爆笑したら何かすごく睨まれた。

 私は軽く咳払いをしてたずねた。


「つまりどういうこと?」

「●●は霊の存在を信じる?」

「霊?」

 何を急に。それとこれと何の関係が。

「いないことはないとおもうけど・・」

 見たこともないから、どうともいえないけど。

 ハオは私の答えにひとまず笑った。


「●●にはこれからお世話になるだろうから、話すよ」

 お世話?

 気になるワードが出てきたけど、話の腰を折れるような空気でもないので、そのまま黙って聞くことにする。


「僕はシャーマン」

「シャーマン?」

 ハオは頷く。


「シャーマンというのは、簡単に言って陰陽師のようなものだよ」

「陰陽師・・」

「そう。霊の力を借りて、病気の治療や政治などができる。君も『いたこ』という名くらい聞いたことがあるだろう?」

「あ。うん」

 テレビで何度か聞いたことはある。

「彼らも同類さ。あの世に逝ってしまった霊を呼び戻すことができる。―――そして僕たちシャーマンは500年に一度行われる、シャーマンファイトという闘いに参加する資格を持つ。世界中から集まったシャーマンが参加するんだ。そのシャーマンファイトで優勝したものはシャーマンキングとなり、グレートスピリッツという偉大なる精霊を持ち霊にすることができ、世界を危機から救うことが・・・」


 目を点にしている私を見て、ハオは言葉を止めた。

 苦笑をして、再び言葉を続けた。

「つまり、霊の力を借りて戦うんだよ」

 なるほど。

「で、それに優勝した人が・・」

「シャーマンキング」


 わかりやすい。

 わかりやすいけれど、ひどく私の実生活からかけ離れていて、理解に欠ける。

「そしてハオも、シャーマンキングってやつを目指してるの?」

「まあね」

 言うまでもない、といった風だ。



「―――僕はおととい、仲間たちとシャーマンファイトのために東京のふんばりが丘に来た。そして昨日の夜。散歩をしてたら、ココにいた。君の話ではここはふんばりが丘ではないらしいし、僕が無意識にそんな遠くまで来たというのも考えられない。だとしたら・・・」


『僕はこの世界の人間じゃない』


 つまり、ハオがいた世界とこの世界は別のものであるということか。

 ハオの、「考えられない」という自信もどこから沸いてきてる物なのかわからないが、きっぱりと言うのなら疑う余地もなさそうだ。

 確かに聞いた限りの話は、あまりに浮世離れしたイメージではある。

 でもやはり、『別の世界』というものが存在するということが納得できるような理由でもない。


「ハオはそれで納得したの?」

「これ以上考えても、わからないものはわからないだろう?」


 そうだけどさ。


「そこで」

 ハオはテーブルに肘をついて、指を組んだ。


「物は相談なんだけど・・・」

 嫌な予感というのはこういう感覚のことを言うんだろうな。

「僕は今身寄りがない。寝泊りするところも無ければ、風呂にも入れない。ましてや食事なんて・・。一文無しの僕にはホテルに寝泊りするなんて無理。さぁ、どうする?」


 こ・・こいつ、何を偉そうに!

「どうするって、人に・・・!」


 机をたたいて体を乗り出すが、何を考えているのかまったく読み取れないその瞳に見つめられては、喉まででかかった言葉も飲み下してしまう。


「どうする?●●」

「う・・・」



 ずるい。ずるいよ。

 だれだってあんな、「一文無しの僕を路頭に迷わせるの?人間としてそれはいいの?」って言いたげな目をされたら、断れないじゃん!


 当の本人は風呂に入りたいとか言って、昼間からお風呂沸かさせるし。

 私なんてまだシャワーも浴びてないのに。
 そう思いながら、着替えのジャージ用意する。
 これは流されてるわけじゃないんだ。優しさなんだ。


 脱衣所のドアをノックして、まだハオがお風呂に入っているのを確認してから、脱衣所に入り、洗濯機の上にジャージを置いた。

 タオルなどが収納してある棚の上には大きな星のピアスと、モニターのついた変な機械が置いてある。


 洗濯する準備ができるものは今のうちにしておこうと、洗濯機の隣に置いてる脱衣かごを見る。


 そこに脱ぎ捨てられているもの。マントとズボン。のみ。

「・・・・・・・」

 まさかのノーパンノーシャツ。

 もうだめだ。いろいろと衝撃的なことが一気に起こりすぎてる。
 ノーパンが一番衝撃的だよ。


「ハオ、これ洗濯してもいいの?」

 落ち込みながら、半透明のすりガラス越しに問いかける。

「ああ、たのむよ」

 反響する声。

「はいはい」


 ていうかマントって普通に洗っちゃっていいんだよね。



 ハオが風呂に行って1時間弱。
 長風呂の後、ほかほかと湯気を立ててようやくハオは出てきた。

「ジャージ、すまなかったね。いい湯だったよ」

「どういたしまして」

 まさか私のジャージがぴったりだとは思わなかった。

 何か悔しい。

 ハオはなぜか小さく笑って、畳の上に座った。


「じゃあ私も行ってくる」

「うん」

*


 風呂場から湯の流れる音がして、僕は目を閉じた。

 冷蔵庫の作動音と水音だけの静かな世界。

 何かが耳の奥でキーンと鳴る。



「―――で、君たちは誰?」

 自分の声が空気に溶け込み、少しの間をおいてから、霊独特の気配が2つ、現れた。


 それは部屋の隅に置かれた仏壇の前。

 顔を傾けてその方向を見ると、中年の男女が暗く、警戒したような顔で僕を見ていた。

『―――』

 何も話さないそいつら。

 いや、言葉もすでに失くしたのだろう。未練だらけの人間霊。


 ちっちぇえな。


「何に未練を感じてるのか知らないけど、さっさと成仏しなよ」


『―――●●が、●●が』


 と、男が言う。

 まだ言葉を失くしていなかったか。

「●●?ああ、あの子か。君たちはあの子の親?」

『・・・』

「そう」


 死んでも尚、子を憂う親・・か。


『あなたがどなたか存じませんが、ここで一時でも時を過ごすのなら●●を・・・』


 へぇ、取り引きか。
 人間霊ごときが僕に取り引きを持ちかけるとはね。

 視線をそらして、部屋の壁に背を預ける。


「―――いいよ。僕がここにいる間は、彼女のお世話をしてあげるよ」


 元の世界に戻るまでの暇つぶしに、ね。

*


「何してんの?」

 私がお風呂から出ると、ハオは仏壇の前で手をあわせていた。

「お世話になるのに、家主さんたちに手をあわせないと無礼だろ?お線香もらってもいいかい?」

「いいけど・・・。確かマッチがここに・・・」

 キッチンの戸棚にまとめてあるはずのマッチ。

 それを取りに行こうとハオに背を向ける。


「それなら問題ないよ」

 言葉と同時に漂ってくるお線香の香り。
 なんだ、持ってたのか。

 変わらぬ表情で手をあわせるハオを見て、今更、とんでもない拾い物をしてしまったと実感しだした。


 でもその、『元の世界』に帰るまで。

 いろいろずれてるけど悪い人じゃなさそうだし、使ってない部屋も1つあるから、どうにかなりそう。


 とりあえず明日は服とか、日用品が買いに行かなきゃいけないよね。


 ・・・あと下着も、ね・・。


 ああぁぁぁあぁ。少ない財産が・・。






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