ハオに会えたのは本当に嬉しかった。

 でもこんな思いするなら、思い出は綺麗なまま取っておいたほうがよかったのかもしれない。


 ついさっき、この世界での私の必要性のなさを思い知らされた。



「マッチ、つまんない」

「私の真似しないで」

 私から離れたところで皆楽しそう・・・とは言えないけど、雑談をしてる。

 なんかハオもさっきから目も合わせてくれないし。

 寒いし。


「はっくしゅん」

 夜の、しかも上空となると空気が冷える。


 身体を抱えるようにして座って、身を縮ませる。


 すると、私の脇から小さな火がふわふわ浮いてきた。


「?」

 火の玉・・・っぽくはないけど。
 何だろう。


 指先でつつことすると、それは避けるように形を歪ませた。

 変なの。

 でもあったかいなぁー。

 熱すぎることもないし。

 よくわかんないけどこのままにしておこう。



 ●●はスピリット・オブ・ファイアの端っこで、僕らに背を向けて寝転がっている。

 寝てるのか起きてるのかわからない。


「・・・」

 ●●と話がしたいけど、なんかやだ。

 その理由と言うのもちゃんと自分ではわかってる。


「・・しかたないか」

 僕は休んでるもの達を起こさないように立ち上がって、ピクリとも動かない背中に向かって歩いた。



「・・・●●」

 ●●の顔が上から覗けるくらいまで近寄ると、●●は起きていることがわかった。

 指先で、僕が出した火をずっとつつく真似をしてる。


 僕は●●の頭の横に座って、彼女の頭の上に手を乗せた。

 顔にかかってる髪を耳にかけてやると、●●はやっとこっちを見た。

 少し微笑んでみせる。

 これで反応をしてくれるかと思ったら、まさかの無視だった。僕から目をそらしてついには目を閉じてしまった。

「●●ー、無視するなよ」

 ●●の頬をぺちぺちとたたくと、●●はうっとうしそうに目を開けて体を起こした。


「・・・なに?」

 膝を抱えてふてくされたように前を向く。

 なに、って・・・

「なんとなく」

 この答えが不十分だったのか、●●は完全に僕が視界に入らないように顔を背けた。しかもそれどころか、ずりずりと僕から遠ざかっていく。

 2メートルほど離れたところまで行って、●●はようやく止まった。


「・・・」

「・・・」

 なんかむかついた。

 ここで引き下がるなんて未来王の名に恥じるので、僕もずりずりと●●に近づく。


 また隣まで来ると●●ははっきり拒絶を示した。

「来ないでよ」

「なんで逃げるのさ」

「知らない」

 静かだけど語勢が強い。

 ●●はまたずりずりとさがっていく。

「なぁ●●」

「うるさいな」

「●●」

「ふん」

 ずりずりずりずりと追っては逃げられを繰り返す僕ら。


「あの人たち何やってんの?」

「マリ・・わかんない」

 無視無視。


 そんな感じのことを1分くらい続けたとき、●●はついに立ち上がった。

「もう!来ないでよ!」

 僕が座ったまま●●を見上げる。いや、正しくは、険しい表情の●●の後ろに同じく険しい表情をして立っているラキストを見た。

「ハオ様に失礼ですぞ」

 幾分低い声で発せられた声に●●は悲鳴にならない悲鳴を上げて全速力で(といっても遅いけど)、一番最初に●●が寝そべっていた場所に帰っていった。

 びくびくと震えて丸くなっている背中がかわいそうになった。


「ハオ様」

 座ったまま僕はラキストを見上げる。

「なぜあのような人間を」

 いつもは温厚なラキストが口をへの字にして●●を睨む。


「どー見てもイッパンジンだよなぁー?」

 ザンチンまでもが面白くなさそうに、遠くの背中を威圧した。

 何か異様なものを感じ取ったのか、●●の体はさらに縮こまった。


 休んでいた者達も殺気にも似たそれに目を覚まし出す。


「ハオ様、不躾な質問ですが・・・」

 一度言葉を区切ったラキストは、ためらいながらもその続きを口にした。

「あの娘、ハオ様の姿がしばらくの間見られなくなったときと、なにか関係があるのですか?」


 きっと全員がそれを何となく予測していたのだろう。ラキストの質問に僕に視線が突き刺さる。


「――まぁね」

 全員が息を呑む気配を感じた。

「あいつ何なんですか!?ハオ様に対して失礼なことばっかしてるし、シャーマンでもなさそうだし!」

 マッチがヒステリックに叫ぶ。

 全員、●●がただの人間であることに気づいているから、ここまで嫌悪感をあらわにしているのだろう。

 僕が呆れたようにため息をつくとマッチはびくりと体を震わせた。

「●●は恩人さ。さっき言っただろう?」

 こいつらには別にすべてを言う必要はない。面倒だし。

「確かに彼女はただの人間だよ。たぶん霊も見えない」

 そこまでとは予測していなかったのだろう。全員が少しざわつく。


「嫌うのは別に構わないけど、余計なことはしちゃダメだよ?」

 せっかく会えたのに殺されちゃ意味ない。

 こんなやつらでも僕が言うことには違いなく従うから、釘を刺しておいて損はないかな。

 水を打ったように静かになった空間。

 僕は立ち上がって●●の方向を見た。

 しゅんとしている背中。少しかわいいなんて思うのは・・・不謹慎だよね。


「●●、おいで」

 できるだけ優しく言うと、●●はもぞもぞと動いてから少しだけこっちを見た。

 しばしの間僕を見つめてから●●はようやく腰を上げた。


 僕らの視線にときどき足を止めながら彼女はようやく僕の後ろまで来た。そう、真後ろに。

「・・・●●」

「・・・」

「後ろじゃ意味ないだろ」

「・・・」

 ●●はやっぱりか、みたいに硬直してやっと一歩横にずれた。

 ・・・顔真っ青だけど大丈夫かな。

 興味半分嫌悪半分な視線を受けて●●はどんどん萎縮する。


 ●●をここに呼んだというのも、とりあえず皆に●●を紹介しておくため。

 でもこれじゃあ●●も話せそうにないね。

 しかたないな。

「この子は××●●。日本人で、さっき言ったとおりただの人間だ。●●」


 最後くらいは礼儀として喋ってもらわないとね。●●にそういう意味を含ませて呼びかける。

 ●●は僕の顔を凝視してからおずおずと口を開いた。

「すみません」

「・・・」

 ●●・・そういうことじゃないよ。

 僕が生暖かい視線を送ると●●はさらに顔を青くした。

「あ、えと・・・・・・よろし、く。お願いします・・・」

 まだ少し顔が青いまま、どもりながらようやく挨拶を終えた。



 ハオに半ば強制的に紹介させられた。

 もちろん拍手なんてそんな優しいものは返ってこなかったし、空気は凍りついたままだし。


 もうやだ。

 用も済んだだろうと私が背を向けると、誰かに肩をがっしりと掴まれた。

「・・・」

 その腕が伸びてきているほうを伝って見ていくと、にこやかなハオ。


「・・この手は何でしょうかハオ様」

 ハン。はいはい、様様つけますよ。つけりゃいいんでしょつけりゃ。ハオ様ハオ様ぁ〜。


 私が嫌味な目を向けるとハオは苦笑をして、後ろを向いた私の体をまた皆のほうに方向転換させた。

「少しは馴れ合いも必要だよ」


 全力で投げ返したいです。




 結局背中をずいずい押されて輪の中に押し込まれた。

 ハオがどっかりとその中心に座る。おいで、と自分の隣をたたく彼。飛行機でのことがデジャヴ。


 いやだなぁ。でも一人にはしてくれなさそうだしなぁ。

 私は少し間をあけて、かつハオの斜め後ろに身を隠すように座った。


 あー・・・かわいい女の子達がいる。仲良くなれたらいいのになぁ。

 私がじっと見ているとその女の子達は全力で睨んできた。

「・・・」

 こんなにあからさまに嫌われることってそうそうないよね。


 モチベーションがさらに下がってちょっと下を向く。

 と、その視界のぎりぎりのところに、裸足の小さい足が入ってきた。


 顔を上げると、あの子。オパチョ君。

「オパぐはっ!」

 何の意味もなく名前を言おうとしたら蹴られた。顔。

 小さいのにすごく力が強くて軽くふっとんだ。


「いった・・・」

 ぐらぐらする頭を押さえて上半身を起こす。

「オパチョ、なんてことするんだ」


 ハオが優しく怒る。

 でもその子は口をへの字にしたまま、いつかのようにまた私を指差した。


「オパチョあいつきらい」

「オパチョそう言うな」

 ハオは怒ってくれてるけど完全に周りの人笑ってるし。


 あー・・・そうですか。私は嫌われ役ですか。

 ハオ様大好きな人たちは得体の知れない私が大嫌いなんですね。


 ・・・私だって好きでこっちに来たわけじゃない。


 心の中で吐き捨ててから震える足を叱って、私はその場所から早足で離れた。






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