目も眩むような眩しさ
続く試合はモモカと砂の忍の対戦であった。
再び試合会場の真ん中まで進み出たモモカは対峙した相手の目を見て、何かしらの恨みを買われていることに感付いた。そしてそれは、先の第二次試験で死の森に倒した砂の忍の敵討ちであることも容易に察しがついた。相手は小柄ながらもチャクラ量が多いらしく、先の試合ではそのチャクラを存分に使用して多彩な忍術を駆使していた。中遠距離タイプの忍である。
試合開始と同時に相手はモモカと距離を取り、小高い丘のような土遁の盛り上がりを幾つも作り出した。なるほど、これだけ隆起した盛り上がりがそこかしこにあれば真っ直ぐ相手に向かうことは出来ずに減速することとなる。
太陽にキラリと鋭利な刃物が反射しモモカは飛び退いた。細身のクナイが三本乾いた地面に突き刺さる。
(そして本人は隆起した土遁壁に身を隠しながら遠隔攻撃をしてくる、か)
土の塊が四方から飛んできて、それらをモモカは器用に避けていく。スピードはさして速くはないが、数が多い。それに飛んできた塊が木の幹やや隆起した土遁壁に付着したまま落ちないところを見ると、粘着質な性質を持っているらしい。当たっても致命傷にはならないが、動きがだいぶ制限されるだろう。
「どう攻めるかな」
観客席に戻ったトウキが隣のイクルとハヤテに尋ねた。二人とも、さっきまでの激闘が嘘みたいにモモカの試合に注目している。
「あれではなかなか攻めに転じにくい……相手は長期戦を得意としていて少しずつモモカの体力を削っていく作戦です……しかし焦って飛び込んであの厄介な粘着質な土遁弾に捕まり相手の思うつぼ……」
ハヤテのもどかしそうな心の内が貧乏揺すりに現れていた。
「大丈夫、モモカにはあれがあります」
ほら、とイクルが試合会場をじっと見つめて促す。モモカは既に印を結び始めていた。複雑な印の羅列は何度か見たことのあるものだ。
数秒の後、モモカは走り出した。走り出したと同時に、右手からけたたましい音と光が炸裂する。新人の下忍が繰り出した雷切という大技に、途端に、観客席がどよめいた。
「なるほど、確かにあれなら土遁壁をいちいち避ける必要はないですね……行く手を阻む土遁壁も、あの程度であれば雷切で全て切り裂ける」
「土遁は雷遁に弱いからな」
頷きながらもトウキは口の中で低く唸った。モモカが勝てば決勝戦はトウキ対モモカの試合。そしてトウキの性質変化は土である。
モモカは一直線に試合会場を駆け抜け――途中幾度も粘着質な土遁弾が飛んできたが雷切の刃はそれもものともせず――砂の忍が潜んでいるひと際大きい土遁壁まで辿り着いた。そしてその他の土遁壁と同じく真っ二つに切り裂く。
(まさか殺しやしないだろうな)
一瞬トウキはひやりと肝が冷えたが、大きな土遁壁は殊更に硬かったらしく、僅かに雷切の先端が逸れた。姿を現した砂の忍は必死の形相で後ろに仰け反る――。
「あっ避けた!」
思わずイクルが声をあげる。雷切は一極集中型の攻撃な分、カウンターには滅法弱いという特徴をイクルも心得ていた。最速で走るモモカは急には止まれない――砂の忍が仰け反りながらもクナイを投げる――モモカは避けれない――クナイがモモカの背に刺さる――…。
わっと観客席が湧いた。クナイの刺さったモモカは、次の瞬間五十センチ程の丸太になっていた。変わり身の術だ。そして術に気付いた砂の忍の頭上から音もなくモモカは降りてきて、その背後に立つ。手には鋭利なクナイを逆手に持ち、砂の首筋にピタリと宛がっている。
観客席にいても伝わってくるようなピリリとした殺気に、砂の忍が気圧されたのは仕方のないことだった。イクルとトウキにも言えることだが、モモカの出す殺気は、人を殺したことのある者だけが出す狂的な――しかし忍としてはある意味真っ当な――それだったのだから。
「……参り、ました」
掠れた声で砂の忍は負けを宣言する。トウキが決意の表情で立ち上がった。
湧く観客席を尻目に、トウキは「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」と大股で試合会場へ下りていく。歓声に満ちた場内の雰囲気は、単に良い試合を見せてもらったというだけでなく“木の葉vs砂”の試合に木の葉が勝ったということにも起因しているのだろう。中忍時代、ハヤテも先輩に聞かされたことがある。中忍試験とは詰まるところ、戦争の縮図なのだと。木の葉で行われた試合で木の葉の忍が勝った。砂を打つ負かした新人の誕生に、観衆が沸き立つのも当たり前といえば当たり前だ。
(しかし今のはかなりポイントが高い)
観衆の声援を受け次の対戦相手であるトウキを待つモモカをハヤテはまじまじと見つめた。ただ倒すより生け捕りにする方が遥かに難しいのは公然の事実だ。
(一試合目では圧倒的力量を見せて戦闘力の高さを評価される。この二試合目では必殺技のお披露目と敵を生け捕りにする技量を見せた)
雷切という大技を出したものの最終的に決め手となったのは変わり身の術というアカデミーで習う基本中の基本忍術だ。しかし使いどころ、タイミングが非常に巧かった。この生け捕りにする技術は、一試合目以上に高く評価されるだろう。
「評価ポイントまで考えて勝ってるんなら、たいしたタマだな」
奈良シカクが品定めるようにモモカを見ながら呟いた。当の本人は幼さの残る真っ黒な瞳で奈良シカクを見上げ、軽く会釈するに止まった。底の知れない瞳に、シカクは改めて少女を観察する。凹凸のない棒のような手足。良く言えば粗のない、悪く言えば地味で特徴のない顔。華奢な肩幅は美点というよりもむしろ頭でっかちな印象を与えた。しかし彼女を象るその姿形は、優れた忍の特徴でもあるとシカクは承知していた。棒のような手足はこれからすらりと長く伸びる予感がある。彼女の速い体術にリーチの長さは強い武器になる。特徴のない顔は忍として最も求められるところだ。華奢な肩幅も、化粧のしようによっては庇護欲を掻き立てられるような女性に化けることも可能だろう。
「待たせたな」
悠々と現れたトウキは待ち望んだモモカとの決戦の舞台に、滲み出る興奮を隠しきれていなかった。鼻の穴を膨らませ、その瞳は熱く燃えている。
トウキは同年代の中でも背がかなり高い方で、筋肉の付きやすい体質なのだろう、良い体格をしていた。そして彼もまだまだ成長途中で、これからさらにその背は伸びるだろう。
(一見すると圧倒的にトウキが有利だが……さてどうかな)
シカクは思いがけずワクワクしている自分に気付いていた。中忍試験でここまで楽しませてもらえるとは嬉しい誤算である。彼は一呼吸置いてスッと高く手を上げた。
「決勝戦。木の葉のトウキ対、同じく木の葉のモモカ。用意――はじめ!」
勢いよく腕を振り下ろす試合開始の合図と同時に、両者ぶつかり合った。
これまでの試合の比にならないほどの、激しい体術の応酬である。繰り広げられる攻防に観客は固唾を飲んで刮目してるが、果たしてどれだけの人がその全てを目で追えているだろうか。拳と拳が、あるいは蹴りが、ぶつかり合うたびに打撃音が二階席まで響き、土埃が舞った。モモカの方がわずかに先を読んでトウキの攻撃に対応しているが、それ以上にトウキの体術は速かった。今までにない速さだ。余程の鍛練を積んだのだろう。いくら先を読めても、モモカは決定打を喰らわないことで精いっぱいでなかなか反撃に転ずることはできなかった。どうにか距離を取りたいがトウキの怒涛の攻撃がそれを許さない。何とか攻撃を防いでも一撃一撃が重い。一発でも喰らえば即ノックアウトに違いなかった。
何とか反撃の糸口を見付けなければ――トウキの右正拳突きを避ける反動を利用しモモカは体を回転させ、回し蹴りを繰り出した――その脚をトウキが何と左手一本で受け止め、膝蹴りを食らわす――咄嗟にモモカも蹴り出した脚をそのまま下に振り下ろす――蹴りと蹴りがぶつかり、モモカの体は宙に飛んだ――その高さ、優に向こうの木を超えている。
空中で体勢を立て直しこちらを見据えるモモカが、印を結んでいるのにトウキは気が付いた。見たことのある印だ。つい数十分前にも披露していた。今のモモカの技の中で最も強力なものだ。
(逸ったな)
トウキは静かに勝利を確信した。
雷切の恐さは、その速さにある。最高速度で繰り出す濃密なチャクラの突きが一極集中の破壊力を生むのである。それをあんな身動きの取れない空中から助走も付けずに放ったところで、その攻撃力はたかが知れている。
トウキは地上で冷静に迎え撃つ準備をした。重力による加速度で落ちてくるモモカが印を結び終える。彼女の右手から発せられるけたたましい音と光。衝突まであと一秒。
右手指先に収束するはずの濃密なチャクラは、一向に集まらなかった。それどころか、先程以上に拡散している気さえする。これは失敗か。こんな拡散した状態では碌な攻撃力にならない。チャクラは拡散しただただ眩しいだけだ。目も眩むような眩しさ。
そこでトウキは、モモカが固く目を閉じていることに気が付いた。
(やられた)
トウキはぎゅっと唇を噛みしめる。
この眩しさに、トウキの視力は一時奪われ、回復するのは恐らく数十秒後のことであり、瞼を閉じたモモカはこの眩さの影響少なくすぐにトウキを捕らえるだろう。
バチバチと弾ける光に、トウキは心底悔しい思いがした。
(こいつと俺との差は、なんだ?)