「●●、起きて。●●」 うるさい。騒音が聞こえる。 眉をしかめて毛布をかぶりなおす。 その騒音の主は困ったようにため息をついて、次に体を揺らし始めた。 「●●。起きてくれよ。もう皆待ってるよ」 ・・・・。 あ。 ガバっと起き上がると、ハオはほっとしたように笑って朝の挨拶をしてきた。 「おはよう、昨日は雷鳴ってたけど眠れた?」 ばたばたと布団やら髪やら整えながら答える。 「あ・・・・うん」 「なにその間」 「よく眠れたよ。うん」 あんたがしたことが衝撃的過ぎて眠れなかったなんて言えない、言わない。 説明してもらったことも整理したりね。 「ふーん・・・。それならいいけど」 不満そうなハオに向き直ると、ハオはあっと声を漏らした。 「そろそろここを出るよ」 私に背を向けてドアのほうに歩き出す。私もその後ろについていく。 「パッチ村ってとこに行くの?」 「それもだけど・・・その前にちょっとね」 ドアを開けながら振り返ったハオは、至極楽しそうな顔をしていた。 なんとかファイアって言うハオの幽霊の上に乗って、私たちはどこかへ向かう。 わかってないのは私みたいなんだけど。 「昨日言ったとおり、ボリス、ダマヤジ、ザンチン、ターバイン、ビルは葉たちの元へ。他のものはラキストと待機」 ゆったりとした口調なのに、なぜだか息が詰まる。・・・威厳っていうか。 なんか不満。 そういえば『葉』って双子の弟だって昨日言ってたな。噂の。 どんな人なんだろう。 「オパチョと●●は僕の後についておいで」 「オパチョ、ハオさまといく!」 「え?あ、はい」 聞いてなかった。 ハオに何だったのか聞きなおそうとしたら、急にファイアが下降しだした。 「う、わ」 立っていたのが不幸して、突然の浮遊感にバランスを保てなくなり後ろにふらついた。 でも倒れる前に、後ろにいた誰かにぶつかって倒れることは免れた。 「あんまりフラフラするなよ」 「ザンチンさん」 「おお、よく名前知ってたな」 私の体勢を立て直してくれるザンチンさん。 「すみません。大丈夫ですか?」 「気にするな」 口端を上げて頭をぽんぽん叩かれる。 あー。なんか嬉しい。 「ザンチン」 ほのぼのとしてると、すぐ耳元でハオの声。 驚いて振り向くと本当に真後ろにハオが立っていた。 「早く行ったらどうだい?皆もう待っているよ?」 きょとんと首をかしげてるハオ。 そんなハオにザンチンは苦笑して、いつのまにか着陸していたファイアから降りて言った。 見ると私とオパチョ君とハオ以外がすでに降りてる。 このよくわからん土の町みたいなところで降りるのか。まあいいや。 皆がスムーズにファイアから降りる中、私はたどたどしく伝いながら降りた。 私の後ろにいたはずのハオとオパチョ君がすでに前に立っていたことが少し癪に障った。 「じゃあ皆。よろしくたのむよ」 うやうやしく頷いた皆は2つに分かれてそれぞれの方向に歩いていた。 私もラキストさんたちの後に続こうとすると、ハオにすぐさま止められた。 「●●。さっきの話聞いてた?」 「・・・あ」 そういえば聞きなおすの忘れてた。 首を横に振るとハオは、やっぱり、見たいな顔をした。 「オパチョと●●は僕と一緒に来るんだよ」 おいで、と目の前の町とは逆の方向に歩き出した。 「どうして?」 その背中に小走りで追いつく。 「●●を他のやつらに任すのは不安だからね」 あと・・とハオは続ける。 その前になにが不安なのか、皆が向かう方向は不安で満ちているのか、そっちのほうが不安なのだけれども。 「ちょっと会いたい子がいてね」 気持ち悪いな。ハオの会いたい子って嫌なイメージしかないんだけど。 「好きな子?」 私とハオの間を歩くオパチョ君見る。かわいいなぁ。だけどまだ私のこと嫌いなんだろうなぁ。だってあの拒絶っぷりは今までに見たことがない。 じっと見ているとオパチョ君と目が合った。何も言わずにそらされた。 そんなもんですよね。 「・・・それ本気で言ってるの?」 ハオは目を細めてこっちに首を回す。 そういえば会話の途中だった。 「うーん」 本気も何も・・。答えづらいな。 ハオは口をへの字に曲げて、へらへら笑う私を睨んだ。 たどりついたそこは、まるで小さな岩の波。 足場は不安定でいくつも小岩が地面から張り出してる。 目の前には一際大きな岩の壁。 「ここがなに?」 「●●はここで待っているんだよ」 私の問いかけには答えず、ハオとオパチョ君は見事な跳躍でその岩の上まで登りつめた。人間業じゃないと思う。 それにしても連れてきた割には放置って理不尽すぎじゃないですか。 「ちょっと、置いていかないでよ」 もちろん後を追うわけだけど、私はあんなびっくり芸なんて持ってないから地道に、突き出した岩を掴みながら登りはじめる。 そして、登りだした途端に見えない向こうで、なにやら複数人の声が聞こえた。何て言ってるかまでは聞き取れないけど、女の子と男の子・・3、4人くらい。 その男女にむかって、ハオは言葉を割り込ませた。 「なんなら、僕が案内してやろうか」 ハオって他人に気を遣いすぎじゃない?見知らぬ人に案内って。 ボランティア活動に積極的とか。でもそういうめんどうなこと嫌いそうだよなぁ。向こうでもかなりだらだらしてたし。 そんなことを思いながら慎重に登る。 そんなうちにも会話は進んでいて。 「あんた、そんなに葉に渡されたら困るわけ?」 その場も鎮めてしまうような凛とした女の人の声。 「もうそこまで手が回ってるとは。さすがだね、麻倉も」 あさくら?ってたしかハオの弟の苗字・・。てことはハオの苗字だよね。 なんか違和感のある言い方だな。 次の石を掴もうと手を伸ばしたとき。 「会いたかったよ、アンナ。僕の式神を倒した麻倉の嫁よ」 「っ」 ・・・ハオが会いたいって人、女の人だったんだ。 別にそんなの想定内でしょ。男か女かとか2分の1なわけだし。 「あ」 石を掴み損ねて、8割も登ったのに勢いよく下にずり下がって行き、半分のところでようやく石に手が引っかかって止まることができた。 岩肌は荒れているので、当然肌がすりむける。 「いた・・・」 でも気合で手を伸ばす。 ハオはそんな私には微塵も気づかずに、静かな声で言葉を交わしていた 「正直言って――今の葉はあまりに弱い」 また弟さんの名前。 「このままではこの先にある戦いに生き抜く事は、とうてい無理。けど、『超・占事略決』さえマスターすれば・・・」 何言ってんだあの人は。私にはまったく頭の追いつかない話。 ――ハオは私に全部を話したわけじゃない。全部話されても許容オーバーだけど。 ちょっと悔しい気持ちになって上を見上げると、ちらちらと見えていたハオのマントが見えなくなった。 私はそれを追うように登るスピードを速める。 「気に入ったよ。葉ならあの洞窟を進んだ先にいる」 あと1個石を掴めば上につく。 「僕の手伝いなら、いつだってかまわないんだからね。アンナ」 腕に力をこめて、体を押し上げた。 地に膝を着くと同時に顔を上げると、数メートル先で美人な女の子の右手を掴んでるハオがいた。 どういう状況なのか。 呆然と成り行きを見守っていると、こともあろうか、ハオはその子・・アンナさんかな・・にグイと迫った。 まるでそれが口説いてるみたいで。 私が言葉を失っていると、ハオは周りの視線も省みずに爆弾発言をした。 「ますます気に入った。君はやはりシャーマンキングの妻になるのがふさわしい」 「妻・・・」 あれ、ハオってシャーマンキングになるのを目指してるんだよね。 あれ、これは・・・・・・どういうこと? 私の見解が正しければ、遠まわしにアンナさんにプロポーズしてるよね。 急に低下した思考の中、ぼんやりと見つめる先でハオが盛大にビンタをくらってた。 オパチョ君がとことこと寄ってきて、土まみれの私の服の裾を掴んだ。 「●●」 足や腕に滲む血を見て言っているのだろう。どこか心配したような目。 「あ・・・うん。大丈夫だよ」 やさしい子だな。 笑って大丈夫だということを示すが、オパチョ君は表情を崩さないままもう一度口を開いた。 「●●、なんでなきそうなの」 ――。 「・・・そっかぁ」 私はため息をついて、オパチョ君に目線を合わせるようにしゃがんだ。 「オパチョ君。このことはハオには言わないでね」 ハオがやってるみたいに頭を撫でようとしたが、その手が土だらけなのに気がついて静かに手を引っ込めた。 私はこっちに来てから泣きすぎだ。 オパチョ君が言ってたじゃん。ハオは弱いやつが嫌いだって。 だからもうあまり泣きたくない。 オパチョ君がぴくりと動いて私を見上げる。なにか言いたげにその目が揺らいだけど、結局彼は何も言わなかった。 私の気持ちをくみとってくれたのか、彼は素直に頷いてくれた。 感謝の気持ちをこめて笑んでから、私はまた人がいる方向を見た。 アンナさんとそのお友達の人たちはすでに背を向けて歩き出している。 私がじっとその背中を見つめていたら、視線に気づいたのか、偶然なのか、背がとても低い男の子がこちらを振り返り、目が合った。 目が合った瞬間その子は目を見開いて慌てだして、私も戸惑いながら笑って会釈をすると彼は律儀にも返してくれた。 アンナさんに呼ばれたらしい彼は早足で視界から消えていった。 「待ってろって言っただろう?」 いつの間にかオパチョ君の後ろに佇んでいたハオ。ビンタされた頬に紅葉が色づいてる。 私はなんだか顔を見ていたくなくて、ふいと視線をそらして立ち上がった。 「●●・・・っ!怪我したのかい?」 そりゃ驚くよね。こんな年にもなって擦り傷作って服を盛大に汚して。 私は返事をしないまま土ぼこりを払い落とす。 バカみたい。あんなことでむっとして。あんなの冗談だよ、きっと。 「●●。怪我を診せてごらん」 ・・・私に対してのが冗談だったのかな。 気づいたら手を伸ばしてきていたハオの手を振り払っていた。 「●●・・・?」 怪訝そうに眉間にしわを寄せるハオ。オパチョ君は足元でおろおろしてる。 「・・・大丈夫だから。気にしないで」 「でも、●●・・・」 まだ何か言いかけたハオを無視して、私は一生懸命登ったそこを滑り降りた。 もちろん美しくすべり降りるなんてできないから、また新しい傷を作りながら。 しかも、最後の最後に出っ張った岩に足をぶつけた。 「うっ」 地味に痛い。血は出てないけど、地味に痛い。 声を我慢して患部を押さえる。 ザッと横の土煙が立って、ハオが目の前にしゃがみこむ。 「無理はするものじゃないよ。立てるかい」 不意に私のわきの下に手を差し込んで私の体を持ち上げて立たせた。 私がちゃんと地に足をつけても、まだ半分の体重はハオが支えている。 「大丈夫だから」 ハオの手をもぎ取ろうとすると、ハオは余計に私の体を上にあげた。 もうつま先が申し訳程度にしかついてない。 「ちょっと・・っ」 ばたばたと足をばたつかせるけど、ハオは無表情でじっと目を見てくる。 「・・・」 どうすればいいんだろう。 バタ足を止めて、私もハオを見返す。 動きのないハオの視線に少しずつ対抗できる気がしなくなってきて、ちょっと視線をそらしたら、ぐいと体が動いて、覆いかぶさるような体勢にさせられて抱きしめられた。 足が浮いてる状態で抱きしめられたまま、背中をぽんぽんと宥めるようにたたかれる。 「?」 ハオ?と問いかけようとしたら、ゆっくりと降ろされた。 足は・・・最初より随分痛みも引いたみたい。 行動の意図が読めなくて彼を見上げる。 「行こうか」 彼は私の手を握って、なぜか優しく微笑む。 「オパチョ、おいで」 とことこと歩いてきたオパチョ君ともハオは手を繋ぎ、なんだかよくわからない状況に。 結局ハオがこのときなにを考えていたのかわからなかったけれど、私の怪我を気遣ってゆっくり歩いてくれたのはちゃんと感じ取った。 |