「リドル、リドル」

「なに?」

 リドルはこちらにちらりとも視線を向けず、かりかりとペンを動かす。このガリ勉め。

 リビングで互いに向き合って座り、溜まりっぱなしの冬休みの宿題を消化してる真っ最中。

 リドルは地道にやってるみたいだけど、私なんてクリスマスやら年末やら何かと理由をつけてぐうたらしっぱなしだ。それがさっきうちに来たリドルにばれて、蹴り飛ばされながら椅子に座らされた次第だったりする。

 それにしても、暖房をつけてると全身がぽかぽかして頭もまどろんでくる。テーブルに頬をつけてうとうとするたびに正面のリドルが脛を蹴り上げてくるんだからたまらない。もちろん嫌って意味で。


 何度かそれを繰り返して、ふとアレを思い出して顔を上げた。そして冒頭に戻るわけである。


「リドルって今日誕生日じゃん」

「そうだね」


 食いつきが悪い・・・。
 へこたれそうになるのをぐっとこらえ、手のひらをリドルの顔と手元のノートの間に翳して思いっきり邪魔してみた。思ったとおり・・・というかそれ以上にいらだった顔をして彼はこっちを見てきた。しまいには舌打ち。

「邪魔」

「リドルが話聞かないからじゃん」

「聞いてるよ。返事だってしてただろ?」

「会話をするときは人の顔をどうのこうのって教わったでしょ」

「僕はそんな注意を受けるような子供じゃなかったから」


 こいつ、腹立つ。
 私が何も言わず目を細めいらだちを伝えようとしたところ、しっかりと伝わったらしい。

 ノートに翳されている私の手にちくちくとシャーペンを刺すのを止めて、ようやくリドルは話を聞いてやるよ的なオーラを出した。


「で、誕生日が?」

「おめでとう」

「ありがとう」

「今日はお祝いだから。ケーキもあるし」

 これはもはや当然のことである。

 ××家で引き取られてからも、彼が家を出てからも、毎年欠かさずやっていることだ。それなのにリドルはよーく言い聞かせて家に来るように言わなければ一人でクリスマス、そして大晦日もとい誕生日を越し、新年を迎えようとする。いつもは鬱陶しいくらいうちに来るのに、なんでこういうところで控えめになるんだか・・・。

 リドルが好きなケーキだって用意するし、いつもより豪勢な食事だし、何より食費が浮くし、何が不満なのか。リドルは戸惑ったように方眉を上げて少し首を傾けた。


「・・・ケーキって、あの恒例の歪なケーキ?」


 は?と少し思考が停止する。


「食事は豪華だし嬉しいけど、ここ最近おばさんケーキ焼くの下手になったよね。作るたびに甘さに差があるし、去年のはスポンジっていうよりたわし・・・」



 ミシッとリドルの顔がきしんで、私の鉄拳がめり込んだ。

 テーブルに崩れるように倒れこんだリドルの頭をさらにもう一発容赦なく叩いて、部屋を出るついでにすべての暖房器具の電源を落としてやった。


 階段を駆け上がり、今のリドルには聞こえないだろうけどこの煮え立つ腹の底の不満を喚きちらす。


「大っっっっ嫌い!!」





 ぱちり。

 肌寒さで目を覚まし、それと同時に顔面がひどく痛んだ。
 一瞬地球が破裂したのかと思ったけどそうではなかったらしい。

 鼻をさすりながらきょろきょろと部屋を見渡すけど、さっきまで目の前にいた彼女の姿が見当たらない。

 ●●が僕の誕生日の話をしていたあたりからすっぽりと記憶が抜けているのだけど、その途中で僕は急に眠ってしまったのだろうか。ははは、まさか●●じゃあるまいし。

 とにかく寒いから、なぜか消えている暖房を入れようとリモコンに手を伸ばしたとき、人の訪問を知らせるチャイムが鳴った。●●は出かけてしまったようだから僕が対応するしかない。
 玄関先に誰が立っているかもモニターでろくに確認もせずに、僕は玄関に向かった。



 ドアを開けるために靴を履いているうちにせっかちな相手はもう一度チャイムを鳴らす。うるさいなあ。

「今開けます」

『うげっ』

 僕の声を聞いた途端ドアの向こうからそんな声がしたけど、ドアに手をかけながらも僕は●●の靴があることの方が気になった。
 ガチャリと重い音を立てて開けた先、そこには僕が嫌いで嫌いでしかたがないあいつがいた。


 ほんの少し開いたその隙間でしばし僕らは見合い、何も言わずにドアを閉めた。・・・が、何かに引っかかって閉まらない。姑息にもドアが閉まる前に足を挟んでそれを阻止したシリウス・ブラックは、次に己の指もかけてドアをこじ開けようとしてきた。


「不法侵入だ、帰れ」

「人んちを我が物顔で闊歩してるお前に言われたくねえよ」

 上ではぐいぐいとドアを引っ張りあい、下では足のつっかえを外そうと蹴り蹴られ。

「だから兄さんは来ないほうがいいって言ったのに・・・」

 目の前のでかいやつの後ろから冷めたような声が聞こえてきた。どうやら弟も着いて来てるらしい。レギュラス・ブラックの方は害がないからどうでもいいが、このでくの坊だけは絶対に家に入れたくない。

 荒立った声も上げない静かな戦争に飽きてきたのか、レギュラスが何かし始めたらしい。



「うわっ、レギュラス邪魔すんな!」

「邪魔してるのはどっちですか」

 シリウスのわき腹の辺りに無理矢理大きくスペースを作り、そこから白すぎる手が割り込んできた。その手には洋菓子店のものらしい箱が掴まれている。


「年末のあいさつに来ました。母さんたちがおいしいからと送ってきてくれたのですが、僕らはあまり甘いものが好きではないので、あいさつの手土産にしようと思いまして」


 イギリス直輸入の洋菓子。興味がないわけがない。

 その箱を訝しげにじっと見ている姿を目の前の男が見てくるのが不快だ。
 めったに口になんかできない外国のお菓子を取るか、こんな男に張り合うのを取るか。もちろん答えは決まってる。


「・・・勝手に家に入れたこと怒られたら、勝手に踏み込んできたって言うからね」

「そーそー最初から素直にいだっ!レギュラス蹴るな!」

 何か聞こえた気がするけど、とりあえずドアから手を離し箱を受け取る。シリウスの脇からするりと抜けていく手を見送れば、すぐにシリウスが玄関に踏み込んできた。イラッとしたけどここは我慢する。


「すみません、デリカシーのない兄で」

 ドアをそっと閉めながら、夏よりもずいぶんと色が白くなったレギュラスが軽く頭を下げてきた。


「本当に、君と同じところで育ったとは思えないね」

「まったくです」

 二人で悩ましげなため息をこぼした。


「今日は●●さんは・・・」

「ああ・・・」

 僕が足元を見下ろせば、レギュラスも倣って下を見る。そこには女物の靴。紛れもなく●●の物だ。

「いるらしいけど、二階かな」

「トム、●●はどこだ」

「うるさい」


 もうどこか部屋に引っ込んだのかと思ったらシリウスはまだそこにいたらしい。いつまでも玄関で立ち話をしている僕らに痺れを切らしたのか、ひょこりと顔を覗かせてきたがその仕草だけで腹が立つ。しかも同じような質問を立て続けにされればいらだちも倍増だった。


 レギュラスにも中に入るように促せば、彼はまた小さく会釈をして『来客らしく』家に入ってきた。
 と、一応●●にもこいつらのことを知らせておいたほうがいいか。

「ここで待ってて。●●呼んでくるから」

 リビングに彼らを通し、もらった箱をテーブルに置いて僕は早速階段を上り始めた。待ってろと言ったのに、当たり前のようについてくる兄弟の存在は無視することにする。

 ●●の部屋の前まで行き、「●●、いつもの兄弟が」と言いながらドアを開けようとした。

 ところがノブは途中までしか降りず、ドアは開かない。

「?」

 鍵をかけ何をしているのか。喧嘩したときくらいしか彼女は部屋に鍵をかけない。それに、かけたところで小銭であけられるのだから無意味と同じようなものだけれど。
 しかし今日ばかりは喧嘩をした記憶はない。僕が怒っていたら即刻鍵をこじ開けるけれど、まったく心当たりがないものだからそういう気にはすぐには至らなかった。

 ノブから手を離しノックに切り替える。


「●●、鍵なんかかけてどうし・・・」

『バカ!』

「は?」

 突然部屋から叫ばれた罵声。これは僕に対するものなのだろうか。
 後ろを振り返ってみれば、二人はきょとんとして僕を見ていた。僕だってその顔をしたいよ。

「・・・そんなに罵声浴びせたいならここに本人がいるから」

 ●●には見えてないだろうけどシリウスを指差す。

『・・・今は声も聞きたくない』

 僕に何か反論しようとしていたシリウスがショックを受けてる顔が面白かった。
 しかし、次の言葉で凍りつくのは僕の表情。


『リドルがそんな風に思ってたなんて知らなかった。しばらく顔も見たくないし声も聞きたくない』

「え・・・」

 僕?
 後ろの二人をもう一度振り返り僕が自分の鼻を指差すと、レギュラスはいつもどおりの表情で、シリウスは満面の笑みで深く頷いた。

 彼女の滲んだ語尾と、部屋から微かに聞こえてくる鼻をすする音に急激に体が冷えた。


「え、え、ちょっと●●、僕が何したって言うのさ、何泣いてるんだよ、またいつもの冗談だろ?僕を騙そうとしたって・・・」

『うるさい。出てって。それに、泣いてない』

「・・・」


 これは、効く。後ろで声を立てずに笑っているシリウスを蹴り上げる気力もない。

 よたよたとドアから離れ、よたよたと階段を下りる。そのままよたよたと玄関に向かい、外に出た。雨が降るでもなく淀んだ空は気分を重くした。






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