死んだように眠っている。
眠ったように死んでいる。
その違いは単純に、その心臓が鼓動しているか。呼吸をしているか。
生命活動をしているかの違いだけ。
単純であり、大きな違いを、認識できるのは一体どれくらいだろう。
遠目から見たら、なんて、分かるはずがない。
胸の上下なんて近くで見ても分かるものではないし、まして鼓動なんて、胸に耳を当てて聞かなければ聞こえない。
人でさえその程度なのに、一体40cmのフシデにどうやって確認しろというのか。
その日は午後から何もなく、春になったばかりの暖かくも何処か寒い風が、庭にいる預かったポケモンたちの艶やかな毛並みを一撫でして去っていった。唯一の手持ちであるフシデはマスターが家を出た後を必死に小さな体で追いかけた。
フシデ自身はバトルをして進化をすることを望んでいたものの、マスターにその気があまりないということもフシデは理解していた。手持ちとなった経緯が経緯なだけに、フシデは進化進化と意気込みはしなかった。進化してもしなくても、どの道マスターは自分を大切にしてくれるし、今現在大切にしてもらっている。恐らく、育て屋として預けられるポケモンたちよりも、大きな愛情を受け取っている。確信と確証と。そのどちらもフシデの中で確立されたものとして存在していた。フシデはそれで満足していた。幸福感に浸ることが出来た。それくらい、フシデにとってマスターの存在は大きかった。
マスターの後を追いかけるが、人とたかが40cmのむしポケモン。歩幅も歩く速度も違いすぎるその差は広がるばかり。必死に追いかけるが、追いつけるはずもなく。ただ、マスターが庭の中で一番大きな木の根元に座ったのをしっかりと見ていた。追いつけないのはいつものこと。一抹の寂しさを感じながらも、追いつけばマスターが構ってくれる。そう、いつものこと。それはいつものことだったのだ。
マスターに遅れることどれくらい経っただろう。息を切らしてようやくマスターの側に辿りつく。けど、いつもと様子が違うことにフシデは気付いた。いつもならば、フシデが手に触れたことに気付いて、どうした?、と声をかけてくれるのだ。そのまま擦り寄ると苦笑いしながらも甘やかすような声色で、よしよし、と撫でてくれるのだ。それがいつものこと。そうであるはずだと、フシデは勝手に思い込んでいた。
「?」
首を傾げるフシデは、いつもよりも大きくマスターの手を動かした。けれども反応は返ってこない。
地面からマスターを見上げる。顔が見える。眠っているようだった。でもだったら何で起きてくれないのだろう。動かした手が力なく、フシデとは反対の方向へ傾いた。
その時、フシデを途方もない寒気が襲う。

ますたー … ?

恐ろしかった。怖かった。とにかく怖かった。
何が怖いのか分からなかった。一人になるが怖いのか。一人にさせることが怖いのか。
分からない。分からないことも、怖かった。
だから、必死にマスターの手を小さな頭で押す。

おきて
おきて ねぇ
ますたー おきて
ねぇ ねぇ おきて

ぐりぐりと押すフシデを何かが包む。閉じていた目を開け、ふっと顔をあげるとマスターがいつものように微笑んでフシデの背中を撫でていた。
「どうした?」
その声は先ほどまで寝ていたのだろう、少しかすれていた。
ただその声にフシデは心から安堵した。
フシデには見えていないその瞳に映った自分に心から安堵した。
「あれ?フシデ、泣いてるの?」
いつの間にか涙が出ていた。泣きながらも、決して目を閉じはしなかった。顔を俯けたりしなかった。ただじっとマスターを見つめて、その半分閉じた瞳から大粒の涙を止めどなくこぼし続けていた。そんなフシデにいつも以上の愛情を篭め、小さい体を両手で抱き上げる。マスターに抱えられ、先ほどよりも近づいたマスターとの距離。フシデは体を一生懸命に伸ばして頬に頭をつけようとする。けど、どうしても届かない。諦めて大人しくマスターの腕の中に戻る。しゅんとしたフシデ。
コツンと小さい衝撃がフシデに訪れる。
「?」
「どうしたんだ?本当に」
おでこコツン。
キスさえ容易く出来てしまう距離にフシデは分からない程度に顔を赤らめる。それでも恥ずかしさよりも愛しさが勝る。きゅっきゅっとマスターの顔に何度も自分の顔をくっ付ける。そんな愛らしいフシデの様子にマスターも顔を緩める。
「ははっ、本当に……何があったんだ?」

なんでもないの
ますたー なんでもないから
なんでもないんだよ