二人でだらだらするのが日課の午前十時ごろ。

 最近ハオは飽きてきたのか面倒なのか、髪をあまり結わなくなってきた。

 家の中ではクーラーもつけてるし汗もかかないけど、やっぱり見てると暑苦しい。


 曲げていた背中を起こして、ハオのつややかな黒髪を見る。

 櫛で毎回梳いてるわけでもなさそうなのに、どうしてそんなにまとまりがいいのか。私なんて櫛で梳いてもいいシャンプー使っても、何をやってもあんなふうにはならないのに。むかつく。じゃなくて羨ましい。

 はじめ会ったときから思ってたけど、なかなか言い出せなかったことがある。


 触りたい。

 髪に触りたい。


 さらさらなんだろうなぁ・・・。

「・・・」

 ああ、なんかそう思い出したら止まらなくなってきた。
 触りたい。

 私はテレビを見ているハオに気づかれないようにそっと移動して、彼の後ろに回りこんだ。

 いざ、と手を伸ばして、私はすぐにその手を止めた。


 ・・・さすがに本人に許可取ったほうがいいよね。急に触るなんて変態だもんね。びっくりするもんね。


「あ、あの、ハオ」

「だめ」

 ・・・ダメだって。
 私が移動してたことに気づいてたのか。


「ねぇハオ」

「ダメなものはダメ」

「まだ何も言ってないじゃん」

「●●のことだから何となくわかる」

 くだらないことでしょ?なんて言いながら首を後ろに回してくる。
 くだらな・・・くないとは言えないけどさ。

「髪の毛、触らせて」

「だめ」

 ・・・諦められるわけないじゃん!悔しい!

「お願い!」

「髪引っ張るな」

 くんと一束とって軽く引くと、ハオは眉間にしわを作ってまた振り返った。

 ハオに向かって両手を合わせる。


「ちょっと遊ぶだけだから」

「人の髪で遊ぼうとするな」

「じゃあ結わせて」

「暑くないからいい」

「一生のお願い」

 そう言ってからしばしの無言と睨み合いにも似た何か。
 時計の針が一つ、ずれる音が聞こえた。


「君の一生のお願いはくだらないね」

 ため息と共に吐き出された言葉。
 ハオはくるりと背を向けて、手をひらひらと振った。

 その態度はOKととっていいのかな?

「触っていいの?」

「一生のお願いならね」

 答えに顔中の筋肉が緩んだ。

「ありがとう!」


 許しはもらった。けど、いざその時になるとやり辛い・・・。
 でも触っておかないともったいないよな。

 恐る恐る手を伸ばして、長い髪を指に絡めた。

「うわー、すっごいさらさら」

 それは思ったよりも指どおりがよくて、本当に男なのかと今更ながら疑ってしまう。
 適当に髪を束にしたり、離したり、梳いてみたり、好き勝手触る。

 くすぐったかったのかハオの肩がぴくぴくと跳ねた。

「いいなぁ。同じシャンプー使ってるのになんでこんなに違うんだろ」

 言い終わってから、自分でこの台詞が非常に恥ずかしいものだったような気がしてきて顔が熱くなった。幸いハオはテレビを見ているから気づかなかった。

 私はごまかすように、彼の頭の形に添って髪に触れ続けた。

 根元から毛先まで絡まりのないそれは、触っているだけで心地よくなぜか私がうとうとしだした。

 だんだんと重たくなる瞼。
 閉じかけた自分の瞳で、一瞬だけハオの表情を盗み見た。

 そして一気に眠気が飛んだ。


「っ」

 彼は今までに見たことないような穏やかな表情でいて、テレビを見ていると思ったその眼はゆったりと閉じられて。

 ハオの表情に目を奪われ、鼓動が速まり、そして意味のない涙が目に滲んだ。

 どうしてもそれを悟られたくなくて、私は目を閉じて震える手で髪をすき続ける。
 こうやって触れられることだけで十分。それ以上だなんて贅沢は言わない。言えないよ。


 でも、それでもやっぱり・・・好きだなぁ。

 涙が我慢できなくなりそうになって、気づいたときには髪を梳いていたはずの私の手は髪をすり抜けて、ハオの細い肩に抱きついていた。


 絹のような髪のかかるハオの肩に顔を埋めて、唇をかみ締める。


「●●・・・?」

 ハオの声が嫌がっているのか、戸惑っているのか、もう判断できないくらい私は混乱してる。でもその反面すごく冷静な自分もいた。

 真っ白になった頭のまま、私はハオからぱっとはなれてハオから離れた。

 そのまま立ち上がって部屋から出ようとした。

「●●!」

 私は振り返らないまま、返事の変わりに立ち止まった。


「君は」

「ごめん」


 ハオの声を聞きたくなくて無理矢理言葉を遮った。

「●●・・・」

「・・・・・・ごめん」


 背中に刺さる視線を振り切って、私は自室に入って誰も来やしないのに鍵をかけた。


 ああ。私って何てバカなんだろう。
 一生のお願いなんて使うんじゃなかった。

 こんなところでボロ出して、ハオ絶対迷惑だったよね。


 お祭りは明日。



 僕はあの時どうすればよかったのだろう。

 即座に払いのけるべきだった?
 抱きしめ返すべきだった?
 何をふざけてるんだと笑うべきだった?


 ・・・どうするべきであっても、僕はたぶんできなかった。

 髪に触れる心地よい感覚が消え去った途端に、間近で香った彼女の香り。

 そして彼女から流れ込んできた感情。


 ――とっさの判断もつかない。




 すでにいない、彼女が立っていた場所を呆然と見つめて、僕はただ絡まった思考を整理しようとしていた。






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