風が私の髪を撫でる。短い髪の毛で遊んで、どこかへ消える。これがあの子のだったらと思うと少し残念に思う。きれいなあの子の長い髪の毛なら、きっと絵になっただろうに。
「何物思いにふけっているんだい?」
「君には関係ないことだよ、キュゥべぇ」 「つれない事言わないでほしいな。僕と君の仲じゃないか」 「どんな仲だと言うんだ?」
高層ビルの屋上に建っていると、すぐ後ろによく知った気配が生まれた。白い体に濃いピンクで模様が書かれているそれは、私の肩に乗ってきた。 私はこれを好きではない。嫌ってもいないけれど、あの子は嫌っている。 私の世界はあの子を中心に動いている。あの子が自分の願いを、奇跡を起こすまで。
「君は暁美ほむらのことをよく知っているよね」 「それは確認か?違うだろう。確信を得ているならば、質問するな。不愉快だ」 「手厳しいなぁ。僕は確認したかっただけなのに」 「無言であっても、否定しても、お前は肯定しただろう」
「そんなに僕のこと、分かってるんだ」
どこか嬉しそうなその声に内心唇をかんでいた。宇宙から来たとかぬかすこの白い物体。キュゥべぇという名前を口にするのも若干嫌になってきている。 ほむらの影響だろうか。
「お前には、感情というものは無いんだろう。なら、なぜ嬉しそうなんだ」 「やだなぁ、誤解しないでほしいよ」
肩から降り、私の目の前に座る。 尻尾がふわりふわりと揺れる。ああ本当に鬱陶しい。
早くほむらのところに行きたいんだけれど。
「僕らには感情という概念自体がないんだ。感情というものは、こっちでいう精神疾患と同じ扱いになるんだって。分からないものだからね」 「お前は精神疾患の患者か」 「へへ、どうだろう。僕自身にその自覚は無いよ。でも、精神疾患なんて、みんな自覚症状なんてないだんろうけどね」
風が私とそいつの間を吹き抜ける。 踵を返す私に、首をかしげ、キュゥべぇが問いかける。
「暁美ほむらのところかい?」
殺気をこめて睨む。 どこ吹く風だ。
「もう一度だけ言う。確信を持っていることを私に聞くな。それは肯定の再認行為でしかない。不愉快だ」
私が姿を消したビルにまだキュゥべぇが残っていたことは知っていた。けれど、彼の呟きが聞こえるほど、私は能力も、魔法も持っていない。
部屋につくと、もう寝ていた。アクセントになっているリボンもほどき、すやすやと寝息を立てていた。安らかな寝顔だが、この下にいくつもの泣き顔を隠していると知っているから、複雑な気持ちになる。
このまま、この子の記憶を全て書き換えたら、この子は幸せになるんじゃないか。 そんな考えまで浮かんでしまう。だが、実際のところどうなんだろうか。 記憶を書き換えられた暁美ほむらは、初めの時間軸のような引っ込み思案な大人しい女の子になってしまうのだろうか。 それはいいが、今の鹿目まどかのように、自分なんか、と卑下するのはいただけない。私はこれほど、ほむらのことを思っているのに。もう一人の体ではないし、一人ぼっちではない。
「・・・ほむら」
前髪を分けて、額に手を当てる。暖かい。勝手なことして、って君は怒るかな。 でも、それは記憶があるときだよね。今、私がいじってしまえば・・・ねぇ、どっちが幸せなんだい、ほむら。
「・・・なまえ?」 「ごめんね、起こしちゃった?」
体を起こすほむらと対峙するように、ベッドに座る。
「何をしようとしていたの」 「何も」 「嘘言わないで」 「・・・ほむら」
君は私の心の奥底まで、見抜いているみたいだね。嘘なんて何も言っていないのに、嘘だと君は断言する。 気持ちがいい。
「ほむら、君の記憶を書き換えようとしていたって言えば、君は」
ぐるん
視界は90度回転した。 ほむらに支配された視界のなかで、ほむらは今にも泣きそうな顔をしていた。
「いや・・・」 「?ほむら」 「いやよ・・・!あなたのこと、忘れるなんて・・・!絶対に嫌!まどかのことも、魔法少女のことも、全部忘れても構わない!でも、でもあなたのこと・・・!あなたのことだけは・・・!」
頬に当たった冷たいもの。私はそのままほむらを抱きしめる。堪えようとしてももれる嗚咽に内心眉をひそめる。
「なまえ・・・!」
私の名前をこんなに切なく呼ぶ子が今までいただろうか。 私という個体を識別するための名前だったというのに。ねぇ、ほむら。
君は私の琴線を、本当に揺らす子だ。
「・・・君の言うところのこれは、嫉妬という感情に当てはまるのかな?なまえ」
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