「白のタキシード持ってたな?それ着て、ここに来て」


数日前にシュテルンビルトでのデートの約束をしたはずが、何故だかライアンは言われた通り、白のタキシードを着て言われた場所までやってきた。
シュテルンビルトとは全く違う、静かな郊外にある、小さな教会。
指定された場所はここだった。

森の中にまるで、天使さまが佇むように、静かに、でもそこにしっかりと存在する感覚は、どこか神秘的な感覚を刺激してならない。ライアンはどこか落ち着きがなく、辺りをキョロキョロ見まわしたり、時間を気にした。

約束の時間になっても、名前が現れないのだ。



元々、軍出身の名前は時間に細かい男で、最初はライアンも面倒な相手だと思っていた。友人関係から始まった二人の関係だが、意外にも関係の発展の先に望んだのは名前にいい印象を持っていなかったライアンの方だった。
待ち合わせをして、くだらない話をして、飲みつぶれて。
その全てがライアンにとって、いつしか掛け替えのないものになり、名前の交友関係に嫉妬した。
自分と会っていない時間、その時間に嫉妬した。
名前の瞳が自分以外を映すことに嫉妬し、低く優しい声色で話かけるのも気に食わなかった。
ライアンがありったけの勇気で告白をした時、名前は今まで見たことがないくらい驚いた顔をして、すぐに少し顔を赤らめた。軍出身ということもあり、日に焼けた名前の頬に見てわかるまで赤みが差すことはあまりない。それくらい、照れているのだと分かった瞬時、ライアンも負けず劣らず真っ赤になった。端から見たら、いい年した男二人何してるんだと言われるような光景だったろう。

それからのライアンの日常は今まで以上に満ち足りた時間だった。
誰かにしっかりと愛され、誰かをこんなにも愛しく思うことが、こんなにも幸せだったなんて知らなかった。

そして名前と付き合い始めて分かったのだが、ライアンは自分が思っている以上に泣き虫だった。




「ったく、どこにいんだよ」


教会の前で待ちぼうけていると、教会のドアがゆっくりと開いた。
驚くライアンだが、中から出てきた名前に目尻が下がる。

「ごめん、待たせたか?」
「待ったっつーんだよ。で、こんなとこに呼び出して、何?」

よく見ると名前もタキシードを着ていた。ライアンとは違い、ホワイトグレーとでもいうのだろうか。少しだけくすんだグレーに近い白だった。いつもと違う名前に高鳴った胸を隠し、ライアンは名前の元へと歩を進める。
ライアンへ向けるほほ笑みはいつだって愛しさに満ちて、見ているだけで幸せになれた。愛されているという実感が湧くのだ。少し不安なことがあっても、名前の顔を見るだけで不安など消し飛ぶくらいの幸せが流れ込む。
どれだけこの男に落ちているというのだろう。ライアンは自分を笑うが、笑われても何も感じないくらい。それくらい、落ちている。

名前に近づくと教会の中がよく見えた。
決して煌びやかではないけれど、程よく装飾された品のいい内装。正面に見えるステンドグラスがとても綺麗だ。


「ライアン」


呼ばれて名前へと意識を戻す。


「何、してんだ…?」


名前がライアンの足元で跪いていた。
片足を立て、まるでおとぎ話に出てくる騎士が姫へ愛や忠誠を誓う姿のようだ。
ライアンがそんなことを考えていると、名前がライアンの両手を包み込むように握る。思わずビクと震えてしまった。


「告白はライアンからだったな。正直驚きしかなかったけれど、本当に嬉しかった。付き合っていく内にどんどんライアンにはまっていった」

それは俺もだ、とライアンも言いたかったが、どうしても喉が震え、声が出せない。


「だから、今回は俺から、告白しようと思うんだ」
「は……え?告白………は?」

名前はライアンの左手の薬指に静かにキスを落とし、そのままライアンの見上げて、そして告げる。





「ライアン、俺と結婚してください」






時間が止まったように思えた。
名前の言葉を理解した途端、体中の震えが止まらなかった。
結婚しよう、なんて馬鹿げてる、とか。
男同士で結婚とか出来るわけねぇじゃん、とか。
たくさん悪態はつけるけど、どれも言葉に出てこない。ライアンは顔を真っ赤にしながら、涙を浮かべた。
それでもしっかりと名前を見つめた。


「あぁ、もう全く。ライアンは泣き虫だな」
「だ、れのせいだ…!」
「俺のせいだったら嬉しいことこの上ないな」

両手が握られているせいで使えない。涙をぬぐいたいのに、みっともない顔なんて見せなくないのに、出来ずにライアンはボロボロと涙を流し続ける。
そんなライアンを愛しげに見つめる名前の顔は幸せに満ちていた。

「っ、デートだ、たから…!ちゃんと、綺麗にしてもらった、のによ…!」

美容院にでも行ったのだろう。だがそれでも、自分のことで涙を流すライアンはとても綺麗だ。


「泣いていても、君は綺麗だ、ライアン。綺麗なんだが、いつまでも泣いていられると不安になってくる」

名前の言葉を聞いて、閉じていた瞼を開ける。相変わらず涙の膜で名前が朧げだ。
それでも声色でどんな顔をしているのか、どんな気持ちでいるのか、分かる。そう、ライアンには分かるのだ。


「返事をくれませんか、ライアン」



その言葉を聞くまでもなく、ライアンの答えなど決まっているのに。


泣きじゃくり、返事を返したライアンに名前は立ち上がり、思いっきり抱きしめる。
ライアンは涙をこぼしながら嬉しそうに名前の胸元へ顔を寄せる。その様子が堪らなく愛しく、名前が抱きしめる力を強めた。

午後の光がステンドグラスを通り抜け、幸せに満ち溢れ、誓いのキスを交わす二人へ降り注いだ。