「清光」

穏やかな声に呼ばれ、清光はその膝に侍った。

「今日もまた、随分と酷い傷だ」

呟かれる言葉にぎくりと胸が鳴る。

「面をお上げ」

はやくしなければならないと分かっているのに、爪紅の剥がれた指先を見つめたまま、体が固まってしまって動けない。
大丈夫。
大丈夫だ。
こめかみを伝う冷たい汗に、目をぎゅっとつぶって言い聞かせ、清光はなんとか頭を上げた。

「これほど私のために頑張ってくれたのだね。ありがとう」

――ほら。
優しく微笑む主の顔を、揺れる双眸に捉えて清光は涙を滲ませる。

「主」

自分でもぞっとするほどの猫撫で声を出してすり寄ると、ほっそりとした主の指が頬を撫でた。

「手入れを、しよう」

ああ、これだけで腰が砕けてしまうほど、幸せな気持ちになる。
いっそ、触れたところからうっとりととろけてしまいそうなのだ。











草木も眠る丑三つ時。本丸は静まりかえっている。
その長い廊下を、蝋燭も持たずに清光が歩いていた。周囲に誰もいないことを確認すると、襖に手をかける。
二つほど間を経て、灯りの点る障子を開けると主が小さな寝息を立てていた。
踏み出した足が足元の暗がりで何かを蹴ってしまったらしく、かたりと何かが音を立てるが、一向に主は眠ったままでぴくりともしない。しかしそれは、多くの刀剣を従える審神者として警戒に欠けているわけではなかった。

清光が、睡眠薬を盛ったのだ。

遅効性で直ちに眠気を誘うものではないが、服用して眠るとそのまま深く意識が沈んで半日は目覚めない。





新しい戦場の敵は、今までとは別格の強さだった。
仲間たちも悉く傷を負ったが、特に清光はひどかった。
部隊が撤退したのも、隊長である清光が重傷を負ったためだ。
きっともう治してもらえない。あの日のように棄てられる。怪我の痛みよりもその恐怖に怯えながら、清光は帰還した。
しかし実際に戻ってみれば、主はこうして手入れをしてくれる。

『修理してくれるって事は、まだ、愛されてんのかな……』

嬉しいよりも戸惑いの気持ちで呟くと、主は傷跡をなぞっていた手を止め、清光の目を真っ直ぐ見据えてこう言った。

『たとえお前がどんなにぼろぼろになっても、私は決して手放したりしないよ』





今でもあの言葉を思い出せば身体が震える。歓喜とは、ああいうことを言うのだろう。
大事にされたいのも、愛されたいのも、もう二度と過去に味わったものと同じ絶望をしなくていいという保障が欲しかったのだ。

あの日以来、清光は主に忠誠だけではない、もっとどろどろとしてあさましく、狂おしい恋情を募らせた。
そして我慢出来ずに食事当番の今日、とうとう主の夕餉に薬を混ぜ込んだのだった。
思い立って簡単に手に入れられる程度のものだ。うっすらと桃色に染まってしまうという特性があったが、色の濃い食事に使えば分からない。
ましてや、普段毒味役をしている近待の清光が作った料理とあっては誰も疑うはずがなかった。





胸の鼓動は警鐘のように鳴ってやまないのに、ゆっくりとその体に近づき震える手を袂にかける。
喉仏の下、鎖骨の浮いた胸元は、存外確りと筋肉が付いていて、穏やかに上下する胸にごくりと息を呑んだ。

「はぁ、はぁっ、はぁっ、あるじ、ぁるじぃ……っ」

あさましい息が漏れる。肌に手を滑らせ着物を乱すほど、主をけがしている罪悪感を感じた。
こんなことは裏切りだ、そう思うのに、本能よりもずっと卑しい感情が腕を伸ばさせる。
その矛盾にすら興奮して、頭と下腹部が更に熱くなった。
出来ることなら、その体中に口付けてしまいたい。しかし痕跡を残すわけにいかず、早々に下着に手を伸ばしゆっくりと引き下ろすと、夢にまで見たものがそこにあった。

「あ、あぁ……」

堪えきれず、性器に舌を伸ばす。
主のそこは清潔で、着物に焚きつけられた麝香の香りがした。

「んむ……はっ、はっ……ぁ、んぅ……」

丁寧に竿を舌で舐めながら、咥えきれない部分は両手でしごく。時々玉袋を甘噛みすると、徐々にそこが張ってきて、ペニスが質量を増した。

感じて……くれてる……。

嬉しくなって、喉奥まで使って刺激する。喉奥を突いてしまうたび苦しさで涙が滲むがが、苦い先走りが出ていることに喜んで何度も喉奥でしごいた。

「はぁ、はぁ、……っふ……んむ…………はぁ、んぅ…………」

暫くすれば、それは完全に大きく勃ち上がっていて、いつ射精するかというほどに膨れていた。フェラをしている間に興奮して勃起していた自分の先走りと涎を手に垂らし、後孔に擦り付ける。

「ふっ………ん、うぅ……」

何度も慰めてきたそこを、唇を噛み締めて声が出ないようにしながら解す。
どんどん高まる熱にどうしようもなくなって、主の体を跨ぐと寝ている口にむしゃぶりつくようにキスをした。

「あっ……ふぅ、む……ん、ある、じぃ……っ」

こんなことをしても、主はまだ目を開かない。そうでなければならないのに、応えない舌に無性に切なくなって涙がこぼれる。

「すき、すき……っ」

寝込みを襲っていることなど忘れて思わずそう口走った瞬間、突然強く肩を掴まれた。

「!?……ぁ……」
「まったく……そういうことは起きてる相手に言うものだよ」

そう言っていつものように微笑む主を、信じられない思いで見つめる。

「あ、あるじ……いつから、起きて」
「容易く薬を盛られる主に、お前はついてこれるのかい?」

舌舐めずりした主の瞳が月に反射して一瞬光った。ぞくりと震えた背筋があわだつ。
ああ、これは王者の笑みだ。捕食者が、獲物を仕留める時の目だ。

「清光」

囁く声は同じなのに、どうしてこんなにおそろしい。
主は固まったままの清光の肩をそのまま押し倒すと、噛み付くようにキスをした。

「ふっ……!んん、ぅう……ぁっ、ふ……ぅ、う……っ」

何もかも奪うような激しい口づけは想像していたものとは反対だったのに、どうしようもなく嬉しくて涙がこぼれた。暑い舌に咥内を犯されつくして、ぐずぐずになってしまう。
ようやく唇を離されると、銀の糸が清光の口元に垂れた。はぁはぁと荒い息を繰り返していると、主の指が清光の後孔に触れる。

「あっ、やぁ……っ」
「厭じゃないだろう。清光のここ、ぐちゃぐちゃだ」

主の手が、清光のアナルをわざとらしくぬちゃぬちゃと中を掻き回す。

「ひんっあっ、ああっ……やっ、ん……っあ.、ああっ……!」

清光はいやいやと首を横に振りながら身悶えして逃げようとする。
しかし、主は再び口元を三日月に釣り上げて、酷薄に笑い――

「だーめ」

そう耳元で囁くと、一気に清光を貫いた。

「ああああッ!」

強すぎる快感に目の前が真っ白になり、清光が悲鳴を上げて背中をしならせる。

「入れただけでイったの?」

前後不覚でびくびくと体を痙攣させる清光は、返事も出来ずにただ浅い息を繰り返す。
やりすぎたか、と反省して主がずるりと腰を引いた瞬間、反射的に清光の中が締まった。

「あっ、ぁあ、あ……」
「ッ清光、力抜いて」

その動きだけで感じてしまう清光の額に、玉のような汗が浮かぶ。
主はそれを手で拭うと、あやすように前髪を撫で付けた。

「あ、ぁ、あるじ……ぃ」
「大丈夫……息を吐いて」

清光はひたすらふーっ、ふーっと、まるで獣の喘ぎのような呼吸を繰り返す。主は過呼吸気味になってきた清光の口を塞ぐと、ねっとりと舌を絡めた。先ほどとは違い、上からじっくりと言いきかせて服従させるようなキスだ。

「動くよ」

ようやく落ち着いてきた頃合いを見計らって、主がゆっくりとピストンを開始する。
ぐちゅっぐちゅっぐちゅっと淫らな水音が部屋の中を満たしていく。

「あっあっあっあるじっあっあん、あるじ、あるじぃっあっあっああっある、じ、ぃっ」
「清光、かわいいよ、清光」

囁かれる甘い声に、泣きながら夢中ですがりついた。
まるで世界がぐるぐると回っているようだ。今自分が触れているのが主なのか、それとも今自分の腕だと思っているものが主の一部なのか。
そんなことも分からなくなるほどの快楽だった。

「っく、出る……!」
「あっ、あっ、ぁああ……っ!」

熱い精子が中に放たれたのを感じて、清光はくたりと力を失った。










「……ぅ……」

眩しさを感じて、清光は小さく呻いた。
眠い眼を擦って見ると、丁度薬研が部屋に入ってきたところだった。開いた襖の隙間から、清光へ一直線に日の光が差している。

「ああ、起こしたか。悪いな」

こちらに気づいた薬研がそう謝る。辺りを見渡せば、そこは気を失ったはずの主の部屋ではなくいつもの寝所だ。
きょろきょろとする清光に薬研は首を傾げる。

「どうしたんだ?」
「あ、あのさ……主は?」

またもや薬研は不思議そうな顔をして言った。

「具合が悪いらしい。『眠っていれば治る、大事ではないから放っておくように』とのことだが……なんだ、虫の報せか?」

その言葉に、さぁっと血の気が引く。自分が盛った薬のせいだ。
慌てて布団から這い出ようとすると、ずきりと下半身が痛んで「い゛っ」と小さく悲鳴を上げた。それに薬研はやれやれと制止する。

「ああ、動くな。皆も今日は体を休めるようにとの御達しでな。いつも隊長を張っているお前が疲れているのにも気づいてるんだろう。心配なのは分かるが、今日のところは言葉に甘えて大人しくしておけ」

清光の体の痛みは薬研の言うような戦のものではなく、明らかに昨夜の行為のせいだったが、おそらくこうなることを予想しての令なのだろう。
無論そんなものはいくらでもおせる清光だったが、思いを見透かしたように薬研が静かな視線を向ける。
仕方なく清光は布団をかぶり直し、目元まですっぽりと潜り込んだ。その姿に満足そうに鼻を鳴らすと、薬研は手を叩いた。

「そうそう。大将がこれをお前に、って」

忘れてた、と薬研が何かを清光に差し出す。
一体何かと包み紙を外しーー清光は固まった。

「しっかし、もう桜饅頭なんて売ってるんだなあ。まあお前の頑張りへのご褒美だろう。それを食べてゆっくり寝とけ」

そんな清光にも気づかず、じゃあなと言って薬研は部屋を出て行ってしまう。





――ゆっくり、寝とけ。





それは薬研だけの言葉ではなかった。

手の上にちょこんと愛らしく佇むそれは桜饅頭ではない。
そう、ただの饅頭だ――うっすらと桃色に染まっただけの。
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