濡れた地面に張り付く梅の花が


「合同任務ぅ?」
 あからさまに嫌そうな顔をして、トウキが聞き返す。
 火影の手前、ハヤテが目だけで黙って聞きなさい、と諫めた。
 火影室の中は空調が効いていて暖かいが、窓の外はどんよりとした厚い雲によって霧雨が降っており、窓には結露が浮いている。ここ数日は、ずっと雨模様だ。
「うむ」
 三代目火影は口に咥えていた煙管を一旦灰皿に置いた。先端の火皿からはまだ煙が燻っている。
「つまり、お主たち同期の下忍チーム第11班から―――12班は一つ上の代のチームであるから飛ばして―――お主ら第15班までの計4チーム12名で合同で任務に当たってもらう。任務内容は最近里外で報告のある闇業者の拠点跡の捜索じゃ。なに、下忍にそんな大層な任務は与えん。すでにその業者は解体しており、何人かは捕えられておるが何人かはまだ行方知れずでの。かつて拠点としていた建物内部の捜索をしてもらうだけで、戦闘の可能性は限りなく低い」
 トウキが眉を顰める。同化をしなくてもモモカはその心中を察することが出来た。同期の他の忍がいても、ただ“足手まとい”だと、不満がトウキの表情に滲んでいる。
「何もそんな大勢で行かなくても、俺たちだけで十分っすよ」
 やはり不満を口にしたトウキに三代目は苦笑する。ハヤテが懸命に目でトウキを制していたが、トウキは知らんぷりをしていた。三代目が説明する。
「これは任務でもあるが訓練でもある。どのチームもそれぞれ力を付けてきて着実に任務をこなしてはいるが、多人数での任務となればまた別だ。多人数特有のチームワークが必要になる。ランクで振り分けておるから必然的に、下忍にはなかなか多人数での任務は回ってこない。良い機会じゃて、中忍になる前に経験しておくと良い」
 トウキはまだ不満そうだったがモモカは中忍という言葉が意想外であった。中忍だなんてまだまだ遠い未来の話だと思っていたのに、大人たちはもうその未来を想定して物事を考えているのだ。
 それとだな、と三代目が再び煙管の吸い口を咥え一吸いしてから続けた。
「当然同期といってもチームによって任務の達成状況には差が出来ている。なかには他のチームに不満を持つ者がいてもおかしくはない。一度一緒に任務をこなせばお互いへの理解も深まる。互いに良い刺激にもなる。そしてまたそれぞれ次のステップに向けて邁進していけるじゃろう」
 三代目の説明に、モモカにも薄ぼんやりと背景が読めてきた。トウキが再び口を開くより早く、三代目が書類を差し出す。
「任務の詳細じゃ。目を通しておくが良い」
 イクルが代表して火影の机まで進み出て受け取った。モモカの隣に戻りちらりと資料に目を落としたイクルから、緊張が伝わってくる。モモカはおや、と思った。
「さて、話は以上である。ハヤテには別件でまた話があるでの、これ以上質問がないようなら諸君らは帰ってくれ」
 三代目は最後にもう一吸いだけして、すっかり燃え尽きた灰を灰皿にパラパラと落とした。


「どう思う?」
 火影塔を出たところで、トウキが尋ねた。三人は傘を差し並んで歩く。モモカはイクルが答えるかと思ったが、何か思案している様子なので代わりに答えた。
「訓練ももちろん理由だとは思う……けど、“他チームからの不満”て、あれ、私たちへだよね?不満が出てるのは、たぶん第11班の」
 モモカは11班のそばかすの彼を思い浮かべる。モモカ達第15班の任務成績が良いことを、何かしら優遇されているのではと勘ぐっているようだったから。
「だよな。俺もそう思う」
 トウキは頷き、そして傘越しにイクルを窺い見た。視線に気付き、イクルはため息を吐く。
「まあ、同期からの不満は置いといて、上は僕たちのことを買ってくれている、とは、思う」
 イクルの言葉にどういうこと?とモモカがきょとんとする。
「下忍同士、横の繋がり、つまりチームワークの強化が目的。でも4チームもいたらどうしたって引っ張て行く者とそれに付いていく者とに別れるだろう。火影様はきっと、僕らに下忍合同チームのリーダーをさせたいんだ。リーダーとしての力量を図ると同時に僕ら自身にもチームを引っ張っていく上での課題を見付けさせたい……そんなところじゃないかな。先を見据えて、ね」
 イクルの意見にトウキはピンときたみたいだった。モモカはまだ要領を得ず、先?と首を捻る。
「夏に何があるか……知ってる?」
「中忍試験か!」
 トウキがぱちんと指を弾いた。
「そう。そして間違いなく僕らは中忍試験に推されるだろう。同期ではトップ、里の下忍全体の中でも上位の成績を挙げているのだから。そして今回の中忍試験で合格するかは置いといて、遅かれ早かれ下を引っ張ていく立場になる。それを見越して、今回の任務が計画されたのだろう」
 イクルは目の前の雨景色を向いたままで、淡々と説明する。トウキは満足そうに頷いた。
「ま、当たり前だよな。皆平等に強くなるわけじゃないんだから。才能ある忍は早いうちに当たりを付けとくんだろ」
 トウキはニヤリと笑い、モモカはははあ、感心した。
 モモカは、当たり前に皆平等だと思っていたのだ。しかし現実はそうではない。考えてみれば当たり前のことなのだが、トウキの言う通り成長の見込める忍の才能を伸ばすやり方が理に適っているのだ。少しでも人材の欲しい里としては、才能のない者やいずれ忍を辞めてしまうであろう者にももちろんチャンスを与え、なるべく死なないようなシステムを作ってはいる。だが、紛れもなく強者と弱者の差はあり、その差は下忍になって間もないモモカ達の年代にも、既にできていたのだった。
「あとは、今回の任務が多人数の目的は、もう一つ」
 再び口を開くイクルの顔は険しかった。周囲を気にしているようでもある。
「渡された任務の資料、そこまで詳細ではないが、ここに件の闇業者の拠点跡の大体の場所が書いてある」
 モモカは嫌な予感がした。
「その拠点跡というのは、木の葉の里から南西に約15kmの位置にあるそうだ」
「……俺らが“クリキントン”で請け負っていた裏任務の斡旋所か」
 トウキが予感を口にする。
「恐らくね」
 イクルが静かに頷いた。

 三人は人目を避けて、第七演習場の屋根のある休憩所で資料の読み合わせを行った。
 ベンチの上であぐらをかいたトウキが顎に手を当てて読み上げる。
「闇斡旋所の拠点跡捜索任務……人員は第11班、13班、14班、15班の下忍12名並びに第13班の特別上忍おしろいイワイ、第15班の特別上忍月光ハヤテ。ただし特別上忍2名は非常時のサポート役であり基本的には下忍12名で任務を遂行すること……なんだ、上忍連中は全員参加じゃねえんだな……、木の葉隠の里から南西に約15kmの位置にある違法任務を斡旋する闇業者が有り。業者の関係者を2名、捕えたが当該事務所は既に使われておらず、幹部の行方は知れず……捜索は一度行われておるが当該事務所の再捜索、周辺調査、並びに何者かが再び建物内に足を踏み入れたことを察知する忍具を設置すること……出発は明後日、そして期日は1週間……」
 一通り読み終えるとトウキは顔を上げた。モモカとイクルと交互に視線を合わせる。
「確かにこの資料じゃ詳しい場所は分かんねえが、あの斡旋所くさいな」
 トウキの言葉にモモカは頷き、イクルは肩をすくめた。
「というか十中八九そうだと思うよ。トウキが火影様に面と向かって言っていた通り、僕たちだけで事足りる任務だ。でもそうせずにこんな多勢で行うっていうのはさっき言った通り、下忍他チーム同士のチームワークの強化、隊を率いる訓練、それに加えて、万が一を考えている」
 イクルの眼の奥が光った。イクルの話を聞いているとモモカまでもが賢くなったような気持になる。
「万が一……ね。つまり俺らの見張りか」
 神妙な顔で呟くトウキにモモカはハッと息を飲んだ。
「私たちが闇業者側に付くかもしれないって、そう思われてるってこと?」
「まあそこまでではないにしろ、何か重大な情報を見付けたり場合によっては闇業者の一員に出くわした時、保身のためにそれを隠蔽してしまうかも、とは考えるよね」
 当たり前の顔をしてイクルが付け加える。
「でもそれじゃあ……私たちが闇業者で斡旋していた裏任務を受けていたってばれてるってことだよね」
「まあモモカのお兄さんが気付くくらいだし、少なくとも僕たちが夜な夜な里外に出ていたことを知られているとは思う……うーん、でも、任務を受けていたかどうかまではどうだろう、微妙なところじゃないかな」
 イクルは少し後頭部を掻いて、続けた。
「僕らを疑っているわけではないけど、念には念を入れて他チームとの合同任務にすることで監視の目を増やした……ってところかな」
 トウキもモモカも自然と眉を顰める。
「ハヤテはどこまで知ってんだろうな」
「さっき火影様の話って、そのことかもね」
 二人の推測にイクルも頷いた。
「その可能性は多いにあるね。いずれにせよ、この資料に書いてある以上に、僕らにとっては厄介な任務になるだろう」



 二人と別れた後、何となく真っ直ぐ帰る気にはなれずモモカは傘を差したまま里内をぶらつく。アカデミー、商店街、火影塔、演習場……雨の木の葉隠の里は全体にぼんやりと燻り、歩く人も少ない。図書館まで来るとモモカの足は自然と裏の空き地に向かっていた。先日、カカシが寝ていた梅の木も細く冷たい雨に打たれている。この分だと花も散ってしまうだろう。
 その後1丁目の方を迂回して川沿いに歩く。土手を超えて雑木林の方まで行くと、ぽつんと人影があったのだが、考え事をしながら歩いていたため大分近付いてから気が付いた。
 小さな人影だ。何やらちょこまかと動き回っている。
 あれは、どこかで見た覚えがある。そうだ、うちはサスケだ。ちょこまかと動き回っているのは体術の訓練をしているのだろう。何もこんな雨の中でしなくても。
 モモカは興味を惹かれて近付く。熱中していたらしいサスケもなかなかモモカに気が付かなかったが、1足飛びの距離まで近づくと驚いた顔で振り向いた。
「……何か用か」
 驚いた顔はすぐに引っ込め、サスケは無愛想に尋ねる。
 モモカは思えば自分たちも下忍になる前は雨だろうと嵐だろうと関係なく毎日修行していたし、あまつさえ夜間に里外に出ていたのだから人のことはとやかく言えたものではないなとぼんやりと考えた。
「いや、特に用があるわけでは」
 モモカがそれきり何も言わずに言うと、フンと鼻を鳴らしサスケは訓練を再開した。体術練習用の丸太を三本立てて、殴打や蹴りなどを続けざまに繰り出していく。なるほど、この歳にしてはなかなかの身のこなしである。センスも感じられる。きっと兄顔負けの恐ろしい使い手になるのだろう。だがしかし、それも訓練の仕方次第だ。
「動かない丸太をいつも相手にしているの?」
 傘を差したままでサスケの様子を眺めていたモモカは口を開く。中断させられたことにサスケが口を尖らせる。
「アカデミーには練習の相手になるようなまともな奴がいねえんだから、仕方ねえだろ」
 口が悪い。トウキ並みの口の悪さだった。
「まあ確かにその年でそれだけの体術を使える子はなかなかいないだろうね」
 モモカは肩をすくめる。
「体術はイタチに教わったの?」
 何の気なしにモモカが尋ねると、一瞬でサスケの纏う空気が変わった。憤怒、絶望、そして溢れんばかりの憎しみと、殺気。
 サスケが殴り掛かって来るのを、モモカは傘を差したままでひょいと躱した。
 スピードも中々のものであったが、今のモモカにとっては取るに足らないものだ。加えて、こんなにも殺気を向けられては容易くその動きが読める。
「ごめん、怒らせたいわけでも傷付けたいわけでもなかったんだ」
 サスケは前のめりになって、転びそうになるのをすんでのところで踏ん張っていた。グッと口を真一文字に結んでいる。
「……失せろ」
 低く唸るように絞り出した声は苦しそうだった。
 何か弁明しようとして、しかし余計にサスケを怒らせてしまう気がして止めた。
「……うん、ごめんね」
 素直にその場を立ち去るモモカが最後に振り返ると、雨の中立ち尽くすサスケの小さな背中が見えた。その拳は強く握りしめられており、何で考えなしに発言してしまったのだろう、とモモカは後悔する。
 意図しないにしろ幼気な少年の心を傷つけてしまったモモカの足取りは重く、濡れた地面に張り付く梅の花が一層気分を落ち込ませた。





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