小説 | ナノ
 「店長と決意と迷子」



「うーん……」

「封筒と睨み合って
どうしたのなまえちゃん」

「あ、店長。
お疲れ様でーす」


今日のお勤めも終わり
退勤打刻を済ませ、

テーブルの上に置いた封筒と
一対一で睨み合っていると、

店長が事務所に
戻ってきた。

私が働いているこのコンビニの店長は
いつもへら〜っとしているけど、

(どう考えても無理な量の発注と
突如のシフト変更をする以外は)
良い人だ。

え?それは
良い人じゃない?

いや、うん。
発注に関しては
本部からのキャンペーンゴリ押し(圧)
もあるから……。

こういうところは
本部経営の悲しい性である。

「あれ?
それって雷門の封筒じゃない?」

「え?
店長よく分かりましたね」

「うん。
雷門は母校だからさ〜」

「エッ」

ここに来て、
衝撃の事実が発覚。

店長、まさかの
母校の先輩だった。

「あ、もしかして
またボランティアやるの?」

店長には
ボランティアの事とヤンキー君の事は
話していた。

と、言っても
これまでの私の数々の恥晒しは
ぼやかしてだけど。

「いえ、これは……」

《先輩に貰った
ホーリーロードのチケットです》

あれ、なんで
ここで言葉に詰まるんだよ、私。

店長は別に
熱狂的なサッカーファンって
訳でもないし、

雷門のOBなら
話せる話題じゃないか。

《……お前は
あの試合を見て、どう思った?》


思い出さない様にしてたのに、
タイミングよく
頭はその場面をリフレインする。

これで昨日から
何回目だ、私〜!!!!

「ぐあああ〜〜!!!」

「えっ怖っ」

「発注作業中の店長のぼやきより
マシです」

「あれ?今さらっと
僕の事馬鹿にした?」

「気のせいです多分」

「……いや!!
それには意義あり!!」

「逆転裁判ネタ本当好きですね。
はい、弁解をどうぞ」

「だって……だって!!
あれはさ!!
本部がさ無理な
発注指示してくるからさ〜!」

「あっやばい
店長のネガティブスイッチ
押しちゃったぜこれは」

店長は
本部の話題に関してだけは
妙にメンタルが弱い。

そういや最近
無理な発注も多かったし、
夜勤も増えてたからなあ……。

その場にしゃがみこんで
啜り泣きをし始めた店長の
背中をどうどうと言いながら撫でる。


「悩みなら、聞くよ?」

「涙目の年上の上司に
悩み打ち明ける程
メンタル出来てないんで……」

「あ!分かった!
朝来てたあのトンガリ頭の子でしょ!」

「相変わらず
腹立つくらい切り替え早いですね」

一転して笑顔になった店長の
背中を怒りを込めて、
パァンと叩く。

パワハラだ、って抗議されたけど
ここ数日の怒涛の納品作業分
これくらい許して欲しい。

冷凍庫に入りきらなくて、
どれだけ頭悩ませたと思ってるんだ。

しかも今回は
本部からの圧はなしの
店長の発注だったし。

「なんだ違うのか〜
今日なんか上の空だったからさ」

「………」

店長は、
こんな風にヘラヘラしてるけど、
たまに変に鋭い人でもあったりする。

「君が接客以外で
大きく表情変えるのは、

僕が飲み物奢るって言った時か
あの男の子と話してる時くらいだから
そうかなって思ったんだけど」

「エッ」

いや反射的に
今えっ、って言っちゃったけど
その通りだ。

気を遣わなくていい度は
店長の方が上だけど、

流石に店長の前では
馬鹿全開の態度は取った事はない。

あれ?

というか、
ヤンキー君がくる時間帯って
店長裏で仮眠取ってる時なんだけど……!?

まさか、
こっそり見て……!!?

「えーと、彼の名前は……
なんだっけ。

あーそうそう。思い出した!
剣城京介君だっけ?」

「なんで名前
知ってるんですか!?」

「え?
一応僕ホーリーロードは
ちょくちょく見てるからさ〜

剣城君はエースストライカーだし、
実況聞いてたら覚えちゃった」

「マジかよ……」


でも、それって
言い換えれば

無趣味な店長でも見入るくらい
やっぱり雷門のみんなのサッカーは
凄いって事だよね。

ん?あれ、
ちょっと違う?

「いいよね〜今年の雷門。

ここ数年は昔と比べて
覇気がない感じだったけど、

今年はあの時代の雷門と似て
暑い感じでさ。」

覇気が、ない。
今の雷門はあの時代の雷門と似てる。

店長の言葉が
頭の中で何度も反芻する。

同時に心臓が、
嫌な風に高鳴っていくのを感じた。

どう思った?なんて、お兄さん。

そんなの、むしろ。

「……でも、今年も……
地区大会の最初の方は
覇気がない、感じでしたよね。」

何処まで言って
良かったんですか。

地区大会の試合、全部見ましたよ。
ルールブック読破したあの日の夜に。

凄い驚きました。
みんな、今とは別人なんだもの。

諦めた目をして、
プレイも何処かぎこちなくて。

特に2回戦の前半はーー。

「あ、分かる?
って、なまえちゃんも見てたんだ!」

「え、えっと、まあ、その、
つ、剣城君に言われて……」

あ、嫌な嘘ついちゃった。

最初に見に行ったのは、
自分からだった癖に。

ごめん、剣城君。
君を、言い訳に使ってしまった。


「そうなんだよね〜
僕別に熱狂的な
サッカーファンって訳じゃなくて、

見てるのは
毎年この時期のホーリーロードくらい
なんだけどさ〜

あの頃の雷門と比べると
どうも物足りない感じがさ〜」

「あの頃?」

「あれ?知らない?
円堂守がキャプテンをしてた頃の雷門!

全国大会制覇した後は、
日本代表のキャプテンにもなって
世界制覇もしたじゃない〜」

「え、」


相談どころか
むしろ、悩みが増えてしまった。



「どうしたもんかなぁ……」

別にどうも出来ないけどさ!
私、部外者だし!
気付いたところで……。

《あ、分かる?》

「伝えたところで……
何か、変わる訳でもなし……。

ふふ、そうだよ……。

あの伝説の円堂守を
知らないにわかな私が
言ったところでさ………。」

だから、今更こんな事をしたって
あんまり意味はない。

なんて言いつつも、
私の手は目の前のDVDに伸びていた。


《FFI世界大会
イナズマジャパンの軌跡》

そのタイトルが印刷されたこのDVDの
表紙の真ん中に写っているのはーー
中学生姿の円堂監督で。

今私がいるのは
商店街の中のDVD屋さん。



あの後、店長と少し話して
コンビニを出た私は

引き寄せられるように
この店に来た。


勿論目的は

店長の言っていた
その時代の雷門について、

そして、
円堂守時代の
熱いサッカーを知る為だ。

「恥ずかしいを通り越して
死にたいとは多分この事だなぁ……」

ほぼ同じ世代だというのに
自分達を知らない私を

円堂さんと鬼道さん、
そして、音無先輩はどう思っただろう。


《それにしても、嬉しいぜ!
ルールブックも買って、
今迄の試合も全部見てくれて!

それでこの前の試合は、
会場まで見に来てくれたんだろ!?

ありがとな!》


《あのチケットが
きっかけになったのなら、
これ以上に嬉しい事はないわ。

あなたに渡して良かった。》

「ぐぅぅ……!!」

多分むしろ
嬉しく思ってくれてましたねあれは〜〜!!

そうだ、そういう人達じゃない。
でも、だからこそ
恥ずかしさで死にたい!

パッケージに映る
円堂さん達の笑顔が凄く眩しくて、
思わず目を閉じる。

「今更……」

気持ちを追い払う様に、
ぽつり、と漏れた
自分のその言葉は凄く情けなかった。

《今更だからさ。
すぐにどうにもならないんなら、

もう程々に諦めて、
終わる日まで頑張っていくしかないよ》

世の中には
どうにもならない事がある。

それはよく知ってる。


だけど、これは
どうにもならなくたって
別に諦める必要はない。

諦めろ、とは誰にも言われない。

今更って言葉も。


《良かったら
僕がルール、教えようか?》

《次の試合は
見に来る気はないのか?》

出会った人の誰も今迄
言ってこなかった。


《私もサッカー始めたら
あんな風に幸せそうに笑えるかなあ》

《そんな事あってたまるか》

最初から今更なら、
今更だから。

「物事を始めるのに
今更なんてないって何処かのじっちゃんが
言ってた!」

その言葉を答えにして、
私はDVDをカゴにつっこんだ。

「うん、
これでいいよね。」

悶々としていた心は
DVD屋を出る頃には

そよ風が通り抜けた後の様に
すっきりしていた。




「……河川敷は
フラグ製造機だった……?」


場所は河川敷の道の真ん中ら辺。
時刻は日が暮れてきたくらい。

スーパー袋を片手に
私は目の前の光景に呆然としていた。

2メートルくらい先の階段に
座って黄昏ている少年が1人。

少し不貞腐れた様な表情で
ぼーっと下で
サッカーをしている子供達を見ている。

すっっごいデジャヴ。

でも、それ以上に
衝撃的なのは。

「どう見ても次の対戦校のエース
雪村豹牙君です
本当にありがとうございました」

雷門の次の対戦校。
北海道の白恋中。

目の前の少年が
そこのエースストライカーだという
事だった。




prevnext

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -