あー、めんどくさい。 ホグワーツで体験学習なんて。 私たちボーバトンの五年生は、他校の交流だかなんだかと称して相手の内情を探るという使命を背負わされてホグワーツに送り込まれた。よくホグワーツ側も許可したものだ。これも、かの有名なダンブルドア先生の心意気か。 もっとも、私たち生徒はまったくそんな使命など気にも留めず、むしろ男漁りに気を燃やしていた。 出発前の昨日の夜はみんなお肌のお手入れに余念がなかった。見ててすごく怖かった。 女の子だけの学校だから仕方がない。出会いなんてこれっぽちもないし、右を見れば女、左を見れば女なそんな世界では少しは異性の気配も感じたくなるもの。私にはその気持ちはいまいちわからないのだけれど。 今私たちは大広間の前の廊下で校長の促しが出るのをじっと待っている。 びっくりするほど静かなみんな。行きの馬車の中の騒ぎ立てようはどこにいったんだか。 生徒たちはすでにこの広間にすべて収集されているようで、私たちがホグワーツについたときには、廊下、教室、すべてが無人だった。 ボーバトンの生徒が合図は今か今かと待ちわびているとき、私はきょろきょろと周りを見渡す。 なかなか綺麗。だけどやっぱりボーバトンのほうが女の子にふさわしく繊細な造りだ。 ふむふむと偉そうに私が一人頷いていると、広間にどよめきが広がった。 どうやらダンブルドア校長がボーバトンに入場を促したらしい。 マダム・マクシームが意気込んで鼻から大きく息を吐いた――そのとき。 私たちの頭上ぎりぎりを数匹の鳥が勢いよく一直線に飛び、先頭にいた鳥が広間へのドアを開け放った。 数匹の鳥・・・四つの、箒に乗ったその人たちは広間の高い天井に頭がつくんじゃないかってほど高く飛んで、すべての視線を一身に集めている、真ん中にいた眼鏡の人がきらきらとした笑顔をたたえて両手を広げた。 「さあさあ美しいお嬢さんがた!ようこそホグワーツへ!」 ソノーラスを使っているのか、隅々まで響き渡る声。 「美しい方には、美しい星がお似合いかな」 その横にいた、至極ハンサムな黒髪の人が杖をくるくると振る。 すると青空の広がる天井から、輝く欠片が振り降りてきた。 私たちは呆然と彼らを見上げたまま、誰からともなく広間に足を踏み入れる。 「そうかな?僕は蝶のほうがいいと思うけど。ね、ピーター」 「うん」 少し不安そうに眉を下げた男の子。――そして、鳶色の瞳と髪を持った彼。 その二人が自身の杖を大きく振る。するとどうだろう。私たちに振りまいていた金の鱗粉が徐々に羽ばたきを模し、金色に光を放つ無数の蝶となって私たちの周りを飛び交った。 興奮に頬を染めながら感嘆の息を漏らす友人たちは、英雄を見るような瞳で彼らを見上げていた。 私もまた、その一人。 ばからしいと思っていたのに、絶対に彼女たちの浮かれた熱には流されないと誓っていたのに、輝く蝶の中で綺麗に笑う彼に、私は一瞬で心を奪われた。 場は浮かれたまま形式的な校長の挨拶を聞き流し、自由時間となったその瞬間にはボーバトン生皆が勢いよく席を立った。 もちろん向かう先はあの四人。 雪崩のように駆け込んだ私たちの中心でへらへらとしている眼鏡の人たちは、眼鏡の人と黒髪の人を中心に派手な魔法を見せびらかしていた。 私も彼に近づきたかったけれど、遺伝で低い背のおかげで彼の姿を拝むことすら叶わなかった。 せめて彼の後姿だけでも見たかったけど、どうやら彼は他学年のようで、ホグワーツの生徒とともに受ける授業の中で会うことはなかった。 やっぱりあの四人の中ではあの黒髪でハンサムな人が群を抜いて人気であった。顔よし、頭よし、ノリよし、そしてあのブラック家の長男だというではないか。 友人たちの大半は彼のほうに流れていった。 始まるまでは長いと思っていた研修の三日間は想像の何倍ものスピードで過ぎ去り、あっという間にお別れのとき。 皆がそこでできたホグワーツの友人らと握手し、手紙を送るなどとの約束を取り交わしていた。 そしてもちろんあの人たちの周りには恐ろしい人だかり。 彼らも慣れたもので、興奮しきっている女の子たちに囲まれてもへらりとして余裕そう。 いつもならあんな地獄絵図のモデルのような場所に自ら飛び込むなんてありえないと、一歩後ろへ下がるはずだけれど、今回ばかりはそれは譲れない。 手のひらの中にあるものをしっかりと確認し、荒波に身を食い込ませる。 背の高い同級たちに揉まれ揉まれ、必死にしがみつくけれどはじき出される。 「うわっ」 何度目かそれをやったとき、バランスを崩して顔から地面に倒れこんでしまった。この歳で・・・恥ずかしい。 この騒ぎの中、誰が転んでも誰も気づかないのだけど、それはそれで虚しいものである。 「・・・」 擦った頬を押さえ、座り込んだままほけーっと目の前の乱闘を眺めた。 もう片方の手の中、もぞもぞと動くものを感じてそっと手をひらく。 そこから舞うのは金色に輝く蝶。 ぎゅっと握っていたにも関わらず、元気に私の周りを飛び回った。 金の蝶は鱗粉を散らしながら少しずつ私から距離をとっていき、やがてどこかへ飛んでいってしまった。 三日間、消えないように大事にしてたのに。 あーあ。なんかやる気なくした。 こんなところに座り込んでるのも邪魔だろうと、砂を払いながらのそのそと立ち上がった。 出よう出よう。 くるりと背を向け、一歩踏み出そうとした。しかし足を上げたところで後ろから肩をつかまれ、がくっと歩み損ねる。 なんだよと眉をひそめながら振り返った。 振り返ってまずに目に入ったのは金の粉。それが右から左に横切って、何も考えずに目で追う。 「あの・・・」 金の蝶は目の前に立っていた人の肩に止まり、ぱちんと弾けて星を散らしながら消えていった。私はようやく、その人の顔を見た。 「あ――」 この数日間探し続けてた鳶色。眉を下げ、困ったように微笑を浮かべている。 ボッと顔が熱くなって心拍数が上がった。 「大丈夫?さっき転んだみたいだったけど・・・」 さりげなく頬に指が伸びてきて慌てて顔を背けると、微妙な沈黙が訪れる。 私のばかあああぁぁ・・・。 さっき一瞬諦めたけど、向こうからチャンスが転がってきたんだ!これを利用しないわけには行かない!! 「ご、ごめん・・・」 彼は悪くないのに、謝りながら引っ込もうとする手。私はそれを気合で掴んだ。 「え」 若干相手の頬が引きつってるけど気にしちゃ負けだ! 「あ、あの――!」 こんにちは、●●、元気でやっていますか。僕のほうは相変わらずです。 「またクサイ台詞を・・・。どんどん手紙スキルが上がってる気がするんだけど。嫌味スキルも」 蝶の形を模した手紙は読み終えると私の周りをひとしきり飛び回り、彼からの手紙をしまっている引き出しを開けると、自らそこに納まった。 開け放たれた大きな窓から外を見やる。 ここもあと一年で卒業。リーマスたちは今年か。 卒業してからドレスを着て会うだなんて、まるで結婚を意識させるような言い方。素でやってんのか、これもわざとなのか。 他意はないとしても、会いたいと言ってくれることには変わりない。緩む頬を隠すことなくぐっと伸びをして、返事を書くために羊皮紙を引っ張り出した。 *――*――* お題提供→Chien11 |