると寿命を縮めることになるぞって、それが自分のことでも他人のことでも……って。きっと、今から知ろうとしているのはそういう情報なんだよね」
 モモカはあの日のイタチの忠告を思い出し復唱した。面を付けたトウキとイクルが立ち上がる。
「そいうえばそんな忠告もあったな。ほらでもよ、素直に言うこと聞かねえのが俺らだろ?」
 トウキがしたり顔で言う。実際には顔の上半分は面で覆われて見えないのだが、上がった口の端を見ればその目付きもありありと想像できた。
「いい歳だってのに、つくづく僕ら問題児だね」
 イクルも勝気に微笑む。モモカも面を付け、立ち上がった。
「行こう。熱の冷めないうちに」
 モモカは焚火を消し、辺りは暗闇と静寂に包まれた。



 ほとんど崩壊した里の中で、モモカは仙術によって容易くその気配を探ることが出来た。水戸門ホムラとうたたねコハルだ。彼らは多くの人々が集まる里の中枢の医療テントではなく、少し離れた北部のテントにいた。もし敵襲があった時に、被害を分散させるためであろう。本来であればこの二人の居場所も離すべきなのだが、隣接するテントにいることからそこまで護衛に人数を割けないであろう事情が伺えた。
 事実、申し訳程度の護衛がテントの外にいたがモモカ達の敵ではない。
「……?」
 かがり火のつくる影の中に、どことなく違和感を覚えた護衛の者がそちらを見た時には、既にモモカが背後を取り、音もなく後頭部へ手刀を入れていた。意識を失い崩れ落ちる男の体が倒れることで音を出さないよう、モモカはその身体をふわりと抱え、そっと地面に横たえる。隣のテントを見れば、同様にトウキがもう一人を気絶させていた。
 テントにするりと滑り込むと、水戸門ホムラは布団に横になっていた。しかしこれだけ音もなく、さらに言えば殺気までもを極限まで潜ませたモモカ達だったが、テントに入ってくるなり彼は飛び起きた。さすが、歴戦の猛者だけある。彼は老いて痩せた腕でクナイを握り冷静な表情で敵が誰かを凝視する。
 モモカはすぐに飛び込んだ。構えるホムラのクナイをこちらも忍具で受けては、激しい金属音が鳴る。援護の忍が来るまでの時間はできるだけ稼ぎたかった。モモカはホムラの持つクナイを紙一重で交わし、その腕を軸に器用に回転する。すかさずカウンターを食らわせてくるホムラの視界を、トウキの土遁の術の砂嵐が奪う。
「くっ……!」
 背後に回ったモモカがホムラの首を締めあげた。
「こっちも首尾は上々」
 隣のテントからイクルが現れた。腕には気絶しているうたたねコハルを抱えている。上手いこと幻術にかけたか薬を盛ったかしたのだろう。ホムラはぎろりと面を付けた三人の若い忍を睨みつけた。トウキは臆することなくホムラに近づき、拘束する役をモモカと代わった。イクルは腕の中の老婆の口元に、何やら液体のしみ込んだ麻布を宛がう。間もなく、コハルは意識を取り戻し、モモカはトウキに拘束されたホムラとイクルに拘束されたコハルの腕をそれぞれ掴んだ。
「ナルトを今後どうするつもりです」
「……今までお前たちのことは大目に見ていたが、ここまでするともう後には退けんぞ」
 唸るホムラからは、迷いが見て取れた。人柱力であるナルトは大事に匿うべき。しかし綱手の言った言葉に揺らいでいる様子もある。一人の木の葉の忍として戦わせるべきか――いや、リスクを回避するなら、得策ではない。その迷いは、コハルも同様だった。
「暁に対する対処は? 策は? 他国との協定も視野に?」
 ホムラの言葉にはまるで返さず、イクルが質問を続ける。
 この二人はモモカの同化の力を拒む方法を知っていた。事実、読み取れる心の声は抽象的であったが、イクルの的確で巧みな質問により、どうにか読むことが出来た。
「火影が回復するまでの代理は? 決定権は誰に?」
 コハルが身じろぐが、拘束されてびくともしない。モモカは頷いてイクルに合図を出す。
「うちはイタチはどうして一族を皆殺しにしたのです? 弟一人を残して」
 強烈な光景と激しい悔恨の念が流れ込んでくる。
 モモカは息を飲んだ。
 残酷な現実。たった十三歳の少年に、天性の才を持っているからと、あるいはそれが一族の運命だからと、底のない業を背負わせ、突き落とした先は――地獄以外の何物でもない。
「……おい、」
 モモカの異変に気が付いて、トウキが口を開いた。面を被っているが、面に覆われていないモモカの頬を、涙が伝っていた。
「……もう、いい……」
 湿った声でモモカは言った。トウキとイクルは面越しに目を見合わせる。
「もうじゅうぶんだ……」
 当然ホムラもコハルもモモカが同化の力で、自分達からイタチの真実を知ったと、承知しているだろう。彼らはじっとただ暗闇の一点を見つめ、黙り込んでいた。
 モモカが涙を拭い、鼻をすする音が最後だった。イクルの持っていた薬でホムラとコハルを再び眠らせ、現れた時と同様に彼らは音もなく夜の闇に消えた。




……
 翌朝モモカ達は再び里の中心に上る途中、真新しい建築物が建っているのに気が付いた。一晩で到底建てられないような立派な家屋が、しかし間違いなく新築の匂いで建っていたのだ。
「ヤマトさん、か」
 モモカは思い至って呟く。初代火影の秘術を扱えるという噂だけれど、真偽のほどは分からない。しかし真新しいいくつかの建物を見る限り、眉唾物でもなさそうだ。
 晩秋の朝に吐く息を白くさせながら、三人は方々に分かれるために立ち止まった。三人とも浮かない顔をしているのは、イタチの悲しすぎる真実を知ってしまったからだろう。しかしこのことは現時点では誰にも話すべきではないと、三人は申し合わせていた。混乱真っただ中のこの里に更なる混乱と不信感を生むだけなのは目に見えていたからだ。
「んじゃ、チビ達の顔を見て、その後は紅さんとこ行ってくるわ」
 分岐点で最初に歩き出したのはトウキだ。お互い、やり残しをしないようにというのも、話していたところだった。
「水影のことはいいの?」
 呆れた顔でそう問いかけるイクルの言葉で、ようやくモモカはトウキと水影の男女としての仲に思い至る。
「え? あ、トウキってばそうだったんだ、メイさんのこと」
 間抜けな声を出すモモカにトウキもイクルも苦笑した。
「紅さんのことは、もう本当にそんなんじゃねえんだって。ただ、黙って立ち去ることもできねえな、とは思う」
 なんの驕りも建前もなく、そう言うものだから恐らく本当にその通りなのだろうなとモモカは思う。
「イクルは?」
 モモカが尋ねるとイクルは肩をすくめた。
「僕も兄さんの顔を見てくるよ。父さんは怪我をして動けないみたいだし……まあ大丈夫だろう。あとは、まあ情報収集かな」
 イクルはあの勝気な顔で笑う。皆、けじめをつけなければいけない想いがあるのだ。

 二人と別れてモモカは、避難所へ向かう。恐らくもう生まれ育った家はないのだけれど、避難テントに身を寄せているであろう家族の顔を見たくなった。里を抜けて、迷惑がかかってなければいいとずっと心の片隅で心配に思っていたが、今が会える最後のチャンスの気がするのだ。
 家族に想いを馳せていたモモカは、その男の気配が間近にきてようやく気が付いた。ハッと顔を上げるモモカを、彼はいつもの飄々とした表情で見た。
「よ、」
 はたけカカシが、何食わぬ顔でモモカの隣に立つ。途端に心拍数が上がるのを感じたが、何となくモモカ自身も何食わぬ顔を心掛けた。
「お、はようございます」
 しかし昨日の今日で、少々声が上擦ってしまったのは致し方ないと言えよう。
「痕、残ってるな」
 カカシの指摘が一瞬何のことだか分からなかったが、モモカの頬の辺りをじっと見つめているので隈取の痕を言っているのだと思い至る。昨日同化の力を最大限解放し、全力での仙術を使用した副作用で隈取が鬱血して、その痕が残っていたのだ。
「昨日よりはだいぶ薄くなりましたし……時間がたてばそのうち消えると思います」
 モモカの言葉にそっか、とカカシは進行方向に向き直る。
「あとの二人は?」
「あ、トウキは家族と紅さんのとこに。イクルも家族と……あとは情報収集って」
 並んで歩きながらモモカは説明した。
「ふむ。情報収集ね」
 カカシは前方を眺めたまま含みのある声で復唱する。
「モモカも家族に会いに?」
 モモカは頷いた。カカシはなおも当たり前の顔でモモカの隣を歩いている。
「里、本当に何もかもが潰れちゃいましたけど、一晩で新しく建っている家屋もあるんですね」
「ああ――こんな芸当ができるのはテンゾウだろうな」
 モモカは首を傾げる。
「テンゾウ?」
「あ、ヤマトな」
 カカシは訂正した。ヤマトも暗部の出で、複数の名を持っていたとして不思議ではないのでモモカは素直に納得した。しかしやはり、ヤマトが初代火影だけの木遁忍術を扱えることは間違いなさそうだ。
 取り留めのない会話を交わしながら二人は早朝の里を歩く。晴れてはいるがうすら寒い朝だ。いくつもの犠牲の上に築き上げてきた平和な里。イタチがペインのように里に厄災をもたらさなかったことは、最早奇跡だとすら思った。
 避難所になっている簡易テントが見えたところでモモカはカカシを見上げる。
「カカシさんは、どうしたんですか」
 朝一からモモカの前に姿を現したことを尋ねると、やっぱりカカシはいつもの飄々とした顔で見つめ返した。
「どうって、モモカの顔を見に」
 さも当たり前だという顔で答えるものだから、モモカは言葉に詰まってしまう。カカシは可笑しそうに笑った。
「近いうちに、また里を出るんだろう?」
 モモカは驚いて目をぱちくりさせる。
「どうして、分かったの?」
「分かるさ」
 簡易テントには引っ切り無しに人が出入りしていて、モモカ達が隠れるように潜んでいたヒョウタン公園やホムラやコハルがいた里の外れとは大違いだ。向こうは人の気配なんてまるでなかったが、里の中枢にはこうして住居をなくした住民が集まっているのだ。賑やかでさえある。
「お前たちは大人しくこの里に収まっているようなお行儀の良い奴らじゃないって、散々思い知っているさ。俺だけじゃなく、昔からのお前らを知っている忍ならそう思うだろ」
 カカシの言う通り、昨晩モモカ達はこれからのことを相談していく中で、里を出ようという結論に達したのだった。自来也の意志を継ぐために。木の葉を、大切なもの守るために。
「まーお前らは昔っから上には立てつくわコソコソ勝手な行動するわで、規則なんてものを歯牙にもかけてなかったからな」
「う……」
 ぐうの音も出なかった。事実、つい数時間前には里の上層部を襲い機密情報を盗んできたところなのだ。カカシはそんなこと知る由もないだろうが、モモカの様子にまた笑う。
「やるべきことがあるんだろう」
 不意にカカシの声が優しくなり、モモカは彼を見上げて頷いた。
「……それも昔からだ。常識に捕らわれず、自分たちがすべきだと思ったことは自分たちで実行していく――それが多少枠組みから外れることであっても――強い意志があるからこそだ」
 モモカは気恥ずかしさと嬉しさが入り混じった気持ちで、照れ笑いで頭を掻く。
「で、またしばらく会えなくなるんだろうから、顔を見に来たってわけ」
 モモカはさらに気恥ずかしさが大きくなったけれど、笑顔で返す。
「……ありがとう」
 様々な感謝が詰まったモモカのお礼にカカシは目を細める。昔からモモカ達を見守っていてくれた感謝。モモカ達に忍として生きる強さを教えてくれた感謝。何度も命を救ってくれた感謝。モモカを好きになってくれたこと、そして為そうとしていることを止めずに応援してくれることへの感謝。
「じゃ、また後でな」
 カカシはぽんぽんと二回モモカの頭に手を乗せた。子ども扱いにも見えるようなその行為が何だか今のモモカには嬉しく、去っていく大きな背中にきゅっと胸が締め付けられる。
 まだ隠しているのか同化でもカカシの気持ちは完全に分かることはなかった。しかし以前ほどそれが気になることもなかった。
 寒空を背景に遠ざかっていく大好きな背中を、モモカは持てる限りの愛おしさを持って眺める。再び歩き出した時には、すっかりモモカの沈んだ気持ちも浮上していた。





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