小説 | ナノ
 「自己紹介とチケットと偶然」




「えーっと、
とりあえず自己紹介かしら……?」

音無先輩に促されて、
グラウンドのみんなの方へ向き合う。

自己紹介……自己紹介……。

今更……何を……?
恥な部分(クソデカ大声)を初対面で
全員に見られてるのに……?

「……ん?」

あれ?

今気付いたけど、
松風君の後ろにいる子
初めて見る子だな。

群青色の癖のある
もこもこした短髪に、
大きくぱっちりした黒い瞳。

西園君とは
また違った可愛らしさを感じる。

その子は他のみんなと違って、
驚きというよりは困惑した表情だった。

やっぱり初対面の子だな、と
思った瞬間、

また別の大事な事に気付いた。

じゃあ、尚更
この自己紹介絶対に
ふざけられないやつじゃないですかやだー

ぶ、無難な言葉で……無難……。

「あ、えっと、
うーんと、

雷門中OBで
当時は音無先生の部活の後輩でした。

前に一回、
掃除のボランティアで
ここに来たこともあります。」

無難を意識し過ぎて、
履歴書の典型的な
自己紹介文みたいになった。

で、でも
伝えたい事は伝えられたし!

そもそも私、
別にみんなにこうやって
自己紹介する為に
ここに来たんじゃないしね!うん!

「今、言った通り
彼女は私の後輩でね。

前に渡した
ホーリーロードのチケットのお礼をしに、
今日はここに来てくれたの。」

「成る程。
そういう事だったんですか」

「僕、また練習を見学しに
来てくれたのかと思いました〜」

「急に現れたから、ビックリしたド……」

「音無先生の後輩って事は……、
成人して……るんですよね……?」

「うん、してるよ〜
コンビニで働いてるんだってさ〜」

「え、浜野
お前知り合いだったのか?」

「前に河川敷で
たまたま会ったんだよ〜」


少し張り詰めていた空気が
柔らかくなって、

安堵から肩の力が抜けた。

とりあえず、
不審がられる事はなくなった、よね….…?

「あ、そうだ!
お姉さん」

「ん?」

松風君の声に、
俯いた顔を上げると

あの群青色の髪の少年と松風君が
そこにいた。

「こ、こんにちは……」

「こんにちは〜
えーと、初めましてだよね?」

「は、はいっ!
僕、影山輝って言います!」

「輝はついこの前
サッカー部に入部してきたんです」

「ああ、やっぱりそうなんだ。
私はみょうじなまえっていいます。
宜しくね、影山君」

「は、はいっ!」

「?やっぱり?」

「うん?
あ、今迄の試合の映像でも
姿を見かけなかったから、
そうなのかな〜って思ったの」

この間の月山国光の試合の時も
私の記憶が正しければ
ベンチに輝君の姿はなかった気が、

「え、今迄の試合、
全部見てくれたんですか!?」

「へっ!?」

と頭の中で思い返していたら、
急に松風君が大きな声を出した。

「ま、松風君?」

「お、おう……。
じゃなくて、うん。勿論。」

驚いてちょっと素が出かけてしまった。
あっっっっぶね。

そういえば、
この事は誰にも言ってなかったっけ。

「ん?」

すると、そこで
松風君の声が聞こえたのか、

少し遠くにいた浜野君が
こちらを振り向く。

きょとんとした顔をしていたけど、
私と目が合うと
そのまま近寄ってきた。

えっ、えっ?
なんだろうこの流れ。

「え?お姉さん、
ルールブック買っただけじゃなくて、
俺たちの試合も見たの?
今迄の全部?」

浜野君も松風君も
心なしかいつもより
瞳の光が増している気がする。

予想外の2人の反応に混乱しつつも、
恐る恐る言葉を返す。

「う、うん……。
前にも言ったような気がするけど、
見学した時点で凄いな〜って
思ってて……、

元々ね、
その時から興味はあって……。

そうしたら、
先輩にチケットを貰ったから

見に行く前に
ルールブック買って読破しようと思って、」

「ええっ、
ルールブック買ってたんですか!?」

あ、そっか。
これはヤンキー君と浜野君にしか
話してなかった。

「うん。

それで、
サッカーに詳しい知り合いに
教えて貰いながら……
なんとか試合前に読破して……。

その後
今迄のも見ておきたいな〜って
思っちゃって、

なんだかんだで
観に行く前に全部観たよ〜」

聞かれるままに
ばーっと話しちゃったけど、
なんか恥ずかしいな。

あれ?
なんか……
2人だけじゃなくて、

「………」

「………」

みんなも固まって、る?

私にしては珍しく、
ふざけ0%のつもりだったけど、

どこかに1%くらい
ふざけ要素ありました!?

そうじゃないって言い切れない辺り、
本当私ってやつは!

「そうだったのか!
お前、良い奴だな!」

「べふしっ!」

自己嫌悪に入りそうになった瞬間、
後ろから凄い力で背中を叩かれた。

ヤンキー君の叩き以上に
いい音しましたね……。

そして、
ヤンキー君と違って
普通に痛いです……。

危なかった……。
後少し力が強かったら、
多分バランス崩して
地面とこんにちはだった。

「円堂!」

「へ?」

「だ、大丈夫……?」

「なんとか……」

私の背中を叩いたのは
後ろにいた円堂監督だった。

痛みでお婆ちゃんみたいな
中腰になっていると、
先輩が横から摩ってくれる。

「悪気は、ね?ないのよ……」

「それは……分かります……」

「お前は
もうちょっと力加減というものを考えろ!

ボールと同じ感覚で
人を叩くな!」

「いや、流石に
ボールと同じ感覚で叩いてはねえって!

いつもの半分位の力だった!」

「これで半分……?」

化身や必殺技の力に耐えていたり、
この2倍の力に耐えている
サッカーボール先輩は一体
どういう強度してるの……?

「あ〜……えっと、
監督のポジションはGKなのよ!」

「な、成る程……」

この力なら、
林檎とか一瞬で握り潰せそう。
ちょっと見たいなそれ。

「うわあ……、
今のは痛いよな……」

「監督のあれは……
俺でも痛かったからな……」

「三国……お前、
経験者だったのか……」

「ああ、前に練習を
見てもらった時にちょっと」


「あー……えっと、大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですよ」


鬼道さんに横から睨まれながら、
円堂監督が
申し訳なさそうな顔で声をかけてくる。

悪気がないのは分かっていたので、
怒る気とかは全く起きなかった。

「それにしても、嬉しいぜ!
ルールブックも買って、
今迄の試合も全部見てくれて!

それでこの前の試合は、
会場まで見に来てくれたんだろ!?

ありがとな!」

「いえ、
音無先輩がきっかけをくれたからで」

そう。

先輩がチケットを
私にくれなかったら、

こんなに早く
ルールブックは買わなかった。

「あ、」

そっか。

このタイミングで買わなかったら、
太陽君に会う事もなかったんだ。

浜野君や狩屋君とだって、
あの河川敷で会わなかったかもしれない。

そして、何より
サッカーに
こんなに熱中する事もなかったと思う。

「あのチケットが
きっかけになったのなら、
これ以上に嬉しい事はないわ。

あなたに渡して良かった。」

「音無先輩……」

今一瞬、
本当に泣きそうになってしまった。

ここ数年
結構大変な事ばっかりだったけど、

こんな偶然が起こるなら
うん良かったかな、なーんて
思っちゃう辺り

私って本当単純だ。

「音無先生や監督の言う通りです!
俺もすっごい嬉しいです!
ありがとうございますお姉さん!」

「僕も!」

緩んだ涙腺に追い討ちをかける様に
暖かい言葉をかけてくれる
西園君と松風君。

コントじゃなくて、
まさかの感動ドラマなオチとは。


「も〜君達は本当良い子なんだから
何が欲しいんだい?
お姉さんに言ってごらん?
(こちらこそありがとう)」

「え?」

「本音と建前が逆だ後輩」

「はっ」

「音無が言ってた通り、
お前って面白いやつだな!」

「え?
ちょっ、先輩
私の事なんて言ってたんですか?」

「えっと、それは〜……」

「よし!お前ら、
そろそろ練習再開するかー!

こうして応援してくれる人の為にも、
俺達のサッカー!やろうぜ!!」

「「「はい!!」」」


違いました。
やっぱりギャグオチでした。




その後は、
練習の邪魔には
なりたくなかったので


先輩と連絡先を交換して、
持ってきた差し入れを渡して、
すぐに帰りました。

あ、そうだ。
明日は、
太陽君のお見舞いに行こうかな。




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