「買い物?」

 まるで予想外だというような表情で、私の言葉を繰り返す。

 私の目を見て何度か瞬きした後、何も答えないままテレビに視線を戻した。


「ちょっと、聞いてる?」

 昨日与えたジャージ姿のまま座敷でくつろいでいたハオは、テーブルで頬杖をついて、リモコンでテレビのチャンネルを変えた。


 テレビはリビングにあるから、この部屋からは見づらいのにハオはどうしてもこの部屋から動こうとしない。


「別にいいよ。僕はここから出るつもりはないしね」

 それは家のことを何も手伝わない宣言と取っていいんだよね。

「絶対だめ。ていうか、ノーパンで家の中うろうろされるのが一番困るの!」

 できるだけ威勢よく言った。
 ハオは私を横目で見て、にやりと笑った。

「●●のへんたい」

「あんたに言われたくない」

 ハオが握って放さないリモコンをもぎ取って、畳の上に置く。

「とにかく、家の手伝いはしてもらうし、下着もちゃんとつけてもらうから」

「お客さんなのに?」

「これは居候」

「・・・」

「・・・」

「・・・わかったよ」

 かくしてハオを連れ出すことには成功した。


 だけどよく考えてみれば、出かけるための服がない。
 ハオが「●●ので十分だよ」と言ったのが妙に癪に障って、少しいらいらしながらシャツとジーンズを渡した。

 やはり女物なので全体的な丈が少し短いが、サイズがちょうどってのがまたむかつく。

「少しウエストがゆる・・・」

「うるさい早く行こう」

 まったくデリカシーがない。

「何怒ってんのさ」

 しかも意識しての嫌味じゃないのが尚更腹が立つ。

 ふてくされながら先に玄関から外に出た。
 不思議そうな顔をしたハオは、何かに感づいたように笑った。


「そういうことか」

 ドアが閉まる寸前にそう言われたものだから、もう爆発。
 閉じかけたドアをまた開いて、玄関に突っ立っていたハオを引きずり出した。



「乱暴だなぁ」

 無視無視。

 2人でエレベーターに乗り1階のボタンを押す。


 浮遊感を感じたと思ったら、1階に着くには早い段階でエレベーターが止まった。

 3階で点灯してるランプ。
 扉が開いて、若い男性が入ってきた。
 軽く会釈を交わして挨拶。


 その男性は、私の隣で壁にもたれて腕を組んでいるハオを見て、彼に視線を留めた。
 見ない顔だからだろう。

 それと。

(女の子だと思ってんのかな・・?)


 見てて暑苦しいからと渡したヘアゴムで長い髪をポニーテールにしてるし、体の線も細いから間違えるのも無理はない。


 こいつが男でノーパン主義者だと知ったら、どんな反応するんだろう。


 やがて1階について男性と私たちは別れた。


「あの人、ハオずっと見てたね」

「そうだね」

 あれ、案外そっけない。

「気にならなかったの?」

「慣れてるからね」

 慣れてるって・・・。
 ハオって本当の世界では有名人だったりするのかな。

「それなりに、ね」

「え、何が?」

「何でもないよ」


 私のマンションから近くのデパートまで、歩いて10分弱。
 普段運動をしない私にはちょうどいい距離。



 デパートは空気がひやりと冷やされていて、暑さで火照った体にはとても気持ちが良かった。

「すずしー」

 手で顔を扇いで、体を冷やす。


「日本の夏はいつも暑いね」

 横で平然としてるハオは汗1滴とも流していない。
 それで暑いといわれても、説得力ないよ。


「服は2階だから、適当に選んできて」

 1万円札を手渡す。
 服ごときにこんな出費をするなんて。
 ハオは受け取ったお札を眺めて、私を見た。

「・・・ついてきてくれないのかい?」

「服ぐらい選べるでしょ」

「右も左もわからないのに?」

「・・・ちゃんと下着も買ってね」

 ハオの目を見ないように、そのまま足早にその場を去った。
 危ない危ない。また流されるところだった。

 私は食材を買いに行かないといけないんだから。


 ハオと別れて20分たった。

 会計も済み、今は袋詰めの作業。


 久しぶりの買い物だから、妙にたくさん買ってしまった。

 夏はあんまり外に出たくないからなぁ。でも買いだめしてもすぐ傷んじゃうし。

 てきぱきとは言えない動きで、生ものを小袋につめる。
 野菜はそのまま大きな袋へ。

 人参、じゃがいも、たまねぎ、その他。


「今日はカレー?」

「うわぁ!」

 突然耳元でかけられた声。
 とっさに振り返ると、ハオが大きな袋を持って突っ立っていた。


「は・・・ハオか。終わったの?」

 驚きで跳ねた心臓を静めながら問う。
 私のそんな様子には目もくれず、じっと袋の中の材料見つめる。


「一応ね。で、今晩はカレーなの?」

 カレー?何で?

「にくじゃがだけど」

「・・・」

 黙りこくったハオ。
 ポケットに手を突っ込んで、何かを握り取ってそれを差し出してくる。

「これ、お釣り」

「あ、うん」


 な、何だ?
 ハオがくるりと背を向けて、そこで、最初にされた質問の中にもカレーパンがどうのと言っていたことを思い出した。

 何となく、そのことに気づけたことが嬉しくて頬が緩んだ。


「冗談だよ。今日はカレー」

 その背中がぴくんと動いて、ハオは向こうを向いたまま口を開いた。

「今僕のこと子供っぽいと思っただろう」

「子供っぽい・・っていうか、何かかわいいよ」

 あ、でもそれって『子供っぽい』になるのかな。

「かわいい・・。・・・全然嬉しくない」

「ごめんごめん」


 袋の口をテープで止めて、持ち上げようとしたら、横からその袋を他の手が取っていった。

「これくらい僕が持つよ。●●はそっち持って」

 そっち、とあごで指されたほうは、歯ブラシや洗剤などが入った比較的軽いほうの袋。


「あ、うん。ありがとう」

 照れ隠しなのか、ただの親切なのかわからないけど、その好意はとても嬉しいものなので受けることにする。


「別に」

 あ、照れ隠しだ。
 小さく笑ったら、軽く睨まれた。


「何か他に必要なもの無かった?」

「もう特にないよ」

 そっか。


 時計を見ると、デパートに来てからまだ1時間も経っていなかった。
 暑い中たどり着いたのに、このままあっけなく帰るのは悔しい。

 周りをきょろきょろ見渡して、目に留まったのはアイスクリーム。

「せっかくだからアイス食べない?」

「・・・いいけど、服まで買ってもらったのに」

「今更でしょ。行こう」


「すみません、バニラ二つください」

 店員は手早くコーンにアイスを搾り、手渡した。


「二六〇円です」

 さっきハオから返されたつり銭から出して、近くの席に着く。
 クーラーの涼しさとアイスで寒いくらいだが、外に出ればすぐに熱におかされるんだから丁度いいだろう。


「おいしー。アイスとか久しぶりだなぁ」

 口に入れると広がる冷たさと甘さに身震いする。

「僕ははじめて、かな」

 スプーンで掬ってちまちま食べているハオ。

「は・・・はじめて?」

 ま、まさか、この時代にアイスを今までに食べていない人がいたとは。


「向こうにアイスってないの?」

「あるけど、これまでに食べる機会がなかった」

「へぇ〜・・・」

 ハオって、もしかしてすごく貧乏暮らししてたのかな。

 大家族だとか、親が不慮の事故で亡くなって自分が家族のために働かないといけないとか・・・。あ、だからなんとかの王様になって、裕福な暮らしをしようと企んでるのか。


「ハオの家って、どんな家族構成なの?」

 そんな思考だったから、口をついて出てきた言葉。
 初対面の人たちの間ではメジャーな質問だろう。

 私はスプーンでアイスをつつき、すぐに答えは返ってくるものだと思っていた。が、いくら待てども返事がない。


「ハオ?」

 顔を上げると、いつもどおりの表情をしたハオと目が合った。

「双子の弟がいるよ」

「双子?」

 ハオと同じ顔がもう一人・・・。
 て、あれ。

「親は?」

「親は・・・いることにはいるけど、あまり仲良くないからな」

 そうなんだ。
 なんか悪いこと聞いちゃったな。

「でも親がいるだけでもいいよー。うちなんて2人ともさっさと逝っちゃったからねぇ」

 本当に早い下車だったよ。

「そうなんだ」

「酷いよねー。これから大変なのに。でも自由だからいいかな、うん」

「そうだね」

 表情一つ崩さないハオ。
 そして沈黙。

 変に上がったテンションを落ち着けて、冷静にアイスを食べるハオに聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で尋ねる。

「・・・聞かないの?」

 家のこと。

「聞いてほしかったの?」

「そういうわけじゃないけど、珍しいなって思って」

「同情がほしいならいくらでもあげるけど」


 ドキッと心臓が揺れる。
 それと同時に小さな怒り。

「そんなのいらない」

 この言葉に怒りをすべてこめてハオにぶつけた。
 それでも動じてくれない。

 ふぅと息をついて体から力を抜いた。


「●●」

 名前を呼ばれただけなのに自分がすごく怖がってるのがわかった。

 それに気づかれたくなくて、できるだけ平静を装う。


「なに?」

「アイス、落ちてる」

 ハオが指差したテーブルの上。
 半分も食べていないメインが無残にも卓上で溶け出していた。


「あああああ!」

「うるさいな」

「何で早く言ってくれなかったの?」

「どんなに早く言っても、事後だったら同じだろ?」

 もっともなこと言いやがって。

「あー・・。私のアイス・・・」

「まだ残ってるじゃないか」

「コーンだけ食べても意味ないじゃん。自分はちゃっかり完食してるくせに」

「運も実力のうちさ」

 わけわかんない。こんな状況で。

「あーあ」

 仕方ないか。

「――帰ろうか、ハオ」


 うやむやになったけど、帰路についてからも私の頭の片隅からはハオの言葉が頭から離れなかった。

『同情がほしいならいくらでもあげるけど』



 おそらく、●●の両親が成仏できない原因は●●自身にある。

 霊は成仏したくとも、遺された者が強くその者を想えば成仏できなくなるもの。

 根本的にはあの両親が●●に対して心残りがあるから、人間の想いに引き寄せられてこの世に留まるようになってしまうのだけど。


 逝く者が遺された者を思うのは普遍的な事実。
 しかしそれを差し引いても、その事実につけこんで遺された者が逝くべき者を引き止めているのだから、●●が元凶と言って間違いはないだろう。

 それに、●●は自分の『不幸』を理由に同情をかってる。
 それが意識的であろうと無意識的であろうと性質が悪いのには変わりはない。

 ちっちぇえな。

 やはりどの世界の人間も同じか。どいつもこいつも人間"らしい"。
 忌むべき存在にはなんら変わりはない。



「何このカレー。ルーの味がする」

「え、カレーってルー入れるもんじゃないの?」

 向かいできょとんとする●●。

「ラキストはスパイスから作ってたよ」

「ラキストって誰。文句言うなら食べないでよ」

 皿を下げようとする手から逃れて、また一口頬張る。
 ●●はよりどころのなくなった手を引っ込めて、また食事を再開した。


 ・・・まぁ。


「カレーはカレーだからおいしいよ」

「もったいなきお言葉ありがとうございます」

「本当にもったいなかったな」

「うるさいな」

 向こうに帰るまでは退屈しなくていいかな






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