やっぱりか、と思いながらため息をついた。
仕方がない。だって予想通りの結末を迎えたのだから、仕方がないと思う。

「いいザマですね、先生」

コツンと足で冷たくなっていくこの人の足の裏を蹴り上げる。この人は死んだ。きっと多分、こうなることをこの人も分かって、望んで、受け入れたんだと思う。だからこそ、俺は気に食わない。
スネイプ先生は本当に自分勝手で、慈愛と自愛に満ち満ちた人だった。
人の気持ちなんて汲み取ろうとせず、ただ自分が思ったおとりに行動して、自分のためだけに生きた人。
俺は、ハリーと違いとても母さんに似ていた。俺は、言ってしまえば母さんの生き写しだ。おばさんがハリーよりも俺に強くあたったのだって母さんに瓜二つだったからだし、女顔だからっていう理由で散々ダドリーにからかわれたし、たまに乱暴されそうになったことだってあった。クソみたいな生活。それも全部母さんのせいだった。だから俺は母さんのことが、ずっと嫌いだった。

ハリーが羨ましかった。ハリーは俺みたいに暴力を振るわれることもない。ハリーは自分の生い立ちやら何やらを憂いてたみたいだけど、それは我儘だ。自分よりも酷い俺を知らないから、自分がどれだけ恵まれているのかなんて、知ろうともしない。片割れのハリーが、嫌いだった。

俺は、ホグワーツに入るまで、ずっと自分も含め世界全てが嫌いだった。ホグワーツに入って、マシになったけどやっぱり世界は糞だった。友達もできたし、先生もいい人ばかりだったけど、そんなに世界が優しいわけなかった。
その中でも一番嫌いだったのはこの人だ。母さんのことがもっと嫌いになったのも、初めて人を本当に嫌いになったもの、全部この人のせい。

視線。
言葉。
感情。温もり。


この人から与えられるもの全てに嫌悪した。
結局この人も俺のことを「リリー・エバンス」としか見てない。俺を通して、母さんを見てる。それがとても気持ち悪かった。

何度言っても、この人は聞き入れなかった。
口では違う、お前はお前だ、彼女とは違うって言っても、その目が、あふれ出る感情が、母さんへと全力で向いていた。
それでも懲りずにずっと俺に近づいてくるスネイプ先生に絆されていたことは認める。
でも、それでも俺はこの人が「嫌いだった。」









ピチョン、と滴が落ちる音がした。
ハリーはもう校長室にいるんだろうか。「例のあの人」が殺したがってるのはハリーだけ。正直言えば、この戦いだって、俺に被害がなければ別にどうだってよかった。一人でこっそり生きていくことは出来たし、ハリーが死のうが生きようが、関係なかった。俺がグリフィンドールにならなかったのは、こういう部分があったからかもしれない。
ハリーと一緒の寮なんて死んでも嫌だったからよかったけれど。

先生が蛇にかみ殺された時も、ハリーに全部打ち明ける時も、別に何ともなかった。
ただ、ただ死ぬ時、虚空に母さんを見てるような気がして、拳から血が流れ出た。





嗚呼 なんだ やっぱり 母さん じゃないか あんたが 見てるの は









湿気を帯びてより鬱陶しくなってる髪の毛をつかみ、力なくしな垂れた顔を持ち上げる。死んでるから何も反応ないのは当たり前なのに、思わず舌打ちが響いた。

「あんだけ俺のこと振り回して、気持ちもてあそんで、その結果がこのザマかよ」

しゃがみ顔を近づける。
青白い顔はより青く、重たくなった瞼の下の濃い闇色の瞳はもう俺を映さない。


「あんたが俺にどんなことしてきたのか、それがどれだけ俺にとって苦痛だったか」



あんたが俺を見つけて声をかけるたびに跳ね上がる心臓が嫌だった。
あんたが俺にかける声色が他とは違うことに気付いた耳が嫌だった。
あんたが俺を見る目の奥にある熱が変化してくことを見抜いた瞳が嫌だった。
あんたが俺に触る時少し震えてるのを感じ取るこの腕が嫌だった。
あんたが俺に駆け寄る音が聞こえたら少しだけ歩幅を狭くする足が嫌だった。
あんたが俺をどう思ってるのか気付いたら考えてしまっている頭が嫌だった。


そんなあんたの一挙一動、一仕草に、振り回される、俺の心が心底憎らしかった。


あんたが俺に初めて触れたのはいつだ?―――入学式の日、廊下に連れ込まれた。
あんたが俺に初めて声をかけたのはいつだ?―――入学式の日、震える声で、名前か、と聞かれた。

あんたが俺に好きだと伝えたのはいつだ?―――4年の時のダンスパーティに参加しない俺を見つけた時。
あんたが俺に母さんとは違うと告げたのはいつだ?―――4年の終わり。先生の部屋で、お前が、好きだと言われた。



「分かるか、セブルス。俺のホグワーツには、全部あんたがいるんだよ」



"名前で呼んでくれないか"
"俺があんた名前で呼ぶ必要性が皆無だ"
"……何度言えば伝わる"
"何度言われても伝わらねぇ。あんたは俺を通して母さんを見てる。それは紛れもない事実で、これからも真実だ"
"違う!お前は、名前は、リリーとは違う…違うんだ……"



少しだけ、その言葉を信じてみようとしてたんだ。
それくらいには、あんたに揺れていた。
だからこそ、その言葉が違ったことに自分でも驚くくらい、傷ついてた。



「あんたは満足だろうな。大好きだったリリー・エバンスが死んでも守ろうとしたハリーを守って死んで」


でもそこに俺はいない。



「そんな巫山戯けた話があってたまるか」


セブルスから離れ、さっき捕まえた死食い人のところへ行く。
よほど捕まった時に怖い思いをしたのか、息を荒げて必死に逃げようとあがく。もっとも、足はもう無いから逃げようがないんだけど。

「あんたをどうこう思ってないんだけどさ、でもまあ、死食い人が減ることはいいことでしょ」

杖を取り出し、先を死食い人へ向ける。
学校では習わない、自分で考えた魔法。こうなることが分かっていた俺だから、作れた魔法。

なぁ、ここまでさせたんだ。俺から逃げられると思うなよ、セブルス。





幾分か生気が戻った顔色。
浅いけど確実に息をする胸。
微かに動く睫毛。
抱き上げるとほんのりと温かみを取り戻した肌。

あと数日すればきっと目を覚ます。



「責任の取り方、教えてやるよ」