目を覚ませば、そこは芝生の上だった。溢れんばかりの日の光が少し眩い。

「あれ、ここ‥」

俺は今、どこにいるんだ?ここは一体‥

「目が覚めましたか」

鈴を転がすような、澄んだ声に導かれ、視線を上げれば、美しい少女がいた。
にこり、と微笑んだ彼女は、今まで何処で見てきた女の人よりも神秘的で、かつ幻想的な雰囲気を漂わせている。


ああ、ここは天国か。
そうだ。そうに違いない。
だって天使のような少女が目の前にいるし、今いるこの場所もなんだか神々しく、何もかもを優しく包み込むような空気が流れているんだ。それに、俺は重度の難病。いつ死んでも可笑しくなかったんじゃないだろうか。

「ここは、貴方の夢の中です」

まるで俺の心境を読み取ったかのように、彼女は言った。

「夢の、中‥あはは、天国かと思った」

すると、彼女は驚いた顔をしたが、穏やかに口を開く。


「死んでなんかいませんよ。貴方はまだまだ生きられる」


その言葉に、俺はふざけるなと言ってやりたかった。お前になにがわかる。いまさっき会ったばかりのお前に、一体俺の何がわかるのか、と。
しかし、言えなかった。何故だか、彼女とは長いこと親しんでいたような気がしたからだ。

「‥でも、俺からテニスを取り上げてしまえば、死んだと同じようなものだよ」

出てきたのは、弱音だった。しかし、それは確かに本音だった。


「そんな哀しいこと、言わないでください。気持ちがあれば、夢はいくらでも追うことが出来ます」

強く、芯が通った言葉だった。

「私が、その良い例です」

「え?」

「少しだけ、私の話を聞いてくれますか」


彼女のひどく透き通った瞳は、俺を捕らえて離さなかった。


「私に、毎日話し掛けてくれる人がいるんです。それに、私の世話もしてくれる。だけど私は、いつもその人にお礼も何も言えないし、出来ない」

彼女は最初こそは空を見上げ、表情は晴れていたが、最後の方になるにつれ俯き、表情が曇っていった。

「しかも、その人は今、人生最大の壁に直面している。それなのに、私はただただ見ているだけ」

突然、ぶわっと風が吹いた。彼女からは微かに花の香りがした。

「でも想いは変わらなかった。むしろ、もっと強く願うようになった」

彼女は何処か遠くを見て、凛と言い放った。

「彼を絶望から救ってあげたい。そして、お礼を言いたい」

何かが心の中でカチリと音をたてた。

「ねえ、もしかして、君‥」

そう言いながら手を伸ばして、彼女に触れようとした。
すると彼女は、満面の笑みでこちらに顔を向ける。


「ありがとう。お話、とても楽しかった。頑張って生きて、テニス続けてね」


また強く風が吹き、の香りと共に辺りが真っ白になった。



鼻腔をくすぐる彼女の香り





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