深めのローブに冷たい銀色の仮面。これが今の私たちのスタイル。着るたびに少しずつ重みを増す。『罪悪感』という水を一滴ずつ含み、じわじわと私を締め付けていく。


 何度も何度も、しとめるのに失敗をした。
 いまだに一人じゃ狩に行けない。リドルもそれをわかっていて、私を一人では向かわせないのだ。

「―――」

 また失敗した。
 反撃されて腕が折れた。
 痛いはずなのに痛くなくて、怖い顔で私に杖を向けるターゲットの顔を呆然と見上げていた。

 そのまま殺してほしかった。アズカバン送りでも、この状況を打開したくて。

 次の瞬間には白目を向いて倒れるターゲット。


 至極迷惑そうなマルフォイ家の当主は、折れた私の腕に杖を柔らかくつきたててそれを治した。

「帰りましょう」

 いつまでも立とうとしない、私治ったばかりの腕を掴んで彼は目を伏せる。



 報告は自分がするからと、私を先に部屋に帰したアブラクサス。

 自室に入った途端に吐き気と涙がこみ上げてきて、嗚咽を漏らさないようにしながら泣いた。


 死ぬ間際の人々の断末魔。許しを請う声。

 ごめんなさい。ごめんなさい。
 ただ心の中で謝ることしかできなくて。

 何が正しかったのか。私は間違えたのか。どこで間違えたのか。


 死喰い人となって本格的に動き始めてから、めっきりリドルとは顔も合わさなくなった。
 きっと私は利用されたのだろう。
 仲間集めのためだったのだ。
 純血で、何でもかんでもイエスと答える忠実な人間が欲しかったのだ。


 ぼろぼろと涙を流しながら、放り投げた杖を拾い上げ大げさに震わせながら己の首に向ける。


 赤の他人にすら当てられない死の呪文は使わない。

 切り裂き呪文、窒息呪文、なんでもいいのに。

「あ・・・っ、ぐ・・・!」

 自分を殺すことすら許されず、杖を取り落として手首を押さえる。
 ああやって死のうとするたびに手首の戒めが強く締め付けられるから、いつまでたっても私はふらふらと暗い地を這う。


 気分が最悪で、泣き腫らして重い瞼をフードを深くかぶって隠しながら、少しでも気分転換をしようと屋敷の中を歩き回る。

 埃っぽい空気のおかげでさらに気持ちが悪くなった。

 やっぱり部屋に戻ろうか。


 足を止め、踵を返そうとした。


「ああああっ、あぐ、ああああああああああ!!」


 館に響き渡る男の声。
 真正面の部屋からだった。

 緊張する心臓。一瞬にして張り詰めた館の空気から、皆恐れを抱いたのだろうということが伺える。


「申し訳ありません、申し訳ありません、我が君!!」

 喘ぎの間、狂ったように繰り返される謝罪。

 意味、ないのに。

 ひときわ大きな悲鳴がなり、間髪なく雷が落ちたような音がしてからは一切の音が消えた。


 誰もが息を止めているんじゃないかというほどの静寂の中、呆然と立ち尽くしていた私の前で、数メートル先の扉が開いた。


 はっとして、赤い瞳を垣間見た瞬間にその場に跪く。ばくばくと鳴る心臓を押さえることができないまま荒く呼吸をする。

 まっすぐにこちらへ向かって歩いてくる足音。
 できるだけ心を無にしようとするが、なかなかうまくいかない。焦燥が胸を占めてぎゅっと目を閉じた。


 足音が真横で止まり、隠れた顔に痛いほどの視線を浴びる。


 死体を片付けろとでも仕事に戻れとでも言えばよいのに。


「わ、我が君っ」

 耐え切れなくなって思わず声を出してしまった。

「何かご命令を」

 なんでもいい。早くここから立ち去りたい。


「立て」

 彼は呼吸一つ乱さないまま言った。


「しかし・・・」

「立て」

 有無を言わさぬ低い声に身震いし、ふらふらと立ち上がった。



「また失敗をしたらしいな」

「っ」

 どくんと一際大きく心臓が鳴る。
 蘇る先ほどの悲鳴。

「は、い。申し訳ありません」

 ああ、さっきの死喰い人もこんな気持ちで謝ってたのか。意味ないのに。


「謝れば・・・」


 言葉とともに彼の手が伸びてきて、顔を隠していたフードを引き下ろされた

「どうとでもなるとでも?」


 昔より濃度の増した赤に腹の底が冷える思いがしたが、目を離せない。


「ぁ・・・。申し訳、ありませ・・・」

 震える拳をぎゅっと握り、回らない呂律にさらに焦る。
 怖い。怖い。

 死じゃなくて彼が怖い。

 何を言えばいい。何をすればいい。わからなくて、ちりちりと痛むのどをぐっと押さえ込んだ。


「●●」

 懐かしい響きとともに、冷えた頬に温い体温が覆いかぶさる。
 彼の瞳とかち合って愛しさよりも恐怖が先走った。


「わ、わがきみ、なにを」

 彼は真意の読み取れない表情で呟く。


「お前は、後悔しているか?」

「こう、かい・・・?」

 頭の中を駆け巡る、決断を下したあの日。
 それを打ち滅ぼして無理矢理薄ら笑いを浮かべる。

「こ、後悔だなんて我が君。そんなことするはずがありません。なぜそのようなことを仰るのですか?私は我が君のご意志に・・・」

「●●」

 低くなった声に言葉を切る。
 どうして遮るのか。この言葉を望んでいたのは自分のはずなのに。


「もう一度聞く。後悔はしたか?」

 一言一言言い聞かせるようにされたおかげで脳の奥深くに染み込んだ。

「――」


 後悔だって?そんなの、死喰い人になってから毎日してきた。

 左手に刻印が刻まれたとき、はじめて人を自分の手で殺めたとき、助けてと言ってきたマグルを見殺しにしたとき、自分を殺すことすらできないと悟ったとき、学生時代を思い出したとき。


 毎日毎日毎日毎日、後悔してる。

「してる」

 彼の眉がぴくりと動いた。
 そんなこといっちゃいけない。頭ではわかってるのに、一度動き出した唇は止まらない。


「どうして私を死喰い人にしたの?どうして私に死ねないように戒めをしたの?マグル一人殺せない私に対するいらがらせなの?役立たずの私はもういらないでしょ?だったら殺してよ。もう人なんか殺したくない。死ぬことより殺すことのほうが辛い。・・・もう、ここにいたくない」

 頭数なら、もうそろったでしょ?


 これだけいえれば十分だ。
 胸の中にたまっていた鬱憤と呼ばれるものが溶け出す。

 後は彼が怒りに任せて杖を振るのを待つだけ。


 なのに私の頬にある手は以前変わりなくそこにあり、あろうことか優しく私の目元を拭ったのだ。


「ごめん」

 吐き出されたのは今の彼には似つかわいくない謝罪で。

「ずっと隣にいて欲しかった。死んでほしくなかった。やりたくないことなんか、やらせたくない。だけど死喰い人にしてしまった今、お前だけを加護することなんてできない。・・・お前を殺すなんてできるはずがない」

 後悔なんか、させたくなかった。


 掠れた声で言いながら彼は私を、まるで脆いものを扱うように抱きしめる。


 久しい感覚と香りががちがちに固まっていた気持ちを揉み解し、もう枯れるほど流した涙がまた溢れ出した。



 もしもう一度「後悔しているか」と訊ねられても、やっぱり私はイエスと答えるのだろう。

 でもこれがあのとき彼を受け入れたことへの後悔なのか、立場に逆らえず人を殺し続ける自分への後悔なのか、わからない。


 私はもう犯罪者。


 後には引けない。しかし先にも進む勇気がない。やがて、追われるようにいやだいやだと一歩を踏み出すのだ。


「隣にいてほしい」


 ぼうっとする頭でかろうじて聞き取れた声。


 頬に添えられた手のひらと寄せられる唇の温もりにそっと身を任せ、また後悔をする明日に思いを馳せるのであった。



*――*――*
「リドル相手でヴォルデモート卿にまで繋ぐ切甘系」
アンケートでネタを提供していただきました。






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