「ビルさん、大丈夫ですか?」

「ああ」

 さっき別れた皆と合流して、迷路みたいなところを皆は迷うことなく歩いていく。


 私もなぜか道がわかる・・・というかなんというか、何度も通って体が覚えたみたいな感覚で始めてであるはずの道を進む。


 その途中に打ち捨てられるようにぼろぼろのビルさんがいた。

 ダマヤジさんもボリスさんもいなくなってたし。一緒に行動してたはずのターバインさんに聞いたけど教えてくれなかった。


 なんとなくビルさんの状態を見て、最悪の状況が想像できる。

 ふらふらとしながら立ち上がるビルさんを尻目に、皆はまるで彼が見えていないかのようにさっさと進んでしまった。


 足を叱咤して皆の背中に続くビルさん。

 きっと私にはわからないことがあるんだ。


 暗がりに飲み込まれていくぼろぼろの背中を私は駆け足で追いかけた。


 幻想的とも不気味ともとれるその洞窟をぬけたら、そこは多くの人が集う、1つの町だった。


「こんなところに町が・・・」


 きょろきょろと挙動不審に周りを見ていたらカンナちゃんに諌められた。

 ごめんなさい。まるで田舎者ですね。

「・・・」

 でも物珍しくて視線だけをめぐらす。



 ・・・ん?なんだか妙に他のお客さんがこっちを見てるような。

 2階の窓からこっちを見ていた人と目が合うと、その人は怯えたように目をそらした。


「?」

 まあいいや。

 そう思って私は真正面、仲間たちが見つめる方向を見た。


「―――」

 そこには何とも言いがたい、大きな輝きがそびえていた。


 何がなんだかわからない。だけど、威厳に満ちて神々しくて迫力があって。

 見ているとだんだんと胸の辺りがもやもやしてきて、徐々に大きくなったそれは吐き気となって襲ってきた。


 それでもなぜだか目がそらせなくて、ただ己の目にそれを焼き付ける。


「●●」


 ハオの声と共に閉ざされた視界。


「あまり見るな」

 ぐるぐると渦巻く胸を押さえて私はハオの言葉に頷いた。

 そしてまた開かれた視界の先には、想像していたとは違う、神妙な顔をしたハオがいた。

「ごめん」

 それしか言葉が出てこない。

 ハオは不自然に微笑んでばさりとマントを靡かせた。


 みんなでぞろぞろとその町中を歩んでいくわけだけど、やっぱり外野からの視線がすごい。


 好奇心やら畏怖やらの念を感じる。

 そりゃこれだけ目立つ集団がいたらびびるよね。

 私はマリちゃんの横に並んで歩きながら、行く先々の店に目移りさせる。


 おみやげやさんとか飲食店とかには人々が入り浸って、本当にただの観光地みたいだ。

 今から喫茶店に行くみたいなこと言ってたけど、ちょっとお店回りたいなぁ。お金持ってきてないけど見るだけでも。

 普通に買い物を楽しんでる女の子達を恨めしそうに見ていると、ハオが思い出したように立ち止まった。


「●●。ちょっと僕についておいで。みんなは先に行っててくれ」


 何だ?

 隣でクスリという笑い声が聞こえて、マリちゃんのほうに顔を向けるとなぜだか彼女は意味深な笑みを浮かべていた。

「マリちゃん?」

「あんまりいちゃいちゃしないでね」

「・・・・・・はぁ!?」


 くすくすと笑いながらマリちゃんはまた歩き出して行ってしまった。

 な、なんか、妙に意識させられたんだけど。



 残された私とハオ。

 数歩前にいたハオは私の隣まで来たと思ったら、そのまま今まで歩いてきた道を戻りだした。


「怪我をしていただろう。手当てでもしてもらおう」


 怪我・・っていうほど。ただの擦りむきなんだけど。


「私よりビルさんが・・」

「あいつはいいんだよ。ああ見えてチーム1のタフ男だ」

 タフとかそういう問題じゃないでしょ。

「それに、●●はただの人間なんだから」

「ハオもそんなに変わらないでしょ」

 そうだね、と笑ってかわすハオに不満を感じたけど、気を遣ってくれてるのはすごく嬉しい。

 固まった血と砂と皮と、なんとも汚いことになってる手のひらを見て、やっぱり消毒くらいはしてもらおうと思い、その好意を受けることにし、堂々と道の真ん中を行くハオに駆け寄った。



「どこに行くの?」

「十祭司のところにね。あいつらなら救急箱のひとつやふたつもってるだろ」

 あー。そういえば十祭司なんて用語もあったな。

 たしか審判みたいなもんだって言ってた。


 審判だったらなんか控え室みたいな、そういう場所にいるんじゃないのかな。どうしてこんな人通りの多いところに。


 疑問に思いながらもついていくと、ハオはある一軒の喫茶店に入っていった。


 一服?一服なの?

 後に続くとざわざわとざわつく店内。


「いらっしゃ・・・」

 営業スマイルをたたえて羽飾りをつけたお兄さんが振り向く。けどその笑顔は私を見た途端に険しい表情に変わった。


「ハオ・・・!」

 ただしくはハオを見て、か。


「やあ、シルバ」

「何の用だ」


 完全に嫌われてるじゃん。ハオ。

 お客さんの皿を片付けながら羽の人、シルバさんは言葉に棘を含ませる。

 なのにハオはにこにこと笑ってる。


「酷い言い様だな。そんなにカリカリするなよ」


 ハオ。あんまり挑発しないでよ。

 シルバさん無言だけどすごく怒ってるよ。



「ハオ、もういいよ。帰ろう」

 ハオの腕を掴んで外に引っ張っていこうとする。

 手当てしてくれるのか、一服するのか、喧嘩するのか、どれかにしてほしいよ。ほんとに。

 少しむっとしながら店のドアを開ける。



「君は・・・」

 ハオじゃない、さっきのお兄さんの声。

 私はむっとした表情のまま振り返った。


 シルバさんはハオと目を合わせて、また私を見た。



「・・・中に」

「助かるよ」

 皿を流しにおいて、シルバさんは『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉の向こうに行ってしまった。


 ハオは満足そうに笑って、●●、と促すように名前を呼んだ。


「うん」

 どうやら和解したみたい。でもまだしこりがありそうだけど。


 私たちは店内のお客の視線を一身に集めながら、シルバさんが消えた部屋に入った。



 中は少し散らかっているが、それも生活感というのか。

 シルバさんはロッカーらしきところを開けて、小さな小箱を持ってきた。


「そこに座ってくれ」

 顔を見られずに言われたけど、きっと私に対してだろう。ハオはとっくに壁に寄りかかってリラックスモードだし。


 私は近くにあった丸椅子に腰掛けた。

 シルバさんは他の場所から椅子を持ってきて私の前に置いて座った。さっきの小箱を傍らのテーブルに置いた。


「手を出して」

「あ、はい」

 右手を出すと、彼は私の手の甲に自分の手を添えて丁寧に脱脂綿で砂を落としだした。


「洗ってなかったのかい?」

「あははは・・」

 洗う暇も水もありませんでした。


「怪我をしたらすぐに洗うんだよ。少し菌が入ってしまってる」

「すみません・・・」

 どうりでまだ消毒液すらつけてないのに染みるんだ。

 汚れ落としは右手のひらから始まり、左手のひら、両肘、左の二の腕・・・と10カ所以上。

 ようやく砂を落とし終え、次に消毒。


 小さいころに嗅ぎ慣れたエタノールの匂いはすでにトラウマでしかない。

 傷口に近づく脱脂綿を見ていられなくて顔をそらす。


「ぅぎ・・・っ」

 ここ何年も擦り傷なんて作らなかったし、消毒液とも無縁だったからこの染み方がすごく痛い。

 ちょんちょんと優しくしてくれてるのだけど、痛いもんは痛い。


 早く終わってくれと目を瞑って我慢した。



「これで手足は終わりだな」

 膝に絆創膏を貼って、シルバさんがふうと息を吐く。

 包帯は大げさだからやめてくれと頼んだはいいけど、ものすごく絆創膏女だよ。


 この歳にもなってこんな傷作るなんて。呆れて苦笑いがもれる。

「じゃあ最後は・・・」

 と呟いたシルバさん。

 彼の顔を見上げると、何の前触れもなく顎をがっちりと掴まれた。


「顔、動かさないでくれよ」

「は・・はい」

 その力で掴まれたら動かそうと思っても動かせないです。


 でも強く固定されたおかげで、手足よりも染みる痛みに暴れずにすんだ。


「女の子なんだから顔に傷なんか作っちゃダメだよ。替えの絆創膏をあげるから、ちゃんと替えてね」


 箱ごとくれるというなんともこの太っ腹ぶり。

 顔の傷はそれほど大きくないし目立つからというシルバさんの考慮で、顔には絆創膏は貼られなかった。

 優しい人だな。


 素直にそう思って、緩んだ頬でお礼を言った。

 シルバさんも微笑み返してくれて、頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。


 大きな手が優しくて温かくて、さらに頬が緩んだ。



「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

 いつのまにか真後ろまで迫っていたハオは、いまだ私の頭の上にのっていたシルバさんの手を軽やかに払いのけて私の手を引っ張った。


 私の背中を押して、さっさと部屋から出ようとする。

 戸を開けられて外に出されそうになり、慌ててもう一度叫ぶ。


「し、シルバさん、ありがとうございました!」


「どういたしまして」


 戸が閉まる寸前に聞こえた、どこかにやけたようなシルバさんの声音が気になった。






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