「●●は?」

 ●●の部屋の前に息を殺して貼り付いてた花組に、後ろから問う。

 おもしろいように驚いた3人。


 マリとマッチは首を横に振って、カンナは青い顔をしている。●●を殴ったらしいからちょっと怒っただけなのに。


「何の音も聞こえないから心配で」

「ふーん・・・」

 僕もドアに耳を近づけて中の様子を伺う。


「・・・」

 たしかに何の音もしない。

 寝てるなら衣擦れの音でもあってほしいんだけど。


 僕は小さく息を吐いて扉から離れて背を向けた。


「ハオ様、どちらへ?」

 ここにいても●●は出てこないだろうし。


「温泉に、ね。君達もそろそろ時間だろ?」


 花組の返事を聞いて僕は温泉に向かう。



 オパチョとともに温泉につかる。

 お風呂は好きだ。落ち着くし何も考えずにすむ。温泉はさらにね。

 でも僕の心からもやもやは取れない。



 昨日僕の試合が終わって仲間のもとに帰ると、異様な空気に満ち溢れていた。

 どうしたのかと尋ねるけど誰も答えない。●●もいないし。


 誰かが何かを言うまでじっと待つけど、それでもあいつらは口を割らなかった。

 しかたなく心の中を覗く。


 あるものは動揺、あるものは罪悪感、あるものは戸惑い。カンナの心が特に乱れてるけどどういうことだろうか。


「●●は外?」

 全員が互いを気にしながら頷く。

 ラキストも不思議そうにしてる。


 とりあえず●●をあまり1人にしたくない。どうせ今から復興作業らしいし。



 とりあえず外に出るけど、よく考えればどこにいるんだか。


 ぼーっと思案してると、マリの心が「あ」と声を上げた。


 マリのほうを見ると、彼女はあるリングの壁のほうを見つめていた。

 彼女は、僕が見ていることに気づいて慌てて視線をそらす。


 なんだよ。

 怪訝に思い、僕はマリが見ていた方に目をやる。



「・・・」


 うん。マリが視線をそらしたのは正しい選択だったかな。


 そこには仲良く並んで座っている●●とリゼルグ・ダイゼル。


 本当にどこであの友好関係を築いたんだか。


 ちょっとだけいらっとするけど、なんだかんだで●●は僕を好いてくれて・・・あ、なんか恥ずかしい。さすがに昨日の夜の・・・ね、●●からキスしてくれたのは嬉しかったし。


 僕はにやけそうな顔を我慢してその2人に近づく。いつもは僕が近づくと面白いくらいに早く反応するのに、なぜか今回リゼルグは気づかない。


 不自然に思って心の目を開く。


 ●●の心はあまり読みたくないからできるだけ避けてリゼルグの心に集中する。すると、彼の中に芽生える●●に対する好意を見つけた。


 なるほどね。


 そういえば彼は●●が僕と行動してることを知らないのだっけ。


 ふむふむ頷きながら、あと2歩踏み出したら●●の名を呼ぼうと思っていたらその途中でリゼルグが●●の頬に手を伸ばした。



「●●」

 ちょっと焦った。だから考えてたより早く名を呼んでしまった。

 リゼルグから殺気が溢れ出して来たとき。


 立ち上がった●●はリゼルグに一度振り返って、ポケットから絆創膏の列を取り出して彼の手に無理矢理握らせた。




「帰るよ、●●」

「・・・うん」



 それから●●は自分の部屋に引きこもって出てこようとしないわけだけど。

「おんせん!」

 湯気立つ天然の温泉に飛び込むオパチョ。そのまま泳ぎだす。


 僕は苦笑をしてつま先からゆっくり湯に入った。


 夏でも冬でも温泉はいいものだ。

 じわじわと体中に熱をもたらし、それにようやく体が馴染んだところで囲いの岩に背を預ける。


 オパチョが落ち着きなく泳ぎ回る音を聞きながら目を閉じる。


「・・・」

 リゼルグの心を見たときに、意識しないようにはしていたが否応なしに見てしまった、●●の心。


 彼女の心にはたった1つの言葉が何度もこだましていた。


『理想』


 とりとめのない絡まった思考の中にこの言葉だけがはっきりと響く彼女の心。


 斜め後ろを歩く●●は一言も言葉を発しないどころか、顔を上げてさえもくれなかった。

 ただ目が赤かったことだけしかわからない。

 気になった僕は調べたわけだけど、聴取したところであいつらがはっきり話すとは思えないから、片っ端から心を読んだ。



 それをまとめてたどりついたひとつの答え。



 ●●が僕がしようとしていることに気がついた。



 仲間たちは僕が●●に詳しく話していないことをうすうす感づいているだろうから、決定的なことを言うはずはない。


 だとしたらおそらく、リゼルグ。彼だ。

 ぐっと、舌打ちがもれそうになるのをこらえる。


 まだ●●が知ってしまったと考えるには早合点すぎる気がする。だけど、もう僕はそれしか考えられなかった。


 いらいらする。


 もし●●が真実を知ったのなら、彼女には僕からそれを詳しく話したほうがいいのかもしれない。


 彼女ならきっと理解してくれるはずだ。

 眉間を押さえて湯に少し深くつかった。風呂に入ってるのにリラックスできないなんてな。

 ため息をつくと、オパチョが何かに反応したように泳ぐのを止めた。



「ハオさま」

「ん?どうした?」

「パッチぞく、くる」


 その言葉が終わるか終わらないか、背後に2つの気配を感じ取った。



「・・・マグナとニクロムか」

 僕にも彼らにも仲間達にも、これから大事な仕事がある。





 リゼルグ君が言っていた。

 ハオは人間を滅ぼすつもりだと。


 私にはシャーマンキングの存在価値とか、シャーマンキングになったらどんなことができるかとか全然わからない。


 リゼルグ君が言ってることもなんだか突飛すぎるし、まさか今時世界を滅ぼすのだハッハッハなんて小学生向けのアニメでもない。


 でも、心の底から否定ができなかった。

 さっき少しの間聞こえたハオの声。

 いつもどおりだった。

 話を聞きたかった。そして嘘だって、リゼルグ君の冗談だって確認したかった。


 でもハオの声はすぐに遠ざかる。やがてマッチ、マリちゃん、カンナちゃんも2、3言言葉を交わして扉の向こうから立ち去った。


 まるで1人も人がいないかのようにしんとなる建物内。


「・・・」

 不安になって今度は私が扉に近づいてドアに耳をつけた。


 ことりとも音がしない。


 本当に誰もいないのかな。

 私はそっとドアノブを回して廊下の様子を伺った。


 やはり誰もいない。

 いつもは誰かしらの会話をする声が響いてきていたのに、本当に無音。


「は・・ハオ・・・?」

 廊下の向こうに呼びかけるけど、もちろん返事は返ってこない。返ってきたら返ってきたで困るけど。

 私はもう一度左右の廊下の先を見てから部屋に戻って、汚してしまったハンカチを右手に廊下に出た。


 足音を立てないようにしながら歩いてきたわけだけど、やっぱりだれの見る影もなかった。



 洗面所は暗い。

 安心と不安が混ざった複雑な気持ちになりながら流しに栓をして、蛇口をひねる。中途半端に冷たい水が溜まっていく。

 ゆっくりと溜まっていく水にもどかしく思いつつも、私はじっとそれを見つめ続けた。


 ある程度溜まったところで、握っていたハンカチを水に浸した。


 あーあ。こんなにハンカチ汚しちゃって。涙と鼻水で汚くなったのを返すよりも買いなおしたほうがいいよね。

 ごしごしと私は手を休めずに揉み続ける。


「―――・・・」

 無心に。





 ハオたちが帰ってきたのは日没直前だった。






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