初勝利
斡旋所を出て15分後、三人は被害報告のあった南西の森にいた。
正確な位置は分からなかった。――が、依頼リストからの情報とまだ日が昇るまで5時間近くあることを考慮して、あまり移動はしていないだろう、とはイクルの意見だ。
実際、彼の推測は正しかった。細心の注意を払いながら探索を開始して早々に、小川の畔で休む窃盗団を発見した。
敵は6人だ。全員起きてはいたがそれなりにリラックスしており、一仕事終えて束の間の休みといった感じだった。
三人は気配を殺して近づく。
誰がリーダーか。そして誰が強奪した金品を持っているのか。
じっくりと観察し、当たりを付けたところでそれぞれ三方向配置に付く。一番近い所にトウキ。少し離れて支援できるところにモモカ。そしてかなり広範囲の全体を把握できるところにイクルといった具合だ。この配置はあらかじめ決めていたものだ。モモカは暗闇の中じりじりと構えるトウキの姿を凝視する―――トウキがクイクイ、と手で合図をした。
モモカは一斉にクナイを放った。窃盗団とはいえ忍ではない彼らに不意の攻撃を避けることは難しいようだった。六人中三人の太ももや肩にそれぞれ刺さり悲鳴があがった。
自分の投げたクナイが人を刺し、血を飛び散らせている様子がモモカにはスローモーションで見えた。
大丈夫、致命傷は避けているはずだ、とざわつく心を落ち着かせる。その一方で、心とは別に頭の方は酷く冷静でもあった。これが忍になるということか。
後の三人は距離が遠くモモカ側を向いていて飛んでくるクナイに気付いたため、間一髪のところで避けられた。
「追手か?!構えろ!!」
窃盗団はクナイを飛ばしたモモカの方へ向き直り、怒号が飛び交った。
その反対側、窃盗団後方からトウキが音もなく駆け寄ってきた。彼は集団の中を縫うように走り、クナイが肩に刺さっている男の後頭部を殴り完全に気絶させて、さらにその荷物を奪った。
“当たりだ”
トウキの表情と同化でモモカはそう読み取った。これだけの距離が離れていても、集中力が高まっているからか分かるのだ。
後方からの奇襲に窃盗団の中に混乱が走る。トウキはついでにもう一人殴ろうとした――が、これは躱される。前に体重をかけた勢いで奪った荷物を放り投げた。モモカは援護でさらにクナイを投げる。と、同時に飛び出し空中でトウキが投げた荷物をキャッチした。それを着地と同時に深く生い茂った木々の目立たぬ枝に引っ掛け、息もつかずに再度木立から飛び出した。
トウキが窃盗団の一人と接近戦にもつれ込んでいる。残りの無傷な二人の男もトウキの方へ近づいていた。モモカはそのうちの一人にクナイを投げる――が、男の僅か10cm横を逸れて地面に刺さった。男の注意はこちらに向いた。トウキが接近戦で応戦していた相手の男の腹部に痛烈な蹴りをかまして、男は倒れた。
残りは二人。トウキに近いもう一人と、モモカの方を向く一人。
戦うしかない――。モモカは一瞬で覚悟を決めた。モモカも接近戦に移ることがあれば、イクルが荷物の回収と、さらに中距離援護に出てくる手筈になっていた。
飛び出したその勢いでクナイを振りかざす。対する男は二歩後方へ飛び、それを避けた。
モモカの中で直観が働く。動きが酷く忍的であった。その直感は確信に近かった。攻撃のあとの体制を立て直すモモカに、男が手裏剣を投げた。
「こいつ、忍だ!」
トウキも叫んだ。手裏剣を避けると視界の隅にトウキが相手と肉弾戦にもつれ込んでいるのが見えた。
モモカはある程度敵と一定の距離を保ちながらクナイ等の忍具で応戦しつつも、トウキの方をずっと気にしていた。どうやらトウキが相手している敵の方がモモカの相手よりも格上らしい。
モモカには今対戦している相手の次の動きが読めた。触れていなので明確なイメージではないが、それでも攻撃を予測するには十分だった。その一方でトウキの方も観察する。さすがに距離が離れているためかトウキの相手の動きは読めない。が、トウキの動きは読めた。恐らく、毎日一緒に修行をする中でよりトウキと同化しやすくなっているのだろう。この距離での同化は初めてだ。実戦の中で、モモカの同化能力は確実に向上していた。
トウキの行動は読める。ならば。
拳飛び交うトウキらの戦闘に集中する。ここだ。モモカはクナイを投げた。トウキの相手の攻撃は読めないが、トウキの攻撃なら読める。なら、トウキの攻撃の先に相手を誘導すれば良いのだ。
バキッ。モモカの思惑通り、クナイに気付き避けた敵のその頬に、トウキの拳がクリーンヒットした。
心の中でガッツポーズを取りモモカも自分の対する敵に向き直る。敵はモモカの集中がトウキ達に向いた隙に、印を結んでいた。
モモカはハッとして心臓がヒヤリとするのを感じた。
敵から次のイメージが伝わる――忍術の技名は分からないが風遁の鋭い風がモモカの胸を貫くイメージだ――モモカは無我夢中でそれを避けようと後ろに倒れた。ちょうど体操で行うブリッジのような体勢になる。と、その真上を風遁の風が通過していく。避けていなければ確実に直撃していただろう。モモカの上を通過する強い風圧がなくなった後、敵は続けてクナイを振りかざした。
「モモカ!!」
トウキが叫ぶ。この体制からでは避けられない―――今度はクナイに貫かれる自分のイメージが相手から伝わってきた。
が、すぐにその直後にイメージは全く別のものに変わった。
鳥だ。大量の鳥だった。そして敵の動きも止まっていた。敵はモモカではなくどこか明後日の方を向いている。鳥はもういなかった。彼はどうやら幻術にかかっているらしい。かけたのは、たぶん、後ろの木立に息を潜めているイクルだろう。
モモカはブリッジの体制から地を蹴りそのまま相手の顎に蹴りをかました。相手の体が僅かに浮く。そこにすかさず、トウキの拳が入った。
「ずらかるぞ!」
敵の身体が地面に倒れたのとトウキが叫んだのはほぼ同時だった。
モモカとトウキは素早く体を翻して元いた木立の中に撤退した。既にイクルが荷物を回収して準備していた。まだ意識のある窃盗団の数名が叫んでいるのが聞こえたが三人は振り返らずに全力で逃げた。
やがて5kmほど走ったところで、三人はようやく止まった。
今一度奪った荷物の中身を確認する。肩で息をしながら、今にも追手が現れるのではないかと神経を研ぎ澄ませていた。
荷物の中は依頼の通りずっしりと重い70万両と、印鑑それから小さなポーチが複数入った貴重品袋だった。
「ポーチの中は何かな?」
モモカが好奇心から聞くと「やめとけ」とトウキが止めた。
「こんな裏業者に頼むくらいだからろくなもんじゃねーよ」
「任務で得た品物、情報の中身には手を付けないのが忍の鉄則だよ」
イクルも付け加えた。なるほど。モモカは素直に従った。
先ほどの斡旋業者の建物までたどり着くと、中からぞろぞろと十人ほどの集団の忍が出てきた。彼らは集団で徒党を組んで任務をこなし、今からも斡旋業者から請け負った任務に向かう途中らしい。
なぜここまで詳細に分かったかというと、すれ違いざまに彼らの一人一人からイメージが伝わってきたのだ。戦闘を終えて、まだ興奮下げやらぬモモカの意識は研ぎ澄まされ同化の力も上がっていた。
三人はフードを深く被り直し集団をやり過ごす。建物内部に入ると、今度は一階で一人の男とすれ違った。長い黒髪を後ろで一つに束ね、端正な顔をしている。
この建物を訪ねてくる者としては非常に若く、歳の頃はモモカ達とそう変わらないようにも見えたが、よく見ると目元には深い皺がありいまいち年齢が読めなかった。
モモカは違和感を覚える。最初違和感の正体には気付かなかったが、すれ違った後に分かった。
今まですれ違ってきた他の忍達と違い、その男は心の内が全く読めなかったのだ。
モモカは思わず黒髪の男を振り返る。男も、立ち止まりこちらを振り返っていた。その眼は黒曜石のような深い闇だった。
トウキとイクルは急に男を振り返ったモモカの顔をどうしたのかと伺う。
「……子供が、こんなところに何しに来ている」
男の声は低かったが、やはり若さがあった。
モモカが立ち止まった理由が黒髪の男にあるらしいことに気付いてトウキは睨み返す。
お前だって子供じゃねえか。同化で伝わってきたトウキの喧嘩っ早い気持ちとはしかし裏腹に、彼は「おい構うな、行こうぜ」とモモカを小突いた。
他の忍との余計な接触は避けること。これは里を出る前に三人で決めた約束だった。
モモカは男が気になりながらも黙って頷く。三人が二階へ階段を上っていくと黒髪の男も再び歩き出した。
三人は約束の70万両と貴重品袋を出して任務の終了を報告した。
トウキなんかは依頼書との相違――つまり、相手に忍が二人もいたことを報告することを忘れなかった。
「これが証拠です」とイクルが錆びついた手裏剣を出したことにモモカは感心する。二人とも、モモカとは違って抜け目がない。
結果、報酬は当初の1万5千両から3万両に跳ね上がった。
ついでに、次の任務の登録もしていった。次の任務はここからさらに南方20km地点に出没する大ムカデの討伐およびその血の採集だ。期限は二週間。
“大ムカデ”という単語にイクルは顔をしかめたが、他に手頃な任務がないので仕方ない。
三人はその後一言も喋らず、里まで走った。
里に着いたのは朝5時前、まだ辺りは薄暗い。
里の南門の門番二人のうち一人は別の者に交代していたが、やはり通行書を見せるといとも簡単に通れた。ここで通行証は回収されてしまう。その都度通行書は購入する必要があるみたいだ。
門をくぐってからもしばらく三人は無言で歩き続け、やがて10分後、第四演習場前で誰ともなしに立ち止まった。
「……やったな」
「うん」
「とりあえず、帰ってこれた」
緊張の糸が切れたかのように、三人はその場に座り込んだ。
「まさか忍と戦うことになるなんて…!いや、結果、任務達成できたからいいんだけどさ」
「緊張したよねえ」
「ていうか、イクルお前、幻術なんていつの間に覚えたんだよ」
「あー、あれ?下忍承認試験でカカシ先生に幻術をかけられてからずっと練習してたんだよね、実戦で使ったのはもちろん初めてだけど」
わーっと三人は興奮気味に喋り、トウキに至っては地べたに寝転んだ。
誰かが通りかかったら目立つから、場所を変えようとイクルは苦言を呈した。
モモカは母親が持たしてくれた夜食の存在を思い出し、第四演習場の隅の芝生に三人腰を下ろしておにぎりと、お稲荷さんを頬張った。
「僕は幻術タイプだからって、アドバイスくれたのもカカシ先生なんだ」
おにぎりは凄まじい早さでなくなっていた。
初めての実戦を終えて、皆お腹をペコペコに減らしていたのだ。
「へー……、カカシがねえ」
米粒のついた指を舐めて、トウキは呟いた。その顔は複雑そうだった。
「実を言うとよ、俺もカカシには体術に比べてチャクラの扱いが下手だから、チャクラコントロールの訓練をした方が良いって言われてんだ」
トウキは早朝の澄んだ空を見上げながら続けた。
「カカシ先生て、のん気そうに見えて色々考えてるし私たちのこともよく見ていてくれてるんじゃないかなあ」
ここぞとばかりに、という訳でもないが、モモカはカカシを擁護した。
その後三人は木の葉の湯で朝風呂に浸かり、そこから更にラーメンを食べ(三人ともしっかり替え玉まで食べた)、家路に着いたのは七時頃だった。
半日熟睡し、昼過ぎから集合して実戦任務での反省と次の任務の課題を確認してその日は解散した。
その後は今まで通りの訓練を朝から晩までこなしていった。
そして平均するとだいたい週に一度は里を抜け出し斡旋所で紹介された仕事を請け負った。
達成したらそのまま次の任務を登録し、また1週間後に里を抜け出してこなすというようなサイクルだ。
里外への裏通行書は下忍未満の少年たちには非常に高額であったが、一回の任務でその1.5倍〜3倍の報酬を得られたためすぐさま黒字となる。
大ムカデ討伐という2回目の任務は人外ということもあり苦労したが、日が昇る前に達成できた。(ムカデの体液は非常に鼻に付く嫌な臭いで、返り血を浴びないことに細心の注意を払っていたがそれでも服に染み付いた臭いはなかなか消えなかった。)
その次の任務はまた窃盗団相手の奪還任務、その次はどこかのヤクザの傭兵のようなものを続けて2回、といったような具合だ。
任務はなるべく戦闘が起きそうなものを選んだ。とはいえ、中忍以上の忍が相手となるとかなりの危険が伴うためなるべく下忍か一般武装兵力が相手であるものを選んだ。
任務の翌日は疲労の回復及び改善点の話し合い、そして次の任務に向けた作戦会議というのもお決まりになっていた。
何度か任務を重ねるうちに三人はお互いの術の特性や得意不得意がよく分かっていた。トウキの近距離用忍術及び体術、イクルの遠距離用忍術及び幻術、そしてモモカの“読み”の速さと気配を隠す能力の高さを効率よく生かしていくことで何とか任務をこなしていくことができた。
任務に合わせた作戦やフォーメーションを考えるのは専らイクルだった。もともと知恵もありアカデミーでも首席だった彼の戦術は確実だ。
三人の中で約束事も決めていた。
請け負う任務は木の葉の忍として忍道に背くものをしないこと、相手がどんな悪党に見えても里外の任務では殺さないこと、必要以上に里外で人(特に忍)と接触を持たないこと、などだ。
とにもかくにも普段の厳しい鍛練に加えて実戦経験を積むことと、さらにはそれをフィードバックし次に繋げることで確実に個々の能力と三人のコンビネーション力は右肩上がりに上昇していった。