人を殺すのには抵抗はない、わけがない。

「怖い」

 怖い。

 知らない人を、抵抗できないマグルを、元同級生を、自分の手で葬り去ることが怖くてしかたがない。
 まだまだ若かった自分。己の情念にほだされ、彼について行くと決心したのだ。



 運がいいことに私は純血で、頭もよく、家系に逆らわないスリザリンだったおかげでリドルに一目置かれていた。

 もてる割にはあまり異性に興味を示さなかったりドル。向こうからちらちらと話しかけてくれるようになり、私からも話しかけるようになり、それが発展してやがて恋仲になり。



 卒業間近になってリドルから聞かされた野望。

「マグルを殲滅する」

 正直、マグルがどうなろうとどうでもよかった。
 皆殺しになろうが、爆発的に人口が増えようが、私には関係ない。

 そう思うのも家系と、生まれた瞬間から耳にたこが出来るほど言い聞かされてきたせい。


 マグルと均衡を保とうとしている魔法省を敵に回すということがどんなに大変なことか、リドルは理解していないのだろう、と考えたりもした。


 どうせ純血に夢を抱く彼の戯言だ。


 がんばってね。適当にあしらおうとリドルの目を見る。
 私自身が本のページをめくりかけていた動きが、止まった。


「●●」

 隣の腰を下ろしたりドルは緩慢な手つきで私の体を引き寄せた。

 騒がしい音を立てて膝から滑り落ちる本。小難しくて、つまらなくて、破り捨てたい本。リドルに愛想を尽かされないための小細工。


 止まれといっても制御が利かず体ががたがたと震える。
 それすらも押さえ込もうとするように、彼はさらに力をこめた。


 そして、私の耳に唇を寄せて毒を吐く。


「●●は、僕についてきてくれるよね?」


 言葉じゃ言い表せないほどリドルが好きだった。
 彼がいればそれでいい。彼が望めばなんだって出来る。

 信じて疑わなかった。


 絆を保つため。そのために必死に勉強して成績を保ち、吐き気のする純血の思想に頭を垂れ、それとなく彼の言葉すべてに賛同してきた。

 時折赤く光る瞳からは目をそらして。


「わ、わたし・・・」

 頷け。頷けば、さらに彼の懐に深く入れる。

 真っ白な頭の中。首を縦に振る、それだけのことが出来ない。


 ここまでだ。何かを悟った私は震える手のひらをリドルの胸に当てて押し返した。


「ごめんなさい、私・・・」

 リドルの顔すら見れないまま距離を開けて、押し返していた手をゆっくりと離す。

 まさか私からこの関係を終わらす方向に持っていくころになるとは夢にも思わなかった。


 指先が彼から離れたとき、全部終わる。

 手先の他者の温もりが感じられなくなり、辛くなって瞼を下ろした。


「●●」


 押し殺したようなリドルの声と再びぬくもりに包まれる指。

 またあの赤い目を見るのが怖くてずっと目を伏せたまま。
 怒っているのだろう。ぎりぎりと握りつぶされる左手が悲鳴を上げた。

 怖い。

 唇をぎゅっと結んでそれに耐えていると、不意に力が緩んだ。


 なんの合図か。怖くてたまらなくなる。

 がさりと何かが動いて、少しの間。

 力のこもる私の頬に手のひらがそっとかぶった。


「●●」


 なおも顔を伏せ続ける私に言い聞かせるようにリドルが名を囁く。こちらを見ろ、と。
 脳裏をちらつく濡れる赤をねじ伏せ、恐る恐る目を開けて彼を見上げた。




「僕と、いてくれ」

 苦しげに揺れる黒目が迫ってきて唇に慣れない体温。


 私は知らず知らずに頷いていた。






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