中は見ため以上に広くて、それに比例して人も多かった。

 乗客は老若男女どころか、生物の域を超えたものも乗ってる。


「・・・」

 勢いで乗って来たはいいけど、まったく状況が把握できてない上にどこに行けばいいのかもわからない。

 ハオも見つかんないし。


 右往左往してると、さっき広場でハオと話していた男の子たちの姿を見つけた。

 しかたないかぁ・・・。

 私はその人たちに近づいた。


「あの・・・すみません」

 声をかけて、そこでなんか喧嘩中だったことに気がついた。

 変な空気の中注目を集めてしまって、無意識に顔が赤くなる。


 えと、えと、これはうん。

 口をパクパクとしていると、ヘッドフォンの子がへらりと笑った。

「おお、なんだ?お前さっきのやつだよな」

「あ・・・うん」

 普通に返事をしてくれたことに安心して胸をなでおろす。

 なんか横から、頭がとんがってる子の視線を激しく感じるけど、今は絶対に見ちゃいけない気がするから無視しておく。

「あの、どこに座ればいいかわからなくて・・・」

「けっ、お前それでも本当に参加者かよ」

 バンダナの子が吐き捨てるように言ってきた。

 参加者?なんの?

 首をかしげていると、ヘッドフォンの子が目を丸くした。


「おまえ、参加者じゃないのか?」

 そんなに大きくないボリュームの声だったはずなのに、その台詞は飛行機に乗っている人大半の視線を集めた。

 そして間を空けずにざわざわとし出す。

 背中に槍でも刺さってんのかって思うくらいに痛い視線を感じる。

 もう冷や汗がだらだら流れて、指一本動かせなくなった。

 ぐちゃぐちゃになった頭の中を整理できないでいると、硬直した指に他の手が被さった。


「●●、あんまりうろうろするな」

 手をぐいと引かれて、後ろの席に引きずられていく。見えた後姿はハオだった。


「ハオ」

 うろうろするなって、置いていったのハオじゃん。

「あ・・・」

 私は引きずられながら首を後ろに回して、あの人たちにお礼を言った。

 ヘッドフォンの人は返事をしてくれた。だけどそれ以外の、しかも飛行機中の人たちが皆あんぐりと口をあけて、そしてまた違う雰囲気のざわざわが始まった。


『あのハオの・・・』

『だったらかなり強い・・・』

『あの小娘が・・・』


 なんて聞こえてくる。うーん。わかんない。

 ていうかこんなに皆に見られて顔色1つ変えないハオの神経疑う。

 じとっとした目でハオの後姿を見ていると、そういえば前に『注目されるのは慣れてる』的な発言があったのを思い出した。


 あれ・・・。

 なんだかさっきとは違う汗がふきだしてくる。

 そういえばさっきのハオの仲間みたいな人たち、みんな『ハオ様ハオ様』って、様付け・・・。


「・・・」

 ハオって、すごく偉い人だったりする・・・?

「●●、座らないのかい?」


 ぽんぽんと自分の席の隣をたたく。

「・・・」

 座るって言ってもさ・・・。

 こんなイカツイ人たちに睨まれて座れるわけないじゃん。

 さっきの青い髪の女の人も、羽付きの大きな帽子をかぶった人も、ターバンみたいなのを顔中に巻いた人も、皆睨んでるよ。


 怖いよ、怖すぎるよ。

「私、やっぱり降り・・・」

「ハオ様が座れと仰ってんだから、さっさと座りなさいよ」

 オレンジの髪を高い位置で結んだ、元気そうな子。

 決して目を合わせないところが、完全に私を嫌っていることがわかる。

 私が何したって言うんだよ。

 言ってやりたいけど怖いから止めておく。

 唾を飲んで、皆さんに背中を向けないようにしながらハオの横に腰掛けた。


 終始視線がついてきて、座ってからようやく椅子によってそれを遮ることができた。

 でもほっと息を吐くほど落ち着けてなくて、背もたれに背を付けることもせずに顔をうつむける。

 緊張して喉が渇く。

 ずっともぞもぞと落ち着きなく動いていると、左隣にいたお坊さんみたいな格好をした黒い髪の人に怒られた。ていうか落ち着けって言われた。

 落ち着けるわけないじゃん。

 そう思って恨めしそうに私がその人を見てると、離陸の合図が出され、ついにこの飛行機は飛び立った。


 遠くにある窓の向こうに雲が見えてきて、私の中で少しだけ気持ちが吹っ切れた。

 椅子に体を強張らせたまま背を預ける。


 顔は斜め下を向いたままハオのほうに視線を向けると、誰かに向かって手を振っていた。


 楽しそうでいいなぁ。


 ふうと息をつく。

 そのとき、ポケットに突っ込んでいた硬い何かに手が当たった。

「あ・・・」

 そういえばまだこの変な機械返してなかったんだ。


 ポケットからそれを出す。

「ハオ・・・」

 私はハオだけに呼びかけたのに、何でみんなこっち見るの。


「・・・様」

 私がつけたすように呟くと、ハオは周りの様子を見て苦笑をした。


「ああ、別に気にしなくていいよ。いつもどおりでいいから」

「・・・」

 ハオはよくても私はよくないの。


 もう口を開きたくなくて、無言でその機械を押し付けた。

 ハオが名前を呼んできたけど、目を閉じて無視をした。誰かが呆れたようなため息をついた気がして、また身体が強張った。


 なんでこんな息苦しい思いしなきゃいけないんだろう。

 悶々と考えてるうちに、こんな状況だというのにもかかわらず、徐々に眠気が襲ってきた。


 頭がカクンとなる度にはっとして目が覚めるけど、またすぐにぐらぐら思考がゆれて。

 ハオが笑いながら「寝ていいよ」と言ったのに対して、拒絶の意で首を振ったけどやがて意識が保てなくなって、寝た。もう知らない。



 眉間にしわを寄せながら眠っている●●を見てハオは目を細める。

 そんなハオを見て、ほかの仲間たちは違和感を覚えずにはいられなかった。


「・・・ハオ様、この娘はなんなのです。急に現れたと思ったらハオ様に対して無礼なことばかり・・・」


 ラキストが不満そうに顔をゆがめる。

 周りのものも同意だと言わんばかりに首を縦に振る。

「ああ、●●は・・・」

 一身に視線を集めて、ハオは平然と言ってのけた。


「ちょっとした恩人だよ」

「恩人・・・」

「ああ」

 家臣たちは、恩人の一言でまとめるにはあまりに慈悲深い表情を浮かべるハオに、疑問符を浮かべることしかできなかった。


 話題の中心にいる少女は、そんな現実から逃げるように惰眠をむさぼっている。




 夜も深くなり、乗客のほとんどがしばしの眠りについていた。

 ●●の眉間のしわもやわらかくなって、身体もやわらかくなったのかずるずると左のほうに身体が倒れて行っている。


 手すりから頭がはみ出し、ぐらりと身体が傾く。

「あぶな・・・!」

 ハオがとっさに手を伸ばすと、その手が●●を捕らえる前に●●はパチリと目を覚ました。


 手を伸ばしたままの間抜けな体勢のハオを、寝ぼけ眼で●●はじっと見た。

 ハオは体裁が悪くなりわざとらしく咳払いをしながら姿勢を正す。


 後ろの席でくすりと笑ったマチルダをハオは軽く睨んだ。そしてすぐにカンナがマッチに制裁を与えた。

「・・・トイレ、行ってくる」

 ●●は半分眠った目でゆらゆらと立ち上がり、通路を歩いていった。

 ハオはゆったりと歩いていく●●を心配しつつ、さすがにトイレにまでついていくのは非常識だろうと背を椅子に沈めた。



 それからオパチョの予言があり、数秒とせずに画面いっぱいにゴルドバの貫禄溢れる顔が映し出された。



 蛇口をひねり、水を出す。

 その水に手をつけるとその冷たさに一気に眠気が飛んだ。

 寝ぼけながらもトイレにたどり着いた自分に拍手を送りたい。

 蛇口を元に戻し、設置してある手を拭うためのティッシュで手を拭いていると、機内がなんだかざわつきだした。


 変に思いつつものんびりティッシュをゴミ箱に捨てた。


 そしたら床が無くなった。

「は?」


 もちろん重力に逆らえるはずも無く、上空何千メートルという所から私は落下を開始した。

 もう悲鳴を上げる間もない。

 周りの人たちははじめは戸惑っていたものの、各々が各々の方法で地面への激突を回避していく。



 少しずつ近くなる地面。

 今更実感がわいてきて、腹の底がひっくり返るくらいの恐怖を覚えた。


「やだ!うそでしょ!?」

 ばたばたと暴れても余計に落ちるスピードは増すばかり。

 死にたくないよ。

 三分の一ほどのところまで来た。怖くて目を瞑ると、すぐ近くから聞いたことのある声が聞こえた。


「おい!お前、大丈夫か!?」

 見ると、さっきのへらへらしてる男の子だった。

 その人は泣きそうな私を見て、安心させるようにまた笑った。私もがんばって笑って返した。


「おいらに手を伸ばして」

 私のほうに手を伸ばしてきたその人に、私もためらいながら手を伸ばす。

 落ちながらでなかなか手がつかめない。

 数度すれ違った手は、ついに指先が触れた。



 その瞬間、感じていた浮遊感が止まり、驚愕とした表情をしたその人だけが下へと落ちていった。


「あ!」

 慌てて手を伸ばすけど、すでに彼方。


 呆然と彼を見送ることしかできなかった。


「葉なら大丈夫だよ」

 ざっ、と横に立った声。

 見上げると、むすっとした表情のハオがいた。


 大丈夫って、どうみても大丈夫そうには見えなかったけど・・・。

 ハオから視線をそらして、さっきの人が落ちていった場所を見る。


 しばらくすると轟音と大きな光が起こった。


 ・・・これは、大丈夫ってことになるの?


「●●、あんまり端によるな」

 ずっと下を見ている私に怒ったように言って、私から離れていった。

 何で怒ってんの。

 ハオが行く先を目で追っていくと、その先には皆さんが勢ぞろいだったからすぐさま目をそらした。


 それにしてもこの赤いのなんだろう。飛んでる。


 たぶんさっきの化け物みたいなやつだよね。


「これ、ハオさまの持ち霊」

 いつのまにか私の隣に座っていた、私が嫌いだというあの子。オパチョ、だっけ。


「もち、れい?」

 なんじゃそりゃ。

「つよい」

 なぜかオパチョ君が胸を張る。

「強いんだ」

 こんだけでかくて弱かったらギャグにしかならないでしょ。

 ふーんと相槌をついて、足元の赤いそれを撫でる。



「でもお前弱い」

 いきなり私への話題転換。

「私?」

 自分で自分を指差す。


 オパチョ君は綺麗な目で私を見た。

 なんとなくその瞳を前にも見たことがあるような気がした。



「弱いやつ、ハオさまきらい」




 とつとつとハオの元へ走ってゆくオパチョ君。


 ハオはそんなオパチョ君に笑顔を向け、他の仲間に話しかけられてそれに楽しそうに対応していた。


 あれ、何だろう。

 これは。

 そうだ、これは。


 孤独感


 ってやつか。

 私は孤立したのかな。






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