少しだけ目覚めが悪かった。

 寝坊とかはしなかったけれど、気分が悪い。気持ち的な面で。


 今日はシャーマンファイト2日目。

 花組としてカンナちゃんとマッチとマリちゃん、星組としてハオとオパチョ君とラキストさん。


 2連続の出場ということです。



『あー、本日はお日柄も良く、絶好のシャーマンファイト日和ですね』

 昨日と同じく元気なパッチ族のラジムさんの挨拶から始まる。

 運動会みたいだな。

 そう思ったのも一瞬で、すぐに彼は会場の空気を盛り上げた。




「すごい・・・」

 体の気だるさなどふっとんだ。

 花組が入場して試合が始まり、そして終わった。

 あ、っと言う間もない。

 花組の皆は、相手選手が気持ち悪いとか言ってるけど、そんな理由で瞬殺って。相手チームの人死んでないみたいだけど。


 マリちゃんのあの人形、戦いに使う道具だったんだ。


「花組は強いだろ?」

 隣のハオはにこにこしながら、愚痴をもらしている花組を眺めていた。

 私がその横顔をボーっと眺めていると、膝に乗っているオパチョ君に、顎にアッパー入れられた。相変わらず攻撃のタイミングがわからない。

 ハオはそんな私たちを見て笑い、立ち上がった。


「じゃあ、僕らもそろそろ行こうか」

 この言葉にラキストさんが立ち、オパチョ君は私の膝から飛び降りた。


「行ってくるよ●●」

 私の頭をぽんぽんと叩いて、ハオは颯爽と立ち去っていった。



 間もなくして前方モニターに表示されたのは、星組と、『X-V』の文字。


 見覚えがある。


 そして気がついた。

「―――っ」

 銀色の少女のチーム名。それはたしか『X-T』。数字が違うけれど、あの集団の人たちが出場者に間違いはない。


「ブロッケンさん、あの相手のチーム・・・!」

「そうだな。でも、あんなやつらハオ様の敵じゃない」


 まったく心配をしていないのは、ブロッケンさんの言うとおりハオが強いからだろうか、それとも、土組のときのように・・・。


 私は倍になった不安の塊を抱えて、両者が入場した輪の中心を見た。


 興奮するラジムさん。


『少なくとも「星組」リーダー、ハオを知らない方はほとんどいないでしょう』

 ドキリとなる心臓。やっぱり有名な人だったんだ。


『対するX-Vは一組織、X-LOWSの一部であり!なんと彼らは』


 わかっていたことなのに、呼吸が浅くなる。心拍数が上がって、嫌な予感だけが胸を占めた。



『ハオを倒すためだけに存在するのです!!』

 ああ、ほら。

 またわからなくなった。

 ハオは何を秘密にしているのだろう。



「おい・・・●●・・・」

 ザンチンさんが後ろから肩に手を置いてくる。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 首を後ろに回して、ザンチンさんに笑ってみせる。


 彼は困ったような表情をして何も言わずに手を引いた。


 リング場にはハオのみが立たされている。

 最強と言っていたトーテムポールの外にラキストさんとオパチョ君がいた。

 ハオは白い相手といくつか言葉を交わして、十分に彼らを挑発する。


 一触即発な中、我慢ならなくなったラジムさんが試合開始の合図を出した。


 恐い。恐い。

「なんだよ。ちっちぇえな」


 ハオの声と広がる炎。

 相手のチームの女性が出した大きなロボットみたいなのは、スピリット・オブ・ファイアによって大破。そして、その女性の腹は、スピリット・オブ・ファイアの指先によって串刺しになっていた。


 死んだ。


 ハオが殺した。


 躊躇いもなく。


 ハオは笑ってた。



 全身が粟立つ恐怖。

 なんで笑ってるの?ハオ。人死んじゃったんだよ?ハオが殺したんだよ?今まで何をしてきたの?ハオ、ハオ。

 ハオが恐いよ。


 ハオは続けて、息をする間もなく仮面の人を押さえつけた。

 糸が切れたように私の目からは涙が出てきて、全身が震えた。


 見ていられない。

 私は立ち上がって、リング場に背を向けた。


「●●!」

 誰かが呼び止めるけど、私は俯いて歩を進める。


 でも何歩も歩かないうちに、私は誰かにぶつかって足を止めざるを得なくなった。

 ぐしゃぐしゃの顔を上げると、そこには目を見開いた花組。


「●●?何泣いて・・・」

 カンナちゃんが肩に手を置いて私の顔を覗き込んでくる。


「・・・・・・ハオが」

 必死に涙を拭いながら訴える。

 3人は現在の試合の状況を見て、すぐに何かを悟ったようだ。



「――●●。ハオ様は理想を持ってらっしゃるの」


 理想?

 理想って何?

 怒りと悲しみが一気に爆発して、私はカンナちゃんの手を振り払った。


「理想がなに!?」

ぐるぐるぐるぐる。

「どんなに叶えたいことがあっても、人を殺してまで自分の理想を叶えようとすることが正しいはずない!!皆まちがって・・・」


 パン、という音と共に、左の頬が熱くなった。

 目の前のカンナちゃんに殴られたらしい。


「か、カナちゃん・・・」

「あんたたちは黙ってな」

 おろおろするマッチとマリちゃんを一蹴して、カンナちゃんは私を睨んだ。


「●●。あんたは言ってはいけないことを言ったのがわかってる?あんたはハオ様のこと一番わかってるんでしょ。だったらハオ様のこと受け入れな」


 何言ってるの?

「―――」

 私がハオのこと一番わかってる?



「私が一番ハオのことを知らない」

 何も、何も知らない。

「あのハオは私の知ってるハオじゃない!!!」


 3人を押しのけて、私は走った。


 マッチの叫ぶような呼び声が聞こえる。

 私は走った。

 泣きながら走っても、周りの人の視線は今現在繰り広げられてる戦いに釘付けだから気づかれない。


 観客席から外へとつながる階段を駆け下りてる途中、背中のほうで爆音が響いた。


 私は足を止めて後ろを振り返るけど、またすぐに階段を降り始めた。


 もう何が正しいのか正しくないのかわからないよ。

 外に出た私は、闘技場の大きく弧を描く壁にもたれて、雑草が生える地面に膝を抱えて座った。


 ペヨーテさんにも言われた。カンナちゃんにも言われた。

 でもそのおかげではっきりとわかったのが、私はハオの理解者になれないということ。


 ハオの理想って何?人を殺してまでやりたいことがあるの?

 もう疑問しか沸かない。

 涙を素手で拭って、それでも飽きずに涙腺は閉じることはない。ハンカチ持って来ればよかった。


 鼻をすすって、腕に顔を埋める。


 目を閉じれば思い浮かぶ、ハオの残忍な表情。

 これまで少しずつ募ってきていた疑念が確信となって、絶望となる。


 仲間を気にかけないあれは伏線だったのかな。

 自分には向けられない殺意。だから恐い。


 いつも向けられていたら、少しは免疫がついていただろう。でも私にはいつも砂を吐くほど彼は優しかった。


 それが何を意味するのか。

 彼が、私をシャーマン・ファイトに連れて行く上で何度も言っていたことが頭をよぎる。


『僕らも相手を殺すつもりで戦う、相手も僕らを殺す気で来る。それでも見ていられるなら一緒に行こう』


 正直言って、これを聞いたときは本当に人が死ぬわけないと思ってた。ハオだって誰かを殺すはずないって。


 現実って違うんだなぁ・・・。

 がやがやとしてきた会場への出入り口。


 どうやら試合が終わったようだ。

 でも顔を向ける気にもならない。


 今日はもう誰にも会いたくなかった。



 それなのに、すぐ近くまで誰かの足音が迫ってくる。




「―――●●さん・・?」

 横で止まったその足音の主。

 聞いた声に顔を恐る恐る上げると、リゼルグ君が不思議そうに、そして私の顔を見て言葉を詰まらせた。


 そりゃあこんな汚い顔した人がいたら驚くよね。

「●●さん、どうしたんですか?」

 慌てて地に膝をついて、リゼルグ君はわたわたと手を動かした。

 彼の服もまた、白い装束。


 ハオを倒すために・・・。

 また涙が出てきて、私は顔を伏せた。


「●●さん・・・」

 リゼルグ君は深呼吸をして彼は私の横に同じように腰を下ろした。


 ごそごそと何かを探す音がして、リゼルグ君に名前を呼ばれる。

 少しだけ顔を上げると目の前に白いハンカチが差し出された。

「使ってください」

「・・・」

 リゼルグ君とハンカチを交互に見て鼻声でお礼を言って受け取る。


「・・・」

「・・・」

 2人の間には鼻をすする音だけ。


 でも私は話す気になれなくてただただふさぎこんでた。



「―――ハオが関係あるんですか?」

「っ」

 心臓が過敏に反応する。

 息を呑むが、リゼルグ君は気がつかなかったようだ。



「ひどい試合でした。僕の仲間は皆殺された」

 憎々しげに吐き出すリゼルグ君。まるでハオの顔を思い出すのも気分が悪いと言いたげだ。


「・・・、リゼルグ君もハオに何か恨みがあるの?」

「はい」


 こぶしを強く握るリゼルグ君。

 よっぽどひどい目にあったらしい。


「ハオは絶対的な悪」

「―――」

 リゼルグ君の憎しみに満ちた横顔を見ていられなくて、私は自分の膝に視線をずらす。


「あいつをシャーマンキングにするわけにはいかない。これ以上僕たちのような人間を出さないためにも―――そして、人を滅ぼさないためにも」

「え・・・?」


 人?滅ぶ?

 私は眉間にしわを寄せてリゼルグ君に近寄る。


「どういう、こと?」

 聞いちゃいけない気がする。でも知りたい。

 リゼルグ君は必死の形相の私に少しだけばつが悪そうに身を引いた。


 でもそんなことも気にせずに詰め寄る。


「ハオは、シャーマンキングになって、強いシャーマンだけの世界を作るつもりなんです。弱いシャーマンや人間は、片っ端から滅ぼす。これが彼の野望です」



 目の前が真っ暗になった気がした。

 私は人間で、ハオや他の仲間たちは強いシャーマン。

 戦いに負けた善さんや良さん、ペヨーテさんのことは一切触れない。・・・弱いから。

 全部が繋がった気がした。

 仲間を心配しないのは、仲間を想う気持ちがないからではなく、戦いに負ける弱い者は必要ないから。

 もちろん、それに私も含まれるのだろう。

 吐く言葉が見つからなくて呆然としていると、リゼルグ君は何かに気がついたように私の頬に手を伸ばしてきた。


「頬、どうしたんですか?」

 そういえばさっきカンナちゃんに。

 リゼルグ君の手が頬に触れる寸前。



「●●」

 リゼルグ君の後ろから、彼の声。リゼルグ君の表情が一気に険しくなり、殺気を放ちながら振り返る。



「ハオ・・・!」

 今までに何度、彼は憎しみをこめてその名を呼んできたのだろう。

「●●さんは僕の後ろに・・・っ」

「リゼルグ君、ごめんね」

 私は、私をかばうように手を伸ばした彼の背中に、立ち上がって謝る。



「●●・・・さん・・・?」

 疑問と同様の色をたたえて、彼の目は大きく見開かれた。

「ハンカチありがとう。今度洗って返すね。あ、お礼に絆創膏でも」


 適当にポケットから絆創膏をつかみ出して、ショックを受けてるリゼルグ君の手に乗せた。


 今ハオと一緒にいたくない。だけど、リゼルグ君と共にいることもできない。

 リゼルグ君の顔を見るのがつらくて、私はハオの足を見た。


「そんな・・・●●さん・・・」

「帰るよ、●●」

「・・・うん」


 正義とは、悪とは。






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