2ヶ月。 2ヶ月が経った。 これは本当。 元の世界に戻るような兆候もないし。ハオは2週間くらいしか向こうにいなかったのにね。 でも自分でも驚くほど『帰りたい』と思う気持ちは薄かった。 気持ちが薄いというか、心配がないというか。 まあ、この2ヶ月いろいろありましたが、それはまた後日談。 そして。 「●●」 「うん」 今から無人島にいくらしいです。 「すごい。ヘリコプターなんてはじめて乗るな」 「オパチョも!」 小さい窓にオパチョ君とはりついて下界を見下ろす。 本当は参加者しか乗れないみたいで、私は自費で行かなくちゃいけなかったらしいんだけどハオが何とかしてくれたみたい。 乗せてもらってこんなこと思うのはあれだけど、パッチ族の人たちも結構甘いんだね。 普通だめなことって徹底的に禁止にするものなのに。 「●●!あれ!」 オパチョ君が、雲間から顔をのぞかせた1つの島を指差した。 その島は、切り立った大きな山とその根元に連なる森。船場には船が何艘かある。 極めつけは、森を切り倒して作ったのであろうか、闘技場のようなものがでかでかとそびえている。 「無人島をよくここまで・・・」 「パッチ族の意地みたいなものだろ」 意地でここまで。すごいなぁ。 私は地上を見下ろすのをやめて、ハオの隣である、自分の席に落ち着く。 オパチョ君も私の膝の上にちょこんと座った。パッチ村についたあの日くらいから少し懐いてくれるようになって、今ではすっかり姉弟みたいに思えるようになった。嬉しいな。 かわいくて、後ろからちょっと抱きつく。 オパチョ君が?を浮かべて私を見上げてきた。 緩んだ頬で笑って返すと、オパチョ君に方頬をぐにっと掴まれた。 「おはちょふん、ひょっといはい」 オパチョ君、ちょっと痛い。 でもオパチョ君はかまわず引っ張り続ける。 「・・・」 それならしかたない。 私もオパチョ君の柔らかい両頬を掴んで、ぷにぷにと触る。 やわらかい〜。 子供ならではの肌の質感を楽しんでると、掴まれていないもう片方の頬を横から誰かに引っ張られた。 その手は言わずもがな。 私がハオのほうを見ると、彼はにこにこと楽しそうに笑っていた。 左頬はハオが優しくだけど引っ張って、右頬はオパチョ君が相変わらず力強く引っ張ってる。 「はは、間抜け面」 「・・・」 「●●!マヌケ!」 ハオの侮辱に便乗してオパチョ君も暴言吐いてくる。 「ねえ何か喋ってよ、●●」 「・・・」 言われて言われたとおりのことするわけがない。 オパチョ君に言われてもいらっとこないけど、ハオに言われるとなんか腹の底から説明しがたい怒りが・・・。 私はオパチョ君の頬をつまむのを止める。そうするとつられてオパチョ君も手を離した。 ハオの指は、私がさっきオパチョ君にしていたようにむにむにぐいぐいと動き出した。 「●●〜?」 びよんと引っ張られたのを合図に、私はハオに飛び掛った。 「ハハハ、いちゃいちゃしたいなら後だよ●●」 んなわけあるか。 私は両手をハオの頬に伸ばすけど、ハオは楽々とその手を避けていく。その上彼は自由になった右の頬まで掴んで、左右に引っ張り出した。 「ははしへよ!」 「あ、喋った。すっごい間抜け」 ああああああ。 その顔の肉引きちぎってやる。 そう思ってもう一度手を伸ばした。 「ゴホン」 ほぼ空気になりかねていたラキストさんがわざとらしく咳払いをして、私たちの注意を集めた。 「・・・到着しましたぞ」 「「・・・」」 私とハオはラキストさんから、お互いの顔を見合った。 ハオは私の顔を見てクスリと笑ってから、スッポンのように吸い付いてた手をあっさりと離した。 「降りるよ。オパチョもおいで」 のしかかってた私を立たせて、ハオはヘリの外に出た。 私たちはさっき見た闘技場の近くで他の仲間達と合流した。 「あれ?●●ほっぺたどうしたの?」 マッチに指先で頬をつつかれる。今日はよく触られるな。 「ヘリ内でちょっとした虐待が・・・」 まだちょっとむかついてるからマッチにだけでもチクる。 「●●、嘘はだめだよ」 地獄耳なのかなんなのか、すこし離れたところから注意を受けた。 「・・・」 あながち嘘じゃないよ。 不満だったけどどうせ自分を加害者には持っていかないんだろうな。 文句を言うことは諦めて、皆が吸い込まれるように入っていく闘技場に私たちも歩を進めた。 ハオが言ってたけど、この無人島での戦いはトーナメントらしい。 そして殿であるペヨーテさんと善さんと良さんは、今会場の中心に立ってるすごくテンションの高い祭司のルール説明の後、すぐ開始される試合のためにすでに準備を始めているという。 私がそうなってもしかたないんだけど、不安でたまらない。 あの2ヶ月の間に、ハオに何度も言われた。 『僕らも相手を殺すつもりで戦う、相手も僕らを殺す気で来る。それでも見ていられるなら一緒に行こう』 人が死ぬのは恐いけど、これは私が介入できるようなことじゃないのはわかってるつもりだ。 だから言われる度に頷いた。 だから言われる度に。 『死なないでね』 そう返した。 ハオは昔、シャーマンファイトは難しいことだと言った。 でもこの数ヶ月ハオたちと一緒にいて、シャーマンファイトはそんなに難しいことではないのではないかとも思えるようになってきた。 強いものが勝ち残り、弱いものは死んでゆく。 弱肉強食、生命の倫理、自然の摂理。太古の昔からの不動の事実は、今この時代にシャーマンファイトという戦争によって受け継がれているのではないのか。 平和平和と言われ続けこの意識が失われてるからこそ、私たちに理解しがたい、難しいことだ、とハオは言ったのではないのか、と。 深く考えすぎなところもある気がするけど、結局私はこの結果に収まった。 そしてこの数分後、その戦争が始まる。 私は右隣に座ってるマッチを横目で見る。 マッチの目は実に楽しそうで、今から仲間が死ぬかもしれないということに微塵の不安も感じていないようだった。 「・・・ねえマッチ」 「ん?」 「ペヨーテさんたち大丈夫かな?」 ありあまる不安をどうしても押さえ込むことができなくて、つい聞いてしまった。 マッチは私の問いに苦笑いをして答える。 「●●・・・。それ5回目だよ」 「・・・・・・そうだけどさ・・・」 心配なんだもん。 たしかにマッチだけじゃなくてハオにも何回も聞いちゃったけどさ。 でもみんなそろいもそろって「さあ?」の一点張り。 土組の3人にも、何度も何度も死なないでねって言っちゃったけど・・。迷惑だったよね。 『よっしゃ、それじゃあさっそく選手の紹介だ!グレート・スピリッツによって選ばれた最初のチーム!』 そしてついに選手の入場。 こんなに最初のチームだって推されたら本人たちもプレッシャーだろうな。 『チーム・THE蓮!!!』 興奮した人々の歓声を受けて、土組の対戦相手が入場してきた。 ていうか、蓮って名前だよね。チーム名に自分の名前を使うってすごい自身だな。司会者のラジムさんも同じことを思ったらしく、ちびっことか失礼なことを織り交ぜながら叫んでる。 どんなやつだと選手を見ると、なんとそれはいつかの人たち。 1人は見たことのない人だけれど、他の2人は飛行場や飛行機の中で会った人たち。 「ハオ、あの人たち・・・」 「うん。前に会ったやつらだね」 やっぱり。 『それでは、対戦相手の入場だ!』 何となくどっちのチームもも知ってる人だから複雑な気分。 でも気持ち的には土組のほうに気持ちは傾いてるんだけど。 入場した土組の3人。 善さんと良さん・・・楽しそう。 ぶんぶんと私たちのほうに手を振ってくる。 なんだか緊張してた気持ちがほぐれて、私も手を振り返した。 「のん気なやつら」 ザンチンさんが私たちのやり取りを見て呆れたように言った。 やがて十祭司の中で一番偉いゴルドバさんが出てきて、短いけれど厳粛とした言葉を残した。 さらに盛り上がった会場の歓声の中、ラジムさんが試合開始直前の声をかける。 『チーム・THE蓮 VS チーム・土組』 私は緩んだ気分を引き締めた。 『ファイ!』 |