その声は、静かな星見の間に響き渡った。 「私、温泉に行ってみたいんです!!」 暫しの沈黙。互いを見回す賢人たちと異なり、英雄は意に介さずといった様子で返答した。 「いいじゃん温泉!」 沈黙に不安そうにしていたリーンの表情が、一瞬にして輝く。 「はい!この間こちらに来ていた兵士の方から聞いたのですが、温泉には疲労回復や傷を治すといった効果があるそうなんです、なのでぜひ皆さんご一緒に・・・」 「ふむ、この辺りで有名な温泉といえばクリアメルトだろう。ぜひ行ってくればいい」 水晶公の返答に、慌てた様子のサンクレッドが制止をかける。 「まてまて。リーン、お前は温泉がどういうものか知っているのか?」 「体験したことはありませんが、お湯に浸かって体を温めるんですよね?」 「まぁ、そうなんだが・・・」 どうしたもんかと頭を抱えるサンクレッドを放置して、若者たちが盛り上がっている。 「いいじゃないか!私も久しぶりに温泉に行って、皆と語り合うのもいいね」 「なに言ってんのアルフィノ、男女別だからみんなでとはいかないでしょ」 「クリアメルトってオスタル厳命城の北のとこでしょ?あそこ男女一緒だったよ」 「えっ」 視線が一気に集まったことにたじろぐ。リーンとアルフィノは相変わらずわくわく顔だ。 「てことはメリーは行ったことあるの?」 「あるよー」 はぁぁぁぁとアリゼーが一際大きな溜め息をつく。 やっぱりか・・・とサンクレッドが顔を覆ったままぽつりとこぼす。 「ブロンズレイクもそうだったけど、なんで一緒なのよ、もう・・・リーン、ごめんけど私はパス」 「そうですか、わかりました・・・」 リーンは少し悲しそうな顔をして、他の人の方を向いた。 「ヤシュトラはどうですか?」 「とても楽しそうだと思うわ。けどごめんなさいね、私も行けないわ。夜の民のしきたりで、色々と不便があるのよ」 「そうですか・・・ウリエンジェは・・・」 「・・・温泉という性質上、水を枯らせてはいけませんし・・・」 「悪あがきしないで苦手ですーって言えばいいのに。この人昔からなのよ」 アリゼーが肩をすくめて見せた。 ことごとく断られたリーンが不安そうに、赤い髪の彼を見遣る。 「水晶公・・・いえ、グラハさんも行きませんか?」 困ったように耳が伏せられている。答える前から明白だ。 「すまない・・・温泉が嫌いとかではないのだが・・・あの、この水晶化した体に温泉の成分が合わないらしく・・・」 「・・・わかりました」 何それ逆に気になる、とメリーが彼に詰め寄る間に、アリゼーがアルフィノに声をかけた。 「アルフィノも遠慮しておきなさいよ。そしたらサンクレッドも安心でしょう?」 「安心・・・?ふむ、入浴中は無防備になるから、サンクレッドも人数が少ない方が気が休まるかい?」 「だいぶズレてるけど、まあいいわ。それならいいんでしょう、サンクレッド」 「サンクレッドとメリーとリーン、まさに家族水入らず、ということで・・・」 ウリエンジェの言葉にヤシュトラとアリゼーが呆れた目を向けるも、サンクレッドは考え込んでいた。 「家族・・・水入らず・・・か・・・」 「・・・ダメでしょうか?」 「いや温泉・・・だが・・・」 「いいじゃん、珍しくリーンが行きたいんだって言い出したんだし。私も一緒に行くから大丈夫だよ」 メリーもちょっとズレてるわね、とアリゼーがつぶやく声が聞こえてきた。 「お願いします、サンクレッド」 「私からもお願いー!」 「・・・はぁ、わかった。だがメリーの側から離れるなよ」 「・・・!はい!」 飛び上がって喜ぶ二人を微笑ましく見守る周囲だった。 「ふふ、やっぱり大事な女性の頼み事には弱いのね」 「ナイスダブルパンチよ、メリー、リーン」 「・・・健闘を祈ります」 そう言って軽く肩を叩き踵を返したウリエンジェを、万感の想いで見送るサンクレッドだった。 back * top |