今日も、●●も僕もいつもどおりの一日を過ごした。

 昼ごはんに文句を言えば取り上げられ、晩ごはんのメニューを聞いて、口出しをすれば自分で作れと言われ、テレビ見て、喋って、仏壇に手をあわせて、二人してクーラーが効きすぎた室内で寝てしまって、起きてからずっとくしゃみが止まらなくなったり。

 これが僕にとっての『いつもどおり』なのかと改めて問われると、うんと頷けないけど。


 まだ寝ぼけてるのか、●●はテーブルに頬をべったりとつけて、さっきから聞き取れない言葉を呟いてる。

 あまりに間抜けで、わざと鼻で笑うと●●は不快そう眉を寄せて、目だけで僕を見た。

 その視線を振り切って、窓の外を見る。
 西の空は朱く焼けて、今日1日の終わりを告げていた。

 僕は空から目が離せないまま、言うべきか言わぬべきか考える前に心にあったことを発してしまった。


「●●」

「ん?」

「散歩行こう」

「散歩?」

「あぁ」


 笑顔で言うと、●●は僕の顔を凝視した後に、さっきまで僕の視線の先にあった空を見た。


「そうだね」

 ころりとこぼれたその返事に、僕らは惹かれるように外に出た。




 日暮れ時と言ってもまだまだ外は灼熱地獄。

 外に出た途端に家の中に戻ろうとした●●の首根っこをつかんで、無理矢理エレベーターに乗り込んだ。

「思ったよりも暑い」

 エレベーターの壁に寄りかかっている●●の代わりに、ドアを閉めるボタンと、一階のボタンを押す。

 点灯したのを確認して、僕も脇に寄りかかった。


「何で急に散歩なの?」

「いい天気だから」

「ハオはいい天気だったら散歩に行くんだ」

「まぁね。特に夜は静かでいい」

 エレベーターが到着したようでドアがゆっくり開いた。
 僕が先に出て、●●もその後ろをついてくる。

「夜・・」

「星が綺麗だろ?」


 朱色の空が地を染め、その中に僕たちは身を投じた。

「星かぁ。最近はあんまり見ないなぁ」

「・・・」

 何気なく呟かれた●●の言葉は、以外にも僕の心臓をほんの少し跳ね上がらせた。

 ・・・●●も同じか。

「昔は今みたいに、電灯も高い建物もなかったから、空も星もよく見えたんだけど」

 ●●は、まだ明るい空を見上げて、見えもしない星を眺めるような素振りをした。

 何となく●●を見ていたくなくて、僕も空を見た。

「なんか寂しいよね」

 風にとられてしまいそうなほどの囁き。

「だって、昔は何にも考えずに空見上げてたりしたのに、年取って、見ることを忘れちゃって。なんか寂しいよね」

 僕はいつの間にか●●の方を見てしまっていたらしい。顔をこっちに向けた●●と不意に目が合ってどきりとした。

 目をそらそうとしたけど、●●の光を取り込んだ朱色の瞳から目を離せなかった。

 その瞳が細まって、頬にも微かに赤みがかかった。

「ハオは優しいんだね」

「っ」

 目を見開くと●●は照れくさそうに前を見た。

「いや、うん。ごめん。聞かなかったことにして。私はなんて臭い台詞を・・・」


 さっきより赤くなっている耳に気づいて、なぜか僕自身も顔に熱が集まるのを感じた。

 ●●が向こうを見ててよかった。

「僕は・・・優しくなんかない」

 この手で何人の人間を殺してきたか。

 清らかな道を歩んできた君には、一生わかることのないこの闇の深さ。

 自分の目の前にいる男がまさか、たくさんの人間を殺めてきたなんて思いもしていないのだろう。

「ハオは優しいよ」

 違う。違う。




 ほとんど会話もないまま、二人並んで歩く。

 いつもは会話のない沈黙など気まずくはないけど、今回ばかりは少し息苦しさを感じる。

 すっかり空は暗くなり、ひとつふたつと星が瞬きだしていた。
 川沿いに出た僕たちは、ゆっくりとその川に沿って歩を進めていた。

 僕は川の流れを耳に聞きながら、コンクリートの道を睨みながら歩いてた。

「ハオ」

 少し離れたところから●●に声をかけられて、いつの間にか●●が足を止めていたことに気づいた。

 振り向くと、困ったような顔をして●●は目を泳がせていた。

「少し休もう」

 ●●のその言葉に僕は素直に頷いた。


 川の近くに設置してあるベンチ。

「はい」

「ありがとう」

 ●●が近くにあった自販機でお茶を買ってきてくれた。


 蓋を開けようとしたとき、ちらりと●●の手を見るが自分の分のお茶を持っていない。

「●●のは?」

「一本しか買うお金がなかったから。私は喉渇いてないからいいよ」

 僕の隣に座りながら●●は苦笑した。
 そんな汗だらだらの格好してよく言うよ。

 思わずため息が漏れた。

「僕はいいから。●●飲んで」

「え、いいよ!」

 いらないいらないと両手を振る。
 僕は構わず●●にペットボトルを押し付けた。

 受け取らざるを得なくなった●●は悔しそうに唸る。


「じゃあ半分ずつ!」

「はいはい」

 そのよくわからない意地はどこから沸いて来るんだか。





 やっぱりこれだけ街灯が多くちゃ、星はほとんど見ることができない。
 ●●も同じことを思っているようで、眉を下げて空を眺めている。

 仕方ないか。

 僕らの真ん中に置かれたペットボトル。四分の一ほど減っている。
 僕はまだ一口も飲んでいないけど、さすがに喉も渇いてきた。

 ペットボトルを手に取ると、●●はすごい勢いで振り返ってきた。

「・・・何?」

「べ、別に」

 わざとらしく僕と正反対のほうに顔を背ける。

「?」

 何だよ。飲んで良いって言ったのはそっちだろ?

 構わず蓋を開けて口をつけた。
 ところで、はっとした。

 これはいわゆるあれだよな。


 間 接 キ ス。


 気づくこの瞬間までは何とも思わなかったのに、●●の態度を見て察して恥ずかしくなった。

 口をつけたまま恐る恐る●●のほうを見ると今度は首まで赤くなっていた。

 こっちまでつられて、さっきよりも体が熱くなった。

 何なんだよもう!
 やけになってペットボトルの中身を全部飲み干して、ゴミ箱にそれを投げ捨てた。

「●●、帰るよ」

 まだ熱い頬を見られたくなくて、●●に背を向けたまま言った。

「うん」

 弱々しい返事を聞いて、僕はさっさと歩き出した。



 わざわざ反応しなくたっていいだろう、あんなこと。●●が変な態度取るからこっちまでつられる。

 今日の僕はおかしい。

 それはきっといつもより格段と暑いからだ。●●がおかしなことを言うからだ。

 ●●が、●●が・・・!




 それから、●●が僕の歩くスピードについてこれずに、へろへろになりながら追いかけてきてることに気づいたのは、僕が玄関の前についてからだった。






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