「終わりにしよう」

 ここで「別れよう」じゃないのが、私達の関係を暗に示しているのだと思う。

 いつくるかとずっと思っていたけど、まさか今日だとは思わなかった。まあ、いつ言われても『今日』だとは思わないのだろうけど。


「どうして?」

 最後の私の意地悪だった。

 シリウスは一瞬言葉を詰まらせて、ほんの少しだけ頬を赤くしながらそっぽを向く。ばつが少し悪そう。

「・・・」

 理由なんか聞かなくても知ってる。

「私以外の子たちとも、もう切ったの?」

「何人かは。あと三人」

「いったい何股かけてたのよ」

 苦笑すると、シリウスもきれいな顔できれいに笑った。
 最初はこの整った顔だけが好きだった。だから挨拶をするみたいに「遊ぼう」と私から誘ったのだ。

 お互いに、お互いの欲を満たせればそれで十分だったし、彼には私以外にもたくさん相手がいた。私にはそれを咎める権利も持ち合わせていなかった。私も結局はその『たくさん』の一部だったから。


 これは落ちたほうが負けっていう、ちょっとしたゲームである。

 しかし大半の女の子が長い時経たずして、そのゲームに負け、終わる。言わずもがな私も。


 必死にこの関係だけでも繋ぎとめておきたいが為になんでもないフリを続けてきた。

 ――彼が、妙につっかかる相手ができるまでは。


 最近のシリウスはとってもきれいだと思う。いや、今までも十分きれいだったけど、なんていうか内面から溢れ出るものというか。それが恋による力だって気づくのに、そんなに時間は必要なかった。なんてったって、ホグワーツはその噂で持ちきりだったから。


 渦中のその子は見るからにぱっとしない・・・でも成績は一流のレイブンクローの女の子。陰鬱そうなそいつとシリウスは、それまで何の共通点すらなかったのに。


 いつからかだったか――たぶん嫉妬した女生徒がいざこざを起こしたときあたりから――その子は鬱陶しそうな前髪をさっぱりと切ってきた。

 表面上皆は特に反応は示さなかったけれど、それは所詮その子を陰で蔑んできた私達のプライドのため。


 そう、その子はとってもかわいかったのだ。

 顔とかじゃなくこれもまた内面からにじみ出るような、その子の持つ物だった。そのせいで密かに男子生徒の間で人気が出始めていることを、彼女自身知っているのだろうか。


 私ははっきり言ってその子が嫌いだった。親も母親がマグルである混血だし、勉強はできるけれど私はそれ以上に友達も多いし、世渡りも得意、頭の回転だってそれなりに速い。


 どうして、どうしてそんなやつに私が負けなきゃいけないの。どうしてシリウスを取られなきゃいけないの。


 何度も死んでしまえばいいと思った。きっと、私と同じように彼女を恨んでいる子はホグワーツに溢れてるだろう。

 でも私は気づいてしまったんだ。


「・・・その子、かわいい?」

 ぱちくりとしたシリウスはほんの少し耳を赤くして眉を寄せて。

「なんのことだよ」

「はいはい。照れ隠しはいいからさ」

 私には、彼をこんな表情にしてあげることができない。


「よかったね」

「だからそんなんじゃ・・・!」

 ごにょごにょと尻すぼみになり、最終的には見てるほうが恥ずかしいほどいじらしい顔をして俯いた。


 彼にこんなに優しい表情を浮かべさせることができるあの子はきっと、とても魅力的な子なんだろう。



 もういい。もともと遊びが目的だったんだから、それ以上を求めた私が負けだったんだ。

「じゃ、今までありがとね。楽しかったかも」

「かもってなんだよ、かもって。俺といたんだから楽しいに決まってるだろ」

「ソレ、やめないと彼女に嫌われちゃうよ〜。自意識過剰ブラックさん」

「うるせえって」

 頭を軽く小突かれた。本当に軽く。それなのに、痛くないのに、なぜか涙が滲んですごく焦った。


 慌てて背中を向けてごまかすように語りかける。

「あーあ。ブラックさんは恋をして、乙女に暴力を振るうようになりましたか。そうですか」

「そのブラックさんっても、恋ってのも止めろ。気色悪いっ」

「言葉の暴力も!」

「ああもう!ゴメンナサイ!」

「あははっ」

 楽しい。楽しくない。


 私の乾いた笑い声は潤うことなく空気に溶け込んで消えてしまった。

 早くこの場を去ってしまいたい気持ちと、少しでも長く会話を長引かせたい気持ちが相まってぐちゃぐちゃと思考をかき乱した。


 でももう、これ以上一緒にいたら私がダメになる。



「私、寮に戻るね」

「あ?ああ。そうか」

 またな、なんて彼は言う。もう、またなんてないのに。


 そして私は言ってしまった。

 引っ込んだ涙がまた出ないように気をつけながら、彼が私に向けるものと同じの営業スマイルをシリウスに向けた。

「大好きでした」

 ばくばくと心臓が鳴る。言ってしまった。


 シリウスはなんともいえないような表情をしていたけど、私が大好きな、悪さをする前のような笑みを浮かべた。

「俺も、好きだったよ」

 はたして私の気持ちが本当にシリウスに伝わってしまったのか、それとも私の冗談だと受け取ったのか定かではない。

 終わってしまった今でもあの子のことは憎いと思うけれど、もう踏ん切りがついた。


 あの子が見るシリウスの表情はあんな歪んだ笑みではなく、きっと真っ直ぐな笑顔なんだろうな。





「あいつ、またシリウスといちゃいちゃしてる」

「ほんとだ」

「なまいき」

「優しくされただけで彼女気取りもいいところね。ね、あんたもそう思うでしょ?」

 遠く離れた場所にいる二人をわざわざ見つけ出して、あの子だけを集中砲火する業にいつも私は脱帽する。・・・て、つい最近までは私もその一員だったのだけど。


「あー・・・。私はお似合いだと思うけどなー」

 独り言のようにそう言ってみれば、周りの子達は目を丸くして私を振り返った。


「あんた、どうしちゃったの?この間まであんたが一番あいつ嫌ってたのに」

「もう区切りがついたのー」


 ひらひらと手を振って見せれば、彼女達は互いに不思議そうに目を見合すのであった。




 ほくそ笑みながら私はこっそりと、発展途上のあの二人を見る。

 一つのベンチに拳五つ分ほどの微妙な距離を開けて座る二人は、時折笑みをこぼしながら会話を嗜んでいた。


 どこかの奥がチクリと痛むけど、もう大丈夫。

 私はごそごそとローブから杖を取り出し、触れそうで触れない彼らの手に狙いを定めてチョイと振った。




「うわ!」

「え・・・!?」

「な、なんだよこれ!て、手が・・・はずれな・・・うわ!ひっぱんなって!」

「ご、ごめんなさい!」




 そんな会話を背中で聞きながら私は小さく鼻歌をこぼした。



 彼らの恋が実ったら、バカ野郎とおめでとうを贈ってやろう。






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