身代わり茨姫
そこの国には鉄鎖のような棘を生やす「いばらに囲まれた城」がある。とはいえ最上層だけが包まれており、そこから下は廃虚と化している。見た目が首から上を覆われた人のようで、国民からは「いばら頭の巨人」と呼ばれているのだ。
誰も近寄りたくない廃屋にいるのは、天馬という王室の子と、そこに住む少年だけである。


「ねぇシュウ、もう一度あの話を聞かせてよ」
「……どうして?」

蔦を避けながら天馬は少年の名を呼んだ。足に蔦が引っかかり転けそうになる天馬を尻目にシュウと呼ばれた少年は見向きもしないで先に進む。慌てながら離れていくシュウを目で追い、空虚な背中に言葉を投げた。

「忘れたくないから……かな」

…なんだよそれ。
毒を含む言葉を口には出さず、心の中で言い捨てた。代わりに出てきたのは大きな溜め息だった。
時が止まったままの部屋に繋がる扉の取っ手には一輪の花が悲しげに咲いている。それを撫でて、シュウは扉を引いた。
暗くて青臭いそこは、シュウの眠る場所。
ずっといれば自然と一体化してしまいそうな感覚に陥りそうだ。それに、どこか悲しく感じる。
ふと、シュウが振り返って幼さが残る顔を向けてきた。部屋の第一印象が未だに拭えず複雑な気持ちを抱く天馬は、その瞳に見とれてしまい無意識に足が止まった。淀んだシュウの瞳に意識が吸い込まれてしまいそうだ。
手を差し出して、シュウは微笑みながら口癖をすきま風と共に流した。

「いいよ、だって天馬は特別だからね」

エスコートをされて赤面する天馬は、緑生い茂るシュウの森にと足を踏み入れた。城内にいながらも、そこは森である。シュウがいる限りに枯れない園。

「天馬になら、何度でも話してあげる」

自然で造られた椅子に腰かけて今日もまた話を聞く。それは百年前の話で、それはどこかの誰かが書いた本の内容と似ている。
風に吹かれながらシュウが話す言葉を噛み締めるよう聞き入り、目を閉じて情景を思い浮かべた。


ある国に可愛らしい女の子が産まれた。その子には兄がいて二人は後に国を継ぐ予定である。
王の血筋を引く者が生誕したら祝いの宴を催す。そして賢人を呼んで祝辞を受け取り、名を授かる。もちろん、兄もその儀を受けている。まだ名前のない妹を大切にしていて楽しみにしていた。
だが祝いは呪いへと変貌した。一人の賢人が誘われなかったのだ。その賢人の怒りを買ってしまい妹に死の呪文をかけ、国も呪おうとした。それを間一髪に年長の賢人が先送りに、と言霊を放ったが、いつ効くかは誰も知らない。今日、もしくは明日、それとも来年……
人々から呪いへの恐れが消えて、何年かの歳月が経った。平和な日常に異変が起きはじめた。
忘れていた呪い。かけられた人物を探すよう城内を植物の蔓や根が這い巡った。そしてその人物がいる最上階、建物ごと巻き付いて永遠の眠りに閉ざした。
他人を遮る草木の檻は、誰にも切れない。


「それを裂いたのは別の遠い国の王子様で、長く続いた呪いを解いた。合ってるよね?」
「それ、聞くの二回目」

前触れなく天馬が話を割り、その身を乗り出して問いかけた。聞かれたシュウは思い出すように紡ぐのを止めて、指摘と苦笑いをもらす。恥ずかしくなり天馬は椅子に座りなおし、俯きながら小さな声で呟いた。

「やっぱり、シュウは……」

前々から感じてはいたが、もしかしたらシュウが話の人かも。いや、絶対にそうなんだ。
確信した天馬はあえて続きを話さなかった。それでも、隙あらば疑問は飛び出てしまいそうである。

「だから、天馬は特別なんだよ」
「おれがシュウの特別……。じゃあ教えて、呪いを受けた人は……ッ!」

もう分かっているくせに。出かけた言葉を飲み込んで、言いかける天馬の口を自分の口で塞いだ。不意に出した言葉に全身が冷えたが、シュウに唇を重ねられて体温が上がる。

「そう、名前も呪いも妹の代わりに受けたのはボク」

不適に微笑むシュウの瞳には抑えられない衝動が輝いている。泣き出しそうな天馬から口を離し、茨を纏う腕で抱き締めた。

「お皿を割ってしまったんだ。一枚の、綺麗なお皿。多分……罰なんだね。けど幸せ、天馬がいるから。辛くない」

身動きが取れずにいる天馬はシュウの目から流れ出す水を掬った。自分が頬を濡らしていたと気づくのは、それから少し。



今でも天馬には忘れられない思い出がある。
みんなでボールを蹴って遊んでいた。そのボールが天馬の頭上を大きく飛び、廃虚に入り込んでしまったのだ。取りに行ったのはいいが、誰かに呼ばれた気がし、知らず知らず奥へ進んで行った。
呼び声は一緒に遊んでいた友人の声色ではない、知らない人。、おそらく幼い女の子。
辿り着いて目にしたのは植物と一体化し、中央で眠る少年。シュウである。
女の子の姿は無かったが、はっきりと聞き取れた言葉がある。お兄ちゃんを助けてあげて、と。


ちくりと小さな痛みが肉体と精神を突き刺してくる。それでも天馬は何も言わない。
罪と呪いで成長も出来ず、身代わりとなった「いばら姫」に抱きしめられていた。

――――――
簡単に言えば、妹に呪いをかけたと思われたシュウは身代わりとなったと言われていた。それを解いたのが、導かれるようにやって来た天馬で解放されたシュウからしたら特別な存在。…です、多分。
オチが不透明で分かりにくい文章になってしまいました。まだまだ精進しなければ……
お友達が主催するメルテン!への文章で、いばら姫をやらせていただきました。個人的にメルヘンチックや童話などが好きで私自身も楽しめましたー
長々となりましたが、誘ってくれた実花菜ちゃん、閲覧してくださった皆さま、ありがとうございました!

佐々凪


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