午前七時。

 いつもより三十分ほど早い時間に目が覚めて、あくびをかみ締める。ぼさぼさの髪を手で整えていると異変を感じた。

 リビングのほうから物音がひとつもしない。

 最近よく眠れるようになったのか、多少僕よりも起床の時間が遅くなった彼女。それでも八時までにはちゃんと起きてくる。

 まだ寝ているのか・・・、いややっぱり気配はない。

 ・・・●●がいない。

 買い物か。・・・こんな時間に?まだ店も開いてない。

 疑問に思いながらも着替えをすませ、廊下に出た。


 向かいの閉じられたドアに寄り、小さくノックをするがやはりいないみたいだ。


 トイレ、キッチン、風呂、リビングと見るが、やはり見つからない。

 まぁ、待ってれば帰ってくるかな。




 我慢できなかったあくびをもらして和室に行く、と、そのテーブルになにかが乗っていた。

 紙きれ。何か書いてある。


『今日登校日だって言うの忘れてた!ごめん。行ってきます。昼前には帰ってこれると思うから、変なことしないでね。 朝ごはんは冷蔵庫に入ってます』


 所々に書き間違いと、それを塗りつぶした跡が見られるから、おそらく相当急いでいたのだろう。

 それにしても。

「ふぅん」

 登校日ねぇ。
 関係ないや。とりあえず朝ごはん朝ごはん。


 メモ用紙をテーブルに置いて、キッチンに入り冷蔵庫を開けた。

 そこには昨日の晩ごはんの残りの餃子。丁寧にラップに『これ』と書かれた紙が乗せてあった。


「・・・餃子」

 あの子は朝から僕に餃子を食べさせるのか。
 とりあえず電子レンジに突っ込む。

 おいしいからいいけど、まずかったら完全に灰にしてるところだよ。おいしいからいいんだよ。朝から餃子でも・・・。おいしいから・・・。


「せめて味噌汁飲みたかった」

 うなだれると、温め完了のお知らせ。チンと電子音が響いた。



 午前8時。

「・・・」

 テレビはつまらない。

 この世界の政治など興味はない。顔も名前も知らない芸能人や著名人など尚更だ。明日の天気もどうでもいいし、エセ占い師の占いなど余興にもならない。山から猿がおりてきたとかわざわざ話題にする理由がわからない。

 つまり何が言いたいかというと。

「暇」

 この時間はいつも●●と取り留めのない話をしているから、どうにか暇は潰せている。

 その唯一の暇つぶしの相手がいないと、暇にもほどがある。

 起床してからまだ一時間しか経っていないというのに、もう夕方くらいの気分だ。

「・・・」

 ●●の学校ってどこだっけ。
 そういえば聞いたこともなかったな。興味ないし。

「・・・・・・」

 散歩、行くか。

 玄関から靴を持ち出しベランダに出た。


「スピリット・オブ・ファイア」

 名も知らぬ町の風を受けながら僕はあてもない散歩に出かけた。




 で、僕はどうしてここにいるのだろうか。

 目の前にはありがちな形の学校。


 その校門の前に立ち尽くし、誰もいない校庭を見回す。
 わざわざ霊視までしてこんなところに・・・・。

 そこは●●の通う学校。

 名前も場所も知らなかったけど、そのあたりの人間の心を覗けばこの場所を探し当てるのに難はなかった。

 いくら暇だからってここまで来ることないじゃないか。自分で来たんだけど。
 なんか寂しいみたいに思われちゃいそうじゃないか。自分で来たんだけど。
 迎えに来たとか思われたらすごく不快じゃないか。自分で来たんだけど。


「どうするかな」

 せっかく探し当てたのに、のこのこ帰るというのも癪だ。

 かといってここで●●の帰りを待つというのも。たしか昼前には帰るとか書いてあったよな。まだまだじゃないか。

 ・・・帰るか。



「●●〜、今度遊びに行こう!海行こう!海!」

 担任の話も終わり、帰宅時間。
 靴箱で、少し肌の焼けた一番の友達が飛びついてくる。

「おぉ!行く行く!」

 海かぁ〜。小さいころ潮干狩り行ったっきりだなぁ。
 お互い履き変えたのを確認したら、さんさんと照る校庭に繰り出す。

「決まり決まり!」

 キャッキャと喜ぶ、素直な友人の姿につられて笑ってしまう。
 楽しみだなぁ〜。

 ほわーんと海での妄想を膨らましていると、はっと気づいた。

「あ・・・」

 今家にはハオがいるんだった。

 どうしよう。置いて行くのかわいそうだよね。そうでもないかな。そうでもないよね。・・やっぱかわいそうだな。自分だけ遊んで一人にするって。

 残念だけど、今回は断ろう。

 友人と帰り道が別れてしまう前に言ってしまおうと、校門に差し掛かったときに友人の方を見た。


「ご、ごめん。やっぱり無・・・・」

 理と続けようとして、友人がいるその先。


 校門の柱の前にうずくまって顔を伏せてる物体が目に入った。
 それは帰宅途中の生徒の視線を大いに集め、その場所には不自然極まりない。

「あの人どうしたんだろうね」

 友人も不思議そうに見てる。

 でも私はその物体を見た瞬間変な汗がドバドバ流れた。


 いや、ないないないない。ないだろ。髪形とか同じだけど、学校の場所教えてないし、そんな、わざわざ探してまで来るって、そんなこと普通する?しないよねー。しないしない。大丈夫。安心しろ、自分。あー、個性的すぎるピアスとか私の目には見えないよ。

 私の視線に気づいたのか、その人はゆっくり顔を上げた。

 目が合うと、何度か瞬きした後にようやく口を開いた。


「あづい」

「だろうね」


 思わず返してしまった。
 ハオは珍しく暑さに負けたようで、ふらふらとしながら立ち上がった。


 友人が横で、『え、何?知り合い?』なんて私とハオを交互に見ている。
 そんな友人の姿など眼中にないようで、ハオは私の目の前まで歩いてきたら私の肩の上にポンと手を置いた。

「帰ろう」

 今にも倒れてしまいそうなぐったりとした表情に怒るに怒れない。

 そして。

「なに?あの人たち」
「『帰ろう』って、もしかして一緒に住んでんの?」
「あの人男だよね?すっごい美人」
「兄妹とか」
「同い年くらいに見えるけど・・・」

 死ぬ。
 ただでさえ暑いのに、体中から火が吹き出たかと思うくらい恥ずかしくて、気づいたときにはハオの腕をつかんでその場から逃げていた。


 もうやだ。学校行けない。



「げほっ!おえっ・・・」

 家に帰り着く前にダウンした。

「運動不足?」

 さっきまでぐったりしてたのに、何でこの人はケロリと。

「ていう・・げほ・・か、な、んで、がっこゲホゲホ!」

「大丈夫?」

 私があまりにむせているから少しは心配してるみたい。
 息を大きく吸って落ち着ける。

 何度か繰り返して、落ち着いたらすぐにボーっとしてるハオを睨んだ。

「何で学校来たの?何で知ってんの?恥ずかしくて死にそうだったんだけど!」

「暇だったから。探したから。暑くて死にそうだったんだけど」

「暇ぁ!?」

 こいつは暇だったから、場所も名前もわからない学校を自力で探し回った挙句に暑い暑い思いながら私を恥ずかしい目に合わせたのか!策略か!

「●●がいないのがいけないんだろ?」

「なっ・・・!」

 なんて自己中な台詞を・・・!
 この傍若無人さ。この人は世界が自分中心に回ってないと気がすまない性格なのかな。

 言い返したいけど、もう何を言ってもすぐに自己中心的な理由で返されそうな気がして、その気も消えうせてしまった。

 代わりにため息をついてハオに背を向けた。

「もういいよ。帰ろうか。お腹すいたし」

「うん」

 素直に着いてくるハオがすこしだけかわいく思えて、静かに笑んだ。


「お前今、かわいいとかおもっただろ」

「えっ?思ってないよ?うん」


 やっぱりこの人を残して海に行けそうにはないですね。






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