「よいしょっと」

 カラスや猫が荒らすのを防止するためのネットをかぶせれば、ひとまず完了。

 ハオも随分一般人の暮らしに慣れてきたようで、今日は●●にごみ捨てに駆り出されたが、さすが未来王といったところか、難なくこなすことができた。

 まだ午前だというのに肌を焼く暑さ。

 今から、熱のこもるエレベータなぞに乗らねばならないと思うと気が滅入る。

「・・・・スピリット・オブ・ファイア」

 わざわざそんなめんどうなことをしたくはない。

 まさにひとっとび。
 スピリット・オブ・ファイアに乗り、一瞬で●●の家の玄関前に降り立った。

 鍵をかけていないドアを押して、中に入ると、空気は寒いくらい冷たかった。

「ただいま」

「おかえり。ありがとう」


 和室でぐでっとしながら言われても、あまり嬉しい言葉ではない。

「それはいいんだけど・・・寒すぎない?」

「そうかなー?」

 寒いかな?何て呟きながらも、設定温度を上げる●●。


 この間の一件から、●●は少なからずハオに信頼を寄せ、前よりも素直に接するようになった。

 ハオもこの小さな変化に気づいてはいるが、どうも複雑な心境である。


「今日お昼どうする?ラーメン、焼きそば、うどん、蕎麦、ちゃんぽん・・・」

「麺類ばかりじゃないか」

 いつものように、●●の向かい側に座る。

「残念でした。お昼に麺類は鉄板です」

「しかたないな。じゃあカレーで許すよ」

「選択肢聞こえてた?」

 楽しそうに笑う●●に、苦笑いとため息が漏れる。
 初日とはかなり砕けた口調になった彼女から、少しずつ警戒心が薄れてきていることが予測できる。

 逆に、一週間以上も朝晩ともに過ごして慣れないというのも、ある意味問題であるが。


 ハオが抱える『複雑な気持ち』というのも、この『慣れ』に関係している。

 これまでにハオは普通の、しかも霊も見ることができない人間らと時を過ごすことなどなかった。

 今回転生してきて今まで、ただ、強いシャーマンを見つけるためだけに独りで行動してきた。
 しかしこのたび、わけのわからぬところに飛ばされ、成り行きで凡人と苦楽を共にする立場にいるわけである。

 はじめはハオ側にも嫌悪感はあったものの、慣れとは怖いもので本人の意思に関わらず、その場所がいつの間にか、今の"自分の場所"になってしまった。

 しかたないからここに住まわせてもらっている、と思っているのだが、やはり、このゆったりと流れる時間に落ち着きを覚えてしまう。


 ●●に、暑苦しい!と言われて結ぶようになったこの髪型も、すっかり板についてしまったし。

 血のない日々は退屈で、それでいてほんの少しだけ緊張がほぐれるものだ。

 普通に考えたら、心の安らぎということで良いことのように思えるが、ハオは人間を滅ぼすために転生を繰り返しているのだ。

 たとえ世界が違っていても、●●は人間。
 どうしても好意的な目で見ることができない。

 故に、『複雑』なのである。


「じゃあチャーハンでいい?」

 テーブルに手をついて立ち上がる●●。

「麺類は鉄板じゃなかったの?」

「じゃあカップ麺でいい?」

「チャーハンが食べたいな」

 ハオの答えを聞いて小さく笑った●●は退室した。
 退室してから、もう準備始めるのかなと思ったが、まだまだ早すぎる。トイレか何かだろう。


 ハオは髪を結っていたゴムをほどいて、微かに跡のついてしまった髪を撫で付けた。

 一通り髪を撫でてから、テーブルで腕を組んで顎を乗せて●●の帰りを待つ。

(なるようになるかな)

 彼女を待ちながらいつの間にか寝てしまうまで、開き直ることも大事だと悟ったハオだった。





「まさかトイレで寝てしまうとは、ふかく・・・」

 ●●が戻ると、ハオは腕に顔を埋めて眠っていた。

 寝息すら聞こえぬ静かな眠りに●●はほころび、エアコンの温度をまた少し上げて、彼を起こしてしまわないようにそっとタオルケットを肩にかけた。






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