スリザリンの談話室。

 珍しく私たち以外に人気のないそこで、本を読むリドルの傍のソファで何をするでもなくごろごろとしていた。

 リドルの無駄に整った横顔をじっと見る。気づかない。否、気づいていての無視だろう。


 かまってほしい。でも本を読むのを邪魔されるとリドルは酷く機嫌が悪くなる。でも今日は妙にかまってほしい。

「ねえリドル」

「●●。僕は今何をしてる?」

 ほらきた。
 本から目を離さずに言う彼は、よくこういう女々しい訊き方をしてくる。


「・・・本を読んでる。でも」

「じゃあ黙っててね」

 私が理由を言う間もなくリドルは、そうするのが癖になっているのだろう、極力優しい声で私を諌めた。しかしその心の声ははっきり「黙れ」と言っているのが見て取れる。

 リドルを怒らせるのは面倒だからいつもはここで大人しくするのだけど、なんか変に気持ちがぐらついてて、少しでも近くに彼を感じたかった。だからリドルの気を引くために言うつもりのなかったことを、ついつい言ってしまったんだ。


 三人掛けのソファの肘掛に顔をうずめる。


「私、告白された」

「・・・」

 興味を示してくれたのか、まだ無視をしているのかわからない沈黙が辛い。

 告白されたと言うのもついさっきのことである。しかも人生ではじめて。同じスリザリン寮の、あろうことか上級生だった。


 実はと言うと、リドルと私が付き合っていると言うのも私から彼に告白したのが始まりだった。しかし周囲の人間には私達が付き合っていることを示していなかったりする。照れるとかそういうのもあるんだけど、その真の理由は私のわがままのため。


 知っての通り、リドルは顔も頭も、人に対する物腰もいい。・・・その腹の内は知れたもんじゃないけど。付き合う前にそれを知っていたら告白したかどうか・・・。

 それに対して私は顔も頭も、人に対する物腰も中の中。もしくはそれ以下。大人気のリドルの恋人が私だとわかると、周りがいい顔をしないのは見え見えだ。私も本当に信頼できる友人数人にしか明かしていない。

 だからリドルにも固く口止めをしてる。 (それをのむための彼の条件ときたら、自己中心的極まりないものであったけれど)


「・・・・で、君は」

 変わらない声音。きっと本を読みながらの、片手間の返事なのだろう。

「君はどうするの?」

「どうするって・・・」

 どうするもこうするも、私がそれを断ったことはきっと想定しているだろうに、彼はわざとそうやって聞いてくるんだ。

 それに妙にむかっ腹が立って、顔をあげて、想像通り本に向き合っているリドルを睨みつけた。


「君みたいな十人並みの子に告白する人もいたんだね」

 むかむかむかむか、自分の眉間にしわが寄る。その十人並みの子の告白を受けたのは誰よ。


「●●はそれを受けない」

 しってんじゃん。そう言い返す前にリドルが「それに」と続ける。


「●●は僕が好きなんだろ?」

 ぶち、と頭の中で切れた。
 ソファを弾き飛ばす勢いで立ち上がり、私は息を荒げる。


「嫌い!!リドルなんて大っ嫌い!!」

 たったこれだけのことを言うだけで、鼓動が早すぎて止まってしまいそうなほどの苦しさに見舞われた。大声に驚いたリドルはやっと顔をあげてきょとんと私の顔を見上げる。


 ああもう終わった。猛アタックしてせっかく実ったのに。泣きたくないのに唇が震えて、自分の軽い言動を呪った。彼の本当の性格を知ってからと言うもの、憎まれ口ばかりお互いに叩いていたが、なんだかんだで私は彼が大好きだった。片思いだったときも、今も。


 半開きになった彼の唇から何か言葉が出るのが怖くて、やけくそな思いで畳み掛ける。


「さっきは断ったけど、やっぱり受けようかと思ってる。その人すごくいい人なんだよ。リドルみたいに純血純血って言わないし、本ばっかり読むような人じゃないし」


 リドルがどんな顔をしているか確認することもできずに、よく知りもしない人のことをつらつらと適当に並べ立てた。

 完全に終わったと思い、その『いい人』についてのいい点を十個ほど上げたところで私は口をつぐんだ。

 暖炉の薪が燃える音だけが空間を支配し、虚しさが膨らんだ。本格的に視界が滲んできた。目の端のリドルはどうやらじっと私の顔を見ているみたいだった。


「・・・もう寝る。おやすみ」

 声の震えを抑えるなんてできないでリドルに背を向けた。



「●●」

 その時、本が床にぶつかる音がして、名前を呼ばれると同時に手を引かれた。衝撃で膜を張っていた涙が落ちる。

 言わずもがな手を引いたのは彼で、私の心はまるで彼がそうしてくれるのを望んでいたかのように心拍数を宥めた。


「それ本気で言ってるの?」

 いつもの、どこか人を小ばかにするような声ではない。なんとなく嬉しく思ったけど、今更素直になんてなれなかった。

「なんで冗談なんか言わなきゃいけないのよ」

 ぐっと、私の腕を掴む力が強くなる。


「・・・じゃあどうして●●は泣いてるのさ」

 言われて自分の手で慌てて目をこすった。

「別に泣いてない」

「ウソ」

 乱暴にリドルのほうを向かされて、私の適当な嘘は簡単にばれてしまった。それでも私は情けなく袖で涙を拭う。


 できるだけ彼に顔を見られたくなくて少しうつむいて嗚咽を漏らしていると、リドルがやんわりとした動作で私が顔を覆っていた手をどかした。そしてその濡れた頬に自分のものじゃない、温かくて大きな手が被さる。


「こっちを見て」

 手のひらが誘導するように上を向かせた。

 目が合うと彼は赤みがかった目をすっと目を細める。リドルの指が優しく目元をなぞってくるのがくすぐったくて体を震わせた。


「さっき言ったこと、嘘だろ?」

「・・・」

 頷くこともできないで目をそらした。それを肯定と取ったのかなんなのか、リドルは微かに口角を上げた。

 ふわりと落ち着く香りが近くなったと思ったら、目頭にキスをされる。


「ん・・・」

 瞼から唇が離れる際に、溜まっていた涙を舌で舐め取られた。驚いて離れようとしたら、すばやく腰に手を回されて阻まれてしまう。
 頬にあったはずの手がいつの間にか私の髪に埋まっていて、逃げられないようにしっかりと頭を固定された。


 リドルの顔がまさに目と鼻の先にある。
 リドルは唇の先が触れそうなほど顔を寄せて笑った。

「●●にしては悪い冗談だよ。僕に嘘をつくなんて許せたものじゃない。――僕との約束忘れたの?」

 ぎくり、と肩が震える。


 あれは約束と言うより、契約と呼んだほうが正しいのではないのか。

 こわごわとリドルの目を見つめているとリドルは静かに目を閉じた。そしてリドルの顔がそれて、私の耳の横に唇を近づけた。


「・・・でもまあ、●●が僕から離れられないってことがわかったから、今回は許してあげる」

 耳元で囁かれて耳から脳の一帯が痺れて渡った。
 くらくらとそれに酔っているとリドルはくすりと笑って、でもね、と楽しげに喉を鳴らす。

「『嫌い』って言うのは百歩譲ってもダメ」

 今までに譲ってくれたことがあるのかと考えるけど、すぐに頭の片隅に追いやられた。


「ねえ●●」

 艶めいた声。

「僕のこと好きなんだろ?」

「あ・・・私・・・」


 答える前に唇を塞がれて、すっかり脳みそはショートしてしまった。


*−−−*
実はLIEの元ネタだったりします。
どうみてもですね、ごめんなさい。






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