「リゼルグ君」

「●●」

 ハオの不機嫌そうな声が後ろからかかった。

 でも私は眼前で広げられてる試合に目を奪われて返事ができない。

「●●」

 もう一度名前を呼ばれて、ようやく私はハオのほうを見た。

 ハオは目を細めて不快そうな表情をしていた。

「なんであいつのこと知ってるのかわからないけど、とりあえず座って」

 いらいらしてるのが伝わってくる。

 だけど私はさっきからの彼らの仲間に対しての態度に不満は爆発寸前だった。

 その怒りに任せて私も眉間にしわを寄せる。


「でも!」

「座れ」

「っ」

 低い声で言われて、喉まできていた反論の言葉が小さくなっていく。


 命令なんか、今までしなかったのに。

 ハオは目を閉じて私の顔は見ない。


「・・・」

「・・・」


 何も言わない彼に悲しくなって、私も顔をうつむけた。

「・・・ごめん」

「・・・」

 私はうつむいたまま、席についた。


「●●・・・」

 マッチとマリちゃんが不安そうな視線を投げかけてくる。


 私は苦笑いをして、彼女達にも謝罪をした。


 無理矢理気持ちを切り替えて、私は試合を見る。

 なぜか飛んでいたエジプトの人が、なぜか変な柵のようなものに捕らわれていた。

 中にいる人は暴れているようだけど、その拘束具はびくともしない。


 やがてその人の後ろに大きな生き物が現れた。


「我らが正義の神シャマシュよ。この罪深き男に粛然たる法の裁きを与えたまえ」


 この場に似つかわしくない少女の声。それは、さっきの鉄の塊の中にいる、血まみれ兼素っ裸の少女から発せられていた。



「シャマシュ。判 決」

 シャマシュと呼ばれたその生き物は、彼女の声に反応して右手に持っていた大きな斧を振り上げ、そして、振り下ろした。


『死刑』


 真っ二つになる彼の影。

「ぇ・・・」

 さらに静まる会場。

 死刑?

 目の前に広がるむごい光景。

 その女の子の仲間の眼鏡の人が何かを叫んでる。

 あの人たち、何やってるんだろう。


 ハオはお互いが死ぬ気で戦ってるみたいなこと言ってたけど、こんなの、ひどすぎる。


 殺された彼の仲間は呆然としていた。

 張本人。
 銀色の綺麗な髪を靡かせて独特な服を纏い、平然と立っている。

 加えて、彼を殺したのは処刑だと。

 少女の言葉に激怒した彼らは、それぞれが武器を持って向かってゆく。


「どうして罪を重ねるの!?」

 その言葉を聞いてから、全てが終わるのは本当に一瞬だった。

 シャマシュと呼ばれるその生き物の両腕が何千もの棘を持つ椅子となり、相手のチームの2人を縛り付ける。


 悲痛の叫び声をあげつつも、彼らは少女の言う『罪』を認めない。

 そしてさらに椅子にきつく縛り付けられて、死ぬにも死ねないその苦痛に耐え続ける。


 まるでその光景は、拷問。

 私は口元を押さえる。

 見るに耐えない。

 これ以上視線をあそこに貼り付けていたら自分がどうにかなってしまいそうだ。

 ついに我慢がならなくて私は顔を伏せた。



 それから間もなく、肉を裂くような音を最後に、すべては終わった。


 私はぐるぐると渦巻く胸の不快感に耐えるように両手で顔を覆った。

 ひどすぎる。

 底から溢れてくるこの恐怖が体全体を占めて、無意識に涙が出そうになった。


「●●・・・、大丈夫?」

 マッチが背中をさすってくれる。


「うん、大丈夫。ありがとう」

 私は顔を上げて笑顔を返した。

 それでもマッチは複雑そうな顔をしていた。

 私は震える足で立ち上がって、周りを見渡した。


 リゼルグ君は・・・。

 大勢の観客が背中を丸めて会場から出て行く。

 その波の中に、リゼルグ君と同じ服を着た集団を見つけた。



「マッチ、ちょっと行ってくる。皆は先にご飯行って」

「え・・・。ちょっと!●●!!」


 マッチの制止の声を振り払って、私は人の波に身を投げ込んだ。


「●●・・・」

 全員が恐る恐るハオを見る。ハオは●●になど目もくれず、終始ただ虚空を睨んでいた。



「好きにさせればいいさ」

「ハオ様・・・」


 人々に足を踏まれたり肩をぶつけられたりしながら、ようやく私は外に出ることができた。

 できたはいいけど、すでに彼らの姿はない。


 もう帰っちゃったのかな。

 少し肩を落として、皆の元に返ろうと踵を返す。と、目の端に白い何かが見えた。

 とっさに視線を戻すと、そこにはリゼルグ君とその仲間の人たち。


 リゼルグ君の正面には眼鏡の人が立って、厳しい表情をしてる。

 何かあったのかな。

 近づけない空気。

 この距離では彼らが何を話しているのかわからないけど、どうみても取り込み中だ。


 諦めよう。また今度話せばいい。

 私が視線をはずそうとしたら、彼らの中の女の人が私の存在に気づいた。


 彼女が眼鏡の人に何かを言うと、眼鏡の人は私のほうを見た。

 つられてリゼルグ君もこちらに首を回す。


 彼は私と目が合うと、少しの間目をぱちくりとさせて、「あっ」というような顔をした。

 リゼルグ君は眼鏡の人と何度か言葉を交わしてから、私のほうに駆け足でやってきた。



「●●さんですよね!どうしてこんなところに?」

 前と変わらない笑顔で、私の手を握ってそれを激しく上下に振るリゼルグ君。


「知り合いが試合の参加者で、その応援に」

「そうなんですか!」

「・・元気だね」

 あまりに声を張り上げるリゼルグ君に、思わず本音が漏れた。

 リゼルグ君は恥ずかしそうにすみませんと謝って、私の手を離した。


「あ、そういうつもりじゃなかったんだけど・・。ごめんね」

「いえ。僕も少し落ち着きがなかったですね」


 うーん。やっぱり大人だなぁ。


「そういえば、試合見たよ。大丈夫?気分悪そうだったけど」

 そう言うと、リゼルグ君はばつが悪そうに顔を背けた。

「ええ。僕は大丈夫です」

 そしてそのまま口を閉ざしてしまう彼。

 ・・・まずいこと聞いちゃったかな。私ほんとうにバカだ。

 なんと言ってフォローすればいいかわからなくて、私も口をつぐんだ。


「えと・・・。あ!●●さん!」

「は、はいっ」

 急にまた笑顔になって、顔をずいと寄せてくる。反射的に私は体を反らす。


「もう食事はしましたか?よかったらぜひ僕達と一緒に・・・」

 リゼルグ君は手で、己の仲間たちを示した。

 嬉しい申し出。

 だけれど、その人たちの中にあの鉄の塊を見つけて足がすくんだ。


 それに、きっと皆待ってる・・・くれてると、思う。

「ごめん、嬉しいけどそろそろ戻らなくちゃ」

 胸の前で手を振って答える。


「そう、ですか」

 残念そうに顔を伏せた彼だけれど、すぐにまた明るい顔になった。


「引き止めちゃってごめんなさい。また次の機会にお話しましょう」

「ううん。こちらこそ。――それじゃあ、気をつけてね」

 笑顔で見送ってくれる彼に手を振って、私はその場を後にした。



「●●・・・遅い」

 マリが窓の外を睨みながら呟く。

「●●も子供じゃないんだから、すぐ戻ってくるだろ」

 カンナがタバコに火をつけて、大きくその煙を吸い込んだ。

 それでもマリは心配そうにチャックを胸に抱いた。

「・・・でも、会いに行ったのってX-LOWSのやつらでしょ・・?もしかしたら何かされて・・・」


 しんとなる室内。


 マッチがこの圧迫感に耐え切れずに口を開いたとき、何かが突き刺さるような鈍い音がした。

 今この部屋には食事のために全員が集まっている。そう全員が。

 皆が恐る恐るその方を見ると、握られたフォークが木製のテーブルに深々と突き刺さっていた。鈍い音はそれだったらしい。

 もちろんそれをしたのは、現在機嫌の悪さが頂点に達しているハオである。


「うるさいな。食事は静かにするものだろ」

 地を這うような声に震え上がる。

 マリも怯えてチャックに顔を埋めてしまった。

 もう誰もこのことは口にすまい、と思ったそのとき。マチルダが歯を食いしばってハオの前に立った。


「ハオ様!」

「・・・なに」

 ハオの皿の上の料理はほとんど手がついておらず、フォークの刺し跡ばかりがついている。

 マチルダは他のチームメイトの「やめとけ!やめとけ!」という視線を受けながら立ち向かう。


「やきもち焼くのはいいですけど、怒ってたら●●どっか行っちゃいますよ!!」

「・・・」

 ハオは頬杖をつきながら、じっとマチルダを見つめる。

 マチルダも負けまいと、冷や汗をかきながら睨み返す。


「・・・」


「・・・ふん。別にいいさ」


 ハオはマチルダから視線をそらし、つんとした表情でナイフで皿の上の料理をつつきだした。

 ラキストが奥でショックを受けたような顔をしている。今日も食事当番はラキストであったらしい。

 恐いことを言われるのか、最悪燃やされるかを覚悟していたマチルダにとってこの答えは拍子抜けだった。



「ハオ様・・・本気でやきもちだけだったの?」

 この呟きにぴくりと反応する。

 同時にざわざわとしだす室内。


「てっきり勝手な行動したから怒ってるのかと・・・」

「俺もそう思ってた・・・」

「まじかよ、ただの嫉妬かよ・・・」

「それであんなに怒ってたの・・・?」


 ぴくぴくと動くハオの肩。


「ハオさまやきもちっ」

 オパチョがのんきに言った。

 まるで前も見た光景。今日は被害者が違うらしい。


「うるさい!」

 テーブルを殴りつけて、その場を静める。ただし小さな笑い声は絶えない。

 ハオは耳を赤くして全員をにらみつけた。


 それを見た仲間たちは顔を後ろに向けて肩を震わせた。


「もう寝るっ」

 ナイフをテーブルに叩きつけて、ハオはさっさとドアのほうへ歩いていってしまう。


「あ、●●帰って来た」

 マリが窓に貼りつく。

「ハオ様」

 すっかりと頬の緩んだマチルダがその背中に言う。


「早く仲直りしちゃってください」

「・・・」


 返事はせずに、彼は廊下へ出た。




 その後、帰宅した●●を玄関で待ち伏せたハオが、どもりながら謝ったことは、ある種の黒歴史である。






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