ドフラミンゴが目を覚ますとほんのりと明かりが見えた。
決して明るすぎないその光はドフラミンゴの眠りを妨げるものではなく、そこにいる人物が本を読むのを手助けする程度に控えめであった。身体の大きなドフラミンゴにしても余りある大きなベッドの方々に寄り眠りを欲するのは、ベッドの傍らでいつも本を読む存在のためで。



「なまえ…」

「ん?あぁ、すまんな。起こしてしもた?」



なまえの言葉に身じろぐとふふっと笑みを零し、読んでいた本をスタンドが置いてある机に置く。ベッドに腰掛けると、なまえの重みで少し沈む。何故かそれが心地よく、ドフラミンゴはデカい図体をもぞもぞと動かし、なまえにすり寄った。ドフラミンゴの短く切られた、猫っ気な髪の毛を優しく撫でながら、なまえは眼鏡の奥でほほ笑む。


「まだ朝までは長い。ゆっくりおやすみ、ドフィ」



その言葉にドフラミンゴの意識はゆっくりとまた落ちていく。
落ちていく意識の中で、ふと思い出した。

頭を撫でてもらえることがこんなにも気持ちのいいことだと教えてくれたのはなまえだった。

唇へのキスや、おやすみのキス。愛してもらえることがこんなにも心地のいいことだと教えてくれたのはなまえだった。

何もなかったドフラミンゴの中に雪が降り積もるように、花びらが敷き詰められるように、沢山の色々なことを詰めていってくれたのは、なまえだった。














幼い頃、初めて見たなまえの髪の毛に惹かれた。
そのままずっと後を付きまわした。

天使か神か、悪魔かもしれない。
だってこんなに目が離せないんだから。

昔教会で聞いた話の内のどれかな気がしてならなかった。






何も言わず、なまえの後ろを付け回す子どもになまえ自身困惑していた。何かした覚えもされた覚えもなかった。
この子どもが自分を付け回す理由が何一つ見つからなかったのだ。




「ぼく、どないしたん?」



意を決して振り返り、子どもに向き合った。初めてしっかり認識した子どもは一言でいえば薄汚れていた。
大きめのYシャツは恐らくその子用に見繕ったものではないだろう。汚れ、裾は擦り切れ、ボロボロだった。




「僕に何かようか?」



しゃがんで目線を合わすと、子どもはそのままなまえに無言で近付き、その頭へと無防備に手を伸ばしてくる。
ぎょっとしたが、何も行動せずに行く末を見守っていると、子どもは髪の毛に触れ、ふにゃりと笑った。

その顔があまりにも幸せそうだったので呆気にとられたのを覚えている。


それからなまえはその子ども――ドフラミンゴと行動と共にする。
もっともなまえがドフラミンゴの名前を知るのは出会って数年が過ぎてからになる。





出会ってから、なまえの髪の毛をずっと見つめ、なまえの髪の毛にずっと触れていた。ドフラミンゴはなまえの髪の毛が大好きだった。それは恐らく、一目惚れ以上の感情だったはずだ。
そんなある日、なまえに言われた。

自分も金髪やろ?と頭をガシガシ撫でられた。

違うのだと言いたかったが、その時のドフラミンゴには相手に何かを伝えるだけの言葉がなかった。

声の出し方すら知らなかったドフラミンゴに一から全部を教えてくれた。


それからドフラミンゴを形成する全てがなまえによってもたらされたもの。

そんなドフラミンゴのがなまえに愛情以上の感情を持ったのはある意味必然と言い切ってしまっても過言ではないだろう。一目惚れから始まり、全てをなまえから与えられた。



海賊になると告げた時になまえを独占すると心に決めた。

なまえも嫌がらないと信じていたし、嫌がっても無理やり連れていこうと誓っていた。



国王になった時、ドフラミンゴを支えてやろうと側仕えに徹しようと心に決めた。


お互いがなくてはならぬとは言い切れない。





ドフラミンゴにとってなまえはなくてはならない存在であることは言うまでもない。なまえが別れを告げようものなら心中を何の躊躇もなく選び実行に移す。

だが恐らく、なまえはドフラミンゴがいなくなっても困らないし、ドフラミンゴが消えろと言われればドレスローザから何の未練もなく去っていくだろう。それでもドフラミンゴが自分を必要とする間は世話を見てやろう。それは親代わりとしての責任なのか、それ以外なのかなまえは何の自覚もしていない。



すれ違いが生じていてもなまえにも、ドフラミンゴにも問題が生じていない。平穏ならばそれに越したことはない。












「ちゃんと寝ぇや。おやすみ」










ドフラミンゴの両瞼にキスを落とし、中断した本の続きを読み始めた。