なんていうか、ぽかんとしてしまった。

 善さんと良さんがアフロの子に飛び掛ったと思ったら、次の瞬間には2人はふっとばされてた。

 弱いとか強いとかじゃなくて、私の目には何が起きたのかまったく捉えることができなかった。


 他の観客もざわざわとしているところを見ると、みな同じように混乱しているのであろう。


 2人がまた同じ攻撃を仕掛けるけど、当然のように避けられた。

 ついには小さい半透明の生き物みたいなのは食べられてしまう始末。


「すごい・・・」

「すごいんじゃなくて善と良が弱すぎるの」


 欠伸をかみ殺すように隣のマッチが呟いた。


「弱すぎるって言っても・・・」

 凡人の私からしたら、何が強くて何が弱いのやら。

 またリング状に注目すると、ちょうどアフロの子が善さんと良さんの後ろに回りこんで2人を吹っ飛ばすところであった。


 意識を失ったのか、2人は地に落ちてピクリとも動かなくなってしまった。


「だ、大丈夫なの?」

 落ち着きなく周りを見るけど、皆何の心配もしていないようだった。


 ・・・、どうしてそんな冷たいんだろう。

 私が少しだけ眉間にしわを寄せると、前の席のハオが楽しげに笑い声をあげた。



「なんて見事なやられっぷりだ。やっぱあいつらおもしろいや」

 これに皆もふっと声を漏らす。


「な。BoZ入れといて良かったろ?」

 良かった?あんなに大変そうなのに?


 だめだと思っていても体中を不快感が駆け巡る。


「全くです、ハオ様」

 ついにはっきりとした声となった笑い声。

「しかし、ペヨーテ一人だけで本当に大丈夫なのですか?」


 ラキストさんが口を歪めたまま問う。

 まるではなっから善さんと良さんが戦力外であるような口ぶり。


 溜まっていくもやもや。反論したくて口の開閉を繰り返す。だけど結局口を挟むことはできなかった。

「さあね。どうだっていいよそんなの」

 ハオの言葉にさらに気が落ち込む。

 なんだか悲しくて私はもう話を聞かないことにした。


 少し下を見て体から力を抜く。


「僕にしてみれば、こんな試合は余興にすぎないんだから」

「・・・」


 いつもよりも低い声に抜いたはずの力がまた入って、体が緊張する。


 この声は、嫌だ。

「でもさ、やっぱ余興だからこそ、勝たなきゃ楽しくないんだよね」

「ハオ・・・?」


 囁きにも満たない私の声はハオには届かなかった。


 わからない。全部が。

 掴みかけた何かがまた手をすり抜けて嘲笑いながら遠くへ行く。


 手を伸ばせば届くのに、なぜだか私には彼がひどく遠い存在に感じた。


結果から言うと、土組は負けた。

 ペヨーテさんが気絶した善さんと良さんを利用して戦ったらしい。


 私はあんまりよくわからなかったけど、あまりにもタフすぎるなとは思ってはいたけどそういうことだったのか。

 アフロの子の細かな細工があるギャグで惨敗だったみたい。

 あの子には悪いけど、ちょっとギャグのおもしろさがわからなかった。ペヨーテさんにはツボだったのかな。


 ペヨーテさんたちみんな無事だったみたいだから、勝ったとか負けたとか関係なしに、安心した。失礼かな。


 試合が終わって彼らは救急車で診療所に運ばれていった。


 すぐに私も診療所に行こうとしたら、ハオに、まだ目を覚ましてないからいかなくていいだろって行かせてくれなかった。

 納得した私もあれだけどさ。



 空もすっかり暗くなったけれど、まだシャーマンファイトは終わらない。

 熱い試合が淡々と続き、試合と試合のちょっとした休憩時間。何となく後ろの席を見た。

「あれ・・・?」

 ターバインさんがいない。

 さっきまではいた気がしたんだけど。


「診療所・・・」

 確かターバインさんとペヨーテさん、地味に仲良かったよな。意外な組み合わせで驚いた記憶がある。

 いつの間にか先に診療所へ行ってしまったのか。


 どうしよう。


 私も行きたい。

 ハオに怪我をしたら診療所に行くんだよ、とその場所は叩き込まれたから何となくわかる。

 でも、なんか、お見舞い行きたいって・・・言いづらい。


 皆ぜんぜん気にかけてないし。

 死ぬ者は死ぬ、そういうことなのかな。

「・・・」

 釈然としない。

 何となくむっとして、私は席を立った。

「●●?」

 ハオが首を回して不思議そうに眉を上げる。

 皆も急に立ち上がった私に注目する。


 私は少しだけ唇を尖らせてハオを見た。

「・・・診療所行ってくる」

「え?」

 ハオの返事を聞く前に私はさっさとその場を離れた。


 その診療所はまるで、一昔前の小学校のような造り。

 恐る恐るドアをスライドさせると、人のよさそうなパッチ族の人が声をかけてきた。


「どうしましたか?」

「あ・・・お見舞いを。ペヨーテさんと善さんと良さんっていう人なんですけど」

「ああ、ハオの。たしかあの2人組はついさっき出て行ったよ」

 出て行った?入れ違いになっちゃったのかな。

 しかたないからペヨーテさんの病室だけ訊く。


 親切に教えてくれたパッチ族の人にお礼を言って、私は病室に向かった。


 病室番号をひとつひとつ確認しながら進む。

「・・・」

 なかなか見つからないな。

 少しだけ気を抜くと、探していた声が2つ、微かに響いてきた。



「オレは、時折ハオ様が何を考えているのかわからなくなる事がある」

 ドキリと鳴る心臓。

 声が良く聞こえる、入り口ぎりぎりのところまで近づく。


「あのお方にはまるで―――感情がないのではないのかとな」

 感情が、ない?

 どうして?

 あんなに表情が変わる人見たことないけど。

 自分の中の大部分がそう思っていても、一部がターバインさんの言葉に頷いてしまっている自分もいる。


 こっちに来て私はハオがわからなくなった。

 見たことのないハオばっかりでついていけなくなってる。



「●●、いるんだろう」

 びくりと震える体。

 ばれてた。当たり前といえば当たり前か。

 私は一瞬躊躇った後に、彼らの前に進み出た。

 ペヨーテさんもターバインさんも複雑な表情をしてる。

「あの、すみません。聞くつもりはなかったんですけど、その、もちろん誰にも・・・」

「●●」

 ペヨーテさんに言葉を遮られ、彼に手招きをされた。

 ベッドに寝ている彼に近づくと、ターバインさんは無言で後ろに退いた。


「●●。あんたは最初かなり怪しかった」

「う・・・」

「私たちは人が嫌いだから、何も考えずにあんたを蔑んでたけど・・違ったようだな」


 何が、と聞く前に彼は答えた。

「ハオ様は●●を信頼してる。●●、だからあんたもハオ様の理解者になってあげてくれ」

「―――」

 その言葉はまるで、私が今、自分の気持ちがふらふらしていることを見透かされているようだった。


「理解者・・・」

 何を理解すればいいのか、理解しなければならない深い何かがあるのか、それとも。


 聞きたいけど、聞けない。

 私は苦笑いを返した。



 その後2、3言言葉を交わして私はターバインさんと診療所を出て、20分後、会話らしい会話もないまま闘技場に無事帰り着いた。

 うーん。ターバインさんと2人きりになることってあんまりないから、たくさん喋りたかったけど。何を話せばいいのか・・ね。

 闘技場に入ると、嫌な静けさが客席を包んでいた。

 ターバインさんと顔を見合わせる。


 とりあえず、客席へと通じる階段を上りきって、席まで帰ってきた。

 どこから調達したのかフランスパンを丸かじりしてるハオ。わけがわからない。


 ハオは私を見て目を吊り上げた。

 でも私はそんなことよりもこのおかしいくらいの静けさが気になって、リング場を見た。

 そこには怪しげなエジプトっぽい人たち、そして白い装束を着た宗教的な人たち。ひとつは鉄の塊。


 エジプトっぽい人の1人はなぜか飛んでいて、それに対してるのは男の子。


「●●!勝手に行・・・」

「あれ?」

「・・・●●」

 私は駆け足でぎりぎりまで駆け寄って石造りの敷居に手を置き、身を乗り出した。


「あの子・・・」

 膝をついて苦しそうに咳き込んでいる彼は、確かにアメリカのあの町であった少年だ。


 たしか名前は・・・。



「リゼルグ君」






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