赤が似合うあいつでも似合わない赤もある。
「俺に薔薇とは随分と酔狂なことだ」
「やっぱお前に薔薇は似合わないな」
一輪の薔薇をアーカードの髪や胸元に挿してみるが、悉く似合わない。まぁこんな男に薔薇なんてこいつの言うように酔狂だったかもしれない。
そもそも男に花を、ということ自体、あまり似合うというものでもないだろう。どちらかと言えば、男は花を贈る側であり、女が受け取る側だ。偏見ではあるが、まあ世間一般的にはそうだろう。大衆の意見なんぞそんなものだ。
各言うアーカードもそれに当てはまるようで。
俺と言う男から贈られた薔薇という花は、てんで似合わない、歪なものだった。どうして俺はこいつに薔薇が似合うと思ったんだろう。
花屋で、この鮮血よりも、酸素に触れて少し黒ずんだ蘇芳色の薔薇を見たとき、始めに浮かんだのが、アーカードだった。なんて理由はない。それだけだ。
自分に似合わない薔薇を摘んで暇そうに弄ぶアーカードを見る。
こいつには赤以外似合う色がないと俺は思っている。青も似合わない。黄色なんて持っての他。何色もこいつには似合わない。真っ赤なコートや帽子は人目を引きそうなものだが、こいつの時だけそれはある一種の保護色となりうるのだ。いやはや、人によってその色の役割も千差万別というわけなのか。
とりあえずその薔薇をどう処理したものか。嬢ちゃんに渡してもいいが、怪訝な目で見られることは必須だ。面倒くさい。姫さんでもいいが、これも嬢ちゃんと同じ、か。ウォルターなんぞに渡したら周りからどういう目で見られるか。考えただけでおぞましい。そしてその後こいつに死なない程度に甚振られるんだ。分かってる。だからそれだけは避けたい。俺は人間だ。アーカードの感覚で甚振られたら堪ったもんじゃない。
眉間に手を当てて思考をめぐらせる俺は、アーカードがにやりと笑ったのを見ていなかった。見ていたらどうなったのかと問われれば、何もなかった。見ても見ていなくても、結局ただの人間である俺はアーカードに押し倒される運命だったんだろう。
「何だ、痛い」
ベッドの上に倒されたから痛みは言うほどなかった。が、口から出るのはやはり痛いという不満だった。にやにやと笑ったまま俺を見下ろすアーカードの考えなんざ理解できるはずはない。
馬乗りになったまま、持っていた薔薇を俺の胸元のポケットに差し込む。
丁度俺の心臓がある場所だ。
「いい眺めだ」
挿した薔薇を撫でる手をそのまま顔のほうへ移動させる。時々ツメを立てるのが地味に痛い。
その手を取り、軽いリップノイズをさせて指へキスをする。にやにやしていたアーカードの目がより一層細められた。
「お前のものは、たいそう美味いんだろうな」
俺が絡み取っていないほうの手を俺の頚動脈へ伸ばす。ドクンドクン、と規則的に脈打ち流れていく血液。惹き付けられるようにアーカードの顔が首元へ落ちていく。そのまま少しざらついているアーカードの舌がゆっくりゆっくり、頚動脈の上を往復する。
そこに性的なものは感じられず、ただ純粋な欲のみがあるんだろうと考える。
「俺はお前が人間だから側においている。化け物のお前になど、興味のかけらも向ける意味がない。だが、だからこそ俺はお前が愛しいなどという愚かで醜い妄執に取り付かれているんだ」
噛み付くようなキスを甘受する。いっそそのまま食われてしまえばいいのだが、アーカードは俺を食うことはしない。吸血鬼に噛まれた人間は、吸血鬼になる。伝承言い伝えは真実であり、実際嬢ちゃんもいまや化け物の仲間入りをしている。
「お前を食らいたい衝動と、それを行いたくないこの葛藤など、お前は知らないのだろうな」
少し顔を傾ければまたキスしてしまう位近くてそう面白くなさそうに言い放つ。そのままどれくらい見詰め合ったのか分からないが、もう一度アーカードからのキスを受ける。
「アーカード?」
俺の心臓に耳を当て鼓動を聞くアーカードに違和感を覚え、名前を呼ぶ。聞こえているだろうけれど、応えはしない。じっと、ただ俺の鼓動を聞いている。何も面白くはないだろうに、何をしているのか。
そんなことを考えているとアーカードが不意に切なそうに目を細める。多分、無意識だ。
「お前の心臓も、いつかは止まる。老いて、いずれ止まる。だからこそ、美しいのだがな」
自分の顔の横にある薔薇を見つめ、無造作に齧り付いた。
満開だった薔薇の花びらの全てが口に入りきらず、数枚、落ちたり、、口からはみ出したりした。それが血液のように見えて、背筋がゾクリと震える。おぞましいのではなく、美しかった。嗚呼、やはり俺はこいつに惚れているんだ。
「おい」
平常心を装いつつ返事をすると、花びらを一枚摘み、妖艶に舌で舐めてみせる。
「まるで、お前の心臓を食べたようではないか」

俺の胸の上で、食らい尽くされた心臓の血液のごとく、酸素に触れた蘇芳色の薔薇の花びらが、散っていた。