こっそりため息を


 早朝の澄んだ空気に、小鳥の囀りが賑やかに響く。珍しく早起きしたシズネは人知れず優越感を感じていた。この時間に里内を歩く者はほぼ見られず、ほんの数時間の贅沢な時間だ。だがひんやりとした空気に露出した顔はすぐに冷たくなってきて、火影塔へと足を速める。暦の上では春になったと言っても、まだまだ寒さの残る朝だった。
 火影塔が見えてきて、ふとシズネは後ろを振り返る。気持ちの良い早春の空が広がっていた。薄浅葱色を背景に鳥が数話羽ばたき、刷毛で白いペンキを塗ったような巻層雲が浮かんだ空。平和な空だ。
 再びシズネが前を向いたところで、近付く気配があった。今振り返って空を眺めていた方からだ。
「シズネ様、ちょうどよかった」
 目の前に下り立った忍の顔を見て、何か厄介ごとが舞い込んでくる兆しをシズネは感じた。火影塔でもよく見る中忍の男で、受付業務や里の門番をしていることが多いと記憶している。
「どうしたんです」
 シズネはせっかくの贅沢な早朝の時間に水を差された気持ちは表に出さず、部下の忍に尋ねた。
「自分は今、北門の当番に当たっていたのですが、一人の忍が現れまして……どうしたものか、こんな時間に恐縮ですが指示を仰ごうかと」
 運よくシズネと出くわしてよかったという表情で男は報告した。
「どこの里の忍ですか? 木の葉を訪れた目的は?」
 シズネは質問を重ねる。常であれば、通用書を持った者であれば開門時間まで待ってもらってから通す。通門所を所持していなければ身元を確認したうえ、問題なければ通門の申請をしてもらう。お尋ね者であれば、問答無用で警務部隊に連絡して身柄を確保する。わざわざ指示を仰ぎに来たということは、そのどれでもないということだ。
「いえそれが、木の葉の忍なのです」
 部下の言葉にシズネは眉を寄せた。
「二年前に長期任務に出たきり連絡が途絶えていた木の葉の忍が今になって帰ってきて……音沙汰がなかった期間に何をしていたかは定かではないですし、里に通してよいものかと判断に迷いまして」
 二年前と言えば、ちょうどシズネが里に帰ってきた頃だ。あの当時は綱手も火影に就任したばかりで、さらに木の葉崩しから間もないころもあって目の回るような忙しさだった。
「分かりました。こちらで預かりますので火影塔まで連れてきてください。その忍の名は?」
「さとりモモカという、中忍のくノ一です」

 シズネは火影塔に入るなり、綱手の私室のドアを叩いた。この頃は業務も落ち着いて、彼女も執務室でそのまま眠るということはほぼなかった。案の上綱手は私室にいて、寝起きの不機嫌そうな返事が返ってきた。
「おはようございます綱手様。早くから申し訳ないのですが、よろしいですか」
 数秒の後にドアを開けて出てきた綱手は寝間着のままで、眠気眼で何事かと眉をしかめている。髪に櫛を通してすらいないようで、年齢にしては驚くべき艶のある髪が後頭部の所で跳ねていた。
 シズネは綱手にさとりモモカの件を報告する。綱手自身にも心当たりのない忍らしく彼女は首を捻っていた。忍登録書と関連資料を持ってくるようにシズネに命じて、彼女はぼさぼさの頭を掻きながら着替えのために再び私室に引っ込んだ。
 シズネは資料室に足を運び当該くノ一の資料を集めると火影公室に向かう。途中で給湯室に立ち寄り熱い茶を淹れて、公室に入ると既に綱手は身なりを整えて公室の椅子に座っていた。二人は資料に目を通す。
「さとりモモカ……第十五班の中忍……なるほど、確かに二年前に任務に出たきりになっている。私が火影に就任する直前のことだから、ちょうど入れ違いだったんだろう」
 茶を啜りながら綱手が忍登録書をぱらぱら捲る。下忍の際の登録書はそのくノ一が十一歳の時で、少年にも見えるような幼い女子だった。中忍に上がった時の登録書はその一年後で、中忍のベストを着用しているもののやはり幼く見える。最後の任務に出たのはそこからさらに四年後、日付を見るに三代目火影が没してから綱手が五代目火影に就任する間のことだ。ごたごたしていたあの時期に任務に駆り出されたみたいだった。チームメイトの情報を見ると、担当上忍は月光ハヤテというシズネも顔見知りの男で、彼はすでに亡くなっている。同期のチームメイトはモモカと一緒に任務に出ているはずだが、彼女同様に連絡は途絶えているようだ。
「……最近の忍にしては……なんていうか、この若さでなかなかの経歴ですね」
 任務の経歴を見てシズネは呟く。年齢と中忍に上がってからの年月の割には、こなす任務の難易度も量も立派なものだった。
「……シズネ、この任務をどう思う」
 最後の任務内容を見て考え込んでいた綱手がシズネに尋ねる。シズネは渡されたそれを見て眉を寄せた。
「Aランク任務ですか……それも中忍三人だけで。それこそ昔であれば、まあ、ないこともないですが――異例ですね――……それに」
 シズネはもう一度任務内容を読み直す。
「大蛇丸のアジトの捜索……尾行……どうもこの任務、私にはSランクでもいいように思えます」
 顔を上げたシズネに綱手は頷いた。
「同感だ。あの頃は人手不足だったにしても、上層部は一体どういうつもりだったんだ」
 次の資料に目を通して綱手は手を止める。
「このくノ一、危険度が五段階のうちの三が付いているな」
 綱手が問いかけるようにシズネを見たので、シズネは関連資料を引っ張り出す。
「ええとそれに関してはですね――ありました――まず、下忍に承認される前に違法に里を抜け出していた疑惑があります。証拠はありませんが里外で闇業者との繋がりが疑われていました。正式に忍になってからはないみたいですが――それから――中忍に上がってから、同盟国である砂の上忍の殺害未遂――上層部への違背――詳細までは書かれていませんが――当時これにより謹慎処分を受けています。里への反逆の思想がやや見られる――それで危険度が三レベル付いているみたいですね」
 シズネは読み上げると複雑な面持ちで綱手を見つめた。綱手はため息を吐いてこめかみを押さえる。この情報を見るになかなか厄介そうな人物だった。
「ん?これは……」
 綱手は登録書の最下部に極秘の判とそれに重なるように三代目火影の血判が押してあることに気が付く。それの意味するところは、火影のみが閲覧できる資料があるということだ。
 綱手は座る椅子のすぐ背後にある棚の鍵穴に手をかざし、チャクラを流し込んだ。カチャカチャと金属音がして、鍵が開く。この棚には火影以外の者が閲覧できないように特殊な忍術がかけられているのだ。忍登録番号を照らし合わせて、目当ての資料はすぐに見付かった。
「……うーむ」
 資料を読んで綱手は唸った。
 気になる顔で待つシズネに「ほれ」と綱手が極秘資料を渡す。
「私が目を通しても?」
「構わん。さとりモモカの特殊能力に関するものだ。見たことは喋るなよ」
 もちろんです、と答えてシズネは資料に目を落とした。
「触れた対象の思考……思い浮べているイメージを視ることが出来る――当忍は同化と呼んでいるもののその原理は不明――印を必要とせず、血継限界の類でもなく……その為この能力のことを知らないものが思考を読まれていることに気付くことは極めて困難――ただし触れた対象の精神力が強ければ、心を閉ざすことで思考を読まれることを防ぐことが可能――この能力を知っている者は三代目火影猿飛ヒルゼンの他は、第十五班の三名――……」
 読み上げてシズネは顔を上げる。今やその表情は綱手と同じ怪訝なものになっていた。
「本当にこんな能力が――?」
 綱手は答えず、肩をすくめる。二人が黙り込んでいるとノックの音がして、先程の中忍の声がした。どうやらちょうど来たみたいだ。シズネは資料をまとめて外から見えないように綱手に渡す。
「どうぞ」
 先ほどの中忍がドアを開け、件のくノ一を連れてきたことを報告した。そして続いて部屋に入ってきたさとりモモカというくノ一は、登録書の写真よりもずっと成長した姿をしていた。
 写真よりも伸びた長い黒髪を肩の後ろに垂らし、白い陶器のような肌とのコントラストが美しい。黒目がちの目を縁取る睫毛は長く、控えめな鼻も口も、すらりと伸びた手足も、調和のとれた美しさを魅せている。決して派手な顔ではないけれど、間違いなく美人だとシズネは思った。そして彼女の肌も髪も爪の先も艶々としていて、その辺を放浪していたようには見えない。栄養のあるものと休息をしっかりと取って、争いとは縁のないような暮らしをしていたような印象を受けた。しかしそれだけに、漆黒の闇のような彼女の瞳の持つ印象とはちぐはぐで、底知れぬ不気味さを覚えたのも確かだった。そして忍のこういう直感は得てして当たるものだと、シズネはよく知っていた。
「お初にお目にかかります、五代目火影様……。さとりモモカ、ただいま戻りました」
 連れてきた門番の忍が退出したのを見届けてすぐに、彼女は片膝を付いて頭を垂れる。「うむ」と綱手はいかにもそれらしい返事をした。再び顔を上げたモモカはシズネには一瞥もくれず、綱手だけを見ている。まるで新しい火影が信用に足る人物なのか品定めしているようだ。
「ちょうど火影交代の合間に任務に出ていたと聞いたぞ……捜索や支援に手を出せないでいて、申し訳なかった」
 綱手の言葉にモモカは少し沈黙して、やがて首を振る。その顔は相変わらず無表情で、真っ黒な瞳からは何の感情も読み取れなかった。
「いえ。私どもが任務に失敗したうえでのことなので……消息を絶ってしまい申し訳ありません。恐らく、一年くらい前までは忍鳥の連絡がいっていたと思うのですが」
 やはり任務は失敗したのだな、とシズネは思った。
「そうだな……一昨年の十一月までは確かに任務の進捗状況を受け取っている」
 綱手は任務の報告書を確認して答えた。先ほどシズネも確認したものだ。スリーマンセルで任務にあたっている第十五班から、忍鳥で送られてきたものだ。確かチームメイトには鳥吉の者がいたから忍鳥の扱いには精通しているのだろう。
「それで……、連絡が途絶えたこの一年三か月の間、何があった? どこで何をしていた? 残りのチームメイトはどうした」
 いよいよ本題に切り込んで綱手は質問した。モモカは一度瞬きをし、長い睫毛がその瞳に陰影を作る。
「まず、一昨年の十一月に土の国の北部の街で、私たちは暁のメンバーと遭遇しました。飛段と角都という男、それから名前は分かりませんが、仮面を被った男です」
「なんだって」
 重要な情報を淡々と告げるモモカに、大きな声で綱手は聞き返した。これだけ追っていた暁の名前が、まさか出て来るとは思わなかったのだ。シズネも大層驚いて、しかし気は緩めることなくモモカの一挙一動を観察していた。
 モモカは暁との件を説明する。飛段と角都という男の特徴や、彼らが不死であること。そして三人目の仮面の男のこと。彼らから大蛇丸のアジトの情報を盗み、其処へ向かったこと。
「よく三人とも無傷で、暁を相手に逃げられたな――不死というのは俄かには信じられんが――しかしどうしてそこまでの情報が分かったのだ」
 モモカの話に耳を傾けていた綱手は、一区切りしたところで尋ねる。無論、頭には先ほど読んだ彼女の同化という特殊能力のことがあった。綱手はあえてそれに触れずに、モモカから聞き出そうとしている。資料によれば里へ反逆身する思想が見られるとのことなので、彼女の忠誠心がどの程度か見極めようとしているようだった。
 モモカは真っ黒な瞳で綱手を見据え、そして次にシズネの方を向く。ここに来て、彼女は初めてシズネの方を見た。獣のような真っ黒な瞳と目が合ってシズネは警戒心を強める。
「あなたは……」
「私はシズネと言います。綱手様の付人をしています――」
 シズネが名乗るとモモカは唐突に手を差し出した。あまりにも前触れなく動いたものだから、思わずシズネは身体を強張らせて後退る。綱手もその様子を凝視してすぐに動けるような体勢を取った。二人の脳裏には、モモカに触れられることで思考を読み取られてしまう危惧があった。しかしモモカはそれ以上シズネには近づかずに、その手を下ろす。
「……お二方ともご存知のようですね」
 モモカの言葉に、やられた、とシズネは思った。彼女は手を触れようとし、そしてその反応を見ることで確かめたのだ。同化の能力を綱手とシズネが知っているということを。
「ご存知であるならば話は早いです」
 モモカは何事もなかったかのように再び綱手に向き直る。
「……悪いな、試すようなことを聞いて」
 息を深く吐き、綱手が言った。
「いえ、里を治めるものとして当然のことなのでしょうね」
 モモカの声にはやはり何の感情も籠っていなかったが、かえってそれがシズネには皮肉に聞こえた。何か言い返したいシズネを綱手が目で制した。
「それで……そのアジトに足を運んで、会ったのか? 奴と……」
 綱手の問いかけにモモカは頷く。
「大蛇丸の配下の男と、若い女、そして大蛇丸本人と、薬師カブトに遭遇しました」
 モモカはそこであったことを説明した。時系列順に、主観を交えずに語るモモカの話は非常に分かりやすい。「あの時こうしていれば」「どれだけ苦しかったか」そういう類の言葉も表情も全く出てこなかった。それはチームメイトのイクルを自ら手にかけ、もう一人のトウキが死に絶えたことを話す折になっても、変わらなかった。忍の鑑とも言えよう。しかしその無情な態度がより一層、シズネにモモカに対する不信感を強めた。ナルト達若い世代は特に、感情を殺しきらない。それでいいのだ。それでも彼らはしっかり任務をこなしている。感情を出すからこそ得られる強みだってあるのだ。しかし目の前のくノ一は一切の悲しみも憎しみも見せない。もしかしたら――本当に、仲間の死を何とも思っていないのかもしれないと思えるほどの態度だった。
 そして彼女は瀕死の状態だったところを小さな村に拾ってもらい命拾いしたこと、その村はモモカと同様の力を扱う人々が住んでいたこと、そして霊峰に入り一年もの間修行を積んでいたことを話した。たまたま辿り着いた村が所縁のある土地だったなんて、些か出来過ぎているとシズネは思った。
「そうか……事情は分かった。しかし、つまり――お前は仙術を使えるようになったということか」
 綱手は顎の前で手を組んで自分を納得させるかのように呟く。モモカは「そういうことになります」と呟いた。
「……仙術を扱う忍を私も一人知っているが、あれは修得するのも非常に困難で莫大なチャクラ量が必要だと聞いた。その霊峰に入って、お前に修行を付けたのは誰なのだ? 独学ではあるまい」
 綱手の言っている忍とは自来也のことだろうとシズネは推考する。
「私は元々同化の力を使えていたので――それはつまり自然と融合するということです――ですので、最初の難関でありチャクラの量がものをいう自然と一体化する修行は必要なかったと思われます。それから、修行を付けてくれたのは狐たちです。徳が高くチャクラを扱えて人語を理解するそれがいたのです……それこそ妙木山のガマ達のように」
 綱手の考えを見透かすようにモモカは言った。つくづく油断ならない忍だと、シズネは感じる。綱手もまた眉をぴくりと動かしたのをシズネは見逃さなかった。
「……なるほど。それに関しては、まあ分かった。……もう一つ質問がある。うちはサスケを見ていないか」
「いいえ」
 モモカはすぐに否定したが、質問の意図を図りかねているみたいで「なぜですか」と聞き返す。
「うちはサスケはな……お前らが任務で里を出てすぐに、里抜けをしたんだよ。今は大蛇丸の元にいるはずだ」
 綱手の言葉に、モモカは目を細めた。ようやく表情らしい表情が見えて、シズネはまじまじとその顔を観察する。
「……そうですか。サスケが……、結局そうなったのですか」
 モモカの言葉に今度こそはっきりとシズネは憤りを感じた。顔にこそ出さなかったが、モモカの配慮の足りない感想は、妹弟子のサクラの苦しみを間近で見ているシズネにとって看過できないものがある。
 シズネはじっと耐え、綱手はモモカの顔色を観察し、当のモモカは黙り込んだ。やがて再び口を開いたのはモモカだった。
「……第七班の、他の班員はどうしているのでしょうか」
 他人に興味がなさそうなモモカの質問は綱手にとって意外で、少し肩の力を抜く。
「ナルトは自来也と共に、修行の旅に出ている。サクラは私のもとで修業をしているてな……医療忍術を叩き込んでいるよ」
 しかしモモカはその回答に納得がいっていないのか、再び黙り込んだ。綱手が怪訝な顔をしてみせると、モモカはもう一度質問をするために顔を上げた。その顔に少し赤みが差していたように見えたのは、シズネの思い過ごしだろうか。
「……カカシさんは……」
 モモカの口から出た名前に「ああ」と綱手は思い至って続けた。
「教え子たちの手が離れて、奴には高ランクの単独任務をこなしてもらっている。つい昨日もAランク任務を割り当てて里を出たところだ。変わらずやっているよ」
 綱手の説明にモモカの表情はまたすぐに元の、彫刻のような無機質なものに戻る。
「そうですか」
 途端に興味を失くしたような顔だった。
「さて、もうお前の方から聞きたいことはないか? この後だが、お前にはいくつかの検査と、尋問を受けてもらう。事情があるとはいえ一年間音沙汰がなかったのだから、心身ともに異常がないか確認する必要がある……よいな?」
 綱手は一応モモカに確認を取る。断ればもちろん、木の葉の里にはいられない。意図している、していないに関わらず、仮にモモカが危険要素を持ち込んでいたら里にとって大きな損害になるのだ。モモカは断る理由がないというように頷いた。
「それじゃあ、申し訳ないが家に帰れるのは検査が全て終わってからになる……シズネに付いて行ってくれ」
「では、こちらに」
 シズネは注意深くモモカの表情を探りながら、彼女の前に立つ。モモカの顔は最早、シズネなど全く興味がないかのような冷たさを伴っていた。

 検査には丸二日を要した。身体に何かが隠されていないか。術が施されていないか。病原菌が持ち込まれていないか。それから、綱手が聞いたことを尋問部隊が再度聴取した。山中一族が使うような直接脳内に入り込むものは倫理上の問題から行われなかった。これが敵の忍であれば問答無用で行われるのだが、対象が敵であるという確証がなければ滅多にはその方法は用いないのだ。モモカの主張では里の背くようなことはしていないようだし、拷問に近いような尋問もなかった。その代わり、聴取をする際には脳波や心拍数を測定する機械を取り付けて、嘘を述べていないか確認しながら行われた。全ての検査を通過し、結果はシロであった。
 二日の間にモモカが帰郷したことを知り訪ねてきた忍も何人かいた。特別上忍のゲンマ、中忍のコテツにイズモ、アオバ、それに上忍のガイなどだ。彼女は訪れてきた人と会話を交わし、時折笑顔さえ見せていた。どうやら一般的な情緒は持ち合わせていたようだが、シズネにはどうもその笑顔でさえとってつけたもののように感じた。あれだけ過酷な経験の後にやって帰ってこられた里で、久しぶりの仲間との再会で、もっと顔を崩して喜んでいいように思うのだ。そもそも、モモカが忍になってから里を発つまでの五年という歳月を考えると、彼女を訪れる忍はあまりにも少なすぎるとシズネは思った。
 しかしそれを口にすると、その場に居合わせたゲンマが複雑そうな顔をしてみせた。
「まあ、あの子の同期はもう誰も残っていないからな」
 遠くを見つめるその目に、シズネはモモカと里との関わり方がより一層分からなくなった。

「検査を終えたモモカは、真っ直ぐには家に帰らずに二か所寄り道をしました。死んだチームメイトのイクルとトウキの家です。恐らく遺族に頭を下げに行ったものと思われます。滞在時間はそれぞれ十分と三十分。それから実家に帰り、その後は外に出ていないようです」
 シズネの報告に、綱手は冷たい彫刻のようなモモカの横顔を思い出して頷いた。
「ご苦労」
「それから彼女を訪ねてきた忍達からも意見を聞きましたが、特段怪しい所はなさそうです。彼女を訪ねる忍は全部で六名と決して多くはありませんでしたが、彼女自身の評価は良かったです……ガイなんかは特に、褒めちぎっていましたが……まああの人は誰に対しても疑うことをしないので……」
 最後の方は言葉を濁しながらシズネは報告を終える。綱手は「まあそんなに心配するな」と持ち前の行き当たりばったりな気楽さで答えた。
「お前は心配性だからな……私だって何も考えていないわけじゃない。モモカの最初の任務だが、お前に同行してもらうことにした。そこであいつの能力と思想、任務に対する特性を直に見てきてくれ」
 綱手の言葉にシズネは力強く頷く。単に特性を見るだけでなく、怪しい行動がないか監察してこいと暗に言っているのだ。
「任務地は短冊街だ。フォーマンセルで、他のメンバーはサクラといのを付ける。女だけの方が着替えや風呂も目を離さずにいられるからな。……まあ、取り越し苦労だとは思うが」
 綱手は全く気負っていない様子で、書類に向かう。
「ずいぶん楽観的ですね……何かあったんですか」
 シズネが聞くと、綱手は書類に向かったままで鼻で笑った。
「あいつ、里の上層部に歯向かったって、資料には書いてあっただろう?」
 どこかご機嫌な綱手に、シズネは怪訝な顔をする。
「その里の上層部って、どうやらダンゾウのことらしいぞ……あのくそじじいに楯突くなんて、中々見込みのある奴じゃないか」
 モモカを急に気に入った理由が分かり、シズネは肩を落とした。上長の単純さに、もどかしい気持ちになる。自分がしっかりしなくては、とシズネはこっそりため息を吐いた。



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