幾千もの星々。

 それを見上げる気にもなれず私は膝を抱えて塞ぎこんでいた。


 あれからハオはひとつも口を開かない。

 やっぱり怒っちゃったかな。


 でも私も今はハオと話す気にはなれなかった。

 重い空気の中、スピリット・オブ・ファイアはもくもくと飛び続ける。

 散歩といったのだから、縦横無尽に飛んでいるのかと思っていた。


 でもどうやらそれは違ったらしい。

 不意に感じた違和感。


 その方向を見ると、それは真正面、進行方向であった。

 そこには変な機械のようなものが飛んでいた。


 ハオのほうを見ると彼もまたそれを細めた目で見つめていた。

 また機械を見ると、それはなんと、自ら形を変え始めた。


 見入っていると、スピリット・オブ・ファイアは大きくスピードを上げる。

 瞬く間に眼前まで迫った大きな機械。



「ヘエ。これはなかなか面白いものを見つけたなぁ」

 隣のハオが呟く。

「ゴーレム。うつろう民の悲しき象徴か」


 ゴーレム・・・。

 おそらくはこの機械のことだろう。

「こいつはごちそうだ」


 ハオが嬉しそうにいった途端、スピリット・オブ・ファイアが動いてゴーレムを握りとった。


「ハオ!!!」

 地上からの鋭い声。

 指の間から下を見ると、お腹に血を滲ませた布を巻きつかせている葉君がいた。

「やあ。誰かと思えば葉じゃないか。随分とひどいケガだ。こいつにやられたのか?」

 血を分けた弟があんなに苦しげな表情をしているのに、あろうことかハオは口元に笑みを浮かべている。

 鳥肌が立った。

 ハオは何を考えているのだろか。

 普通、自分の弟が血を流していたら真っ先に助けようとするものではないのか。


 私が呆然としていると、森の向こうから花組の3人が姿を現した。


「あんたの魂はアタシらがいただくと言ったはずだよ」

 カンナちゃんが吐いた。どうやら葉君の近くにいた男の子に向かって言ったようだ。

「そんなものは今更どうでもいいだろう、花組」

 ラキストさんとオパチョ君。
 そしてその後もザンチンさんやペヨーテさん、ターバインさんがこぞって現れた。


 ビルさんとブロッケンさん姿はないけれど、なぜかこのタイミングに全員がそろった。

「電気のように巫力を貯めれば即OK。無論、使用した分の巫力はのちの充電が必要となりますがね」

 眼下で繰り広げられる意味不明な会話。

 私の乏しい知識では補いきることができない情報量。


 葉君と流暢に会話をするラキストさんは卑しげな笑みを浮かべていた。

 私の中に埋め込まれたみんなの姿が少しずつ形を変えてゆく。


 物欲しげにゴーレムを見つめる彼らはまるで獣。

「・・・」

 ゴーレムのほうを見ると、ゴーレムはスピリット・オブ・ファイアの手によって握られ、みしみしと嫌な音を立てていた。


 このままでは潰されてしまうのではないかと思った途端、ゴーレムがスピリット・オブ・ファイアの指を切り落とした。

 その隙に飛び出したゴーレムは空に高く舞い上がり、胸に抱く砲の口を開けた。


 光が集まり、次の瞬間には撃ちだされたビーム。

 直線的な光はスピリット・オブ・ファイアの右肩をそぎ落とした。


「っ」

 ぞっと身の毛がよだつ。

 決定的なダメージを与えたわけではないから、きっとまたあの光線は撃たれる。


 思ったとおり、ゴーレムは姿に合わぬスピードで後ろに回りこんで、そして撃った。



「あ・・・!」

 大きな衝撃とともに宙に投げ出される自身の身体。

 跡形もなく消えたと思っていたのに、スピリット・オブ・ファイアはいつの間にか元の姿を持していた。

 ハオの姿は変わらずその手の上にある。



 でも私は落ちていた。

「は、お・・・っ」

 彼に手を伸ばすけど、彼は私を一瞥して、すぐに視線をそらした。



「!!」


 伸ばした手が落ちて、遠くでマッチが名前を呼ぶ声がした。

 勢いづいた体は抵抗なく空をすべり続け、覚悟する間もなく私の体はぶつかった。


 地にではなく、ラキストさんの腕だった。


 どうやら受け止めてくれたらしい。


「●●様、ご無事で・・・」

 焦ったように顔をのぞきこんでくる。


 いつものラキストさん。

「・・・・・あり、がとうございます・・」


 ばくばくと鳴り止まない心臓。

 体中が震えるのは、また死に直面したからだろうか。


 ラキストさんはゆっくりと私を木の根元に座らせてくれた。


「―――」

 己の両手のひらを見つめる。

 震える指先はひどく白かった。


 その手を自分の手でぎゅっと握り締めて目を瞑る。


「・・・ハオ・・・」

 あの冷たい視線に、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。






 渦巻く胸を押さえて、私は前を見る。

 ザンチンさんの攻撃を一方的に受けて、傷を開かせる葉君。

 さらにペヨーテさんが、カラベラ人形が持つナイフを葉君の傷に突き刺して。


「ひどい・・・」

 私は口元を押さえて、その光景を見送ることしかできなかった。

 悲鳴を上げる葉君。駆け寄ろうにも足に力が入らなかった。


 葉君はさっきよりも出血が増えてしまったにも関わらず、ハオに大きな刀を構える。


 ハオは少しだけ不快そうに眉を動かした。


「余計なマネはするな。僕は、彼にゴーレムを喰わせたらすぐ帰るよ」


 ハオは力を失ったゴーレムをつまみ上げさせ、スピリット・オブ・ファイアの口元に寄せた。大きく裂けるように開かれた口。

 食べるとは、そのままの意味なのか。


 もうだめだと思ったときに、葉君は大きな刀を使ってハオの後ろにまわりこんだ。


「斬る!」

 葉君が刀を振り上げる。

 完全に隙があったハオなのに、私にはどうしても葉君がハオを傷つけることができないように思えた。



「ちっちぇえな」

 舞い上がるハオの怒気。

「葉君!!」

 とっさに叫んだそのとき、白い大きな光が前を横切った。


 ゴーレムを掴んでいたその手は切り落とされ、ゴーレムは、光だと思った物の手に移っていた。


 まるで天使のようないでたちは、前にも試合の中で似たようなものを見たことがある。


「葉くん!ゴーレムはボクが!」

 天使を操っていたのはリゼルグ君。

 ラキストさんが声を上げ、花組が飛び出そうとする。けれどそれは突然地面から生えてきた氷によって阻まれた。


 ものの数秒の間に集った、葉君の仲間達。

 互いを思いやり、またそれに報いようとする、本当の『仲間』。




「その時こそ、ボク達は真の友情を結べる」

 リゼルグ君の発した友情。

 迷いながらも己が望むところ、危険も顧みずに友のところに向かい命を懸けて守る。

 純粋な情は、目に見えなくとも至上の美しさがあった。


 私が彼らに目を奪われていると、落ち着いた、どこか切なげなハオの声。



「僕は今まで、一度たりとも人間に友情と言う感情を抱いた事がない」

 じっと彼らを見つめるハオは、気のせいだけれども迷っているように見えた。



「力がありすぎるというのもまた――せつないものだね」

 リゼルグ君によって切り落とされた腕が瞬時に復活する。

 全てのものが己が武器を構え、張り詰めた、けどどこか和やかさを感じる空気を作り出す。


「・・・どうしてに、ゴーレムをあきらめ、引き返すつもりはないのですな」

 ラキストさんが言う。

「ああ。今はみんながいる」

 この、場にそぐわぬ和やかさの正体は、たぶん葉君。



 ハオは目を閉じて、何かを思い描くように笑みを浮かべた。


「いいオーバー・ソウルだな。スピリット・オブ・ソード。マタムネの”鬼殺し”をヒントに得たんだろ?」

「ああ。そんで阿弥陀丸と作った」

 俯いて意図のわからぬ表情をするハオ。


「そのオーバー・ソウルを見ていると僕もだんだんとせつなくなる」


 くるりと空を見上げ、彼は忘れていた星を見た。


「・・・あいつだけは、もしかしたら僕のたった一人の友達だったのかも知れないからね」


「ハオ・・・」

 ハオが人間に対してどんなに大きな憎しみを持っているのかわからない。

 すべての人間を滅ぼそうと考えるくらいだからよほどの仕打ちを受けたのだろう。


 だとしたら私は、とんでもないことを言ってしまったのではないのだろうか。


 そう思う反面、やっぱりどこかではハオを理解できないでいる自分もいる。


「星が出て来たな。そういや散歩の途中だったんだっけ」


 ハオ、ごめんなさい。ごめんなさい。


「●●!」


 花組が駆け寄ってくる。

 マッチが私の腕を掴んで、無理矢理立たせようとした。


「ハオ様行っちゃうよ。早く行こう」

「・・・」

 私は3人越しにハオを見た。

 彼は私を視界に入れない。


 また3人の顔を見て、私は笑って見せた。


「ごめんね、みんな。私はもう行けないや」

「え・・・?」


「花組、なにをしてるんだい?」

 ハオが向こうから問いかける。

 それにカンナちゃんが答えた。


「申し訳ありません、●●が・・・」

「どうでもいいから早くおいで」


 もちろん、私に対しての言葉じゃない。


「ハオ、様・・・?」

 3人が異変に気づいて眉を寄せる。他の仲間達も同じように私とハオを交互に見た。


「ほら、ハオ呼んでるよ。怒られちゃうから早く行って」


 私は3人の背中を押して、遠くへ追いやった。

 皆は、ハオの呼び声も加わり、1人2人と背を向け始める。そんな彼らに、私はひらひらと手を振り続けた。



 そしてついに、彼らは森の向こうへ消えてしまった。


「・・・」

 足から力が抜けて座り込み、木の根元に背を預ける。


 途端に糸が切れて、涙があふれ出した。

 こんなに悲しいのはきっと自業自得。

 声を漏らさないように必死に息を止めた。






ガサリ

 すぐ近くまで複数の足音が近づいてきた。


 涙の止まらない目で見上げると、彼らがいた。



「何があったのか知らねえけど、ここは危ない。おいらたちと一緒に来ないか?」

 葉君はへたり込んでる私と視線を合わすように膝を曲げた。

 傷は痛むはずなのに、私を安心させるためか笑顔を向けてくる。


「でもよー、こいつも一応ハオの仲間なんだろ?」

 額に、バンダナの代わりに包帯を巻いた子が不満げに言う。

「貴様の目は節穴か。この女、どうみてもシャーマンじゃあるまい」

 それに対して胸に大きな傷のあるとんがった少年が呆れたように言った。


「シャーマンじゃないぃ?なんでハオがただの人間を手元においてんだよ」

「そんなこと俺が知るわけないであろう。バカか貴様は」

「何だとぉお!」

 喧嘩の始まった2人。葉君は苦笑をしながらその2人を見ている。



「●●さん」

 横から呼ばれた名前。

 見ると、眉間に少しだけしわをつくったリゼルグ君が方膝をついていた。


「リゼルグ君・・・」

 罪悪感が溢れてくる。

「ごめんね、リゼルグ君」


 もう何もかもが悲しくて、私はさらに泣く。


「・・・●●さん、泣かないで」

 ふわりと頬が温かい物に包まれて、限界を知らない涙の出所をそっと指でなぞられた。



「今はゆっくり話している暇はないから、また後でお話しましょう」


 優しい笑顔が、ありがたかった。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -