その間付き人のようにぴったりと後ろについてくる二人。

「ついてくるな」

「おもしろうそうだから。泣くか?」

「おもしろくないし泣かない」

 いらいらと適当に近所の道を進む。
 ある程度無作為に歩き回り、いつの間にか街の方まで出てきてしまっていた。横断歩道で足止めをくらいいらいらとそれを待っていれば不意に肩に軽く手を乗せられた。

 首を回して見れば、シリウスがなんとも嬉しさを噛み殺せないといった顔でいる。


「まあまあ、女絡みなら安心して俺に任せろって」

「死ね」

「ほら、丁度そこにカフェあるし、寄っていこうぜ」


 よりによってなんで僕のバイト先なんだ・・・。●●にも教えてないのに、こいつらは一塩だ。

 はいもいいえも言わないのを、このすったこは了解と取ったらしい。信号が青に変わると同時に僕の背中をぐいぐいと押してカフェに連行して行った。

 自動ドアが開けば同時にかけられるもてなしの声。表に出ていた店長が「おや」といった顔をしたが、僕が視線で何かを訴えているのに気がついて知らない振りをしてくれた。察しがいいと助かる。


 大晦日だというのに店をやっている理由。表向きでは「サービス」と言っているけど、その裏を僕は知ってる。店長が暇人ですることがないから。さすがに正月はやらないみたいだけど。


 適当な席に着き、二対一で向かい合って座る。言わずもがな、一の方は僕。こんなやつと向かい合って座るなんて最低な誕生日だ。
 シリウスがオーダーをとりにきた店長にコーヒー三つと告げる。

 店長は柔らかくオーダーをくりかえし、僕が頷くと軽くお礼を告げ、早速コーヒーの準備に取り掛かり始めた。


「で、何して怒らせたわけ?」

「何もしてない」

 即答すると、彼は「はあ?」と呆れたような声を出した。

「お前、それ本気で言ってんのか?」

 そう言われたらすこし揺らぐ。

「・・・だって心当たりないし」

「無意識に何かしたんじゃねえの?知らず知らずのうちにキスしちゃったとか、もっとすごいことしちゃったとか」

「君と一緒にしないでくれる?」

 ダメだこいつ。全然役に立たない。

「でも、●●さんがあんなに怒るって珍しいですね」

「別にそうでもないよ」

 ここでコーヒーが三つ到着。あ、そういえば僕苦いの飲めないんだった。しかし二人の前で砂糖を頼むのもなんだか・・・。
 領収書をそっとテーブルの端に置いた店長をふと見上げると、彼はにこりと笑って小さく頷いた。

 撤退していく店長。
 もしやと思い、湯気立つコーヒーを一口含んでみれば、気を利かせた店長があらかじめ砂糖を入れてくれたらしい。少し苦味を感じるものの、十分飲める範囲だった。これは休みが明けたらお礼を言わなければ。


 無意味な醜態をさらすことを逃れた僕に、続きと言わんばかりにレギュラスが口を開く。


「●●さんとトムさんが喧嘩をするのならよく見ますけど、一方的に彼女が怒るということがあまりないじゃないですか」

「ああ、そういえば」

「毎回ガキみたいなことで痴話喧嘩して、アホみたいだぜお前ら」

 誰がガキだ。ムッとしたけど、そのままの意味で甘い汁をすすっている僕が言える立場ではないと思い、心を広くして聞き流した。

 甘いコーヒーを含んで、レギュラスの言葉を思い返す。確かに、彼女が怒るときは僕も怒ってるからな。
 しかも●●の今日の怒りようは今までにない。今年最高だった気もする。しかし、僕がそれほどの罵声を浴びせた記憶もないし、暴力なんてもってのほかだ。

 ぐるぐると僕が何をやらかしたのか考えてみるが、どうしてもわからない。結局たどり着くのはいかにも泣いたような●●の声だった。


 ●●が泣くのは今までに幾度となく見たけれど、僕自身が泣かすことなんて滅多に・・・というかはじめてではないだろうか。


 カップを置いて、揺れる黒い水面をじっと睨む。

 僕が泣かした?いつ、何をして、何が理由で?


「わからない」

 むっとして頬杖をつく。

「さっきのはちょっとした冗談だけどさ、ほら。知らないうちに●●の触れちゃいけないとこに触れちゃったとかあるんじゃねえ?」

「何?またソウイウコト言いたいの?」

「ちげえよ!俺は真剣に言ってんの!」

 真剣にって、ただ理由を知りたい野次馬根性じゃないか。


「ま、騙されたと思って今日のお前の行動言ってみ」

 何が悲しくてこいつに僕の行動を知らせなくてはならない。

 そう思いつつ、今日の自分の行動を思い返してみる。いやいやながらもぽつぽつと口に出す。自分で思い返してもわからないんだから仕方がない。


「朝、●●の家に行ったときは普通だった。で、●●が部屋でごろごろしてたからたたき起こしてリビングで勉強道具広げて・・・ここも普通だった。途中で●●がサボり始めたからテーブルの下で足を軽く蹴ったりしたけど、まさかこんな日常茶飯事なこと・・・」


 とここまで言って、目の前の二人が目をあわせたのに気がついた。

「なに?」

「いや・・・、その時点で扱いがひでえだろ・・・」

「そう?普通だけど」

「ま、まあいい。ほら、続けて続けて」

 促されるがまま、僕はそのあとの場面を思い浮かべる。


「そして彼女は今日の日付のことを持ち出してきて・・・」

「そんなに大晦日が楽しみなのか」

「大晦日というか、誕生日・・・」



 しまった。


 ついつい口を滑らせてしまい、言うつもりなどさらさらなかったことを言ってしまった。

「誕生日?誰の?」

 案の定聞かれるわけで。
 ぐっと言葉を呑んだ僕は結局は諦め、ため息混じりに

「僕だよ」

 と呟く。
 レギュラスはふーんといったかんじだった。が、そうは行かないのはシリウス。


「お前・・・誕生日なんてあったのか」

「僕のことなんだと思ってるの?」

「だんごむし」

「死ね」

「ああもうお前のせいで話それたじゃねえか」


 こんなにコーヒーぶっかけたいと思ったのは今年どころか、人生で初めてだ。
 それで?とコーヒーを飲みながら視線で促してくるシリウス。
 イライラをぶちまけるつもりで投げやりにまとめる。

「で、誕生日祝うとかケーキとか。そこから記憶ない」

「なんだよそれ・・・」

「でも特に変なところはないですね」

 二歳も年下のレギュラスは平然として苦そうなコーヒーを飲んでいた。僕も練習しようかな・・・。


「ケーキって●●が作ったやつ?だったら俺も食いたい」

「甘いものは嫌いなのに?」

「好きなやつが作ったんだったら特別だろ」


 あ、またコーヒーぶっかけたくなった。手は出なかったけれど、脳から遠い足はいまいち言うことを聞いてくれなかったらしい。テーブル下で思いっきりシリウスの膝を潰してしまった。その衝撃でコーヒーを飲もうとしていた彼は自滅し、顔にコーヒーを浴びることに。結果オーライ。

 騒いでるシリウスに文句言われないうちに、それをごまかすためにポツリと呟いた。そうごまかすためだった。


「そのケーキ、あんまりおいしくないんだよな」


「まさかお前、それ本人に言ったんじゃねえだろーな」

 店長が慌てて持ってきたタオルで顔を拭いながら、シリウスが聞いてきた。

「言っちゃダメなの?」

「は、マジで言ったわけ?」

 こればかりは、と言いたげにレギュラスも目を丸くする。


「だって、●●本人が作ったならともかく、それはないだろうし」

「なぜそう思うんですか?」

「●●、僕よりも料理下手で嫌いなのに、それをわざわざ自分からやるとは思えない」

「で、●●の親は料理うまいわけ?」

「普通に美味しいけど」

「お前本っ当にアホだな」

「十七年間も一緒にいたとは思えませんね」


 シリウスでいらっとしたところにレギュラスからの攻撃で、少し落ち込んだ。
 飲もうとした最後の一口を飲む気をなくし、そっとコースターに戻す。

「トムさん、それどう考えても●●さんの手作りです。気付かなかったんですか?」


 まさか。あの●●がお菓子作りなんて。それに作ったら作ったで、出来がどうであれ自慢してくると思うんだけど。
 でもそのまさかの事態の可能性も浮き出てきて焦ってきた。


「証拠は?」

「そんなこと言われても・・・。ああ。じゃあ、ある年から急にそのケーキが不味くなったとかありませんでしたか?」


 聞かなけりゃよかった。そういえばさっき、●●の手を見たとき指が一部赤くなっていた。不器用な彼女のことだ、気が早まって熱いものに触ってしまったのだろう。
 ずんと沈んだ僕を見て二人は悟ったらしい。

「謝ったほうがいいですよ」

「それとも俺が今、●●を慰めに行ってやろうか?」

 慰めるだけなのに、その何かを抱きしめるようなジェスチャーはなんだろうか。

 謝る・・・謝ったほうがいいのだろうか。ここ数年真面目に謝罪なんて●●に向かってしてない気がする。いつもみたいに時間が解決して・・・。


 顔を上げると、レギュラスのあの冷めた目がじっと僕を見ていた。こんな視線に毎日さらされて生きているシリウスを少し尊敬した。


「●●さんが好きなら、少しくらい大事にしてあげてください」

「好きって・・・」

 予想外の単語に、少し頬が熱くなる。
 レギュラスの真横でつまらなそうに大あくびをしているシリウスは今、気にならなかった。






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