小説 | ナノ
 “不思議な気持ち”


「あ〜あ、
早く明日にならないかな〜」

「太陽君!
検温終わったなら、
体温計渡してちょうだい」

「は〜い」

うん、今日も平熱だな。

自分でも一度
数字表示を見てから、

冬花さんに
体温計を差し出した。

あ〜あ、
この後もどうせ検査なんだろうなあ、

そう思うと、
なまえお姉さんの事を思い出して
少し軽くなった胸がまた重くなる。

そういえば、
なまえお姉さんが
見に行く予定だったホーリーロードの
試合って昨日だったんだっけ。

結果は多分、
いや絶対、雷門の勝ちだろうけど。

「……やっぱり、
見ればよかったかな」

「何を?」

「い、いや、何でもないです!」

冬花さんは
結構地獄耳だ。

少し怒ったその表情を見るに、
こんな小さな独り言も聞こえるらしい。

次からはもっと
小さな声にしないと。

「……ねえ、太陽君。」


悶々と考えていたら、
不意に名前を呼ばれた。

しかもこの声色は
怒っている時のそれだ……!!

え!?
もしかして、
冬花さんって心の声も
読めるの……!?

「は、はい……?」

と内心ドキドキしながら
そーっと顔を上げる。

……あれ?

声こそ
そんな風に聞こえるけど、
表情は怒っていなかった。

怒っている、というよりは
真剣な表情で僕を見つめている。

先生から
何か言われたのかな?
病気が悪化してる、とか?

黙ったままの冬花さんに
心の中で嫌な想像が
幾つも浮かぶ。

「あの時、
どうして嘘をついたの?」

「……へ?」

でも、
次に冬花さんが言った言葉は
僕の想像していたものとは
全く違った。

あの時ってどの時?
嘘?

「あ、」

頭を回すと、
その答えはすぐに見つかった。

なんでかって、
ついさっきまで考えていた事だったから。

「あの子の事を
《ご両親にもチームメイトにも話した》
っていうのは、嘘よね?」

「冬花さん聞いてたの?」

「通りがかった時に
たまたま聞こえてしまったの」

「そっかー……」

隠していた事だったけど、
焦りとかはなかった。

いずれバレる嘘だって、
何処かで思ってたのかな。

口から出た声が、
あまりにいつも通りで
自分でもちょっと笑ってしまう。

「どうして
あんな嘘をついたの?」

「どうしてって……、
ああ言わないと、
お姉さんもう来てくれないと思って。

それに
半分は嘘だけど、
半分は嘘じゃないよ。

昨日来たチームメイトには
なまえお姉さんの事話したから。」

そうだ。
明日来てくれた時に
雷門との試合の事を聞いてみよう。

きっと、お姉さんとなら
僕は落ち着いて
サッカーの事を考えられる。

だから、
そんな心配そうな顔をしないでよ。
冬花さん。

「……私は心配なの。」

「なまえお姉さんに
サッカーを教える事で、

またサッカーがやりたく
なっちゃうんじゃないかって」

「!」

「違う?」

あれ、なんか少し
意地悪な言い方になっちゃったな。
なんでだろう。

「そうよ。
それに、あの子だって
仕事と両立しながら
毎週面会に来てくれてるんだもの。」

「それは……そうだけど。
でも、冬花さん。
そっちの心配はいらないよ。」

そう、
その心配はいらないんだ。

この前また
サッカーの話をして、
確信が持てた。

「え?」

「僕、お姉さんとは
サッカーの事を話してても
落ち着いていられるから。」

理由は、
その確信を持った時に分かった。

「それって、どういう意味?」

「うーん……、
何処から話せば良いかな〜……。

あ、でもきっと
1番の理由は

お姉さんが最初、
サッカーの事を
全く知らなかったから、だなあ」

あの人が言うには、
今の社会は
サッカーに支配されている、らしい。

あのイナズマジャパンが
世界制覇を成し遂げてから、

僕の周りでも
サッカー熱は
驚く程広がっていった。

その熱は収まる事なく
広がっていって、

サッカーが社会的な地位までも
決める様になった。

そして、
僕もそんな現実を
感じる様な場面に

この前とうとう
立ち会ってしまった。

この病院の中で
僕と同い年くらいの男の子が

《内申書の為に
サッカーをやっている》と
言っていたのを偶然、見てしまった。

「知らなかった、から?」


それを見て、
僕は今の少年サッカー界の状況を
本当の意味で
やっと理解したんだ。

でも、
支配されている、と迄は
思いたくなかった。

例え、
それがあの人の言うように
事実だとしても。

信じたくないって気持ちが
前からずっと、何処かにあったから。


そうして、
その衝撃の場面から
数日経った位。

僕は裏庭で
ルールブックを見て唸っている
お姉さんに

皮肉にもまた偶然に出会った。

その時の僕は、
現実を受けいられずに
まだ悶々としていて。

だから、
なまえお姉さんのその姿に
あの時とは違う
また別の衝撃を受けたんだ。

この人なら、って
心の何処かで思った。

この人なら、
僕の大好きなサッカーを
正しく受け入れてくれるって。

実際その読みは当たって、
なまえお姉さんは
真剣にサッカーと向き合ってくれた。

僕の熱のこもった説明も
途中で切ったりせずに
最後まで聞いてくれた。

「うん、
順に話していくね。

僕、なまえお姉さんと会った頃
サッカーをしたい気持ちは
勿論あったんだけど、

同時に
ちょっと怖くなってたんだ。

自分の信じてたサッカーは
もう何処にもないんじゃないかって。

ピッチに戻れたとして、
僕は僕の好きなサッカーを
やれるのか、って自分を信じられなくなってた。」

「………」

「でもね、なまえお姉さんに
サッカーを教える内に
焦りや迷いは消えていった。

お姉さんは
僕の話をいつも
最後まで真剣に聞いてくれてね。

だから、
僕もつい説明に熱が入っちゃってさ。

そうしたら、

そういえば、
最初はこのルールが
覚えられなかったなーとか、
このルールを使ったトラップを
かけられたなーとか……。

だんだん、楽しかった
昔出た試合の事やその時の気持ちを
思い出しちゃって……。

途中からは教えながら、
今迄の自分のサッカーも
振り返るようになっていった。


この前の最後には、

僕はちゃんと今でも
サッカーが大好きで、プレイしたいって
最初の気持ちをはっきり思い出す事ができた。

うん、こういうのを
初心に戻れたって
いうのかな。」

「初心に……」


「っていう経緯があって、
なまえお姉さんと話してるとね、

そんな最初の気持ちを思い出せて
落ち着くんだ。

チームメイトと話してると、
もうサッカーしたい!って気持ちが
先に来ちゃうんだけどね」

「そうだったのね……」

「うん。
元を辿れば、
なまえお姉さんが
サッカーを知らなかったからこそ、

僕は変に焦ったり、昂らずに
初心の気持ちを思い出す事が出来た。


落ち着いていられるって言った
理由とその経緯は
簡単にまとめると、こんな所かな。

あ!
そうそう!

最後会った時にさ、
僕、部屋を出て行くなまえお姉さんの
背中を見て新しくこう思ったんだ。」

「えっと、
……それって?」

「もし、また
試合に出られるようになったら

なまえお姉さんに
僕のプレイを見て欲しい。

僕のプレイを通して、
サッカーがどんなに素敵なものか
もっと分かって欲しいな、ってね。

流石にまだ
口には出さなかったけど。」

「ああ、そういう……」

「その時強く思ったし、
今もそう思ってるのに……

やっぱりさ、
ずーっと落ち着いてるんだ。
変だよね。

けど、自分でも
こっちの理由はまだよく分からなくて。」

気持ちを整理しながら
何度も考えたけど、
やっぱり理由は分からなかった。

一緒にいる時の心地よさとは
また違う。

サッカーをしたいっていう
元々の気持ちが太陽だとしたら、

この新しい気持ちは
反対の月みたい。

間反対なのに、

心の中でぶつかる事はなくて、
本当に不思議だ。

なんかお姉さんに対しては、
不思議な事ばっかりだなあ。


「えーっと、
話をまとめると

今の僕にとって
お姉さんは良い刺激で、

話してても
サッカーをしたいって気持ちで
いっぱいになる事はないから、


冬花さんが心配する事は
何もないよ!」

「……その言葉、信じていいのね?」

「ああ、勿論さ。」

「なら、信じるわ。

でも、
嘘はやっぱりダメよ。」

柔らかい表情になったと思ったら、
一瞬でまた険しい顔になった
冬花さんに思わず体が強張る。

「うーん、
別に両親に話して
本当にしても良いんだけどさ、

なんて言えば良いのか分からなくて」


なまえお姉さんが言った事も
一理あった。

社会人と中学生。

確かに、
改めて言葉にしてみると
ちょっと危うい感じだよね。

昨日来てくれたチームメイトも
最初は驚いた顔してたし……。

話してる僕の表情を見て
最後は信じてくれたけど。

両親は面白い話は好きな方だけど、
この話はどうだろう。

考えてみれば、
なまえお姉さんが
何処に住んでて、
何処で働いているのか全然知らないし、

それに連絡先だって。

今度、連絡先は
聞いてみようかな。

でも、また事案だのなんだの
って理由をつけて断られそうだなぁ。

「と、とりあえず
ご両親には
今は言わなくていいと思うわ……。

いや、嘘はダメだけど、
タイミングってものがあると思うし。」

「やっぱり?
冬花さんが言うなら、
そうなんだろうな〜」

「え、ええ……」

「じゃあ、
この問題は一旦置いておくよ。」

あー話してたら、
なまえお姉さんに
余計会いたくなった。

この前話してた
剣城君って子も気になるし、

試合の事もいっぱい聞きたいし、
僕からももっと
サッカーについて話したい。

「あんまり、
振り回しちゃダメよ?」

「えー?
振り回してるのは、
なまえお姉さんの方だと思うけど」

友達って言うには
まだちょっと距離感がある。

でも、一緒にいると
楽しいのは確かな人。

「あ〜早く明日にならないかな」

「結局最後は
そこに行き着くのね……」

僕がなまえお姉さんと
友達になるまで、

後ーーー1ヶ月と少し。




















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